名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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瀬戸市・菱野団地住民バス社会実験
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 お久しぶりの乗りものレポートです。
 各地で公共交通、特にバスの社会実験が盛んに行われています。ここ数年で大きく変わったのは、住民が行政やバス事業者に陳情・委託して行ってきたものが、バス事業者も運転士の高齢化及び定年退職後の再雇用契約すら満了するようになり、人員確保が困難になってしまったことから望み薄となったことから、住民自身が実際にバスの運転士として携わり、住民が地元の公共交通を自ら確保し維持しようとする動きが始まっています。これは地元にバス会社・タクシー会社も無い過疎地域で行われていましたが、都市部でも導入する動きが見られます。
 今回は愛知県瀬戸市での社会実験を取り上げます。
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 愛知県瀬戸市にある菱野団地は愛知県が瀬戸市の南部に開発し、1969(昭和44)年より入居が始まった住宅団地です。菱野団地は原山台・萩山台・八幡台の3ブロックに分かれており、現在は人口14,000人ほどが暮らしています。街の設計は黒川紀章氏による独特な発想によるもので、菱野団地を構成する3ブロックを合わせると「クローバー」や「葵のご紋」のようなデザインで、団地の中心部に高層住宅や商店、外周部に低層住宅を配置しています。また、交通事故防止策として団地内の生活道路からから団地外へ出入りする外周道路への出入経路最小限に抑えられている上に、すべてT字交差点になっています。最近の住宅団地では当たり前の設備ですが、半世紀前の時点でクルマ社会を想定した設計であるのは特筆すべき点です。
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 菱野団地は名鉄尾張瀬戸駅・地下鉄藤ヶ丘駅、名鉄バスセンターからの直通と3本のバス路線があり、尾張瀬戸駅へは1時間2本、藤が丘へは1時間1本程度バスが運行されています。名古屋都心からのアクセスも良い環境ですが、路線バスは団地の中心・商店街のある団地の中心部寄りしか走らないことから、団地でも外周部に住んでいるとバス停まで随分歩かねばならない地域もあります。
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 近年顕著になっている団地にありがちな住民の高齢化現象は、ここでも例外なく見られます。高齢になりクルマの運転が難しくなると、団地中心部にある商店や通院などのために団地中心部のバス停へ行くなど、基本的な日常生活動作において支障が出てきます。菱野団地は幸運にも丘の上にあることから坂道が比較的少ないのですが、クルマから自転車に乗り換え、更に自転車も諦めた人にはクルマ社会を想定した街路設計の街では暮らしにくくなります。瀬戸市が調査した2010年のデータでは菱野団地の住民のうち、65歳以上の人が28.2%を占めていたそうです。郊外の住宅団地において、クルマを失うことは生活の軸を失うことに等しく、同時に生活圏ですら移動を困難にすることは住み慣れた団地を離れなければならない恐れもあるのです。近年、都心部への人口回帰が続いていますが、これは若い世代に限らず、郊外団地での生活継続が困難になった高齢者世帯が住環境の良い都心部へ戻っているケースが相当数あり、名古屋から20~30kmしか離れていない団地でも実際に起こっています。
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 「住み慣れた地域に引き続き暮らすためには、外出をするための支援が必要である。」この見地に立った「団地住民による、団地住民のための」新しいタイプの路線バスが各地で生まれています。東海地方でも、愛知県春日井市・高蔵寺ニュータウンの「サンマルシェ循環バス」や岐阜県多治見市「古虎渓よぶくるバス」など、郊外の住宅団地を発着点とする新しいタイプの路線バスが、既存の路線バスでカバーできなかった部分にメスを入れ、地域内で熱狂的なファンを増やしながら成長しています。
 今回の社会実験は、菱野団地の外周部から中心部にある商店や名鉄バスのバス停を結ぶことにより、団地内の移動を円滑に行うことを目標にし、これらの流れに追随したいのだと思われます。
 平成29年7月10日~12月26日までの月曜日から土曜日(祝日を除く)に2つのコースで1日5本運行されます。運賃は無料!
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  1台はトヨタのハイエース、もう1台は低速電動バス「e-COM」という群馬県桐生市のメーカーが群馬大学と共同開発したクルマで、10人乗りの電動バスを借りて運行しています。バッテリーに充電した電気で動くもので、1回のフル充電(8時間)で40㎞走り、晴れた日は天井にある560Wのソーラーパネルでバッテリーの半分を賄うのだそうです。私が乗りに行った日は前日からの雨が朝まで降っていたことから、ソーラー発電がほぼ絶望的な状態。バッテリーに不安があることから、悪天候時は充電するために40分程度の「休憩時間」を設けているとのことでした。なお、充電は家庭用の100Vコンセントでできるそうです。
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 電動バスの後部に「19㎞」という表示がありますが、これは公安委員会の制限でも何でもなく、e-COM8の最高スピードが時速19㎞しか出せないためだそうです。原付バイクの制限速度が時速30㎞ですから、自転車に毛が生えた程度の相当ゆっくりなペースで走るわけです。だから、走行中に後続車が列をなすことがあると、脇に避けて追い抜いてもらいながら進みます。団地の中心部にはバス停を設置していますが、団地の周回道路にはバス停は設置されておらず、手を上げればどこでも止まってくれるフリー乗降できるようになっています。
 電動バスが普通自動車運転免許があれば運転できることから、今回の社会実験では地元住民がボランティアで運転士を行います。運転手にも1回4時間勤務で500円の報酬があるとか。
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 乗った感想ですが、ハイエースは車両能力を持てあます状態。所々で時間調整していました。一方のeCOM-8はゴルフ場のキャディーカート並みのスピードで本当にゆっくり走ります。冷暖房一切ないので、非常に暑かったです。また、バス通りを一本外れると集合住宅エリアでは路上駐車が非常に多いのも菱野団地の特徴です。バス停の前にも路上駐車。いくら社会実験とはいえ、これはひどいですね。団地内での温度差を象徴する場面でした。ちなみに、この停留場は機能せず、バスの係員が道路の斜め向かいにある集会所に誘導してそこで乗降する惨状。
 今回、地元の方に話を伺いましたが、団地住民の間でも温度差が非常に大きいこと、団地全戸にチラシを配布したが試乗した住民から「チラシが欲しい」という利用者が多く、配布しながらろくに読まずに捨ててしまった住民が相当数いることなど、非常に厳しい話を聞かせて頂きました。乗車人数の記録もチラリと見ましたが、「正」の字が書けない様で、非常に厳しいみたいでした。
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 最終便は保育園の帰宅時間と重なり、子どもの利用が多いのが特徴でした。アトラクションの一環だとしたら面白いでしょうが、これが有償運行となった場合、仮に1乗車100円にしても利用する人が本当にいるのか非常に気になりました。1日5本、昼間のみの運行。午後2時過ぎには運行終了。利用する方がコツがいるようでは厳しい印象を持ちました。団地の外周部住民に活路を見出さねばなりませんが、外周部は戸建て住宅であるため、利用者確保にも限度があります。最近はコミュニティバスに協賛スポンサーを募る手法も良くありますが、菱野団地内に商店も少ないことから、これも難しそうですね。高蔵寺や古虎渓の様なバスに発展させるためには相当な改善とメスを入れないといけない気がしました。団地内も良いですが、団地の外にもスーパーなどがあることから、せめて菱野団地からも近い愛知環状鉄道の瀬戸口駅まで延長すると、少しは使えるかと思います。名鉄バスとも事実上競合してませんし。充電の問題があるかもしれませんが。
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テーマ:名古屋・愛知 - ジャンル:地域情報

岐阜市・再び路線バス再編へ
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 岐阜バス・名鉄バス・市営バスの3社競合から岐阜バスへの統一、そして路面電車廃止。この10年ほどで劇的な変化を遂げた岐阜市内の公共交通ですが、2020年度を目標に行政主導で再編される計画であることが明らかになりました。
 その内容は、現在JR岐阜駅と各地の間を直通運転している40路線ある現在の路線網を、岐阜駅と郊外を結ぶ「幹線」と、郊外の住宅地を走る「支線」に分類し、「幹線」は各方面ごとに作られ、需要に応じて一定の頻度で運行される。幹線と支線の乗り換え拠点となる「トランジットセンター」を市内数ヶ所作り、トランジットセンターを発着する「支線」の運行本数は幹線より少なくなるものの、学校や病院に住民が通う時間帯は増やすなど、地域の実情に合わせたダイヤにする。ここには岐阜バスの路線のほか、各地域がタクシー会社などに委託して運行するコミュニティバスもトランジットセンターに乗り入れ、乗り換えの不便を軽減させるとのことです。
 岐阜市のバス路線再編は、バスの定時運行か直行性かをめぐり散々議論された結果、既存の直行性を選択した現実があります。路線番号を作ったり、ICカードを導入したりと、浜松の遠州鉄道のようになるのかと思っていましたが、現実は非常に厳しかったようで、利用者数は微増ながらも、半数の路線は赤字で岐阜市が毎年1億円近い補助を強いられるそうです。公共交通を以下に残していくかを考える場合、利用するのも大事ですが、同時にコストを抑えていくことでもあります。
 確かに、岐阜市内ならまだしも山間部の末端部まで大型バスで乗り込む必要性はないのであって、輸送効率からすれば小型バス、場合によってはワゴンでも良い地域だってあるはずです。ただ、乗り換えの手間などを考慮した再編成を構想しないと単なる末端部切り捨てで終わらない様、熟考を願いたいところです。
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 しかし、トランジットセンターを市内各地に造るのも大変ですね。また、田んぼの真ん中とかに造られては、バスに乗るためだけに移動を強いられるため、かえって不便になることもあります。「そこに人が集うこと」を重視した方が良いかも。別にハコモノを造らず、どこかのショッピングモール駐車場を借り切ってしまうのも一考かと思います。
 今回の構想、実は岐阜市は2008年9月に岐阜市北西部を走る岐阜バスの路線の一部を岐阜大学病院をトランジットセンターに見立てて実施していたのですが、わずか5年で岐阜大学病院より先のバス路線は廃止となり、現在はコミュニティバスが細々と走るだけという惨状となりました(元々、利用者が少なく、支線部分だけではどうしようもなかったようですが)。この黒歴史を打ち消して欲しいものです。

テーマ:東海地域情報(愛知・岐阜・静岡・三重) - ジャンル:地域情報

多治見市バス運賃上限200円制度の光と影
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 久しぶりに乗り物の話題を取り上げます。
 2015年10月1日より東濃鉄道が岐阜県多治見市内を運行するJR多治見駅発着の路線バスのうち、平日の10時から16時に出発または到着する便について、運賃の上限を200円とする『多治見市内路線バス昼間運賃割引制度』が始まりました。
 実は多治見市では2012年11月~2013年1月の3ヶ月間、市内の一部路線でほぼ同じ条件でバスの社会実験を行った結果、通常より利用者が12%増加したことが分かりました。また、もともと、多治見市では朝夕の通勤・通学客にバス利用が偏重しており、昼間のバス利用者数は全体の1/5にまで減少していたため、公共交通を維持させたい多治見市と安定した経営環境を維持したい東濃鉄道との思惑が本格実施に動いたものということです。(画像は中日新聞2015年8月25日朝刊岐阜県東濃版より)
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 自治体全域で200円均一運賃とし、損益は多治見市が補填する試みは全国的にも珍しく、名古屋のメディアで大きく取り上げられました。しかし、その内容は結構デタラメでした。報道では「多治見駅前~滝呂台経由~笠原車庫前まで480円だったのが200円と半額以下」という点がやたら強調されましたが、このバス路線は多治見市の外縁を大回りする路線で、この経路で全線利用する人は皆無です。地元の方は、多治見駅前から笠原車庫へ向かうなら、地元民は最短経路の大畑経由のバスに乗っています。この場合の運賃は300円であり、値下げ幅も33%にとどまります。
 そもそも、多治見市内でも多治見駅前又は駅北口から400円以上の区間は限定的であるため、多くの市民にとっては10~30%程度の値下げであるのです。

 しかし、この200円バス開始の裏で東濃鉄道は、
・多治見・土岐市・瑞浪各駅から1.5km以内の100円運賃制度の廃止。
・9.5km以上の500円上限運賃制度の廃止(→600円上限運賃に制度変更)。
・平均2.6%の運賃の値上げ。

といった実質値上げを断行していました。中日新聞によると「100円運賃や500円上限運賃は2002年より導入されたが効果は限定的で、近年は利用者数が毎年3~5%減少していた」とのことです。600円上限運賃制度で恩恵を受けられる利用形態は「瑞浪駅前~明智駅前」ぐらいでしょうか。消費増税を除くと20年値上げをしていなかったとはいえ、200円バス制度の導入によって、多治見市内の利用者がある程度増えない限りは200円バスによる損失の尻拭いを多治見市当局と、土岐市南部や瑞浪市南部及び恵那市明智町などJR中央線の駅までのアクセスを東濃鉄道のバスに依存しているバス利用者、更には名古屋へ向かう高速バスの利用者に負担を強いる構造になってしまったわけです。(画像は中日新聞2015年9月2日朝刊岐阜県版より)
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 2015年12月末に多治見市が速報値を発表しました。200円バスの利用者数は制度開始前の15%増となり、目標の12%増を超えたのだそうです。200円バスの全177便に対して利用者数が1,166人。5月の事前調査では1,017人だったので14%増。しかし、1便当たりの利用者数は6.58人。この数字は厳しいですね。
 多治見市は次に土日での200円バス導入を目指しており、2016年5月に再度利用者数の調査をするとのことです。どの程度数字が好転するかを見守っていきたいと思います。ある程度数字が好転すれば、より市民寄りのバス再編成に多治見市民の意志をつなげていき、更なる公共交通再生を図っていけるかと思います。多治見市では路線バスはJR多治見駅へ向かうだけの乗り物と化しており、既にシャッター通りと化した旧市街地にバス路線がある一方、大型店舗のある新市街地にはバス路線はあっても停留所が無く、バスは一日中通過するだけなどの蛮行が何十年も続いています。これは明らかに多治見市と東濃鉄道の怠慢でしかありません。近年、運賃100円のコミュニティバス「ききょうバス」が多治見駅を中心に新市街地まで行くようになりましたが、バス交通について多治見市が今後二重投資を強いられることから、いずれは統合する動きになるのかもしれませんね。(画像は中日新聞2015年12月25日朝刊岐阜県東濃版より)

テーマ:岐阜県 - ジャンル:地域情報

基幹バスレーン考
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 名古屋には珍しい乗り物がいくつもあります。その中でもとりわけ珍しい交通システムの一つが、基幹バス新出来町線(基幹2系統)です。道路の中央にバス専用レーン(車線)を設けて路面電車の様にバスが駆け抜けるもので、1985年の運行開始時には全国初の「バス中央走行方式」として注目されました。これまでに比べバスのスピードが飛躍的に向上し、建設費用も地下鉄の50分の1で済むという破格の安さもあって、BRT(バス高速輸送システム)と呼ばれる先駆的なバスの輸送システムの代表例として、まもなく30年を迎えようとしていますが、いまだに地域の重要な交通機関として根付いています。
 しかし、道路の中央にバスの専用レーンが存在し、バスの停留所がある交差点ではバスレーンが左右に大きく動く、特殊な道路事情は慣れないドライバーにとっては脅威であり、基幹バスの走る出来町通は名古屋の幹線道路でも特に走行において慎重な運転が求められる道路の一つでもあります。
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 4月5日、その出来町通で名古屋市交通局浄心営業所のバス(市バス)運転士が誤って対向車線のバスレーンを約70m逆走する事故が発生しました(画像は2014年4月13日中日新聞朝刊)。バス車内には約20名の乗客がおり、対向車と正面衝突すれば大惨事になる恐れもあったわけです。ちなみに、2011年6月にも市バスが25名の乗客を乗せたまま200m逆送する事故を起こしています。
 バスが対向車線に進入して逆送する原因は、バスレーンが停留所のある交差点で左右に動くのが最大の要因とみられます。バスレーンは一般車両も通行可能(朝夕の一部時間帯を除く)であるため、慣れないドライバーによる正面衝突などの交通事故は1985年の運行開始から続出しました。しかし、基幹バスが地域やドライバーに根付き、1995年度より方向別にバスレーンの塗装色を変更するなどの安全対策を行うようになってからは事故の発生件数も徐々に減ってきました。

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 基幹バスレーンの特徴を図解で説明するとこんな感じです(画像は千種区の萱場バス停)。
 進行方向(手前から奥)に進むためには茶色の車線を進む必要がありますが、交差点手前から大きく曲がる車線を無視して直進すると、オレンジ色の対向車線にいるダンプカーに正面衝突してしまうのです。そのため、事故防止のため交差点内にも、バスレーンのカラー舗装を行う必要があるのです。
 もともと、出来町通が県道であったことから、県道と市道については交差点内にもカラー舗装を施していました。

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 しかし、今回の逆送事故が発生した赤塚交差点は出来町通と交差する道路が国土交通省管轄の国道19号線であるため、交差点内のカラー舗装が行われておらず、これに慣れない市バス運転士が錯覚し、
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 本来、オレンジの車線を走行すべきところを対向車線である茶色の車線に飛び込んでしまったというのが顛末であるようです(画像の名鉄バスは正規走行を行っています)。
 これを中日新聞は行政管轄の違いから起きたモノとして追及を始めているのですが、根本的には市バス運転士のスキルが低い。これに尽きるかと思います。もちろん、プロ意識の高い運転士さんも多いはずです。ところが、市バス。特に浄心営業所は三重交通の委託になってから停留所の位置を間違えたり運転が荒いなど、プロドライバーとしてのスキルが低い印象を持っています。一方、委託であることから市当局からの締め付けも厳しい様で、運転士が「バスが完全停止するまで席を立たないで」と執拗にアナウンスするなど所々の行動から垣間見られます。
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 また、記事にあった有識者(名古屋大学大学院准教授)様のコメント。
『並行する車線に柵や段差を設けたり、一般車線の右折車線を高架にする一般車の通行を完全に禁止したり、右折禁止の交差点を増やすなどの方法もある。』
 う~ん、既に30年近い歴史があるのですから、段差や柵程度なら既にあってしかるべきなのに、これができなかった背景に何があったのかは非常に気になるところです。
 朝夕に実施しているバスレーン一般車両通行禁止を終日行う社会実験、一度やってみる価値ありそうですね。一方、右折禁止交差点の増設については、高架道路建設スペースも乏しい地域であることや、沿線住民の反発をどう克服するかが課題でしょうね。また、出来町通の周囲に都心から郊外部へ直通する幹線道路が乏しいことから、出来町通以外の道に一般車を迂回させることが難しい地域道路網の致命的弱点を克服することは並大抵なことじゃないと思います。

 そもそも、出来町通は市街地化の進んだエリアの既設道路に中央走行方式のバスレーンを強引にはめ込んでしまったわけですから、埋め立て地やニュータウンのように、まったく白紙のところから作り上げた都市計画ほど完成度は高くないから諸問題が発生するのも当然なわけで、これをいかに改善するかが基幹バスレーンの評価につながるのではないかと思います。それこそ、バスレーン設置後の約30年で手を加えたのが、赤塚白壁バス停増設と東海病院前~千代田橋南間の東行き道路拡張程度で済んでいることを「奇跡」と評するべきか、行政の「怠慢」と評価すべきか。そこに見解の相違が出てくるかと思います。
 ただ、30年で沿線の様子も随分変わりました。そろそろ、何らかの改善を加える必要があるかと思います。とりあえず、地下鉄茶屋ヶ坂駅への乗り換えの不便さだけでも何とかならないかと思うところです。

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北恵那交通の方向転換
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 岐阜県中津川市に本社を構える交通事業者「北恵那交通」が、2013年3月末で貸切バス事業と旅行業から撤退し、路線バス・不動産賃貸・キャンプ場経営を主軸にした事業へ方針転換し、経営の立て直しを図ることを決めたことが明らかになりました(画像は2013年3月26日中日新聞朝刊岐阜県版より)。
 報道によると、貸切観光バス事業は1954年、旅行業は1973年より開始したものの、貸切バス事業は5年連続の赤字。旅行業に至ってはバブル崩壊以降赤字続きだったそうで、2012年3月期決算でも貸切観光バス事業は3,500万円の赤字、旅行業は2,300万円の赤字だったそうで、旅行業の累積赤字が深刻な状況だったようです。旅行業の営業拠点は中津川市と、なぜかバス路線の無い土岐市にありました。
 撤退する部門は同じ名鉄グループで多治見市に本社を置く東濃鉄道と東鉄観光に引き継がれ、貸切バス15台は東濃鉄道に売却。北恵那交通の社員76人中18人は退職し、東濃鉄道・東鉄観光に再雇用。20人は退職し、北恵那交通が再就職を支援。2人は北恵那交通車内で配置転換と、社員の半数が会社を去る非常事態となったようです。
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 もともと、中津川市内は1990年代の最盛期で4つのバス会社が群雄割拠する、東海地方でも非常に珍しい街で、北恵那交通は付知川沿いの地域と中津川市街地の一部のみという、鰻の寝床の様な窮屈なエリアでバス事業を行っていました。
ところが、1990年代にJR東海バスが撤退し北恵那交通に譲渡すると、今度は濃飛バスが中津川営業所管内の路線を北恵那交通に移管し、北恵那交通は中津川市で東濃鉄道管轄エリアの坂本地区を除く、ほぼ全域を営業エリアとする事業者となりました(画像は2013年3月26日岐阜新聞朝刊経済面より)。

 当時の状況を弊ブログでも取り上げておりました。
【参考】弊ブログ・濃飛バス中津川管内・北恵那交通へ移管(2008年10月21日)
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-257.html

 しかし、中津川市全域でも人口は8万人。クルマ社会で過疎地域も多く、バス事業を展開するのも大変だったかと思います。
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 実は北恵那交通は今年2月にもタクシー事業を多治見市に本社がある東鉄タクシーに事業譲渡しており、タクシー15台と従業員19人中15人が東鉄タクシーに移籍しています。タクシー事業は1966年から始め、2012年3月期決算では250万円の赤字で、3年連続の赤字だったようです(画像は2013年1月30日岐阜新聞朝刊より)。

どうも、北恵那交通は従前よりグループ全体で経営が相当苦しかったようですね。他社からのバス路線の譲渡を受け、限られたエリア内であれど営業を強化したかと思われましたが、逆に悪化していたのでしょうか。
 そして、北恵那交通といえば、2011年秋にバス事故を起こしており、全国ニュースでも取り上げられてしまったことから、企業・町内会・公立学校など、貸切観光バスのお得意様の利用が激減してしまったのかもしれませんね。当時の模様も弊ブログでも取り上げております。

【参考】弊ブログ・観光バス転落事故から見えること(2011年10月10日)
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-989.html

 路線バスでは、昨年秋に岡山県の井笠鉄道が突然の路線バス事業廃業宣言を行い、岡山県西部から広島県福山市にかけての広いエリアでバス利用者が不安にさらされた出来事がありました。既に補助金が無いとバス事業ができないバス事業者もあるそうです。
 しかし、路線バスは公共性の高い、地域のインフラです。行政からの補助金に頼るのもいいですが、それでは企業としての事業展開に精一杯で、利用者へのサービスがおざなりになり、バス会社とバス利用者との意識乖離が修復できないまま、最後は共倒れになってしまいます。どうすれば、バス路線もバス会社も運転士の雇用も残せるのか。みんなで意見を出し合うことが大切に感じます。

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2012紅葉Ⅱ・小原四季桜まつり1(豊田市)
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 2012年11月24日、豊田方面へ紅葉見物に出かけました。9:30、我が街・昭和区御器所から地下鉄に乗り込み豊田へ向かいます。実はこの時点まで、目的地を足助の香嵐渓にするか小原の四季桜にするか悩んでいました。
 しかし、豊田市の公共交通サイト「みちナビとよた」によれば、豊田市の名鉄浄水駅を7:27を出発した足助行きバスが、渋滞にハマり2時間以上の遅れ。まだ足助市街地に到着していないことが判明。朝6時に足助で国道153号の渋滞が始まっていたのは把握していましたが、豊田市街~足助で所要時間3時間以上。しかも、立席乗車ではちょっとした拷問です。これでは厳しいので行き先を小原に決定。
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 名鉄梅坪駅で電車を降り、10:49発の上仁木行き「おいでんバス」に乗り込みます。こちらも立席が出る盛況ぶり。ただ、藤岡町でイスが空きホッと一息。地形や水系を完全に無視した国道419号線は隣の集落へ行くにもすべて山越え。小さな山をいくつも越えて「四季桜まつり」メイン会場の小原支所前を通過し、和紙のふるさとバス停に12:00頃到着。
 わざと乗り過ごした理由は、こちらのボンネットバスに乗車するためです。岐阜県のバス会社東濃鉄道が所有するもので、普段は土岐市駄知町の土岐営業所にいるのですが、イベント等があるとこうして出張してくれます。今回のイベントでは3ヶ所ある四季桜まつり会場を無料で巡回してくれるのですが、このバスに乗るためには先に「和紙のふるさと」へ寄ってボンネットバスの乗車券を確保せねばならないためです。
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 小原といえば「和紙」が有名です。その小原和紙工芸を伝えるための参加体験型施設が「和紙のふるさと」で、紙漉きの体験実習ができる「和紙工芸館」、小原和紙工芸や全国の和紙資料を紹介する「和紙展示館」、和紙製品などを販売する「休憩所」、和紙原料植物を栽培する「見本園」、小原の自然を満喫できる「遊歩道」で構成されています。
 小原に紙漉きが伝来したのは室町時代。隣接する旭地域に紙漉きが伝えられ、それが伝播したそうです。小原では楮の容易に手に入ることから、農閑期の副業として紙漉きが広まり、江戸時代中頃には各地で紙漉きが営まれていたようです。明治9(1876)年には27軒が紙漉きを営んでいた記録も残っています。「三河森下紙」という番傘用紙のブランドもあり、他にも障子紙、神社のお札紙なども漉かれていたそうです。
 しかし、昭和になると洋紙やビニールなどの登場で和紙の需要は激減し、小原でも紙漉きを廃業する農家が続出しました。昭和7(1932)年初夏、工芸家藤井達吉が小原を訪ねた際に紙漉き農家の襖に野草を漉き込んだ和紙が使われていたのを見つけ、衰退する手漉き和紙の先行きを懸念した藤井は付加価値の高い和紙を作るように勧め、美術工芸作品への転換を提案。太平洋戦争末期の昭和20(1945)年に藤井は小原に疎開(その後、5年間在住)し、本格的な指導を開始。戦後は美術工芸としての道を歩み、現在に至ります。
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 和紙のふるさとで紅葉と共に花を咲かせる四季桜。しかし、なぜ紅葉シーズンなのに「桜」なのか?そもそも、「四季桜」とは何か?そこから本題に入っていきましょう。
 普通、桜は春に年1回花を咲かせますが、四季桜は夏を除き少しずつ花を咲かせる桜で、特に4月と10月から12月にかけての年2回、花を咲かせるそうです。だから、ソメイヨシノでは「ちらほら」なレベルでも、四季桜はこれで「見頃」になるわけですね。小原の四季桜の他には神奈川県鎌倉の瑞泉寺「冬桜」、三重県鈴鹿の「不断桜」、滋賀県湖東三山・西明寺の「不断桜」、静岡県三ケ日の「十月桜」が知られます。
 小原の四季桜の歴史は、江戸時代末期の医師・藤本原碩が名古屋方面から苗を求めて植えたのが始まり。その後、旧小原村が四季桜を村の木として制定し、村内各地で四季桜の苗を植える活動が行われるようになり、現在では小原地区の各地で見られるようになったそうです。
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 和紙のふるさとは全般的に若い木が多く、紅葉がきれいなところは部分的。
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 でも、紅葉と四季桜のコントラストが綺麗でした。しかし、これ以上にきれいなスポットに今後出会います(続く)。

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名古屋市交通局不祥事ファイル2013年1月号
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 中日新聞を読んでいますと、週に2回は絶対に載っている名古屋市交通局がらみの事故・トラブル・不祥事ネタ。既に「不祥事の総合デパート」になっている名古屋市交通局。そのなかでも特に重大なものやメディアが大きく取り上げた案件について、弊ブログでは毎月1回まとめて見る企画を初めてみることにしました。今回はその第1弾です。
 1月10日、名東区平和が丘で走行中の名古屋駅発猪高車庫行き市バスが対向車線に飛び出し、走行中及び停車中のクルマに次々と衝突する事故を起こしました。バスの乗客12名にケガはなかったそうです(画像は2013年1月11日中日新聞朝刊より)。
 現場は片側1車線の緩やかな下り坂で、猪高車庫バス停の手前50mほどから対向車線にはみ出し、対向車線の車と衝突。更に停車していたクルマに正面衝突。偶然バスに乗っていた別の交通局職員が運転席でぐったりしていた運転士を発見し、ブレーキをかけて停車したそうです。運転士は警察の調べに「意識が朦朧としていた」と話したそうです。また、昨年5月と10月の健康診断で異常はなかったそうです。
 ここはスーパーとハローワーク(職業安定所)が道路挟んだ両サイドにあって普段から交通量が多く、特にハローワーク駐車場待ちのクルマが慢性的に行列をなしている場所です。もし、バスに職員がいなかったら、下り坂を暴走し続け大惨事になりかねない事例だけに、背筋が寒くなる重大事故です。

 これは交通局に限りませんが、人件費圧縮の影響でバス運転士の労働環境は厳しくなっていると聞きます。しかし、人命を預かっているのですから、運転士の脳や心臓など精密な健康診断の徹底を交通事業者には願いたいところです。

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交通事業者による補助金不正受給・その後
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 弊ブログで以前取り上げた、岐阜県御嵩町で発生した同県多治見市のタクシー会社によるコミュニティバスの運行委託料不正受給問題。御嵩町とタクシー会社の交渉が決裂し、法廷で争われるところまでは弊ブログで取り上げましたが、その後の動きについてまとめておきます。

↓概要については当時の弊ブログ記事をご覧ください。↓
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-1125.html

 結論から言いますと、タクシー会社は受給したコミュニティバスの運行委託料を全額返還。その上で、御嵩町が未払いのままだった2011年度の委託料の債権を放棄することで和解したそうです(画像は2012年11月1日岐阜新聞朝刊より)。
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 この話題、岐阜県内で注目されていたのか、岐阜県内向けの新聞各紙で取り上げられていました(画像は2012年11月1日中日新聞朝刊岐阜県版より)。
 しかし、笑えるのはタクシー会社社長の弁明。「認識が甘かった」「不適切な対応でご迷惑をかけ、お詫びする。信頼回復につとめるとともに関係社員の処分を行う」。2012年11月1日朝日新聞朝刊岐阜県向け紙面によると、「心からおわびする。自治体のバスの運行引き受けは増やしていきたい分野で、信頼関係を失うことは続けられない」。
 この社長、訴訟に入る前には御嵩町や岐阜県からの公費不正受給を棚に上げて「(バスの)燃料代だけでも払ってくれ」と平然と言っていたのですからね。どう考えたって、受給条件を満たしていないのに偽装したタクシー会社に非があるのは明らかだったのに、この無神経ぶり。処分されなアカンのは社長、アンタじゃないのかな。
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 今回の件で提訴から4ヶ月でスピード和解となったのはタクシー会社の認識に明らかな誤りがあり、訴訟で勝ち目が無いと判断したのでしょう。これはタクシー会社に限らず、その親会社のバス会社を含めた経営陣が地域一番企業としての「殿様商売」状態であり、「役所でも最後までゴネたら折れるはず」と前近代的な認識のままであったことを明確にしました。
 少なくとも、タクシー会社は御嵩町役場からの信頼を失ったことでしょう。ちなみに、このタクシー会社及びその親会社のバス会社は、事業エリアの岐阜県東濃地方でも瑞浪市と恵那市の南部でコミュニティバス受託を失い、本社のある多治見市でも古虎渓駅発着のコミュニティバスを他社に取られています。したがって、コミュニティバスの受託も本当に推進事業だったのか疑問を感じます(画像は2012年11月1日毎日新聞朝刊「岐阜」より)。
 しかし、こんな騒動が巻き起こっているなか、このタクシー会社に運行を委託して10月からコミュニティタクシーを走らせてしまった同じ東濃地方の土岐市役所の無神経ぶりには、甚だ疑問を感じます。その内情については指摘も出ているようですので、機会がありましたら取り上げてみたいと思います。

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