名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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北海道遠征2016秋3・増毛町散策
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 11/19~22に行きました北海道遠征の旅レポートの3回目です。

 留萌本線、深川11:08発の増毛行きは12:07に留萌到着。13分の停車時間に立ち食いソバでも行こうかと思いきや、既に同業者で行列。食事を諦め、ここで3両目を切り離して12:14に増毛に向けて出発します。いよいよ、今回の廃止区間の乗車を行います。これまでの風景が一変して、荒涼とした海岸線の風景が現れると、視線はずっと海岸線。鉄道と並行して沿岸バスの路線バスが留萌~増毛間をカバーしており、鉄道が冬季に雪崩の恐れがあると運休になっても、地元では何の問題もなかったとか。途中の駅では乗降もほとんど無いまま、12:47に終着駅増毛到着。
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 新千歳空港から延々使ってきました切符もここでお別れですが、せっかくなので記念に欲しいと申し出たところ、無効印を押して頂き、手元に残すことができました。増毛駅では全面回収されるという情報があったので助かりました。ありがとうございます。このまま、10分後の折り返し列車で帰るのも芸がありません。せっかく来たのですから、増毛の街。少し歩いてみましょうか。
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 増毛駅は無人駅ですが、駅舎は立派でした。
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 駅前から非常に渋い建物が続々。元々、ニシン漁の基地として栄えたそうですが、昭和30年ごろにニシンの枯渇に伴い、漁業の水揚げは甘エビやタコが中心になったそうですが、依然、北海道でも上質の甘エビが上がることで知られています。
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 街並みから海まですぐ。遮るものは一切ありません。
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 漁業で栄えた街ですから、当然お酒の文化があります。増毛町にある国稀酒造さんは、日本最北の蔵元として知られます。蔵の見学ができるそうなので、せっかくですから見せて頂きました。
 国稀酒造さんは明治15(1882)年、初代本間泰蔵が創業した、北海道で一番古い造り酒屋さんだそうです。増毛町にそびえる暑寒別岳の伏流水を使った辛口の酒として数多くのファンを持ちます。駅前通りに面して大正7年に建て直された木造2階建ての事務所棟と明治38年から10数年かけて建てられた石造りの文庫蔵や酒造蔵などの建物群からなります。蔵の内部は見学ができるようになっており、酒造り道具の展示室や利き酒コーナー、売店などがあり、同酒造の法被を着て写真撮影もできます。 増毛近郊には明治末頃7軒もの酒造会社があったそうですが、今はこの1軒のみとなっています。
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 蔵の奥には試飲コーナー。ズラリと並んだ酒を片っ端から呑む、飲む、のむ…。調子乗って、随分頂きました。ありがとうございます。
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 燃料も投入したので、駅へ戻ると、増毛13:53発臨時快速旭川行きが待っていましたので乗り込みます。あまり、宣伝されてなかったのか、車内はガラガラでした。次来れる機会あるやろか。そんなことを思いながら、増毛の街を出発しました。鉄道を失っても地元の方はあまり迷惑することは無いのでしょうが、観光客にとっては増毛が遠い街になってしまうかもしれません。でも、札幌からクルマで2時間半ほどだそうで日帰りできるでしょうから、札幌近郊の日帰り観光として頑張って欲しいと思います。
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 いったん、留萌へ戻ります(続く)。
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テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行

北海道遠征2016秋2・北海道鉄路の現実
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 11/19~22に行きました北海道遠征の旅レポートの2回目です。

 遠征2日目は今回の目玉の一つ・留萌本線に乗り、今回廃線となる留萌~増毛間の乗車を行います。宿泊した岩見沢のホテルは朝食付きで6,000円。しかし、朝食バイキングがあまりに豪華で思わぬ穴場でした。朝9時過ぎに出発、岩見沢駅でしばし列車待ち。昨夜は夜でしたので良く分かりませんでしたが、非常に構内が大きな駅です。かつての貨物輸送が盛んだったころの名残でしょうか。
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 岩見沢はJR函館本線と並ぶ北海道の重要幹線鉄道であるJR室蘭本線の起点でもあります。室蘭線というと、道南から札幌へ向かう特急列車が行き交う北海道を代表する鉄道路線の一つですが、苫小牧から千歳を通って札幌へ行くのは室蘭線ではなく千歳線であることは、あまり知られていません。実は室蘭線は苫小牧から空知地方の炭田地帯を通って岩見沢に来ているのです。いまや、1日7往復程度しか旅客列車の走らない閑散線区ですが、この路線こそ北海道の鉄道史を象徴している路線ではないかと思います。
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 この路線は、北海道最大の都市・札幌を通らずに北海道を南北に縦断できることが最大の特徴です。それは、旅客輸送よりも石炭など鉱物資源や農作物など貨物輸送が重要視されてきた、明治時代計画された北海道での鉄道敷設計画を最も色濃く残している線区の一つと言えます。
 北海道の道北・道東から鉱物資源や農作物を運び、本州から工業製品・生活物資を運ぶ。本州への輸送は船舶輸送がメインだから、冬も海が凍らない太平洋側の港(室蘭・苫小牧・函館など)へ運ぶ必要があり、札幌周りではスイッチバックする必要があるので非効率であることから、輸送効率に長けた室蘭線の岩見沢~苫小牧間は重要な役割を果たしてきたのだと思います。
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 しかし、エネルギー革命による相次ぐ炭鉱の閉山とJR石勝線の開通、更に高速道路網の拡充により鉄道貨物輸送が激減すると、それに対抗しうる営業上の戦略を講ずることもできず、JR北海道の社長がついに全路線の半分が自力運営継続困難と宣言し、該当する線区は「廃止」か「上下分離方式」のいずれかで協議を始めるという話になってしまったわけです。
 根本的に北海道の鉄道路線は旅客輸送よりも貨物輸送が軸である。これが本州のローカル線問題と一線を画しているところです。だから、貨物輸送が廃止になった時点で、その穴を旅客輸送で埋めるのは困難であることから、ローカル線の行く末はある程度定まってしまうわけです。今回訪問する留萌本線も札沼線末端区間もこの典型的パターンの路線です。
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 岩見沢駅でそんなこと考えていましたら、岩見沢9:55発旭川行き特急「スーパーカムイ」がやって来ましたので深川へ向かいます。ひたすら続く石狩平野を駆け抜けて10:35深川到着。留萌本線に乗り換えます。留萌線沿線は北海道でも観光ルートから外れており、留萌線が無ければ生涯行く機会があるかどうか分からない地域ですので、非常に興味深いです。
 11:08発増毛行き列車がやって来ました。2両編成に更に1両増結され3両編成ですが、最後尾の3両目は回送扱いで封鎖されていました。減るモノでもないのに、なぜ渋っているのかはよくわかりません。車内は留萌線狙いの同業者ばかり。日本ハムの日本一パレードよりも留萌線なんて、相当な鉄分の濃い人ばかりの車内です。
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 封鎖された3両目。しかし、2両でイスが一通り埋まる程度しかお客さんいませんでした。
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 11:08、深川出発。すぐに人家も無くなり、のどかな風景の中を走ります。すぐ脇に高規格道路が姿を見せています。深川留萌道という自動車専用道路で通行料無料。山はトンネルでぶち抜き、谷は橋で渡し、直線で最短距離で結びます。日本の鉄道の大半は昭和30年ごろまでの鉄道規格であるため、トンネルは必要最低限で、川沿いに線路を敷いてできるだけ橋も架けない発想で造ったものをそのまま使っているから、勝てるわけなのね。鉄道も1日7往復、旭川~深川~留萌間にはバスが1日10往復。札幌からの高速バスも10往復ある。非常に厳しい現実を垣間見る。列車は小さな峠を越えて留萌市内に入りました。(続く)

テーマ:鉄道の旅 - ジャンル:旅行

北海道遠征2016秋1
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 11月19~22日にかけて北海道へ行ってきましたので、その旅レポートを連載でお届けします。

 今回の旅の目的は、12月4日の営業を持って廃止となるJR北海道留萌本線の留萌~増毛間(16.7km)の乗車と1日1往復しか運転されていないJR北海道の札沼線で終着駅新十津川を目指す旅、そして、札幌の街歩きです。

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 JR北海道は今年4月28日、国土交通大臣へ留萌本線留萌~増毛間(16.7km)の廃止日を来年4月から12月5日に繰り上げる旨の届出を行い、6月末に国土交通大臣からも認可が出ました。恥ずかしながら、これまで北海道へ行ったことが無かったことや、昨年5月の江差線廃止の際に乗り損なった悔しさもあり、今回は意地でも行くと誓った上で、行くなら今でしょ!ってことで構想約1週間での弾丸ノープランツアーを計画しました。

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 なにぶん、ノープラン弾丸ツアーですから、直前に空いているモノを寄せ集めます。飛行機も軒並み満席、宿も札幌市内は最も混む土曜日に加え、この日は矢沢永吉コンサートと翌日の日本ハムファイターズ日本一パレードの前泊組が重なり、宿の確保も超激戦。楽天トラベル見ていたら札幌のアパホテルで20,000円とかトンデモ料金も飛び出し、本当に大変でした。
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 11月19日、まずは岐阜の山奥から常滑の中部国際空港(セントレア)まで向かいます。夕方までANA便が満席のため、12:20発の新千歳行きスカイマークに飛び乗ります。しかし、9,000円は安いですわ。やはり、ANAに比べると若干クオリティが劣ります。座席もやや狭く、息苦しさも感じます。それ以上に重いのがスカイマークにこびり付いてしまった「安かろう悪かろう」の企業イメージ。それが経営破たんに至った最大の要因です。さて、機内でスカイマークの広報誌でも読みますか。
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 「美濃焼の街多治見で陶器三昧の旅」。
 一番見たくなかった記事。北海道まで行くのに、どうして日常に引き戻そうとするんだ(怒)!
 14:20、5分遅れで新千歳空港到着。
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 新千歳空港は一旦滑走路に降ろされてから、バスで運ばれました。新千歳空港の中を小一時間散策。空港だけで半日ぐらい潰せそうなのは中部国際空港(セントレア)とよく似ています。早くも陽が欠け始めましたので、札幌へ急ぎます。JR新千歳空港駅で時刻表とにらめっこ。実はノープランのため、北海道での切符は一切持っていません。さんざん悩んだ末に、新千歳空港から札幌・深川・留萌経由の増毛までの乗車券を購入。そうすれば、明日の増毛到着までは乗車券のことを考える必要がありません。
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 しかし、優秀だったのは新千歳空港駅のJR北海道窓口氏。
・新千歳空港~札幌間のきっぷ
・札幌~留萌間の「Sきっぷ」
・留萌~増毛までのきっぷ
 「乗車券を3分割すればお得になります」と即答してくれたサービスには唸りました。「Sきっぷ」はJR北海道の往復割引きっぷで、特急の自由席の利用もできるので、北海道での鉄道旅行では非常に利便性の高いきっぷです。しかし、このきっぷも欠点があって、「途中下車不可」「同じ区間を往復しなければならない」というルールがあり、今回は初日宿泊地の都合でこれが使えませんでした。北海道旅行の有用な「Sきっぷ」。よく覚えておきます。
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 快速「エアポート」に乗り、夕方に札幌到着。 今日は移動だけで終了で時間がありますので、夜の札幌を少し歩いてみたいと思います。デパート巡り。大丸・東急・三越・丸井今井とハシゴ。三越と丸井今井は同じ三越伊勢丹グループなのに、あんな至近距離でどう差別化できるのか、非常に気になります。小腹も空いたので、ラーメンでも。ということで、味噌ラーメンの元祖と言われる札幌の有名店「味の三平」を目指します。札幌駅からすすきのまではゆっくり歩いて15分ほど。「味の三平」は文具屋さんのビルの4階という、非常に変わったところに店を構えています。
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 とにかく、スープが熱い!でも、すべての味噌ラーメンはココから始まる元祖の味噌ラーメンは美味しくいただきました。
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  狸小路も少し散策。狸小路5丁目に奉られている狸小路商店街の守り神「本陣狸大明神社」(通称「狸神社」)も参拝。何か御利益でもあるといいのですが。1973(昭和48)年、狸小路100周年を記念して当初狸小路4丁目に建立されました。その後、移転され現在の場所にあります。丸いお腹を突き出した「水かけ狸地蔵」には八つの徳があるといわれています。例えば「大福帳をなぜると商売繁盛」「お腹をなぜると安産」など御利益があるそうです。
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 さて、宿へ向かいます。しかし、冒頭でも書きましたが、この日は札幌で矢沢永吉コンサート、明日は日本ハム日本一パレードと札幌の宿探しは絶望的な状況。周辺都市にも目を向けますが、札幌近郊の小都市にはホテルもろくに無い模様。更に範囲を広げていきますが、
・小樽:宿泊料金高すぎ。
・千歳:同じ経路を戻りたくない。
・旭川:遠すぎる。
と条件悪すぎ。舐めまわすように宿泊サイトを探しまくったところ、岩見沢で空室発見。少しだけですが北上もできるので、ここで決定。岩見沢行き電車に飛び乗ります。札幌の郊外になると人家もまばらになり、駅の周りにはセイコーマート(北海道のコンビニ)があるだけで、あとは漆黒の闇という絶望的な世界が広がります。1時間ほどで岩見沢到着。既に駅前ですら真っ暗。15分ほど歩いて宿へ飛び込んだのでした。(続く)

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広瀬さん、広瀬神社の砂かけ祭りへ行く
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 ここ数年、興味を持ちつつあるのが全国に点在する私の姓と同じ「広瀬」の地名。文献で調べてみると、北は青森県から南は鹿児島県まで全国に80ヶ所ほどあるそうです。元々川沿いに多い地名なので、全国に分布しているそうです。数年前の平成の市町村合併までは、新潟県に入広瀬村、島根県に広瀬町という自治体もありました。
 また、広瀬の地に立つ神社、「広瀬神社」というのも全国に5ヶ所ほどあるそうです。その中の一つ、奈良県河合町の「広瀬神社」は奈良盆地の底にある神社で、毎年2月11日に行われている伝統の「砂かけ祭り」は、その内容の強烈さから「大和の奇祭」という異名を持つ、地元では超有名な祭りだそうです。
 広瀬さん、これには居ても立ってもいられず、奈良へ潜入してきました!!
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 大阪・天王寺からJR大和路線快速で約30分。法隆寺駅で下車。ここまで来たなら、法隆寺も見に行きたいですが、今日は絶対に広瀬神社。ところが、広瀬神社まで2㎞強。バスの便は一切無し。駅に客待ちタクシーも1台も無し。午後2時のお祭り開始まであと30分。これが奈良の大仏商法か?って半ギレ状態で駅前の交番に飛び込むと、広瀬神社への道を訪ねる先客の姿が。しかし、警官が示した道のりの遠さに老夫婦は諦めて法隆寺へ歩き出す始末。しかし、岐阜の山奥から乗り込んだ私にとっては、天下の法隆寺より絶対に広瀬神社。今日は年に一度のお祭りですからね。是が非でも行きますよ。法隆寺は逃げません!!とにかく必死で歩きました。途中で道を間違えるも、午後2時10分現地到着。
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 この砂かけ祭り、元々は五穀豊穣を願う御田植祭なのだそうです。
 まず、牛の被り物をした氏子が「モー」と鳴きながら、牛飼い役の氏子を連れて境内を歩き回ります。ここまでは実に素朴な祭りです。しかし、この後、祭りの様相が一転します。
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 氏子が被り物を外し鍬を手にすると、祭りは突然始まります。鍬に山盛りの砂をすくうと…。
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 なんと、観客へ砂をぶち撒くのです。それも容赦なく、ガンガンに。境内が大騒ぎです。これが約5分間続きます。
 5分ほど続くと笛が鳴り、砂かけは終了。砂かけの氏子は観客の拍手と共に引き揚げる。これを10回繰り返します。
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 最初は砂を被りたくないので逃げ回るのですが、何度が繰り返してくると、観客もエキサイトしてきて砂をかけ返すようになり、まさに祭りの盛り上がりは最高潮となります。
 1時間程のカオスが終了すると、巫女さんが稲を見たてた松苗を境内に植え、それを観客が取り合います。松苗は最前列に陣取る子どもたちによって、ほぼすべて取られてしまうのですが、ある子のお爺さんが「一人占めはアカン」と近くの人達に分けて下さいました。そして、「田」という字の入った餅「田餅」の餅投げがあり、祭りは4時過ぎに終了しました。
 まぁ、砂は被りまくり。カメラは守るのに必死と大変でしたが、非常に楽しいお祭りでした。奈良まで見に行って良かった。 

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「明るい廃墟」ピエリ守山探訪2
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 昨年11月に訪問しました、滋賀県守山市にあるすごいショッピングモール「ピエリ守山」特集の第2弾です。
↓先回の内容はこちら↓
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-1260.html
 2008年9月の開業当時には約200のテナントが入店していた滋賀県最大級のショッピングモールが、なぜ「明るい廃墟」とよばれる様になったのか、そもそも「明るい廃墟」とは一体どんなものなのか。恐る恐るその現場をのぞいてみます。
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 約5分おきに「館内での写真撮影はご遠慮ください」というアナウンスがエンドレスで流れていました。一部ネット上では「ピエリ守山が撮影禁止になった」と騒ぐ動きもありましたが、ピエリ守山を含めショッピングモールの圧倒的多数は館内撮影禁止だったりします。
 その理由は多くの場合、
・商売上の秘密(価格・売場構成など)漏えいを防ぐため
・商品の登録商標やデザインなど、版権や著作権などの権利を守るため
・館内の買い物客の個人情報を守るため
だったりします。しかし、裏を返せば、
・テナントが数店舗が営業していない
・大半のテナントは閉鎖されているので、権利関係の問題が無い
・買い物客を撮影しない
以上の条件がクリアできれば問題無いわけです。ピエリ守山はこの条件をすべて満たしています。 
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 さっそく中へ突入します。
 誰もいない館内。そして、ロープや石膏ボードで封鎖されたテナントブースの続くショッピングモールの姿。この画像は開店時間前じゃありません。日曜日の午後3時過ぎですよ。静かなBGMが妙に落ち着く、恐ろしく静寂なショッピングモール。隅々まで清掃が行き届いており、快適な館内。しかし、どこまで行っても営業店舗も買い物客もいない。その恐ろしさこそ、「明るい廃墟」の由縁だったのです。
 誰もいないチェアーに腰掛け、この異様な空間をしばし堪能しましたが、徐々に襲ってくるピエリ守山の魔物に席を立たざるを得ませんでした。
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 5分ほどモール内を歩きましたが、営業している店舗は一軒も無し。カネを落とすことのできないショッピングモール。さらに、擦れ違う人もいませんでした。まさか、ショッピングモールでこれほどまでの孤独感を味わうこととなるとは。恐るべし、ピエリ守山。
 館内を更に歩きます。
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 「びわ湖カルチャーセンター」。ここから文化を発信することはできなかったようです。
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 フードコート。ここにリンガーハットが2013年秋まで営業しており、ピエリ守山で唯一のカネを落とすことのできたテナントだったそうです。私がピエリ守山というショッピングモールを知ったのも、このリンガーハットの閉店を知ってからです。もっと早く知っていれば、心に染みいるちゃんぽんを味わえたことでしょう。
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 2階へ上がります。しかし、そこに広がる光景は1階と変わりません。その先にあった館内案内図に仰天しました。
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 このピエリ守山で営業していた店舗は、
・カフェ
・ペットショップ
・宝くじ屋兼旅行代理店

営業している店舗は、たった3店舗だけだったのです。

 3店舗の為にショッピングモール全体を営業させねばならない運営側。そして、集客能力の無くなったショッピングモールで営業を続けるテナント側。オープンからたった5年でこの姿、言葉がありませんでした。もう少し、探索を続けてみましょう(続く)。
 

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明るい廃墟「ピエリ守山」探訪1
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 大型ショッピングモ-ルのウインドーショッピングってお好きですか?私、結構好きで各地のショッピングモールへ出かけます。見ているだけでも何か豊かさを感じてしまう魔力。地方に暮らしていてもある程度のモノが地元で手に入る買い物の楽しみを消費者に与えた商業形態だと思います。その集客力の大きさから、全国各地にタケノコのように増えてきたショッピングモールですが、近年ではショッピングモール同士による競争が激化した結果、勝ち組と負け組がハッキリと出てくるようになり、競争に敗れていったショッピングモールも見られるようになりました。
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 弊ブログでは、以前その大激戦地域の一つである岐阜地域で敗れていったショッピングモール「リバーサイドモール」を取り上げたことがあります。
【参考】弊ブログ・オーバーストア現象(2011.05.24)
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-911.html
 ところが、それを遥かに更に上回る、すごいショッピングモールが滋賀県にあるという噂を聞き、2013年11月末に見に行ってきました。今回から数回に分けて、その模様をお届けします。
 岐阜の山奥から名古屋・大垣・米原と電車を乗り継いで約3時間。滋賀県守山市へやってきました。JRの新快速で京都まで20分、大阪梅田まで1時間弱という立地なので、京都・大阪へのベッドタウンとして発展している街の一つです。ここからバスに乗り換えます。ショッピングモールまでの所要時間は約30分、運賃480円。運悪く、正面まで乗り入れるバスが1時間待ちだったので、その近くまで行く琵琶湖大橋経由の堅田行きバスに乗ります。
 この守山市と琵琶湖大橋の対岸である大津市の堅田・雄琴・坂本地区を走る近江鉄道及び江若交通のバスに乗り放題の1日乗車券があることが判明。元が取れそうだったので記念に購入しました。日曜日で営業所は休みでしたが、バス運転士さんから購入できたので助かりました。
【参考】近江鉄道ホームページより
http://www.ohmitetudo.co.jp/bus/rosen/ecobus.html
 なんせ、開業時は滋賀県最大のショッピングモールとして開業したのだから、名前ぐらいは載っているだろうと思って、1日乗車券のエリア図を眺めていたら、
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わんわん王国(笑)

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 オレが行きたいのはわんわん王国じゃなくて、ショッピングモールなんだけど。調べてみたら、このショッピングモール、確かに犬のテーマパークだった「びわ湖わんわん王国」の跡地に造られた模様。びわ湖わんわん王国、確かに名前は聞いたことがあります。名古屋でも中京テレビ限定で流れてましたからね。東海地方じゃ、岡崎の「わんわん動物園」の方が有名ですからね。まぁ、わんわん王国は2005年に閉園。入場料1800円だったそうで、それじゃリピーターおらんやろな。同時に、この乗車券自体もそれ以前に印刷されたモノ。よほど、売れてないのでしょうね。
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 堅田行きバスは10名ほど乗せて守山駅を出発。10分も走るとのどかな田園風景となり、お客さんが徐々に減ってきました。日曜日午後2時過ぎのバス。ショッピングモールへ行くなら、買い物客にとってある意味ゴールデンタイムのはず。しかし、買い物客らしき姿は見られません。バスの乗客は4人まで減って、立派な琵琶湖大橋のたもとにある「琵琶湖大橋東詰」で下車。湖周道路と呼ばれる県道を彦根方面へ10分ほど歩きますと、カーブの向こうに大きなショッピングモールが見えてまいりました。これが、噂のショッピングモール「ピエリ守山」です!!
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 このショッピングモール、2005年にテナント数200を有する滋賀県最大のショッピングモールとして開業したというのに、日曜日の午後3時の駐車場がこれ。定休日じゃありません。日曜午後3時といえば、ショッピングモールにとってはゴールデンタイムです。周辺道路まで駐車場へ入るクルマがあふれて当たり前なのに、こんなに立派な駐車場にはクルマがほんの20数台止まっているだけ。なかなか見られませんよ。
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 屋上駐車場は補修工事中につき閉鎖中。しかし、どう見ても補修された形跡はなく、長期に渡って閉鎖されている様子がうかがえます。
 外観を見ただけだというのに、早くも衝撃に言葉を失ってしましましたが、館内に突撃します。そして、館内で繰り広げられたピエリ守山の姿に打ちのめされます(続く)。

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津島市・天王川公園の藤棚
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 江南市・曼陀羅寺の藤棚を見て、尾張の二大藤棚のもう一つ、津島市の天王川公園の藤棚も見たくなりました。幸いにも今年は江南と津島両市が同じ期間に藤まつりを行うことになり、江南だけでは「片巡り」になってしまうことから、4月某日津島へ行ってきました。
 名古屋から名鉄津島線に乗って津島駅へ。江南と違い、津島は駅から藤祭り会場までのバスが無く、駅から会場まで20分ほど歩きます。ただ、津島は津島神社の門前町。駅前の寂れっぷりは気になりますが、津島神社に近づくにつれ、ところどころに渋い街並みが残っています。軒を連ねる格子戸のある家、屋根神様をまつる家、道々の辻井戸などが残っています。津島の「上街道」とはどんな道だったのでしょうか。
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 上街道、正しくは「津島上街道」というそうです。名古屋から新川・甚目寺・木田・勝幡・津島を結ぶ3里15町(約13.5km)の道。安土桃山時代には津島神社や鳳凰山甚目寺(甚目寺観音)へ向かう参道として賑わい、江戸時代は美濃街道(甚目寺)から分かれ,津島に向かう道として津島神社の参拝者や、巡見使(米の出来や生活を見るために派遣された人)、商人らが往来しました。現在の名鉄津島線はこの街道に沿って線路が伸びています。
 また、尾張藩(名古屋城下)と高須藩(岐阜県海津市高須城下)を結ぶ高須街道の一部としても機能し、こちらも20年程前まではバス路線が残っていたそうです。
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 街道にありがちな家々が並ぶ中、こんな渋い建物もありました。資料館なんだそうです。
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 津島駅から、ひたすらまっすぐ歩くこと15分ほど。藤まつり会場の天王川公園の案内標識を一旦無視して、進んだ突き当たりに津島の象徴・津島神社があります。津島神社は「津島牛頭天王社」「天王さま」とも呼ばれ、疫病や厄除けの神様として親しまれています。1450年もの長い歴史を誇る津島神社は、「西の八坂神社、東の津島神社」と並び称され、全国に3000余あるといわれる「天王社」の総本社なのだそうです。
 私もいろいろ厄がまとわり付いているので厄払いを願い、藤祭り会場の天王川公園へ向かいます。
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 津島神社から5分ほどで天王川公園に到着です。ここは街道が整備されていなかった鎌倉時代は桑名への渡し船の湊として機能していたそうです。藤棚はずっと奥だそうですので、もう少し進みます。
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「ここだけ見て帰らないでね。」
 ここだけだったら、ブチ切れですよ。
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 公園の中に立つ銅像。この人は片岡春吉という人で「津島毛織業の父」と呼ばれているそうです。少し調べてみました。
 片岡春吉は1872年(明治5年)に岐阜県養老郡多良村(現在の大垣市上石津町)の鍛冶屋の二男に生まれ、年季奉公で部品販売に従事するなか、1892年(明治25年)津島のあさ(織機部品)製造販売片岡孫三郎に見こまれ、婿養子になりました。1894年(明治27年)の日清戦争出兵の際、支給された毛織物の軍服に綿織物から毛織物の時代到来を感じ、毛織物生産を決心したそうです。
 2年間にわたる全国織物地の見学調査の結果、当時日本に一つしかなかった東京モスリン工場に入社し勉強に励み、更に2年後の1898年(明治31年)津島に帰り片岡毛織工場を設立。改良や努力の結果、品質の良い服地を織り上げることに成功。事業が軌道に乗ると、それを地元の人々に技術指導し、時には投資や資金提供も行うことで、津島を中心に西尾張地方の毛織物産地の活性化に寄与した人物なのだそうです。
 銅像は戦前に建てられたものだそうですが、太平洋戦争時の金属供出で一度は失うものの、戦後に津島毛織工業協同組合が再建したのだそうです。片岡毛織は現在も存在しているそうです。
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 藤棚は銅像から更に先、天王川公園の一番南側にありました。出店の数は江南を圧倒していますが、藤棚自体はこじんまりとしています。津島も戦後に市の花を「藤」に制定してから、藤棚の整備を始めたのだそうです。
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 藤棚によって成長を続けた藤と、自生によって成長を続けた藤の対比。
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 津島の藤棚がきれいなのは、直下が川になっているので、夜間のライトアップ時間帯には逆さに映る藤の花も楽しむことができます。

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江南市・曼陀羅寺の藤棚
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 4月某日、愛知県江南市の曼陀羅寺(まんだらじ)の藤まつりを見に行きました。ここの藤棚がローカルニュースで何度も取り上げられていましたので、どうしても気になりまして。名古屋から名鉄犬山線で江南駅まで行き、江南団地行きバスに乗り換えて現地到着です。所要時間約1時間。
 現地に駐車場が少なく、江南市があらかじめ郊外に駐車場を確保しシャトルバスを運行していたことから、渋滞らしいものも無く、スムーズに行くことができました。
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 曼陀羅寺は西山浄土宗の古刹で、尾北地方における最も格式の高い霊場なのだそうです。寺域は1,300坪、檜皮葺の正堂を中心に庫裏、大書院、小書院、曼陀羅堂、地蔵堂、鐘楼、宝蔵、続いて中門、南門(矢来門)が甍を連ねています。山内にはさらに塔頭の8か寺があり、尾張徳川藩より寺領231石余りを給地されていた名残りをとどめています。
 1329年(元徳元年)後醍醐天皇の命により、天真乗運を開山として創建されたと伝えられ、かつては円福寺と称していたのですが1462年(寛正3年)に現在の寺号になったそうです。現存する正堂は1632年(寛永9年)に当地出身で、後に徳島藩祖となった蜂須賀家政(小六)によって再興されたものとのこと。
 当日は本堂にも入ることができ、別料金(500円)で普段は非公開にしている秘仏を見ることもできました。
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 曼陀羅寺の周りに更に寺が隣接しており、その寺も庭園の管理が見事でした。では、本丸の藤棚へ行ってみます。
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 藤棚は藤の甘い匂いに包まれていました。園内には12種類約60本の藤が植えられており、早咲きのモノ・遅咲きのモノ、色も紫・紅・白も様々。房の長く優雅な花房や短く可憐なもの、そして八重咲きのものと、多種多様な藤が色鮮やかに咲き誇り、藤の甘い香りを楽しみながら癒されます。
 藤まつりの歴史は、昭和の戦後復興が落ち着いた1953年(昭和28年)に境内を藤の名所にしようと地元の人が思い立ったことに始まります。1958年(昭和33年)に藤棚が完成。1966年(昭和41年)に第1回藤まつり開催。1970年(昭和45年)に境内約43,000㎡(13,000坪)の内、約10,000㎡を提供し、江南市は曼陀羅寺公園として整備。その後愛知県の協力も受け、更に隣接地3000㎡を購入。屋外ステージも併設する公園として1986年(昭和61年)に完成し、現在に至っているそうです。
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 最近、歳のせいでしょうか。花を見て「きれい」と思う感覚がようやく分かってきた気がします。
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 藤同様に多種多様だったのは露店商。今回の藤まつりで特に印象に残ったのは、こちら。「この方角に南天の木を植えなさい」「ここに〇〇を置いてはならない」って感じで、延々と風水の話を聞かせてくれます。「今帰っていった方、本人の前で言えなかったけど、○○で…」とか、人を引き付ける話法は相当なベテランさんですね。口上が名人芸のレベルで聞き惚れていますと、あっという間に30分近くが経過。一体、この人は何を売るつもりなのかと思いきや、最後に風水の本を1冊2,000円で売るというオチ。
 ここの事情までは説明しつくせないから、あとは本を読んでねということらしい。本に専用の相談用紙が挟んであって、何かあれば1回限りで相談無料だそうで、見物人が続々と買い求めていました。人生を変えたいと思うことがあります。結構単純かつ簡単な心がけ一つで道が拓いていくものです。それを実現させるために一歩踏み出すことができるかどうか、それを信じるか信じないかは個々の自由。
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 いろんな発見がありました。一見の価値ありです。

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