名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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万博鉄道まつり2017
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 3月19日、大阪の万博記念公園「万博鉄道まつり」に行ってきました。「春は大阪の万博記念公園、秋は東京の日比谷公園」という感じで、いまや国内2大鉄道イベントと言っても過言じゃありません。何といっても子供連れが多いこと。これからもクルマに頼らない公共交通を維持していくためには、早期からの英才教育ならぬ交通教育が必要なんじゃないかな。高校生まで電車・バスに乗ったことが無い人とかザラにいる現実。コミュニティバスの担当する自治体職員が公共交通は高校生以来利用したことが無いとか、ありえない公共交通に対する「無知」を少しでも解消できる良い機会になればと思います。
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 恒例の鉄道オークションでは、鉄ヲタの熱い争奪戦が繰り広げられていました。鉄道各社のブースではグッズ販売。開いた財布の紐が緩みっぱなし。鉄道趣味、それは「金(カネ)失いの道」なんです。

 交通j業者に言いたいのは、グッズ販売に力を入れるのは良いけど、もう少し潰しの効くグッズを作ってほしいかなと。キャラクターとのコラボも良いけど、それだと版権問題で結局価格に上乗せすることになるため、買えないのね。企業としても儲からないのだから、もう少し考えて欲しいかな。
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 帰りの大阪モノレール・万博記念公園駅。これだけICカードやスルッとKANSAIが普及しているはずの関西でも、いまだに切符を買って乗車する人の多さに、公共交通の現実を垣間見ることができます。スルッとKANSAIが無くなる来年度以降、この行列がどうなるか。これは今後の公共交通を考える上での指標になるかと思います。でも、今のままでは行列が長くなる恐れがありますね。
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テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

名古屋港~ブルーボネット水上バス復活
 以前、弊ブログでも取り上げました、名古屋港ガーデンふ頭からブルーボネットを結ぶ水上バスの話。事業者が突然水上バスを無断運休する事態となり、監督官庁の中部運輸局も免許の取り消しを行う異常事態となりました。

【参考】弊ブログ・名古屋港水上バス無断運休事件(2012/09/23)
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-1152.html
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 今回は、その続報です。なんと、水上バスが今年の4月11日より復活していたそうです。その情報を私は中日新聞の岐阜県向け紙面で得ました(画像は2013年4月20日中日新聞朝刊「岐阜総合」欄より)。この前後数日、中日新聞をはじめ名古屋市内向け新聞各紙を読み漁りましたが、水上バス復活を伝えた新聞は1紙も無く、名古屋市民に情報が伝えられないまま、岐阜県のみに情報が伝わる不思議な現象となりました。

 水上バスを復活させたのは東山ガーデンを運営する常滑フーズ。こちらも以前弊ブログで取り上げました、名古屋港ガーデンふ頭から金城埠頭を結ぶ水上バスと同じ業者です。これまでの航路から、「名古屋港ガーデンふ頭~ブルーボネット~金城埠頭」とルート変更したそうです。その時の乗車レポートはこちら。
 
【参考】弊ブログ・名古屋港の水上バス(2011.07.14)
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-966.html

 運賃は名古屋港ガーデンふ頭~ブルーボネットが600円、同~金城埠頭は900円。金城埠頭までは以前は700円でした。名古屋港と金城埠頭を結ぶだけでは、金城埠頭のポートメッセなごやでイベントが無いと苦しいだろうと思っていましたが、ブルーボネットとつながったことで利用者を確保するルートを確保できました。
 名古屋では、中川運河の水上バス構想も浮上しており、今後も水上交通を発展させるための考察が行われています。観光も結構ですが、日常的な交通機関として水上交通を発展させられないものかと思います。

【参考】東山ガーデン公式サイト
http://www.higashiyama-garden.com/samurai_cruise/ship_garden1.html

テーマ:名古屋・愛知 - ジャンル:地域情報

熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船5
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 2012年9月29日に行ってきました、三重県尾鷲市の須賀利巡航船特集の5回目、今回で最終回です。
 須賀利港を16:30に出た尾鷲行き最終便は16:50、再び尾鷲港に戻ってきました。折り返し17:00発の須賀利行き、97年続いた須賀利巡航船の最期を見送ることにしました。この船に乗ると尾鷲市街へ船で戻ることはできません。したがって、須賀利の住民以外は乗らないと思われましたが、どう見ても同業者らしきリュックを担いだ人が1人だけ乗っていきました。須賀利から先はバスがなく、山を越えて6km先の紀北町島勝まで歩く必要があります。しかも、終バスには間に合いません。おそらく、須賀利にクルマを置いているのでしょう。最後の最後で貸切なんて、何と贅沢な体験なのでしょうか。
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 須賀利巡航船が須賀利を拠点にしている性格上、この便は須賀利港への回送も兼ねているのですが、地元の人が誰も乗らない須賀利巡航船97年の歴史の終止符を打つ最終便。これには寂しいものを感じました。翌日に地元住民限定による廃止式典があり、お別れ乗船が企画されていたそうですが、定期便の最後に地元民ゼロという事実。巡航船としての終焉を見た気がしました(なお、翌日のイベントは台風のため、屋内での廃止式典以外は中止になってしまったそうです)。
 助手さんが最後の航海を前に船体を水洗いするなか、最終便に乗る人もいないことから船長さんが早々に戸締りに入ります。
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 「本日欠航」という札を出して、
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 シャッターが降ろされました。
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 桟橋が跳ね上げられると、
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 汽笛を鳴らして静かに巡航船は動き始めました。須賀利への最後の航海です。
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 10名ほどの同業者がひたすらシャッターを押すなか、船が見えなくなるまで見送りました。これで97年にも及ぶ熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船の歴史は終了しました。
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 「本日欠航」。しかし、もう巡航船が就航することはありません。

 須賀利巡航船の廃止。これに大きく依存する須賀利地区から表立った反対の声はありませんでした。最大の要因は既に道路も開通し、天候に左右されにくい交通機関を求める声があったためです。
 地元では2012年1月に巡航船の存廃について住民投票が行われ、巡航船廃止に過半数が賛成という結果が出ました。利用者の減少に歯止めがかからず、頼りの高校生も須賀利に暮らす生徒は1人だけ。しかも、その家庭は親が尾鷲市街へ通勤しているため、親のクルマに同乗しているそうで、巡航船を利用する高校生はいなかったそうです。
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 一方で、住民の高齢化が進み通院の足を求める人が増えていたようです。巡航船の致命的な弱点。それは病院への直通運航ができないこと。尾鷲市街地の尾鷲総合病院やJR尾鷲駅周辺のスーパーへ行く場合は、尾鷲港からタクシーに乗り換える利用者が増えていたようです。尾鷲港からJR尾鷲駅までは徒歩15分、尾鷲総合病院は20分ほどですが、緩やかな登り坂でもあり、高齢者には厳しいと思われます。
 所要時間は2倍以上かかっても、タクシー代が不要になり逆に財布に優しくなる。その上、病院も駅もスーパーも近くまで直通運転してくれる。尾鷲市街まで行かなくても紀北町海山地区での用事も対応できる。バスへの移行は利便性に限らず、天候に左右されない「地域の生命線」として必要であるという須賀利地区住民の選択が、船からバスへのバトンタッチにつながったのでしょう。
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 ただ、残念なのは代替交通が行政のセクショナリズムによって分断されていることです。尾鷲市街地からの三重交通のバスは現行どおり紀北町の島勝まで。島勝から須賀利までは尾鷲市のコミュニティバス(画像の様なワゴン車)に乗り換えるスタイルとなりました。
 本来なら、須賀利まで三重交通のバスを延長し、尾鷲市と紀北町が運行距離に応じて補助金を分担すれば良いのですが、この路線の場合は須賀利地区が尾鷲市の飛び地である特殊性や地区内に300人ほどしか住んでおらず、バスの赤字額増大が避けられないため、尾鷲市域へのバス路線延長でバスの運行補てんが増大する恐れが高い紀北町への配慮や、この方式の方が尾鷲市の負担が軽いためと思われます。
 97年続いた熊野灘最後の渡し船「須賀利巡航船」。船が支えた重要な任務をこれからはバスが支えます。住民が選択したバスですから、私からは異議は申しません。ただ、選択したバスが巡航船の伝統を引き継ぎ、永続的に走り続けられるように支えて欲しいと思い、今回のレポートを締めたいと思います(完)。

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

熊野灘最後の渡し船「須賀利巡航船」1
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 今回より2012年9月末で廃止になりました三重県尾鷲市の「須賀利巡航船」特集をお届けします。
 毎年3月末と9月末は乗り物好きにとって重要な時期です。それは公共交通機関の「廃止」による最終運行・運航が、この両日に集中するからです。2012年9月末も全国各地で乗り物が「最後の日」を迎えました。その「候補」の中から、今回は尾鷲の「須賀利巡航船」に乗ることにしました。
 船による「定期航路」という、私にとっての珍しさもありますが、訪問の決め手となったのは地理的な特殊事情を抱えた地域から外界を結ぶ地域への唯一の交通機関として、文字通り地域の「生命線」であった巡航船の貢献度の高さに惹かれたためです。

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 三重県尾鷲市須賀利町(すがりちょう)。人口約300人。尾鷲湾北部、須賀利湾に面した漁村です。江戸時代には江戸~大坂間を往来する廻船の風待ち港として栄え、明治時代は桑名から「赤須賀船」と呼ばれる日用品を積載した船が来航したため、須賀利は地元から出ずとも自活できる環境にあったそうです。須賀利は尾鷲市に属していますが中心市街地とは陸続きではなく、海を挟んで向かい合う位置関係にあります。須賀利と陸続きであるのは三重県紀北町です。しかし、紀北町とは1982年(昭和57年)に県道が開通するまで道路が無く、ほんの30年程前まではクルマで訪れることも不可能であった、まさに「陸の孤島」だった地域です。
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 その須賀利と尾鷲市街を結んでいたのが「須賀利巡航船」でした。30年前に県道が開通しても、紀北町(旧海山町)島勝まできていた路線バスは山を越えて約6km先の須賀利まで来ることはなく、1915年(大正4年)に運航開始してから97年間、須賀利の生命線として運行が続けられていました。

 私が出かけたのは2012年9月29日。翌30日は日曜日で観光客が集まりそうですが、なんと須賀利巡航船は日曜日は全便運休。したがって、9月29日が須賀利巡航船にとって97年間の歴史を締めくくる最後の運航日です。土曜日でしたので、JR東海のフリーきっぷ「青空フリーパス」(2,500円)を利用し、尾鷲へ向かいます。
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 まず、JR名古屋駅9:35発の快速「みえ」1号で松阪駅まで先行します。本当は名古屋7:49発の快速「みえ」51号に乗りたかったのですが、前日までの激務(?)が祟り、寝過し痛恨の出遅れ。名古屋からフリー乗車区間最南端の紀伊長島まで片道2,700円(伊勢鉄道経由)。片道だけで十分元が取れることから、出遅れを取り戻すべく松阪で11:14発の特急「南紀」3号に乗り換えて尾鷲へ。自由席特急券は1,150円。土曜日ですが、車内は半分位席が埋まる程度と寂しい入り。フリー乗車区間は紀伊長島までなので、車内で紀伊長島~尾鷲間の乗車券400円は別途負担。今回の目的は1日4便しかない「船」。特急に乗り、一刻も早く尾鷲に着かないと船に乗れないというのが真相だったりします。
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12:38、尾鷲駅に到着。狙っていた尾鷲港12:30発の須賀利行き巡航船には乗れませんでしたが、須賀利13:00発の尾鷲行きが尾鷲港に13:25に到着するので、巡航船を出迎えに尾鷲港へ向かいます。バスもあるのですが、時間があるので歩いてみることに。
 駅前の緩い坂をひたすらまっすぐ15分ほど歩いて行った突き当たりが、須賀利巡航船が発着する尾鷲港です。最初で最後の須賀利巡航船。最終運航日なのに台風が接近しており「明日には日本列島上陸」という状況下で天候が非常に心配でしたが、空は曇ってはいるものの波は穏やかなので巡航船の運航には支障はなさそうです。
 尾鷲港はお昼時で漁業関係者も作業を終えていることから、静まり返っていました。海上保安庁の巡視船が停泊していましたが、こちらもお昼休みの様子。さて、お目当ての須賀利巡航船の乗り場はというと、この尾鷲港の岸壁をぐるっと回った先の先にありました。
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 13:15、須賀利巡航船乗り場に到着しましたが、最終運航日だというのに同業者の姿が見えない。鉄道や路線バスの最終運行日に何度も行ってますが、これほど寂しい最終日を見るのは非常に珍しい事でした。ただ、到着が近づくと同業者さんが3名ほど、付近に停まっていたクルマから出てきました。クルマのナンバーは「名古屋」「大阪」など。遠征組が多い様子でした。公共交通の最終日だというのに、公共交通を使わずクルマで尾鷲へやってくる同業者さんに複雑なものを感じました。
 13:20、汽笛を鳴らして須賀利巡航船「すがり丸」が入港してきました。小さな船です。港に入り、水面に小さな弧を描いて接岸です。その様子が冒頭の画像です。乗客が下船してきます。しかし、お客さんは同業者さんばかり。地元の方と思しき人はわずかでした。
 須賀利巡航船もここで一旦昼休み。次の出航は15:50なので、それまでの2時間余で、尾鷲市街を散策することにしました(続く)。

テーマ:ぶらり旅 - ジャンル:旅行

木曽川「日本ライン下り」存亡の危機
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 岐阜県美濃加茂市から愛知県犬山市の木曽川を下る遊覧船「日本ライン下り」が来年度の運航を休止することが明らかになりました(画像は2012年12月18日中日新聞夕刊より)。
 日本ライン下りは、木曽川の川文化を現代に伝える象徴でもあります。もともと、木曽川は上流からは森林資源、下流からは生活物資が行き交う交易の場でした。特に有名なのはヒノキに代表される木材輸送です。木曽川とその支流である飛騨川や付知川・王滝川は、鉄道やクルマなど輸送機関の無かった時代には豊富な木材の輸送経路として機能しました。木曽や飛騨からの木材は山で切り倒すと川に流され、錦織(岐阜県八百津町・飛騨川を除く木曽川水系)や下麻生(岐阜県川辺町・飛騨川)で集められると筏に組み直して、桑名(三重県桑名市)や白鳥(名古屋市熱田区)に運ばれました。
 しかし、中央西線(鉄道)や森林鉄道の開通により、輸送機関が鉄道に移ると川による木材輸送は衰退し、1923年(大正13年)に木曽川を堰き止めた大井ダム(岐阜県恵那市)が完成すると木材輸送そのモノができなくなり、1925年(大正15年)に錦織網場も廃止。木曽川による木材輸送は消滅したのです。
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 時期を同じくして勃興したのが「観光」という概念。日本の景観に対する新しい見方を広め「日本風景論」(明治27年)を著した地理学者・志賀重昂(しがしげたか)が、1914年(大正3年)5月に当時の(岐阜県)加茂郡教育会の講師に招かれた折に犬山までの木曽川下りを楽しみ、その風景がヨーロッパのライン川に似ているとして、この間の木曽川の河川美を「日本ライン」と命名したことにより、輸送機関から観光地としての歴史が始まります。
 「日本ライン下り」は大正時代から本格的に始まったそうですが、現在の日本ライン下りは1950年に運航開始。毎年3~11月に木曽川両岸の奇岩を見ながら美濃加茂市から犬山市の13kmを約1時間かけて下るものです。最盛期の1970年代は、年間50万人の利用者を記録したものの徐々に減少。1993年に死者1名15人負傷の転覆事故を起こし、利用者の減少に歯止めがかからなくなり、2001年に年間7万人まで減少。これまで名鉄子会社の「日本ライン観光」が運営し、日本ライン今渡駅・美濃太田駅からのバス運行(東濃鉄道)や美濃太田のシュロス(レストハウス)運営を含めて、名鉄グループが一手に運営していましたが、2003年に採算割れと名鉄グループの大リストラの一環で解散。その後は犬山市や各務原市の企業経営者出資による「木曽川観光」が運営を引き継いでいましたが、美濃加茂市の乗船場へ行くバス路線も廃止となり、利用者はさらに減少し運営環境は厳しくなりました。
 そして、昨年8月に静岡県で死者5人を出した天竜川下り転覆事故がとどめを刺してしまったようです。昨年は内部留保を切り崩し300万円の赤字。今年も1000万円近い赤字で採算が取れないと判断したようです。
 この話題、中日新聞が夕刊で先行し、翌日朝刊で各紙が取り上げていました。中日新聞に至っては朝刊でダメ押しするほどの熱の入れようでした(画像は2012年12月19日中日新聞朝刊より)。
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 少し前に、近年の運行状況について岐阜新聞が先行報道していました。昨年の利用者数は2万3000人、今年の利用者数は過去最低の1万8100人にまで落ち込んでしまっていたようです(画像は2012年12月1日岐阜新聞朝刊「県内版」より)。更に一昨年は約3万2,000人だった(2012年12月19日読売新聞による)ということで、前年比25%前後の大幅な観光客減少が3年も連続でしていたわけです。天候不順や景気後退・船舶事故の風評など外的要因に限らず、経営ビジョンにも問題があったように感じます。
 実は私も利用したことはありません。調べてみると、乗船料金は大人1人3,400円!!びっくりしました。そりゃ、招待でもされない限りは利用できないですわ。すると、団体のツアー客がメインとなるわけで、より厳しい運営環境だったことが伺えます。
 そもそも、川下りは一方通行ですから、商売道具の船はもちろんのこと、乗船場へクルマで来たお客さんも下船場から再び乗船場まで送り届けねばなりません(ここはクルマの回送はやっていないそうです)。これだけでも結構コストがかかります。また、日本ラインの拝観料や船頭さんの技術料も考慮すると、どうしても料金は割高になるのが何となくわかります。
 しかし、ライン下りの振興策を考えるのは随分大変かと思います。犬山の観光とリンクさせると言っても、ライン下りはわざわざお客さんを美濃加茂まで呼び込む必要がありますからね。「日本昭和村→ライン下り→犬山観光」なんて行程は観光バスツアーぐらいしかやらないし、その企画・アイデアを考えるのは結構難しい気がします。
 江戸時代から続いた木曽川の水上交通。そのDNAを受け継いで1世紀近く続いた日本ライン下りの歴史は、断絶の危機に瀕しています。

【参考】木曽川観光公式サイト
http://www.kisogawa-kankou.com/
【補足】2012.12.22
 画像を追加の上で文章を加筆修正しました。また、来年の日本ライン下りは休止することが正式に決まってしまいました。

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名古屋港水上バス無断運休事件
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 名古屋港ガーデンふ頭から名古屋港にあるフラワーガーデン「ブルーボネット」を結ぶ水上バスが、今年5月から運行されていないことが明らかになりました。この水上バスは定期航路ですから、許可なく運休や廃止することができないのですが、運行会社は監督官庁である国土交通省中部運輸局へ届け出をせずに無断で行ったことから問題になっています(2012年8月30日朝日新聞朝刊より)。
 中部運輸局は運行を確保するように命令を出しているそうですが、運行している兵庫県の会社からの反応はないそうです。9月に聴聞会があり、それに出席しない場合は事業許可を取り消されるそうです。

中部運輸局海事振興部プレスリリース(2012.8.29)
有限会社神戸リゾートラインに対する「運航確保命令」の発出について
http://wwwtb.mlit.go.jp/chubu/kisya012/kaishin120829.pdf

 水上バスの公式サイトを検索しても、現在は個人ブログにつながってしまいます。正直なところ、夜逃げじゃないかなという気もします。水上バスは毎週月・火曜が運休で、1日9往復。定員28名で片道運賃500円。全便満席で1日の売上252,000円。乗車率50%で126,000円、同30%で75,600円。おそらく、利用者数が相当少なく、悲惨な運営状況だったのかもしれませんね。過去に名古屋港と金城埠頭を結ぶ水上バスに乗りましたが、あちらも悲惨な状況したからね。その時の模様を弊ブログでも取り上げました。
 ↓その模様です。↓
弊ブログ「名古屋港の水上バス」
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-966.html

 そもそも、「ブルーボネット」は中部電力が創立50周年事業として、新名古屋火力発電所の緑地の一部を庭園として整備し一般開放したものだそうです。ということは、中電が来場者輸送にも一枚噛んでいるのだろうと考えてしまうのですが、ここまで事態が進むのは中電が場所だけを提供するにとどめ、水上バスの運営については一切ノータッチだったみたいですね。
 現在、ブルーボネットへのアクセスは名古屋港から10分で行けた水上バスが無くなったため、金山・神宮前・新瑞橋から市バスで30分揺られるのだそうで、行くだけでもちょっとした小旅行ですね。来場者が減ってしまわないか心配ですが、中電は本業がそれどころじゃないのが現実みたいですね。
 同時に海上交通や水上バスなど、水上交通機関の運営の難しさも感じます。名古屋で水上交通は定着できるのでしょうか。

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県営名古屋空港展望デッキ一般開放
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 久しぶりに県営名古屋空港へ行ってきました。ターミナルビル(旧国内線ターミナル)の3階に展望デッキがオープンしたというので、その見学が目的です。
 実は、展望デッキ自体は旧名古屋空港時代から存在していたのですが、セントレア(中部国際空港)が開港した2005年以降は閉鎖されていました。FDA(フジドリームエアラインズ)が名古屋空港に就航した2010年10月31日に1度だけ展望デッキの一日開放が行われただけで、県営名古屋空港の展望デッキは幻のモノになっていました。したがって、県営名古屋空港は搭乗口入口まで見送ることはできても、飛び立つ飛行機を見送ることができない残念な状態が7年間も続いていたのです。お隣にある「エアポートウォーク」に展望デッキはあるのですが場所が悪く、飛行機を見に行くにはあまり適当な場所ではありませんでした。
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 そこで、空港運営会社が創立55周年記念事業として、見晴らしを良くするために展望デッキをかさ上げ改造して、7月19日に再オープンしたというわけです。早速、ターミナルの中へ入ってみましょう。かつては利用者でごった返していた名古屋空港もANAが撤退し、続いてJALも撤退してしまい、いまやFDA(フジドリームエアラインズ)の飛行機が毎日13便発着するだけとなりました。発着時間が集中する朝と夕方以降を除くと閑散としています。
 私は子どもの頃、当時の名古屋空港着陸航路の真下で暮らしていました。航空機や自衛隊機も混じり、朝は7時過ぎから夜9時過ぎまで10分間隔ぐらいで絶えずやってくる飛行機の音を聴いて育ちましたので寂しい限りです。
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 到着ロビー脇にあるエレベーターに乗り、3階に向かいます。エレベーターは昔と同じで大型でゆっくりと移動するタイプです。大量輸送を担っていたはずのエレベーターですが、今は輸送能力をもてあそぶ程度です。
 3階に到着すると、展望ロビーに到着です。冷房が良く聴いていて本当に涼しい空間です。ロビーには1階にもある出発・到着時間を知らせるモニターがあって、出発時刻までハロービーで待機し、時間になったらデッキへ飛び出すなんてことも可能です。本当に静かで快適な環境です。
 では、出発時刻が近づいてきましたので、展望デッキに行ってみましょう。
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 今回の一般開放の為に改装しただけあって、真新しいデッキでした。私も旧名古屋空港時代以来、随分久しぶりに眺望を楽しむことができました。
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 県営名古屋空港の滑走路って、こんな感じだったんですね。県営になってから、ここから飛行機に乗ったことはないので、しばらく観察していました。手荷物検査終了後、荷物を持って滑走路上を歩いて搭乗するというのは噂に聴いていましたが、
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 この光景はすごい。合理化というか何というか。でも、飛行機を利用するにあたって、都市部の空港では貴重な経験ができますね。
 また、県営名古屋空港の滑走路挟んだ向かいには航空自衛隊小牧基地も隣接しており、自衛隊機の観察や撮影も堪能できます。
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 FDAといえば、同じ機種(厳密には2種)に同じデザインの異なったカラーとなっており、航空機マニアだけでなく、子供達やその親にも興味を持ってもらえるかもしれません。展望デッキは入場料無料ですから、県営名古屋空港だけでなく、FDAにも良いアピールになることでしょう。ちなみに、朝一番機が飛び立つ前7:40頃には、カラーの違う最大4機の旅客機が見られるようです(日程によって異なる場合もあるので要確認)。
 なお、展望デッキの開放時間は7:00~18:30となっています。

テーマ:名古屋・愛知 - ジャンル:地域情報

社会実験考
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 興味深い社会実験が始まっているようなので少し取り上げます。
 名古屋大学(名大)が文部科学省の助成を受け、約4000万円を投じて東山キャンパスに充電施設を3ヶ所新設し、電動アシスト自転車を購入。教職員が太陽光発電システムで30台の電動アシスト自転車を充電し、東山キャンパス(名古屋市千種区)構内移動の差に利用する実証実験を6月から始めているそうです。名大はキャンパスが東西に広く、丘の上にあることから構内の高低差も大きく、教職員は日常の構内移動でもバイクや自動車を使う人が多いことから、電動自転車の導入で構内での二酸化炭素(CO2)の発生量の少ない移動システムの可能性を探っているそうです(画像は2012年5月31日中日新聞朝刊市民版より)。
 そのシステムはこんな感じ。まず、キャンパス内に錠の付いた無人の自転車置き場を3ヶ所設置し電動自転車を貸し出す。自転車置き場では太陽光発電でバッテリーを充電。電動自転車の電気残量が足りないときは、利用者が置き場にある充電済みのバッテリーと取り換える。
 利用登録した教職員に鍵代わりとなるICカードを配布し、私物のスマートフォンに専用ソフトを組み込んでもらう。利用者はカードで置き場の錠を取り外し、1回2時間まで電動自転車を借りる。利用後は元の置き場に返却する。自転車は24時間いつでも借りられ、自転車を借りて移動するとスマホの全地球測位システム(GPS)機能で位置情報を把握。移動データをもとにバイクや自動車を使った場合のCO2発生量を推定し、CO2削減効果を把握するとのこと。
 ここまで読んでいると、「さすが、名大の先生は考えていることが違うねぇ~」と唸りたくなるのですが、一方で疑問も浮上してきましたので、思うことを少し書いてみます。

 まず、根本的なことで言うと、こういうことは国から助成金を受けねばできないことなのかということ。そもそも、教職員が利便性という目先の利益の為に、構内移動であれどクルマやバイクを利用していた倫理的な部分での実態が問題であり、それを長年黙認していた内規や体質的な問題じゃないのかと。
 今回の実証実験について、コンセプト自体は間違ってはいないと思いますが、名大が単独で(少なくとも地方国公立大や私大より)潤沢な予算から、構内移動専用の自転車を用意すれば済むことだったのではないかと。過去に名古屋市と共同で行った「名チャリ」では、市内の放置自転車を引っかき集めたというのに。電動自転車だからバッテリーの問題があるので、中古車は導入しなかったのでしょうか。
 今回の目的は二酸化炭素の発生量を推定するため「数値」が必要なようですが、実験終了後の自転車や設備のあり方まで思うと、数値や設備に頼らない程度でも内面的な変革でも一定の効果は挙げられなかったのかと思い、何か内に甘いイメージを持ってしまいました。

 大学の先生は研究・教育の他に、重要な仕事として予算の獲得があるそうです。その予算を見事獲得したという記事という解釈でいいかもしれません。社会実験の内容よりも「大学の先生って、結構大変なんだ」というのが記事を読んでの結論でした。

 なお、来年度には医学部のある鶴舞キャンパス(同市昭和区)にも置き場を増設。電動自転車を計40台に増やす計画で、キャンパス間の移動についても自転車利用によるCO2削減効果を調べるそうです。キャンパス間って、東山から鶴舞ですか?そんな移動がどの程度あるか知りませんが、それより名大医学部の隣にある名古屋工業大学にも協力を仰ぎ、JR鶴舞駅の駐輪対策を責任の一端である大学サイドでも考えていただきたい。
 昨年、駐輪場が整備されて改善こそされましたが、それまでJR鶴舞駅周辺における駐輪マナーの悪さは名古屋市内でも有数のモノでした。その原因の一つは、鶴舞駅から名大医学部・名工大へ向かう学生や教職員の自転車です。9月より鶴舞駅周辺も駐輪場が有料化されますので、また変化がみられると思いますが、キャンパス内だけでなく地域との共存も考えていただきたいと、鶴舞駅を良く利用する地域住民の端くれとして申し上げ、記事を締めたいと思います。

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