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名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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名古屋でもようやく…。
 名古屋でもようやく、こういう時代が来た。10数年前、東京の都営地下鉄車内で走行中でもAMラジオが聴けたことに痛く感動した思い出があるが、この類の施策は普及しなかったのが不思議でしょうがなかった。携帯電話が使えてラジオやワンゼグが使えないなんておかしいよね。
 
SSCN1386.jpg
 名古屋駅西の地下街「エスカ」でさっそく受像実験をしてみた。テレビはバッチリ。ラジオも良好だ。願わくば名古屋駅東側の地下街(テルミナ・サンロードなど)や栄の地下街でも実施して欲しいものだ。
 都営地下鉄みたいに名古屋の地下鉄でも実施して欲しいが、あれほど携帯電話にナーバスになっているので、ワンゼグ機能も形態でも見ている以上、難しいだろうね。

名古屋地下街「エスカ」でデジタルテレビ、ラジオの受信が可能に
東海管内初の「電波遮へい対策事業等補助金」を活用
総務省東海総合通信局(局長 井筒 郁夫(いづつ いくお))は、本日、社団法人デジタルラジオ推進協会(注1)から申請のあった地上デジタルテレビジョン放送(ワンセグを含む)及びFMラジオ放送(超短波放送)の再送信を行う無線局に対して、それぞれ予備免許を付与しました。

本無線局は、同協会が名古屋市の地下街「エスカ」(名古屋市中村区)における放送の不感対策を目的として設置するもので、「電波遮へい対策事業等補助金」(注2)を活用したものとしては、東海管内初の事例となります。
また、併せて申請のあったAMラジオ放送(中波放送)の再送信を行う高周波利用設備に対しても設置許可しました。

出典元:http://www.tokai-bt.soumu.go.jp/tool/kohosiryo/hodo/20/03/0306-4.htm
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テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

新駅・南大高駅散策2
 3月15日分の続きである。
 南大高駅のホームへ降りてみた。
SSCN1485.jpg
 階段が名古屋方1ヶ所しかないため、名古屋方面行きは先頭車両、豊橋方面行きは後部車両に利用者が固まる傾向にあります。
SSCN1486.jpg
 名古屋方面行きホームは普段2番線を使用し、1番線は朝のラッシュ時限定で1日5本程度しか発着しませんので線路はサビサビ。ただ、意外な利用法があるようで、名古屋方面に向かう回送車両がこの1番線で退避していました。
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 この駅周辺は直線で撮影がしやすい環境にあるようです。南大高駅・豊橋方に「新お立ち台」が誕生です。
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 東口へ出てみました。駅の建物もそうですが、イオンのある賑やかになりそうな西口に対して、道路を挟んで10mほど先に新幹線の高架があり、その間のわずかな空間に工場が立ち並ぶ殺風景な場所です。
SSCN1497.jpg
 まだ、バス停名が変更になっていません。4月1日改称とのことです。どうして開業日に合わせられなかったのかは疑問です。
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 無料の駐輪場があるのは魅力的ですね。ていうか、ここを有料化したら利用者がいないかと思います。
SSCN1491.jpg
 名古屋市が即席で作った自家用車待機場がありました。まぁ、なんと中途半端なことか。軽四か5ナンバー車しか入れない不便な施設です。これをやるなら、歩道を線路脇に移設して一車線分を確保し待機スペースにすればいいと思うのですが、予算が無いのか、警察の許可が下りなかったのか…。いずれにせよ、早急に改善すべき点かと思います。(続く)

テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

新駅・南大高駅散策1
SSCN1388.jpg
 3月14日、JR東海道線の大高~共和間に開業した新駅・南大高駅を散策してみた。
小さな駅ですが、せっかくなのでちょっと細かく見てみましょう。
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 驚いたことに切符の自動券売機は1台のみ。1日1700人ほどの利用者を見込んでいるというが、少し前に開業した野田新町駅でも2台あった。もう1台増設できるようになっているが、ちょっと消極的になりすぎじゃないかな。でもJR東海から「TOICAを使っていないあんたが悪い」って言われそう。券売機には行列ができることもありました。イオン大高内の金券ショップさん、商売のチャンスですよ。
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 敷地は東海道線に並行していた幻の未成線・南方貨物線の用地を拝借しただけなので安上がりだったりする。よく見ると・・・。
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 線路の向こうには名古屋駅のセントラルタワーズ。JR東海の経営的にも理にかなった立地かもね。
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 改札の先には・・・。
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 あれ?駅員さんがいて、立派な自動改札機もあるのになぜこの箱があるの? どうやら駅の営業時間が23:00までのため、こんな箱が用意されているようです。
 それではホームへ降りてみましょう。(続く)

テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

秘境・深沢峡へ挑む2009冬Ⅱ
2月13日分の続きである。これまでの足取りについては下記を参照ください。
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-307.html

 いよいよ、念願の深沢峡へ足を踏み入れる。ここから先は電柱も無い人口ゼロ地帯。何かあっても自己責任である。
SSCN1131.jpg
 ゲートを越えるといきなり道幅は1mほどに狭まる。路肩にポールがあるところ、県道なのだという証であるが、ガードレールも無い路肩が非常に不安な道であることに変わりない。
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 「深沢峡記念」と刻まれた石碑。ここで観光客が来訪記念で写真を撮っていたのだろうか。この道が開削されたのは明治時代。現在の瑞浪市日吉町から八百津町潮南を結ぶ「加茂街道」として、明治36年に開通したという。
 ところが、木曽川に架かる釣橋は明治34年に開通していたという。つまり、この深沢峡への道があまりに険しかったということがわかる。
SSCN1134.jpg
 ヘアピンカーブの先、はるか下に深沢峡の五月橋が見えてきた。
SSCN1135.jpg
 深沢峡への道はここから一気に転げ落ちるかのように下っていく。ヘアピンカーブを2度まわる。
SSCN1145.jpg
 画像はピンボケであるが、この悪路を守る石垣は見事。明治時代のものかは定かではないが、この道を守り続けた功労者である。このヘアピンカーブだけで30mほど一気に下る。坂を下ると、正面に謎の建物が。
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 中をのぞくとトイレだった。深沢峡がまだ観光地として機能していた頃、観光客対策として設置されたものとみられる。戦後、昭和30年以降の建物とみられる。ここまで汲み取りに来る業者は大変だったことだろう。
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 ヘアピンカーブの脇に鳥居があると聞いていたが、鳥居は風雪に敗れ柱を残して朽ち果てていた。この先に幻の霧ヶ滝がある。滝までは先人たちの踏み跡があるので到達できたが、滝自体はイマイチだったので撮影しなかった。
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 再び深沢峡へ進む。道を倒木が阻むが、下をくぐって先を急ぐ。やや緩やかになった道を進むと正面に建物が見えてきた。
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 これが、秘境・深沢峡へやってきた観光客を迎えた茶屋「いさまつ」跡だ。昭和60年頃まで営業していたとのレポートもある。
 いさまつの脇に川へ下って行く道を発見。進んでみることにした。
しかし、まぁこの道が階段ながらも50度以上のとんでもない傾斜で難儀した。悪戦苦闘すること約5分。川辺にたどりついた。
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 昭和50年頃までは八百津町の丸山ダムから遊覧船が就航していたという。ここはその待合室だったのだろうか。遊覧船は昭和32年に就航した。就航当時、丸山ダムから深沢峡までの所要時間は50分だったという。
SSCN1141.jpg
 待合室から深沢峡・五月橋(恵那方面)を眺める(右:瑞浪市側、左:八百津町側)。美しい。
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 船着場らしきものを発見。更に下る道もあるので進んで見ることにした。ホント、急坂。積雪もあるので怖すぎる。
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 足を滑らせると厳寒の木曽川へ真っ逆さまである。地元の人が設置した丸太椅子に腰かけて木曽川を眺める。
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 五月橋・恵那方面。美しい。誰もいない冬の深沢峡。夏ならば、緑豊かな渓谷美を見せてくれたはずだ。ぜひ訪れたいところだが、夏は藪こぎと蚊・蛇・蜂の恐怖と闘わねばならず、ここまで人を寄せ付けない。
SSCN1146.jpg
丸山ダム・八百津町方面(右:八百津町側、左:瑞浪市側)。
 画像でお分かりいただけるだろうが、両岸には平地がまったくない。丸山ダムができる前、木曽川の水面は更に約50m下にあったそうで、断崖絶壁の渓谷として深沢峡は更に美しい渓谷美を見せていたのだ。
 鳥のさえずりが聞こえるだけ。人工的な音が全く聞こえない。しばし、深沢峡の美しさに浸る(続く)。

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