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名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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さようなら、RADIO-i 2
 RADIO-i(愛知国際放送)放送最終日の模様のドキュメント後篇です。
前半はこちら→http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-778.html
SSCN7000.jpg
 仕事を何とかやっつけて、22:15、再び名古屋・栄のテレビ塔東脇にあるRADIO-i本社のあるビル前に戻って来ました。ラジオ局が無くなるということがまだ分からず、ijやスタッフに一番近い局の前で停波の瞬間を迎えることに決めたのです。
SSCN7001.jpg
 ビル入口は既にシャッターが降ろされていました。繁華街からも離れていることから人通りはまばら。リスナーらしき姿も無く、本当に今日で無くなってしまう放送局なのかと心配になるほどでした。
SSCN7002.jpg
 23:00を少し過ぎた頃、TVカメラを持ったクルーがタクシーで到着。カメラに張ってあったステッカーから中京テレビの取材クルーと判明しました。実は今回の決定的瞬間にやって来たTV局はここだけでした。一旦、ビル内へ潜入するも、すぐに外へ出てきてリスナーと共に運命の瞬間を待ち構えていました。
 久屋大通にはクルマで乗り込んできたリスナーの姿がチラホラ。みんな、ビルの方を向いているのですぐわかりました。私はテレビ塔の真下でずっとビルを眺めながら、最期の瞬間を待っていました。
 ひょっとして、これは壮大なドッキリじゃないか。明日から局名を変えてまた始まったりして。そんな気がしてきました。それほど番組内容が明るかったからです。楽しそうなんです。明日から仕事も失い路頭に迷うかもしれないのに、どうして、悲しむことも無く楽しい放送が17時間も続けられるのか。なんてことを思っていたら23:50。
 
 RADIO-iが流した最後の曲は、私も大好きなABBAの「Thank You for the Music」でした。曲が始まると、これまでの妄想も砕け散りました。本当に終わってしまう。そう思うと涙が止まらなくなりました。
 フルコーラス流れた後、コールサインと各地周波数と送信出力の告知があり、

「2000年4月1日から10年6ヶ月にわたってお送りして参りました。これをもちまして当局の放送を全て終了させていただきます。長らくのご声援、本当にありがとうございました」


と閉局を告げると、時刻は30日24:00。これまでの喧騒が突然の無音状態に。一瞬、何が起きたのかと思いました。事情を把握するのに少し時間がかかりましたが、「これでRADIO-iは終わったのだ」と認めた10月1日午前0時2分、瀬戸市の三国山から流れる79.5MHzの電波は止まり、ノイズの彼方へRADIO-iは消えてしまったのです。放送局の本当の終焉です。そのあっけ無さにしばらく呆然としていました。
SSCN7003.jpg
 停波を確認すると、リスナーがビルの前に集まり始めました。集まった人は20名ほど。ijの出待ちが始まりました。その間に中京テレビクルーがインタビューを開始。ビルを眺めるリスナーたちというアングルを背後から随分長い時間収めていました。
 私は栄1:30発の深夜バスに乗ればよいので、それまで張り込む覚悟をしていました。しかし、局内ではijやスタッフが放送局の終焉に感情を爆発させているかもしれない、そう思うと簡単にお出ましとはいかないだろうと思っていたんです。ところが…
SSCN7004.jpg
 0:20頃、上野規行さんを先頭に、RADIO-iのij及び伊藤放送部長がビルの前に降臨したのです。まさに奇跡でした。RADIO-iグッズの配布や写真撮影など、即席の歓談会が始まったのです。消えたはずのRADIO-iのExtra Stageが始まったのです。その時間はわずか20分ほど。しかし、私も含め深夜に集まったリスナーにとって忘れられない時間になりました。

 RADIO-iは早い段階での営業戦略の誤りから、良質なサウンドを武器としながらも十分な採算性を得られる事業転換を図ることができませんでした。ギリギリまで粘ったようですが、放送終了の発表が予定日の3ヶ月前では、存続させるための時間もカネも用意することはできませんでした。しかし、この初めに廃局ありきの方針は果たして正しかったのでしょうか。実際に事業継承を名乗り出た企業もあったようです。どうして、その可能性を事業撤退する親会社が否定したのか。それはステーションイメージ云々ではなくて、早い話がRADIO-iがV字回復した場合の経営責任逃れじゃなかったのですか?
 放送局を廃止することは、同時に文化を否定する行為にもつながります。文化不毛都市と長年批判の対象だった名古屋は、相次ぐ大型プロジェクトによってその汚名を返上しようとしていました。現在も「あいちトリエンナーレ」の真っ最中、そして今月は「COP10」もあります。世界に名古屋の文化を発信する大事な時期なのに、放送という文化の多様性を否定してしまった矛盾。「官主導じゃないと文化すら育たない」名古屋は、その歴史に大きな汚点を残してしまいました。

 このような寂しく悲しい思いは二度としたくありません。一方、経営が厳しい放送局が全国にはいくつもあります。しかし、今回の件をきっかけに安易な形での放送局廃止が続かないように願うばかりです。こんな悲劇はRADIO-i限りにしてください。

 今まで素敵な音楽をありがとう。忘れないぞ、Midland。そして、さようなら。RADIO-i。
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テーマ:ラジオ全般 - ジャンル:テレビ・ラジオ

さようなら、RADIO-i 1
 9月30日、RADIO-i(愛知国際放送)は10年半にわたる歴史を閉じました。ラジオ局の放送終了(廃局)は日本初の事態です。毎日当たり前の様にあったラジオ局が無くなってしまうといったいどうなるのか、正直ピンときません。しかし、今回の放送終了・廃局は、これまでもあったコミュニティFMや期間限定のイベントFMの放送終了とは明らかに性格とスケールが異なります。わかりやすく申しますと東海3県の大部分と静岡県浜松地区、合計で1,000万人近い人が暮らす地域で放送局が無くなってしまったということです。ラジオ局が無くなる、その歴史的な1日を追った記録を残しておきたい。
20101001032019.jpg
 9月30日中日新聞朝刊は、RADIO-iの放送最終日に際し、ラジオの苦境を伝える記事を経済面に掲載しました。しかし、これには大きな疑問が浮上しました。記事ではラジオ局の不振の原因を「広告不況・ネット音源全盛」と指摘しています。しかし、中日新聞社はRADIO-i設立時に名古屋の名だたる企業と共に出資しておきながら資本撤退している経緯があるのです。その当事者である中日新聞社が自分の事を棚に上げた無責任報道していて良いのだろうか。良心があるのなら、どうして中日新聞社及び名古屋の財界はRADIO-iから資本を引き興和の100%子会社にしたのか、その過程を明らかにすることが先ではなかろうか。まぁ、ある意味タブーだから、記事にすることは全く期待していませんが、この部分を明らかにしていかないとRADIO-iの転落の原因を明確にできないと思う。ただ、それが行われた2008年頃から廃局への流れが加速していたのではないかと邪推することができます。
20101001032013.jpg
 更にすごかったのが、この日のラジオ欄。RADIO-iのラジオ欄には、リスナーに限らず、普段ラジオを聴いていない新聞読者への最後のメッセージが長々と綴られました。局としても、さぞ無念である様子が偲ばれる文章。しかし、そのラジオ欄を下の方へ目を移しますと…
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 RADIO-iの親会社である興和の広告が。これには仰天しました。偶然とは思えない。いくら何でもひどすぎる。確かに10年間で1度も黒字決算を計上できず、28億円もの累積赤字を出したダメ放送局です。しかし、終焉を迎えたRADIO-iに対して、そこまで虐げなくても良かったんじゃないですか?
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 そんなこと思いながら、11:00に名古屋・栄のテレビ塔脇にあるRADIO-i本社があるビルに到着。実は、ダメ元でステッカーとタイムテーブルを貰いに行ったのです。
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 一応、守衛さんに声をかけてみますと、6階にあると教えてくれましたのでエレベーターで向かいます。放送終了が発表された6月以降、リスナーがRADIO-iに押し掛けるケースが増えたようです。そのため、エレベーターには注意書きがありました。
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 6階に上がりますとRADIO-iの看板がお出迎えです。
SSCN6998.jpg
 RADIO-i(愛知国際放送)の入口です。しかし、私が来られるのはここまで。もちろん中には入れません。ドア前にある机に「ご自由にお持ちください」と平積みされたステッカーとタイムテーブルを頂いてきました。
SSCN7007.jpg
 RADIO-iグッズいっぱい。一旦、仕事に戻りまして、夜になってRADIO-i最期の瞬間を見届けることにしました(続く)。

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