名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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つばめのバスが巣立つとき6
 JR東海バスの集中連載第6弾である。
 9月30日、ついにJR東海バスが79年の歴史に幕を下ろす日である。
最後のお見送りをするため、仕事を抜け出して瀬戸へ乗り込んだ。朝から雨が降り続く小寒い日であった。

 瀬戸へ到着したのが午後6時半過ぎ。
20091031174856

 JR東海バスが運営していたパルティせとの窓口は、
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最後の営業を終了するや否や撤収作業に入っていました。
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 JR東海バス最後の日でも、瀬戸の街ではいつも通りの帰宅ラッシュ。seto0930c.jpg
 明日からはつばめのバスから赤い名鉄バスに変わります。
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 瀬戸市行き最終バスに乗車。最終バスなのに乗客は5名。私以外は瀬戸駅で降りてしまい、最後の客として車庫のある瀬戸追分まで乗車しました。
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 瀬戸追分の車庫。最後の営業も無事に終わろうとしています。
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 夜9時、瀬戸市駅には同業者の皆さんが集まり始めました。21:24発の瀬戸市駅発上品野行き最終バスに乗車。10名ほど乗車。拍手で見送る同業者の姿もありました。
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 JRバスの聖地・瀬戸の最終となる21:54発の瀬戸駅前発品野行きを待つ同業者の皆様。この世界で著名な方も複数お見かけしました。皆さんの話を傍から盗み聴きしていると、翌日(10/1)運行開始する鳥羽市のコミュニティバス開業セレモニーに行くという人も。ご苦労様です。とてもそこまでの熱意が続かない私は趣味歴20年でもまだ未熟者です。
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 最終バスがやって来ると、次々と乗り込んでいきました。
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 終点・品野へついても、帰りのバスはありません。タクシーなどで瀬戸駅まで戻るのでしょう。品野から瀬戸追分までは回送になるので、運転士氏が気を利かせて温情乗車させていただけるかもしれませんが、時間の都合で見送りだけにしました。
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 9時55分、JR東海バスとしての瀬戸地区最終バスが静かに発車し、省営バスから数えて79年の歴史に終止符を打ち、つばめのバスはJRバスの聖地・瀬戸から巣立っていきました。
(今日はもう少し続きます)
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テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

つばめのバスが巣立つとき5
 JR東海バスの短期集中連載第5弾である。
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 ゆとりーとラインの瀬戸みずの坂行きに乗車した。
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 すでに「JR」のマークが消えていた。終点・瀬戸みずの坂では、大阪ナンバーの軽四に乗った同業者がカメラを構えていた。回数券や乗車券を買い占めていた模様。5分ほど歩いて、ききょう台バス停よりJRバスで瀬戸市駅へ向かう。
 
 ところで、いつJR東海バスは一般路線バス路線から完全撤退を決めたのか。利用者数の減少もあるが、最大の要因は拠点が分散していることによって経営効率が極めて悪かったのだと思う。しかし、1990年代前半までは拡充路線だったのかと思われる。その根拠がこれだ。
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 JR東海バスの車両には整理券発行機と共にカードリーダーがあったのだ。
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 設置されたのは1995年ごろであるが、この頃まではバスカード導入を本気で検討していたとみられる。それから数年後に全面撤退へ180度の方向転換をした。バスカードは導入されず、投資は無駄に終わったのだ。全面撤退への決定の背景に何があったのか。一部過去の連載記事と重複するが、JRバスを瀬戸を背景に省営バス・国鉄バスの時代までさかのぼって考えたい。

 1921年、鉄道敷設法が制定され、約200の鉄道敷設計画が発表された。しかし、採算性に不安のある路線も多く、自動車による代行が検討された。その結果、岡崎駅と多治見駅を結ぶ区間が選ばれたのだ。この区間は、改正鉄道敷設法別表72の2に「愛知縣岡崎ヨリ同縣擧母ヲ經テ岐阜縣多治見ニ至ル鐵道」という予定線が記載されている上、東海道本線と中央本線を結ぶものだった。
 国鉄バスには「国鉄自動車の4原則」というものがあり、鉄道予定線の先行、鉄道線の代行、鉄道線の培養、鉄道線の短絡を主目的として路線を開設し運営していた。なお、名神ハイウェイバス運行開始以降、鉄道線の補完も目的として加わり、「国鉄自動車の5原則」となった。これが明文化されたのは戦後なのだが、これは省営バスの頃から踏襲されたものだった。岡多線は「鉄道線の先行」「鉄道線の短絡」という2つの使命を有しており、沿線からバス路線を培養させる使命もあった。
 1970年、鉄道として国鉄岡多線が開業(当初は貨物営業のみ)し、国鉄バス岡多線の路線群は瀬戸記念橋駅中心拠点として、瀬戸南線・瀬戸北線・瀬戸西線に改称された。1976年に岡多線が旅客営業を開始した後も、運行便数はさほど減便されることはなかったが、この頃から運命の歯車が狂い始める。
 国鉄分割民営化により、国鉄岡多線はJR東海に引き継がれず、第3セクター鉄道・愛知環状鉄道として全線開通することになったのだ。この段階で開業当時からの「鉄道線の先行」「鉄道線の短絡」という2つの使命は失われ、JR線からの連絡利用の少ない瀬戸市内ではJRバスの孤立が決定的になった。その後、岡崎駅・多治見駅・名古屋駅…と次々とJR駅を結ぶ路線を廃止するJR東海バスは、まるで引きこもり児童のようにJR鉄道線との接触を絶ち、営業エリアの縮小を繰り返した。いつしか、愛知環状鉄道と名鉄瀬戸線からの乗客を拾う、地域密着型路線に姿を変えた。
 一方、瀬戸では名鉄バスとの重複路線もあり共倒れへの心配から、品野・水野団地はJRバス、赤津・菱野団地は名鉄という住み分けが行われた。名鉄バスに対し、比較的ロケーションの良い路線を有していたJRバスだったが、乗客減少に歯止めがかからない。
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 2003年3月27日、名鉄がSFカード「トランパス」を導入。名鉄バスへの導入は速かったものの、鉄道の導入は遅れ、3年半遅れの2006年12月に名鉄瀬戸線でも導入された。これは名鉄瀬戸線から名鉄バスに乗り継ぐと80円割引になるサービスがあった。しかし、JRバスへの乗り継ぎには割引制度は当然無く、瀬戸市内の公共交通利用者間で地域内格差が生じる事態となった。たかが80円、されど80円。JRバスも名鉄瀬戸線から乗り換え客が大半のため、この不平等感は大きかったと思われる。地域内で孤立して20年。つばめのバスに巣立ちの時がやって来たのだ。(続く)

【参考文献】
『鉄道ジャーナル』1984年6月号「特集・国鉄バス1984」
バスジャパン・ハンドブック14「ジェイアール東海バス」

テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

瀬戸市招き猫まつり
 9月26~27日に瀬戸市で行われた「招き猫まつり」の模様をお届けする。
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 いつも通り、JR東海バスの撮影にと思っていたら、やたら人通りが多い。ということで、現地到着まで一切知らなかったんです。ということで、散策開始。
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 街はお祭りモード一色。このイベントはすでに14回目だったそうです。

 最近、ゆるキャラをはじめとしたマスコットキャラクターが人気です。陶磁器の世界にも伝統的なキャラクターがあります。代表格としては、タヌキの信楽焼(滋賀県)、蚊やり豚の萬古焼(三重県)という感じです。
 実は瀬戸にも伝統的キャラクターがいます。
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 狛犬です。
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 こちらは2対1セット10万円の高級品です。

 でも瀬戸は…
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 招き猫で売り込んでいるのです。どうも、招き猫生産量日本一だそうで。狛犬より招き猫の方が生産需要も多いだろうし手軽に買えるから、招き猫なんですね。
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 昭和の香りが残る渋い商店街も健在で、この日ばかりは往年のにぎわいを取り戻していました。
 街を歩く人まで招き猫メイクをしていて、かなり異様ながらも楽しい1日でした。

テーマ:名古屋・愛知 - ジャンル:地域情報

つばめのバスが巣立つとき4
 JR東海バスの短期集中連載シリーズ第4弾である。春日井から再度瀬戸に舞台を戻す。
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 9月28日、瀬戸市内で名鉄バスのバス停ポールが設置されました。まだビニールを被っていますが、名鉄バスなのが丸見えです。水野団地のききょう台バス停にはJR東海バス・ゆとりーとライン・名鉄バス、瀬戸を走るバス事業者3社のポールがそろいました。瀬戸はバス事業者が展開するエリアの住み分けが徹底しており、これまで3社がそろうことはありませんでした。JR東海バス撤退に伴い、最初で最後の勢ぞろいです。
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 瀬戸記念橋駅跡地。省営バス時代からの伝統ある「バスの駅」があったところです。数年前に老朽化と道路拡張で取り壊されました。
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 向かいに瀬戸市が設置した碑があります。実はJR東海バスも自社で「省営バス発祥の地」の石碑を岡崎市の営業所脇に設置していたのですが、岡崎から撤退後は行方不明になってしまいました。
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 道路拡張されても、瀬戸記念橋駅跡が一部残っています。この更地の権利関係はどうなっているのでしょうか?
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 旧岡多線経路を進むJRバス。この先の品野バス停で終点です。かつては多治見まで結んでいました。つばめのバスは、もっと進みたい。でも、今はここまでしか進めないのです。
 ところで、品野バス停脇のこの交差点、
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 「品野交番前」という名称なのですが、国道363号線上品野方面からの道路だけは、
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「品野駅前」

 昔のまんま。国鉄バス時代を彷彿する貴重な標識です。なお、この交差点名標識、瀬戸独特のもので、他の街で見かけることはありません。昭和40年代前半以前に設置されたものとみられますが、現在も瀬戸市内の交差点数ヶ所で現役です。
 さらに、この交差点角に「つばめや」という飲食店も現役です。国鉄バス・JRバスとの因果を感じるのは私だけでしょうか。(続く)

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つばめのバスが巣立つとき3
JR東海バスの集中企画第3弾である。

 JR東海バスというと、どうしても瀬戸に目が行きがちであるが、つばめのバスが走り続けたもう一つの街、春日井市にも光を当てておきたいと思う。春日井市では、春日井駅と高蔵寺駅から各1路線が発着していた。
 ここで春日井でのJRバスの歴史をたどってみたい。昭和5年に岡多線が開業。戦後になって、高蔵寺駅を中心に路線を拡大。尾張細野~尾張西尾や勝川~坂下など、最大で7路線を展開した時期もあったが、半数以上は廃止された。昭和27年、高蔵寺~春日井間にバス路線を開設し、本格的に春日井市中心部に乗り込んだ。昭和31年、春日井~下原間を開業。
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 JR春日井駅から郊外の大池住宅を結ぶ路線は、JR中央線春日井駅の目の前から発着する。電車からの連絡は抜群に良い路線だ。昭和31年に開業し、後に小牧市の大草・造形大学まで路線を延長した。春日井市の発展に伴い利用者数が徐々に増加し、統計によれば昭和50年に1日当たりの運転本数48回で1日当たりの利用者が1,245人だったが、平成2年には89回で2,737人へと倍増した。ところが、この年を境に利用者が減少に転ずる。平成4年に前年比30%近い減少を記録し、その後も5%以上の減少が続き、平成14年には884人(運転本数は86回)までに減少。路線存続の危機に瀕した。名古屋造形大学がスクールバスを導入したことから小牧市から撤退し、春日井駅~大池住宅前間のみで走り続けた。
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 国道19号線を走るつばめのバス。ところが、ジリ貧のバス路線に最後の光が当たるチャンスが訪れた。平成18年、小牧市の桃花台線(ピーチライナー)の廃止である。小牧市桃花台は名古屋への交通アクセスが不便なのが課題だった。桃花台から大草までは1kmほど。JR春日井駅までクルマで移動する人も多いなか、大草バス停まで家族の送迎による通勤・通学する人もいた。廃止確定後、JR春日井駅へのバス路線延長を求め桃花台住民から要請もあったが、JR東海バスはあっさりと拒否したのだという。既にJR東海バスは一般路線バス全面撤退の準備に入っていたのだ。バス路線としてのラストチャンスが幻になって、鳥居松(春日井市の中心)も通らない、純粋に沿線と春日井駅を最短距離で結ぶだけの路線バスとして最後の日を迎えた。
20091017115204.jpg 春日井駅のJRバス乗り場にて。既に名鉄バスと春日井市のコミュニティバスのポールが設置されていた。しかし、なぜ名鉄バスはわざわざ分散させるのか。
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 春日井駅には名鉄バス専用のバス乗り場がって、大型バスが同時に2台停車できるようになっている。容量としては十分なはずで、個人的には桃花台から来ているあおい交通のバスが、念願の春日井駅乗り入れを実現できるか密かに期待していたのだが。
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 国道19号線上のバス停では、名鉄バスの新バス停工事が進んでいた。国道区間だけは卓上据え置き型ではなく、地に根を張るタイプ。行政指導なのだろうが、名鉄バスに転換しても簡単には撤退しないという名鉄バスの決意が伝わり、地域住民へ安心感を与えることだろう。

 続いて、高蔵寺駅発着のつばめのバスだ。
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 古くからの集落と高蔵寺ニュータウンの一部を結ぶ路線だ。かつては尾張細野や植物園まで運行されていたが、現在は高蔵寺~押沢台~高蔵寺の循環路線である。
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 古くからの集落・玉野町にて。昭和50年に1,245人だった、1日当たりの利用者数は徐々に減少。ここ10年ほどは下げ止まり、1日700人ほどの利用で推移した。こちらも代替バスが走るが、地域の利便性を考慮すれば、高蔵寺駅~玉野~高蔵寺ニュータウン~高蔵寺駅北口の路線に改編されそうな気がする。利用者・名鉄バス双方にメリットがあるからだ。

 高蔵寺駅にて。
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 JRバスの回数券などは、駅の「みどりの窓口」で販売しているのだが、ここではJR東海バスの回数券販売を
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 駅高架下の書店に委託していたのだ。かつてはみどりの窓口で行っていたのだが、窓口の混雑激化緩和を目的に委託料を払ってでも外部委託した方が得策と親会社は考えた模様。しかし、1日700人程度の利用しかないバス路線の業務を外部委託しても焼け石に水なのは明確なのであって、親会社のJR東海が路線バス事業をいかに軽視していたかを象徴する場面であった。(続く)

【参考】
「春日井市統計書」春日井市

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ピンキー・井上一樹選手引退
 野球選手というのは、イチローや現役時代の落合監督のように、ストイックに走る傾向が強すぎるのだが、この人は常に親しみやすく人間的だった。優しさが滲み出ていた。常にチームのことを思う人だった。
 引退セレモニーでは、阪神ナインも参加。レフトスタンドの応援団も残ってくれた。選手を称えるその姿勢、ホントに頭が下がります。これだから、野球が好きなんです。
 井上選手の感動的なあいさつ。全文公開します。

(感極まり嗚咽)すいません…。
今シーズンを持ちまして、井上一樹は現役を引退します。
ふるさと、鹿児島からこの名古屋に出て来て20年、
球団に、名古屋に、そしてドラゴンズファンに育ててもらいました。
僕は決して、強い人間ではありません。
弱い自分をいつも支えて、助けて、
そして励ましてくれたみなさんに感謝します!
しゃべるのは僕は不得意ではないんですが、
すいません、今日は言葉が出ません。
阪神球団の方、そして阪神ファンの方も、
僕のこのセレモニーに、立ち会ってくれてありがとうございます。
そして今まで一緒にプレーしてくれたみんな、ありがとう!!


 そして、タイガースからも元ドラゴンズの矢野選手が花束贈呈。数日後に同じセレモニーを行う立浪選手からもねぎらいの言葉が。ドラナインに続き矢野選手と元ドラゴンズの高橋光信選手も参加しての胴上げ。ラジオを聴きながら涙が止まらない。感動の引退セレモニーでした。

 思い出に残るのは、やはり1999年。伝説の開幕11連勝からの21試合連続安打かな。あの優勝を引っ張ったのは一樹です。そして、グラウンド以外での活躍。選手会長としてファンとの交流を積極的に進め、ファン感謝デーとテレビラジオに少し出るだけという、旧態的なファンサービスを変えたのは一樹の功績だ。
 背中で選手とファンを引っ張ることのできた選手、それが井上一樹だ。今後もドラゴンズに必要な人材だと思う。

20年間ドラゴンズ一筋。本当にお疲れ様でした。

 中日の井上一樹外野手(38)が25日、今季限りで現役引退を表明した。25日の阪神戦後にナゴヤドームで会見した井上は「悩みに悩んだが9月になって引退を決意した。ドラゴンズのユニホームを脱いで終わるのが最高と思った」と話した。
 井上は鹿児島商高から投手として89年のドラフト2位で入団したが、2年間で9試合登板し、通算1敗と振るわなかった。94年から野手で1軍に登場。99年には開幕21試合連続安打をマークし、リーグ優勝に貢献した。06、07年には中日選手会長になりファンサービスに努めた。今年は出場23試合にとどまり41打数3安打、打点5。プロ20年の打撃成績は通算1213試合に出場し3129打数863安打、79本塁打、349打点(今年の記録は25日現在)。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090925-00000131-mai-base

テーマ:中日ドラゴンズ - ジャンル:スポーツ

ドラゴンズの応援がしたい!!デモ行進
20090927112400

 9月27日午前11時ごろ、朝の仕事を終えて自宅へ戻る途中、栄でデモ行進を目撃。まぁ、名古屋のど真ん中でデモ行進は時々あるのですが、今回のデモ行進は立浪選手や井上選手など、我らが中日ドラゴンズの応援歌ばかりかかる不思議な行進。栄から矢場町までの大津通りを通行規制してまで行うデモ行進を先回りすると…。
20090927112357

 デモ行進を行っていたのは、かの有名な竜心会と白龍會じゃありませんか。ご存じない方へ説明しますと、ナゴヤドームのライトスタンドに陣取って、トランペットや応援旗を出して応援している中日ドラゴンズ私設応援団の中でも、超有名な団体としてドラゴンズファンに知られています。
 
 このデモ行進は、ナゴヤドームで再び応援をさせてくれ!!というデモ行進なのでした。
20090927112354

 確か、この2団体は暴力団への関係を疑われ、昨年のシーズン開幕直前にナゴヤドームへの出入り禁止になったのです。そのため、ナゴヤドームではホームゲームなのに応援のトランペットや太鼓が無くなり、まるでビジターのような、お通夜のようなゲームが目立つようになったのです。最近は神宮や横浜のレフトスタンドの方が応援が賑やかになっており、ドラゴンズファン歴30年以上の私は本当に悲しいです。
20090927112351

 ただ、これら応援団に対する一般のファンの評判は悪いのが実情です。ライトスタンドでドラゴンズ応援中は座っていたら怒られたとか、せっかくチケットが買えたのに「ここは応援団の場所だから他へ行け」と言われて追い出されたなど、応援団の横暴な話はナゴヤ球場時代から語り継がれており、「ライト側外野席なんぞ、行くもんじゃない。」という声も根強くあります。応援がしたいのはわかりますが、これらについての清算も必要ではないでしょうか? 私も賑やかな応援に戻ってほしいと願うファンの一人ですが、先にそこを何とかしてほしいものです。
 球団及びナゴヤドームも本当は解禁したいのだと思います。ただでさえ、入場者数が減り続けている状態です。企業をあてにしたシーズン席が売れず、外野スタンドの応援団の固定収入も無くなり、値段が高いのに場所が悪い一般席も売れない。ナゴヤドームは三重苦なのです。これは決して監督のせいではないのです。
20090927112341

 行進した人の数は300名ほど。繁華街ですから野次馬の数も多かったです。警官も多数集結する物々しいデモ行進でした。

【追記】
 私は初めて見たので、前代未聞かと思いましたが、今年7月にも行われていたので2度目なのだそうです。少し内容を訂正しました。

全国中日ドラゴンズ私設応援団連合OFFICIAL HOMEPAGE http://cdouendanrengou.sakura.ne.jp/

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わが街に東京行き夜行バス来たる
 JR東海バスが一般路線バスから全面撤退しましたが、夜行高速バスでは「ドリームなごや号」に新たな新路線が開設されました。名古屋駅から御器所通・八事・島田・平針・赤池・和合を経て東名三好インターから東京へ向かいます。これまでと全く異なる経路なのが特徴です。名駅からいきなり御器所まで行くなら、金山にも寄って欲しかったです。
 かわいそうなのは、バスが街を縦断するのに停留所が設置されなかった三好町。市制施行間近に、こんな屈辱を放置していいのでしょうか? 三好町民は豊田まで行けってことですか? 町民の利便確保のためにも、役場は三好町内停車をJR東海バスに陳情すべきです。

 御器所は私のホームタウンです。スーパー・コンビニ・ファーストフード・書店などが、深夜12時まで営業しており便利な街です。治安も名駅ほどじゃ悪くないですので、下手に名駅で待つより便利かもしれません。
 自宅から徒歩10分ほどで東京行きバス乗り場ができるのはうれしいのですが、当分夜行バスのお世話になることは無さそうです。
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 東京行きバス乗り場です。
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 名古屋行き降車場です。
画像はいずれも9月26日撮影のものです。

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