名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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夢の超特急展
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 名古屋駅のJR高島屋で行われた「夢の超特急展」を見に行ってきました。例年、JR高島屋はこの時期に「わくわくレールランド」という子ども向け乗り物イベントをこの時期に行っているのですが、今年は東海道新幹線開通50周年であることから、一般向けにも濃い展示を用意してくれました。
 入場料800円。前売りは600円ながら、チケットぴあで買うと手数料108円がかかり、前売り割引効果が薄く悩んでいたら、入場券売場に小さな字で「ジェイーアール名古屋高島屋ポイントカード会員は400円」の文言を発見。ポイントカードは無料で手に入ることから、11階のポイントカードカウンターへ飛び込み、ポイントカード作成。年間5万円以上買わないとポイント還元できない鬼システムだが、ポイント還元より展示会入場料割引の方が軸だから問題なし。その場で400円割り引いてもらった方が、オレの様な貧乏人はメリットが大きい。
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 今回の展示で非常にうれしかったのは、展示物の撮影が許可されていること。本当に助かりました。
 展示は大きく分けて3つ。まずは新幹線の歴史。戦前の弾丸列車構想から、国鉄総裁の十河信二と国鉄出身の技術者・島秀雄の話、更には小田急ロマンスカーによる走行実験から建設・開通までの流れ。
 「ひかり」号と「こだま」号の誕生秘話も興味深iい。超特急の「ひかり」は人気投票1位で文句無しの命名。しかし、特急の「こだま」は人気投票で10位だった。しかし、国鉄は人気投票より光速を示す「ひかり」と対比する音速を示すイメージとして、「こだま」を採用さていたというのは初耳でかつ奥の深い思考を感じました。しかし、現在「こだま」というと、音速というより「鈍い・遅い」イメージが定着してしまっているのは、新幹線の影響が甚大であるのは間違いないと思います。当時の国鉄のお偉方は、こだま号をどう思っているのでしょうか。
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 続いては、かつての新幹線設備の展示。最新鋭のN700A系もいいですが、東海道新幹線と言えば団子鼻の「0系」が大好きです。新幹線・日本の高度経済成長の象徴的存在ですよね。私が初めて乗った新幹線も0系。いまだに新幹線のイメージとして強く印象に残っています。
 開業当時と現在の新幹線座席シートの比較も興味深いです。当時の自由席にはリクライニングもテーブルも無く、クッション性の悪い座席であるところ、まだまだ改善の余地を残しています。
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 現在の座席。当時との違いがハッキリ分かりますね。
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 新幹線0系の運転席。
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 N700系の運転席。
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 最後は新幹線に関するコレクション。
 新幹線開業前におもちゃメーカーが競うように出した新幹線グッズ。情報量が乏しかったのか、新幹線カラーと大幅に異なるものや、先頭車だけ流線形で後は客車みたいな新幹線とか、おもちゃメーカーの想像力にも驚かされました。
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 新幹線で貨物輸送する計画は、後の名古屋新幹線訴訟などの問題から頓挫したそうです。個人的には新幹線による夜行列車とかあっても問題ないと思うのですが、諸般の事情で実現しないまま、寝台特急の衰退と夜行高速バスへのスモールパッケージ化により、夜のうちに移動する手段はクルマで自力移動でもしない限り、厳しくなってしまいました。
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テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

「定光寺御膳」弁当ゲリラ販売の罪
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 5月10日、東海テレビ「西川きよしのご縁です!」で放映される予定だった『瀬戸の「定光寺」から多治見の「永保寺」を目指して名刹名店巡りの旅』特集が、放送直前に突然傑作選(=再放送)へ変更となり、視聴者の間で様々な憶測が飛び交いました。
 どうも、収録で訪問した店の一つに無許可で弁当のゲリラ販売を行っている業者が含まれており、東海テレビホームページ内の番組予告を見た視聴者から問い合わせが相次いだ模様です。東海テレビは、いわゆる「セシウムさん事件」という前科もあり、特にWebの反応に過敏になっている模様で、今回の番組内容差し替えにより危うく炎上を免れました。今回、東海テレビが番組差し替えを正式決定したのは、放送当日の午前中であったという情報も一部であります。それは最終決定であり、製作現場では差し替えの準備(特に吉本興業との調整)もありますから、もっと早い時点で検討が始まっていたはずです。相当な損害を含むものであり、痛手を被ったのは事実の様です。

 今回、問題になったと思しき業者は瀬戸市の定光寺で飲食店を開いている業者で、ここが製造した弁当をJR中央線の高蔵寺駅・大曽根駅などで「定光寺御膳」と称して数年前から無許可のゲリラ販売をしていました。JR中央線の特に春日井市内の利用者では知らない人がいないぐらい有名です。しかし、無許可販売であることから、JR東海への問い合わせもあったようで、以前からJRとの攻防戦が繰り広げられていたようです。
 画像は昨年12月に大曽根駅で行っていたゲリラ販売の模様を隠し撮りしたものですが、から揚げ弁当や鯖の塩焼き弁当など、4種類の弁当を800円で販売していました。最近では1,200円の弁当もあったそうです。弁当を詰め込んだクーラーボックスをカートに乗せて、見本写真を見せながら「数量限定のお弁当いかがですか?」などと言いながら売り込みをかけます。
 最近、名古屋のスーパーでは250円弁当が売れている昨今、この値段で弁当を買うこと自体、ちゃんとリサーチできていない気がします。原価はさほどでもなさそうですし。
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 ゲリラ販売を行うの時間帯は主に夕方。帰宅客相手に商売をしているようでしたが、この時間帯に販売するということは昼間の売れ残りと思われやすいですよね。更に帰宅客の大多数は1時間以内に自宅へ戻る人が多く、時間帯からして定価で弁当を買うという行動を予測すること自体に問題は無いのかと思っていました。
 今年の2月頃から警察への通報が相次ぐようになったようで、Web上の情報では大曽根駅で警察が職務質問をしたり連行する光景も見られたようです。

 また、この業者はJR定光寺駅前の県道名古屋多治見線(通称:愛岐道路)の交差点で昼夜に関わらず、多治見方面に向かう信号待ちのクルマに、小汚い兄ちゃんが窓を叩いて定光寺にあるカフェのビラを配る光景も多治見方面では有名で、往来するドライバーの間では「宗教団体」「ヒッチハイク」「当たり屋」などの憶測も飛び交い気味悪がられていました。

 今回の件では、東海テレビが背景を知らずに収録まで行っていたリサーチ能力の無い大ポカも指摘すべきでしょうが、この飲食店を推している瀬戸市役所や瀬戸市観光協会の対応も問題視すべきでしょうね。同時にお蔵入りになってしまった放映予定の店舗への補償や、スポンサー対策まで考えると非常に大きな問題です。

 確かに、定光寺では平日の集客は厳しいから、弁当なのでしょう。ここまでは分かります。ただ、その販売方法は明らかな違法行為であり、衛生管理面でも不安を払拭することができません。あと、物売りの文化の問題。東京と違い、この類の商売に対して名古屋は冷たいところがあります。この地方ではゲリラ販売が「押し売り」「訪問販売」の類に含まれているのです。狭くても汚くても、店舗を設けた方が数段信用を持たれるのです。その費用が無ければ、販路を確保を目的に店舗へ置いてもらうよう交渉するか、軽四を乗りつけるなりすれば良いのです。
 もし、商売を軌道に乗せたいのなら、ゲリラ販売そのもののイメージを払拭させるためのアイデアを考えることが必要です。この業者は結局自身でゲリラ販売のイメージを悪くしてしまいました。そして、名刹・定光寺の名前にも泥を塗ってしまいました。

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名古屋市長選・河村氏3度目の審判も圧勝
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 4月22日に行われました名古屋市長選挙は、名古屋の「殿様」こと河村たかし氏が他の候補(藤沢氏・柴田氏)を寄せ付けない圧倒的な得票差で3度目の当選を果たしました(画像は2013年4月23日中日新聞朝刊より)。
 3大公約の完成度の低さ、3大公約以外のノープランぶり、市議会のゴタゴタ、減税日本市議の裏切り、SLに代表される暴走と、人気先行でなかなか安定しない河村市政。市民税減税に代表される河村氏の「庶民革命」を今後も支持するかが争点となりましたが、有権者は既存路線を支持しました。なお、投票率は39.35%。非常に寂しい数字でした。
 「争点に乏しい」。これに尽きる選挙戦だったのは事実です。名古屋の街中では河村批判の声も聞かれたのは事実ですが、実質的には河村氏の出来レース状態でしたので、河村氏の当確をいつまで抑えられるかが注目でしたが、午後8時00分01秒に早々と各テレビ局が当確を出してしまい、あっさりと決まってしまいました。どうも、期日前投票の段階で今回も当確が打てる状況だったようです。古出来町の河村事務所へ駆けつけようとしましたが、当日は岐阜へ出かけていたので駆けつけることができず、帰りの電車内でニコニコ動画で生中継していたメ~テレの中継でバンザイを見ました。
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 しかし、名古屋の地元紙・中日新聞は相変わらずの反河村・親保守派市議擁護路線だったのが、翌日の朝刊からも良くわかりますね。
「熱気なき信託」「盛り上がらず」「政策失望」「求心力低下明らか」。そこまで書くか、中日新聞。
 しかも、写真でバンザイの手を意図的に切っているのも非常に気になりますね。当選に喜ぶ表情をよりリアルに伝えたいのではないでしょう。更には世論調査でダメ押し。この日の朝刊を他紙と読み比べると、中日新聞の心情が良くわかります。河村氏の当選を喜んでいないのでしょうね、中日新聞は(画像引用元・同上)。
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 朝日新聞との対比をご覧いただくと、中日新聞との差が良く分かるかと思います(画像は2013年4月23日朝日新聞朝刊より)。
 個人的には、河村氏には3大公約以外の分野、特に福祉と文教政策に力を入れて欲しいと思っています。逆に「金シャチ横丁」「酒呑み特区」「SL博物館」に代表される、いたずらな観光イベントもどきは名古屋全体への経済効果が薄いので賛同しません。更には庶民革命の陰で市職員による不正や横暴が増えている点も指摘すべきでしょう。連続する交通局の事件・事故や、市民税徴収や健康保険証の取り上げなど「臭い者には蓋」のような、生活弱者への嫌な噂を良く聞きます。
 一方で藤沢氏の公約「地下鉄初乗り運賃150円」には唸りました。ただ、manacaのキックバックを考慮すると、現状のシステムでも極端な割高感は感じないんですよね。ていうか、初乗り200円区間なら、自転車でどうにでもなる距離ですし。お年寄りなら印籠もとい「敬老パス」で何とでもなりますし。
 今回は3候補とも経済政策については斬り込みが浅い印象がありました。そもそも、行政が民主導の経済政策でどの程度効果を上げられるかっていうのは、程度問題の様に思えるのです。
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 当日のNHKテレビが「NHKスペシャル」を潰して名古屋ローカルで放送した開票特番によれば、支持政党別の得票でも反河村路線だった自民・公明、そして民主の支持者でさえ、半数が河村氏に投票したという驚愕のデータが出ていました。
 名古屋市議会では減税日本を除き、自民・公明の両党に限らず、民主・共産の各党もすべて野党状態ですから、複数の政党が相乗りした藤沢氏を「地盤を固めきれなかった」「立候補がギリギリで時間が無かった」などとフォローしても、結局は反河村勢力に「本気さ」が見えなかったということを多くの有権者に読まれていたというのが正直なところでしょう。これが名古屋市民の民意だったのです(画像はNHK総合名古屋、選挙特番より)。
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 22日は市長選挙と共に南区と守山区では市議補選が行われ、南区では民主党候補、守山区では自民党候補が当選しました。
 3期目の河村市政は議会対策を今まで以上に慎重に行わないといけないでしょう。今年に入って河村チルドレンの減税日本から離党者が続出、28人いた議員は17人まで減少し、自民党に最大会派を明け渡す惨状となっています(画像は2013年4月23日中日新聞朝刊市民版より)。
 次の市議会改選では、これまでの議会のゴタゴタから減税日本及びそこから分裂した勢力には相当厳しい審判が下されるかと思われます。したがって、3期目後半の市議会は苦しい展開が予想されます。
 しかし、もう言い訳は通用しません。結果が出せるかどうかで、改革路線継続か従来路線回帰か、名古屋の行方を左右しかねません。これからの3期目は重要な4年間になることでしょう。

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

2012年大晦日の柳橋中央市場
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 大晦日、名古屋にいるときは毎年柳橋中央市場へ出かけます。私、柳橋へは早起きできたときなど、オフで暇があれば出かけています。名古屋は全般的に魚がイマイチなので、美味い魚が食べたい時は市場に行くしかありません。飲食業者や小売業者などプロが引き上げる朝8時過ぎが狙い目で、旬な魚やマグロの中落ちなどを土産にします。
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 いつもは朝10時過ぎには店じまいが始まるのですが、一般客が次から次と押し寄せます。普段はこんなに丁寧に値札は付いていません。客が店員に話しかければ済むのですが、それでは質問攻めになってしまうので、それを回避するために作成する。これまた年末の風景でもあります。
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 えび天専門店。いかにも年末らしい風景です。「名古屋天ぷら同業会」なんて組織があるんですね。ちなみに1尾250~300円。でも、飛ぶように売れておりました。
 私はだし巻きを購入。これを土産に実家へ向かいます。

テーマ:名古屋 - ジャンル:地域情報

どっちもどっちな偽札事件
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 巧妙な紙幣の偽物「ニセ札」が出回る事件が後を絶ちません。しかし、同じニセ札でもあまりにレベルの低い偽札事件がありましたので取り上げます。
 名古屋市千種区今池のコンビニでおもちゃ(パーティーグッズ)の「百万円札」を買い物で使用したとして34歳の男が逮捕されたそうです。容疑は140円のフライドチキン代金として一万円札に似せた「百万円札」を用いたことにより、9,860円とチキンをだまし取ったという容疑(画像は2012年11月3日中日新聞朝刊より)。
 容疑者は財布を落とした様で、犯行直前に千種警察署に寄り道していたことから被害に遭ったコンビニの防犯カメラと照合の上で顔が割れたという、非常にマヌケな事件です。
 しかし、容疑者のニセ札使用については悪意ある犯罪行為なので許される話ではありませんが、何の危機感も疑問も感じずにおもちゃのニセ札を一万円札として受け取っている、コンビニ店員の過失責任も相当なものでしょう。
 子どもの頃、「子供銀行券」なるおもちゃで遊んだものです。現在ではパーティーグッズやメモ用紙として、一発で見分けがつく程度の「百万円券」が販売されています。でも、普段から金銭を扱っているコンビニ店員なら、本物の紙幣の感触ぐらい分かるのが常識です。コンビニ店員にはこのような区別も付かない様では店員失格だと思いますよ。
 でも、犯行現場の場所を知って納得いきました。今池でそのコンビニチェーンは1軒だけなので特定もできました。すると、何となく背景がわかりました。地元民ですから言いますが、あのコンビニ店員は総じてレベルが低いです。接客応対のレベルの低さは近隣のコンビニでは断トツです。最近、店を移転したばかりですが、店員は昔からのメンバーばかりで、そのダメさ加減は近所じゃ結構有名です。悪意ある犯罪者に舐められているようでは話になりませんね。
 逆に一万円分の良い授業料になったと考えておおいた方が店の為だと思います。

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名古屋と「ぢ」の関係
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 名古屋の街にふさわしき数字は「8」。じゃあ、名古屋にふさわしい平仮名は何ですか?こんな質問を出されたら、皆さん何と答えますか?私は迷わす答えます。名古屋にふさわしき平仮名は「ぢ」であることを。
 2012年9月30日、名古屋駅前にあるビル「大名古屋ビルヂング」が閉館しました。閉館する数日前から夜間に照明を用いて、名古屋の街に別れを告げておりました。
 大名古屋ビルヂング。名古屋駅前の象徴であり、ダサい名古屋の象徴する屈辱の象徴とも言われ、良くも悪くも名古屋を象徴するビルとして知られました。特に有名なのは、なぜビルディングではなく、ビルングだったのかという話。
 1950年代後半(昭和30年代前半)、当時東京駅周辺のビル管理を手がけていた三菱地所は、かねてから地方進出の機会を伺っていました。1959年(昭和34年)、伊勢湾台風で被災した名古屋を当時の三菱地所社長渡辺武次郎が被災直後に訪れた際、その被害の甚大さから地方進出第一号として名古屋駅前に大型ビルを建設することを決意しました。
 ビルの名称を「大名古屋ビルヂング」となった理由は、伊勢湾台風による被災などの経緯から、渡辺が「大名古屋圏の御用を務めてほしい」との願いを込めたものとされています。ちなみに、岐阜駅前にもかつて「大岐阜ビルヂング」が存在しており(現在は大岐阜ビル)、大名古屋ビルヂングを意識したという説があります。
 「ビルヂング」という表現は、「ディ」の音を「ヂ」と表現する慣習が戦前からあったことに由来します(例:ラジオ→ラヂオ)、特に戦前では普通の表現だったのです。当時の三菱地所も慣習として自社の所有する建物に全国で使っていた表記です。つまり、大名古屋ビルヂングのネーミングセンスは名古屋のセンスではなく、三菱地所側のセンスによるものだったのです。いつの間にか「ビルヂング」と言えば『大名古屋ビルヂング』を指すものと認識されるようになっていました。
 全体の完成は1965年となっていますが、実際は1962年にビルの正面中央部分、1963年にビルの左側部分、1965年にビルの右側部分と、三段階に分けて完成させ、1965年5月に完成記念式典を行っています。
 三菱地所の力の入れ具合を象徴するのが、1階に使われていた大理石の豪華さ。最近完成した超高層ビルでも、大名古屋ビルヂングほどの大理石を使いまくるビルは見かけません。あれを取り壊しの際に再利用できないものかと思います。
 跡地には地上34階、高さ180mの超高層ビルとなる予定で今年中に着工、2015年にオフィスビルに生まれ変わる予定です。

 名古屋は「ぢ」とのつながりの多い街です。子どものスポーツでも「ぢ」は活躍します。子どもの遊び・ゲームとして、現在も小学校を中心に行われる「ドッヂボール」です。「ドッジボールの誤りじゃないのか?」という声が聞こえてきそうですが、名古屋では伝統的に「ドッヂボール」で通じます。なんせ、学校が平気で文書で書いていたのですから。古い世代の方が更に通じます。

 そして、もう一つの「ぢ」はヒサヤ大黒堂の「ぢ」。今も時折新聞で広告を見かけます。かつては全国ネット番組で名古屋の風景を流す時にテレビ塔からの映像を流すのですが、最後の最後に画面の左手に「ぢ」が出てくるのが特徴で、「いかにも名古屋らしい」と感じる他の地域の人、結構多かったそうです。最近は近くに高層ビルが乱立してしまったことや、各テレビ局のお天気カメラの向きもヒサヤ大黒堂の見えるテレビ塔から真南から南西方角に撮影地点を変えた放送局(NHKや中京テレビ)もあり、以前ほど見る機会が無くなってしまいました。
 ヒサヤ大黒堂は今でこそ、大阪・北浜に本社を構える企業ですが、昭和初期までの本社は何と愛知県西尾市にあったそうです。創業は1611年(慶長16年)、三河国幡豆郡西尾(現・愛知県西尾市)に永田久右衛門が創業したとのこと。

 時代が変われど、名古屋と「ぢ」の関係。いかにも名古屋らしいセンスがありますが、これが名古屋らしさ。今後も強固であってほしいと願います。

テーマ:名古屋・愛知 - ジャンル:地域情報

名古屋市が地下通路にこだわるわけ
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 ここ10年程で、名古屋駅地区は大きく変貌し、名古屋駅を起点に歩行者の数が本当に増えました。特にささしまライブ地区の整備が本格化するようになってからは、笹島交差点周辺の混雑が深刻で自転車の通行は極めて危険な状況になりつつありました。
 そこで、名古屋市が笹島交差点から下広井町交差点までの390mに地下通路を整備し、通路には動く歩道を設置する計画があることを明らかにしました(画像は2012年9月11日中日新聞朝刊市民版より)。
 中日新聞の報道では、愛知大学名古屋キャンパスの開校や今後の整備計画を見越した上とのことですが、愛大が開校する以前から、この辺りの歩道は混雑することが多いエリアで、その歴史は2005年の愛知万博サテライト会場やZepp-Nagoyaやシネコンのオープンまでさかのぼります。
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 ささしまライブから名古屋駅までは徒歩15分ほど。最近は愛大の学生が朝から常にこの道を歩くようになりました。あおなみ線や名鉄バスが集客狙いでいろいろやっていますが、それに反応している人がいかに少ないかは、この歩行者の多さで証明されています。夕方や休日はライブや映画を見に行く人で賑やかになります。
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 下広井町交差点。ここの時点で自転車の歩道通行は既に危険な状態で、車道を走らざるを得ない状況は日常的に発生しています。計画では、現在笹島交差点(スパイラルタワー辺り)までの地下街から、この辺りまで地下通路を辺りに建設することで、歩行者や自転車を分離することで、少しは改善が期待できます。
 しかし、気になるのは今回の計画が「地下通路」と限定されていることであり、「地下街」の整備ではない点です。網の目のように張り巡らされた名古屋の地下街は、名古屋の名物でもあります。ましてや、時代の波に乗る名古屋駅地区ですから、更に街を盛り上げるべく地下街にすればいいのではないかと思うのですが、名古屋の地下街は1978年(昭和53年)の「セントラルパーク」を最後に新規開業はありません。そういえば、ルーセントタワーオープン時に名古屋駅地下街からつながる地下通路ができましたが、地下街でなかったのを不思議に思ったことを思い出しました。どうも、名古屋市は新たに地下街を作らないのは理由があるようです。
 名古屋市公式サイト
http://www.city.nagoya.jp/jigyou/category/39-4-18-0-0-0-0-0-0-0.html
によりますと、1972年(昭和47年)に大阪市で発生した「千日デパートビル火災」をきっかけとして、地下街の防災上の問題が指摘され、以後、「地下街の新増設は公益上真にやむを得ないもの以外は厳に抑制する」という基本方針が国から出され、これを根拠に名古屋市は地下街の拡張を止めてしまったのだそうです。なお、テルミナ(昭和51年開業)やセントラルパーク(昭和53年開業)は、この基本方針が出される前から計画されていたため、安全対策を施した上で計画通り建設されたそうです。
 つまり、名古屋市で今後地下街ができる確率は、限りなくゼロに近いということの様です。都心部の集客に、そしてスペースの有効活用に地下街は有効だと思うのですが、ただ人が歩くだけの通路、何かもったいない気がします。同時に「文化不毛の地」らしい思考を強く感じます。

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今池エレジー2
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 名古屋で一番好きな街・今池。その今池が近年寂しくなっている姿を追う記事を以前弊ブログで取り上げました。

今池エレジー
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-914.html
 その後、進展がありましたので、再び取り上げます。
 名古屋には名古屋駅・栄の地下街の他にも地下街が存在しています。その中で伏見と並んで古参の地下街だった地下鉄東山線の今池駅と千種駅の地下街が来年3月末で廃止されることが明らかになりました(画像は2012年9月16日中日新聞朝刊より)。
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 長さ100mにも満たない小さな「地下街」は1960年(昭和35年)の開業で、現在は「株式会社名古屋交通開発機構」により管理運営されています。店舗の区画は大小合わせて16あるのですが、昨年秋の時点でクリーニング店、喫茶店、宝石店、書店、靴修理店の5店舗しか営業していない状態でした。そのうち、靴修理店を除く店舗が今年3月までに撤退してしまいした。
 名古屋の場合、近年は名古屋駅への一極集中が問題となっています。栄地区ですら影響を受けているのですから、その動線上に位置する今池や千種はもろに影響を受けるわけです。
 特に今池が不幸だったのは、今池の回遊ルートに地下街が合っていなかったのが致命的で、早い時点から衰退しており、最近は雨天時にボトムラインへ行く際の通路として歩く程度の存在価値しかなかったのは事実です。
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 この日の中日新聞社会面には、この地下街で宝石店を経営していた方のコメントが掲載されていました。今思うと、良く宝石店を運営できたものだと思います。それだけ今池の街に集客能力があったわけです。しかし、市街地の拡大・郊外化、更には商店主たちの意識改革の遅れが負の相乗効果となって商業が衰退し、中心部の地盤沈下が進むと共に住人の高齢化から都市部に「買い物難民」が大量発生するなど、新たな問題につながっています。

 名古屋には、このようなミニ地下街が他にも金山と上前津にあります。上前津は早い時点で地下街が消滅しましたし、金山も繁盛とは程遠い状況です。ミニ地下街の消滅。そこには名古屋が抱える新しい課題が浮き彫りになっているように感じます。根本的には地下街事業そのものへのビジョンの無さも指摘すべきでしょうが、「時代の流れ」と安易に斬り捨てる出来事ではないように感じます。

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