名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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今池エレジー
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 私が名古屋で一番ディープで好きな街・今池のど真ん中に建っていたピアゴ(ユニー)今池店が、5月8日の営業を最後に40年に渡る歴史に幕を降ろしました。ここ数年は近隣店舗との競争力を完全に失ってしまい、地域住民だけを相手にする状態で売上も芳しくなかったと聞きます。平日の2階以上の売場は閑古鳥が鳴く状況でした。建物の古さは、ユニーグループでも現存店舗としては守山店と並んで有数のモノでした。
 小さい店ですので品揃えに限度があり、すぐ近くのダイエー今池店(これまた小さくて老朽化した店)とハシゴして、互いの不足分を補いながら買い物を楽しんだものです。
 ただ、築40年の建物の老朽化が深刻で耐震基準に不適合であることから、耐震工事か建て替えかの選択を求められていました。何年も前から今池店の閉店は幾度も噂に挙がっていました。実際に私が閉店の話を聞いたのは今年の2月でしたが、既に昨年初秋に千種の商業関係者に閉店の申し入れがあったという話を先日聞きました。
 ユニー今池店として開店したのが1971(昭和46)年1月27日。まだ、店の前を路面電車が走っていた頃の話です。私が生まれる5年前の話なので伝聞でしかありませんが、当時の今池は名古屋東部の繁華街として賑わっていたそうです。
 1980年代から、今池は都心(栄)と郊外(星ヶ丘・名東区方面)との流動経路上でありながら「通過」地点となっている問題を抱えていましたが、都心と郊外の中間で地盤沈下を止めることができないでいました。
 また、ユニーも千種区内に当時最大規模のサンテラス千代田橋店(現在のアピタ千代田橋店)を開店し、広域からの集客が難しくなったので、商店も地域住民にターゲット変更せざるをえませんでした。しかし、競合店が次々とオープンすると頼みの地元住民ですら集客力が落ち始め、イオンナゴヤドーム前SCとイオン千種SCの挟まれたのが決定打になったかと思います。
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 今回のピアゴ閉店は、同時にテナントとして入っていたマクドナルドなどのチェーン店も呑みこんでしまいました。マクドの無い街というのは、地域のイメージに大きなダメージがあるかと思います(池下か御器所に行けばありますけどね)。

 ところで、最近市街地のスーパーが撤退することから、名古屋市内でも日々の買い物に苦労する「買い物難民」が増えています。高齢化社会は都市も田舎も関係無く進行していますが、都市部は人口が多いだけに買い物難民の数は飛躍的に伸びてしまいます。都心なのでクルマの所持率がやや低く、普段は自転車を利用していたが高齢で乗れなくなり、仕方なくバスを使おうにも本数が少なく使えない。地下鉄はとにかく歩くので苦痛だ。こんな事情で困っている方が名古屋市内で増えています。
 その原因である、長年地元に根付いていたスーパーの撤退に反対する動きが数年前から名古屋市内でも起こっています。
 南区柴田では地元商店街がユニー撤退に反対し、改築という形で店舗を存続させた前例があります。また、同様に北区黒川でもユニー撤退の動き(ここはもともと存続が前提だったらしい)があり、医療機関などの複合店舗として改築しました。黒川の開店初日を見に行ったのですが、近所にナフコ・フィール・バロー・マックスバリュなどと競合店乱立エリアなのに、開店前から近隣住民が行列をなし「よく復活してくれた」と店員をねぎらう姿もありました。ちゃんと、ユニーには固定ファンがいたのです。
 今池も建て替えしないかな。「ラ・フーズコア」でいいので、復活して欲しい。これまた閑古鳥鳴くナゴヤドーム裏の萱場店を移転すればいいじゃないですか。地域の核を失った今池。その代償は大きいと思います。
 今池のど真ん中にどでかい穴が開きます。でも、お願いだから跡地にパチンコだけは勘弁してね。今池にこれ以上パチンコは要らない。
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テーマ:名古屋だがね - ジャンル:地域情報

オーバーストア現象
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 駅前や中心市街地の低迷が伝えられて久しくなっています。その要因は郊外への大型店舗進出だと言われていました。しかし、郊外の大型店舗の中でも過当競争から勝敗が明確になってしまい、この動きは次の局面に突入しようとしています。

 郊外型の大型ショッピングモールとして東海地方では古参の部類に入る岐阜県本巣市の「リバーサイドモール」は、ファッションアウトレット・シネマコンプレックス・日帰り温泉施設で構成される2000年3月オープンのショッピングモールでした。ところが、近隣に大型ショッピングモールが乱立し、地の利も悪いことから苦戦を強いられていました。
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 「リバーサイドモール」は売上低迷によるテナントの他ショッピングモールへの移転と店舗数の減少に歯止めがかからず経営不振が伝えられていました。昨年秋に経営譲渡が行われ、新しい運営者のもとで再建中かと思われていましたが、3月24日より突然の全面休業を断行。本巣市も水道料金や入湯税などの滞納が続いていることから差し押さえを実施し、営業不能状態に陥っていたことが分かりました。不動産管理を行っている瑞穂市の会社が再開に向けて動き出しているという新聞報道もありますが、「リバーサイドモール」の営業再開は現時点で未定のままとのことです。
 リバーサイドモールが経営断念を地元に伝えたのは今年3月のこと(画像は岐阜新聞2011年3月26日朝刊より)。突然の休業後は経営者が行方不明となり、その後の進展も無いことから、賃料の入らない地権者が土地の返還を求めるなどの騒動に発展しているようです。
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 中日新聞2011年5月13日朝刊岐阜県版より。
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 岐阜新聞2011年5月13日朝刊より。岐阜新聞はリバーサイドモールにヤマダ電機の出店計画があることを伝えています。
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 5月某日、現地に行ってみました。JR岐阜駅からバスに乗り、街を抜け田んぼの真ん中を走ったかと思いきや、集落や小さな団地に寄り道し、柿畑を抜けて約40分。ようやくたどり着きました。ここまでの運賃460円。
 休業に入ってからも、リバーサイドモールの裏側駐車場には1時間に1~2本、JR岐阜駅からバスがやって来ます。したがって、敷地内には簡単には入れてしまいます。運休にしてしまうのも一考ですが、折り返す転回場を確保できないためにているのかもしれません。駐車場が見事に空っぽ。休業中ですから仕方ないですね。さっそく、散策開始。Wikipedia(ウィキペディア)情報によれば、日帰り温泉だけは営業しているとのことですが、
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 温泉も休業中でした。地元では温泉の回数券を買ったものの、紙くずになってしまった人が随分いるそうです。
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 閉ざされた玄関から中を覗き込みますが、当然のことながら真っ暗です。壁に貼られたフロアガイドを見てみると、閉鎖間際には9割方のテナントが撤退してしまい、末期はショッピングモールとしての機能を果たしていなかったようです。
 正面玄関の方へ移動してみましょう。
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 店も無く、誰もいないリバーサイドモールの正面玄関。柵も無く、本巣市の差し押さえの紙や封印などは見当たりませんでした。しかし、ここまでオープンで大丈夫なんでしょうか。犯罪の温床になりかねませんよ。テナントはすべて撤退しており中は空っぽ。日焼け防止なのか、ビニールなどで窓を覆っているテナントが目立ちました。
 2006年4月、4kmほど離れた同じ本巣市内に大型ショッピングモール「モレラ岐阜」がオープンしてから、テナントの移転が目立ち始め、末期に残っていたテナントは10店舗ほどだったとか。
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 かつては、ここで週末にはイベントを開いていたようです。なお、2階のテナントは昨年秋に閉鎖していたそうです。

 名古屋のアパレル企業「リオ横山」から、たった1万円で経営を引き継いだ占い師の「海龍」。ところで、なぜ占い師がショッピングモールに関心を持ったのでしょうか。そして、リオ横山も躊躇しなかったのでしょうか。まぁ、それ以前に流通業のサイクルがこの分野では特に早いことを思い知り、一刻も早く手放したかったのでしょう。6年で勝負を捨てねばならないなんて商売のサイクルが早すぎます。でも不思議なのは、海龍は自分自身の方向性を占うことはできなかったのでしょうか。
 海龍は「日本一のパワースポット」を謳い文句に、占いとエンターテイメントを基軸としたショッピングモールにし、更に娯楽施設やカプセルホテルなどが新設される予定だったそうです。何か胡散臭い気がしました。占いとエンターテイメントとショッピングの関連が良く分かりませんし、なぜカプセルホテルが必要なのかも良く分かりません。健康ランドみたいにするつもりだったのでしょうか。
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 リバーサイドモールを象徴する施設だった、この観覧車。羽島市のパチンコ屋にあったものを移設したのだそうですが、料金は1人500円だったようです。乗らないわなぁ。名古屋栄にある観覧車ですら、1人300円でも閑散としていますからね。観覧車乗り場に掲示があって、昨年9月時点で営業を休止したそうです。

 もともと、岐阜市を中心に一宮市・各務原市・大垣市あたりまでのエリアは郊外型大型ショッピングモールが乱立しており、完全なオーバーストア状態でした。パッと思いつくだけでも、

マーサ21
カラフルタウン岐阜
イオン各務原
PLANT-6
モレラ岐阜
リオワールド
アクアウォーク大垣
イオン大垣
アルプラザ鶴見
イオン木曽川キリオ

 とズラリと並びます。更に地場系スーパーの三心・トミダヤ・カネスエ・平和堂・バロー・ピアゴ・マックスバリュ…が乱立する大激戦地帯なわけです。この大競争に勝ち残るためには、消費者に対するメッセージ性の高さと地の利がモノを言うのですが、最古参だったリバーサイドモールの致命的な弱点は地の利でした。
 名古屋からはクルマで1時間半~2時間かかり、途中にショッピングモールがいくつもあるので期待薄。岐阜市からは有料道路の橋を渡らないと遠回りせねばならず時間がかかる、大垣市からは地元に大型ショッピングモールが複数できたので地元で間に合う。日帰り温泉もここからクルマで10分ほどのところに池田温泉という日帰り温泉ではこの地方有数のスポットもあり、泉質や入湯料で勝負にならず競争力がない。シネコンは全国有数のスクリーンを持っているとはいえ、競争の激化によって四面楚歌状態に陥ったわけです。
 今後もこんなショッピングモールが出てくるかもしれません。
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 ちなみに、リバーサイドモール近くの「リオワールド」は通常営業しています。リバーサイドモールとリオワールドは一緒にまとめたくなりますが、こちらは全く別の店で日用品など地元の人向けの店舗展開になっています。ここの2階にある「平成楽市楽座」のカオスぶりは、他のショッピングモールではみられない、リオワールドのオリジナルです。また、1階の酒屋さん「島本屋」さんは、日本酒・焼酎・ワイン共に非常にレベルの高いお店なのでお薦めです。特にPOPの書き方が気合入っており、販売に興味のある方は一見の価値があります。ここをお目当てにリオワールドは近くへ来た際は何度もお邪魔していましたが、リバーサイドモールはあんまり行かなかったなぁ。

 中部地方初のアウトレットモールとして開業した本巣市の「海龍リバーサイドモール」のゴーストタウン化が懸念されている。リニューアルのため施設を買い取った「海龍」(東京)の経営者が3月に行方をくらまし、市は4月、税金滞納を理由に施設を差し押さえた。治安悪化を懸念する市は来月中に防犯灯を設置する方針。市は施設を20億円以上と評価しているが、施設を所有する会社の全株式を海龍が1万円で購入していた事実も判明した。地権者が土地の明け渡しを求める訴訟の準備を始めるなど、泥沼化の様相を呈している。
 午後8時過ぎ、暗闇に包まれたモール敷地内にホームレスや若いカップルがうごめく。建物の隅にはごみが散乱。バスの停留所が敷地内にあり、車が自由に出入りできる。
 「いずれ犯罪の温床になる」。治安悪化を懸念した地元自治会は4月6日、市に防犯灯を設置するよう要望書を提出した。市は施設内を通る市道など5カ所に設置することを決め、北方署も夜間巡回を強化している。
 異変は3月24日。モールが突如、営業を休止した。海龍の海野正見会長は休業前日の夜、テナント関係者に「明日から運営できない。申し訳ない」と謝罪し、直後から音信不通になった。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110525-00000128-mailo-l21

テーマ:企業経営 - ジャンル:ビジネス

JR名松線全面復旧へ
 バスによる代行運転が続いていた三重県のJR名松線・家城~伊勢奥津間の問題について、5月21日にJR東海と津市・三重県の3者が復旧に係わる協定を結んだそうです。事実上の鉄道復活確定です。

【三重県公式サイト】JR名松線の復旧に係る協定の締結を完了しました。
http://www.pref.mie.lg.jp/TOPICS/2011050197.htm

 名松線については、弊ブログでも過去に現地レポートを掲載しました。

 名松線沿線ルポ1~4(リンク先は第4弾のもの)
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-563.html

 運休中(バス代行区間)の家城~伊勢奥津間の利用者数が1日あたり90人に過ぎず、年間7億円もの赤字を計上していた区間であって、バス転換による補助金を元に道路整備やバス運行経費に充てたらどうか、更に三重県内のJR路線整備を交換条件に受け入れたらどうかなど思っていましたが、地元の方が「鉄道復活」一本に絞り、近鉄北勢線の前例に従って県主導による存続を導きました。
 こう決まった限りは、存続させられるように結果を残さねばらなりません。でも、年間7億円の赤字ですから、仮に利用者数を2倍・3倍にしたところで元の利用者数は90人。焼石に水かもしれません。名松線全線の利用状況を含めても利用状況は少なく、全国有数の厳しい経営が予想されます。津市は大きな爆弾を背負った格好ですが、決めた限りは突っ走るしかなくなりました。でも、地元住民の選択ですから仕方ないですね。

テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

児玉清さん逝く
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 児玉清さんの訃報、本当にショックでした。児玉さんといえば、最後の視聴者参加型クイズ番組「アタック25」(朝日放送)ですが、ここ数年はドラマの他、NHK「BSブックレビュー」やニッポン放送「テレフォン人生相談」などにも出演し、活動の幅を広げておられました。特に「テレフォン人生相談」でのソフトな対応に「児玉先生、ありがとうございます」と泣きながら礼を述べる相談者の多かったこと。テレフォン人生相談の主・加藤諦三が実は児玉さんより年下と知って驚いたものです。
 しかし、経歴を知れば知るほど羨ましいほど世渡りの上手なこと。学生時代に演劇で共に活動していたのが、これまた往年の名クイズ番組「クイズダービー」でおなじみの篠沢教授というからすごい。映画からテレビドラマへの転身、そして「アタック25」を30年以上続けられたマルチな才能で、77歳まで第一線で活躍できた児玉さん。ホント、見習いたいです。
 児玉さんって、「アタック25」でも結構毒を吐くことが多くて、一般人に向かって「どうして角を取らない!!」とか、絶妙なツッコミを入れるところが視聴者の感情をうまく表現していましたね。でも、「アタック25」収録時には出場者に飴を配ったり、観覧者のサインに応じ最後の一人まで見送るなど、非常に細かい気の使いようだったそうです。
 アタック25、見どころはヤマ場である「アタックチャンス!」。気合が入っているのか、それとも年齢のせいなのか、児玉さんの拳がプルプル震えるのがたまらなくいい味を出しており、このシーンだけ毎週見ていました。もう、「大事な大事なアタッ~クチャ~ンス!」の名調子が聞かれないかと思うと本当に悲しいです。

 では、「ラストコール」。「来週もパリがあなたを待っております」。ご冥福をお祈りします。

俳優で、テレビ司会者や書評家としても活躍した児玉清(こだま・きよし、本名・北川清=きたがわ・きよし)氏が16日午後0時28分、胃がんのため、東京都内の病院で死去した。77歳。東京都出身。
 昭和9年生まれ。学習院大学時代は演劇部で、篠沢秀夫氏(現学習院大学名誉教授)らと活動。卒業後、東宝の新人俳優公募コンテスト「ニューフェース」に合格し、映画俳優として、黒澤明監督の「悪い奴ほどよく眠る」などに出演する。一方で、テレビ俳優としても活躍。「ありがとう」「白い巨塔」「HERO」「トップキャスター」など数々の人気連続ドラマに出演した。
 読書家としても知られ、NHKの書評番組「週刊ブックレビュー」の司会を務めたり、産経新聞などや雑誌の書評連載もこなしていた。
 昭和50年にテレビ朝日系で始まったクイズ番組「パネルクイズ アタック25」の司会を担当。一般出場者を気遣う知的で誠実な司会ぶりがお茶の間の幅広い年齢層で支持され、30年を超える長寿人気番組に育てた。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110517-00000615-san-ent

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

CM激減の背景
 TVやラジオのCMが激減しています。特に東日本大震災以降CM出稿が激減し、2ヶ月経過した現在でも回復していません。また、かつてTVやラジオで積極的にCMを出稿してきた企業が撤退したり、場合によっては倒産するケースも増えてきました。こちらは特に地方で深刻になっています。地方ローカルCMの出稿は、地域経済のバロメーターでもあるからです。
 こちらはWEB上に放流されていた昔の名古屋ローカルCM。1990年頃のものでしょうか。まだ羽振りの良い企業が多かった時代です。現在ではとても考えられないスケールのCMが流れていたものです。ミズホカーショップ、懐かしいですね。もう、この会社も消えてしまいました。

 ところで、ここ数年CM激減の要因は不景気だけなのでしょうか。

 私はこれだけではないかと思うのです。実は、真の理由は「テレビ・ラジオが広告媒体として魅力が無くなった」からじゃないかと思うのです。高いカネ出してCMを出稿しても、宣伝行為かが上がらないということにスポンサーが気づきはじめたからじゃないかと。

 そして、CMがカネさえ出せばどの企業でも流せるという風潮になってしまったことにより、ブラック企業もインチキ企業も出稿するようになってCMそのものへの信頼性も失われてきたのではないかと思うのです。この会社怪しいなって、すぐに分かるCMが増えています。

 この傾向はここ数年の話ではありません。随分前からこの兆候はあったのです。

 こちらのCM、10年程前に名古屋の放送局で本当に流れていたCMです。呉服店のCMですが、どう考えたって、まともな会社には見えません。案の定、クレジット契約を強要し高額の着物や帯を売りつけていたということがわかり、会長ほか幹部が逮捕されてしまい、CMもお蔵入りとなりました。

テーマ:CMの話題 - ジャンル:テレビ・ラジオ

丸栄・百貨店事業から撤退検討
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 またしても、名古屋に激震です。
 名古屋の4M百貨店の1つ「丸栄」が百貨店事業からの撤退を視野に入れていることが分かりました。これは、名古屋にある丸栄の親会社「興和」が丸栄本館ビルを建て替え再開発する方針で、集客力の高い施設にするために百貨店事業からの撤退も視野に検討しているそうです。
 現在の丸栄本館は1953年に建設。地上11階、地下2階建て。名古屋の一等地にあるものの、増築を繰り返して老朽化が進んでいました。また、丸栄は売上高が32ヶ月連続で前年を割り込むなど不振が続いており、昨年には希望退職を募り全従業員の4割近くが職場を去っています。
 百貨店としてジリ貧であることから、興和出身の専務を社長に昇格させ興和主導で再建を目指すとのことです。興和の三輪社長は「いろいろなプランがあり、百貨店にはこだわらない」「自分たちでデパートをやる発想はない」と語っており、老舗の看板を降ろしてファッションビルなどに業態転換する可能性が浮上しています。
 かつて、経営不振の百貨店の中には百貨店を脱し「五十貨店」を目指すなどとして、生き残りを図る地方百貨店もありました。東海地方では岐阜高島屋や松坂屋豊田店が、厳しい環境下で現在も営業を続けています。しかし、丸栄には五十貨店という腰かけを設けず、一気に老舗のれんを降ろす強硬論に巻き込まれる恐れも出てきています。
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 興和を親会社とする企業といえば、昨年9月末で廃局となったFMラジオ局RADIO-i(愛知国際放送)の記憶がまだ新しいところです。「ウナコーワ」と「バンテリン」での埋め合わせも及ばず、興和自身も昨年の決算で経営赤字になってしまったことから、興和が出資しながら業績の悪い企業を再編成する必要に迫られていました。特に成績の悪い企業だった、FMラジオ放送のRADIO-i(愛知国際放送)、百貨店の丸栄、そして名古屋の某老舗ホテルの3つが候補として以前から挙げられていたそうです(名古屋の経済界では、以前から結構有名な話だったそうです)。
 前述の通り、出資先に対する興和のスタンスは「カネは出すが、自分達は経営しない」。即断即決を是とする社風ですので、影響力の小さいRADIO-iは廃局発表から3ヶ月という短期間で廃局を強行しました。丸栄もやるとなったら、サッサと進めてしまうかもしれません。しかし、スクラップ&ビルドするには時間がかかります。既に名古屋駅への商業シフトが顕著になっている状況で強行となると、栄地区の地盤沈下に拍車をかけることになるかと思います。その間に5年後といわれる名古屋駅の旧松坂屋名古屋駅店跡へのJR高島屋増床オープンがあるので、建て替えの間に形成が大きく変わってしまう可能性も出ています。
 既に2010年11月に隣接するスカイル館から完全撤退し、子会社だった豊橋丸栄は何と1,000円で売却。希望退職も行って、満身創痍になっている丸栄。今後どうなってしまうのでしょうか。
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 こんなニュースが出ていまいましたので敢えて書きますが、丸栄はそろそろだろうなと思ったのは数年前。根拠は無かったのですが、直観的にそう思いました。既にJR高島屋が進出した10年前、同じハイランドグループだった丸栄が真っ先に呑みこまれると噂されていましたが、当時はまだ何とかなると思っていました。しかし、お客さんが増えるどころか逆に減る一方でした。常にお客さんがあるのはデパチカだけ。2~3階のギャル系ブースは週末以外は客も少なく、それ以上の階はホント…でした。
 それでも丸栄、結構好きです。渋い物産展とか、特に素晴らしい。お客が少ないからとお酒をしこたま飲ませてくれたり、いい思い出がたくさんあります。また、恒例行事となった鉄道模型展は500円の有料なのに毎年盛況の名物企画になりました。そして、デパチカの充実ぶりも評価の高いところです。生鮮食品に限れば三越より上、松坂屋と肩を並べます。ただ、地下1階には収益性の薄い100円のおにぎり屋を入れたり、閑古鳥の鳴くテナントが多く迷走していたのも事実です。数年前にギャル系の店を2~3Fに集めて新しい方向性を見出しましたが、そこから上のフロアは相変わらず、客より店員の方が多い状況でした。
 久しぶりに屋上に行ってみました。屋上庭園も子供向けの遊具も無くなり、デパチカや物産展で買った食べ物を食べるだけのフロアと化していました。名古屋・栄のど真ん中に人気も殆どない不思議な空間がここにあります。200万人都市でも百貨店が撤退を検討せねばならない状況になるこの時代。改めて思います。もう、百貨店の時代は終わっているのだと。

 経営再建中の百貨店丸栄(名古屋市)について、親会社である興和(同)の三輪芳弘社長は13日、「自分たちでデパートをやる発想はない」と述べ、百貨店業から将来的に撤退する方針を明らかにした。丸栄は、江戸時代創業の小間物商が前身の老舗。名古屋の老舗百貨店の一つが、看板を下ろす可能性が高まった。
 三輪社長は、名古屋・栄にある丸栄の本館ビルを建て替え、同地区の再開発事業として集客力の高い施設を目指す意向も明らかにした。1年後をめどに計画を策定し、完成は7~8年ほど後になる見通し。今後の丸栄については「いろいろな業態があり、どれが一番もうかるかを考える」と、小売業だけにこだわらない考えを示した。
 丸栄は、名古屋で1615(元和元)年に創業した「十一屋」が発祥。松坂屋名古屋店、名古屋三越、名鉄百貨店とともに「4M」と呼ばれて支持を集めたが、近年は消費不況などで売り上げ減少が続き、業績不振に陥っている。
 2010年8月に興和の傘下に入り、子会社の豊橋丸栄の売却や大規模な人員削減などリストラ策を相次いで打ち出し、再建を図ってきた。しかし、12年3月期連結決算は52億円の純損失で2年連続の赤字。今月、興和出身の京極修二専務が新社長に就任する予定で、興和主導の再建策を模索する。

引用元:http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011051390220736.html

経営再建中の老舗百貨店、丸栄(名古屋市中区)が百貨店業からの撤退を含めた業態変更の検討を始めたことが13日、明らかになった。
 丸栄の親会社、興和(同)の三輪芳弘社長は同日、読売新聞の取材に対し、今後の丸栄の運営について、「旧態依然とした百貨店では生き残れない。多くの人が楽しめる名古屋・栄地区にふさわしい小売業にしなければいけない」と述べ、丸栄に業態の見直しを指示したことを明らかにした。
 興和は、2010年に丸栄を連結子会社化し、今月26日付で興和出身の京極修二社長が就任する予定で、今後、興和主導で再建が進む見通しだ。
 親会社のトップが百貨店業態の見直しに言及したことで、名古屋市内の主要百貨店(松坂屋、名古屋三越、名鉄百貨店、丸栄)の頭文字を取った「4M」の一角を担ってきた老舗が姿を消す可能性が出てきた。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110514-00000157-yom-bus_all

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

中京テレビ、笹島へ移転
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 名古屋・八事の山の上にある放送局、中京テレビが2016年度中に名古屋駅近くのささしまライブ24地区へ局舎を移転することが明らかになりました。

【中京テレビプレスリリース】ささしまライブ24地区の土地取得について
http://www.ctv.co.jp/company/press/2011/p2011051101.pdf?rf=info

 局舎が手狭になったことや、営業拠点が都心の栄(テレビ塔の真横)にあり、制作拠点である八事との2元体制で効率が悪いことから、統合して効率を上げることが目的とのこと。
 統合といえば、今年7月24日に地上デジタル放送完全移行により、TV放送の電波送信が瀬戸のデジタルタワーに一元化され、中京テレビ局舎脇にある送信塔「東山タワー」は40年余りに渡る役割を終えます。つまり、八事に社屋を構え続ける必要性も無くなるわけです。
 そもそも、各局が都心部に社屋を構えるのに対し、中京テレビだけ八事だったのかというと、開局当時に名古屋テレビ塔には既にNHK・CBC・東海テレビ・名古屋テレビと4局の電波を送信しており、テレビ塔に送信装置を設置する余裕が無かったため、自力でタワーを建設する必要があったためです。
 丘の上から街中に移転した放送局の代表例に、千里丘から梅田茶屋町に移転した大阪の毎日放送の例がありますが、八事から笹島に移転して、中京テレビは更に飛躍できるのでしょうか。
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 久しぶりに局周辺を散策してみました。

 山手通り・八事日赤の交差点から少し山側に入り、緩やかな坂を登ると局舎がお出迎えです。白く丸みを帯びた局舎が新館で、正面玄関はこちらにあります。現在は近く(四谷)まで名古屋高速があるので、名古屋駅からタクシーに乗れば30分ぐらいで来れるでしょうが、高速が無かった頃は渋滞にハマらずに行けたとしても1時間近く見ておかないと厳しかったかと思います。また、地下鉄を乗り継いでも都心からの所要時間は相当なものです。このニュースを聞いて一番安心するのは、ここへ通う芸能人や社員かもしれません。
 新館の先に見えてくる建物が本館。年季を感じる建物です。開局当時は、こんな小さな建物だけで放送していたのでしょうか。本館には現在は使われていない「CTV」のロゴが残っています。渋いですね。
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 名古屋の街中、栄や金山、本山や八事などで「妙見町」行きの市バスを見かけます。実際に「妙見町」行きのバス路線は数路線あります。いったい、終着点の妙見町ってどんなところなのか。そこは、中京テレビの真ん前です。
 この道路沿いは普通の住宅街で、大学が密集しているので学生向けのアパートも多いエリアですが、一本裏通りに入りますととんでもないお屋敷ばかりのエリアです。そして、この辺りに住民は結束が強く、国道153号線パイパス建設をねじ伏せ、地下鉄建設にも厳しく言及し、電磁波が出るからと地上デジタルタワーを瀬戸に追いやり、地下鉄に並行するバス路線は廃止という名古屋市交通局の既定路線に反対し、名古屋で異例の地下鉄と並行するバス路線を存続に導くなど、なかなかの実績を残しています。まぁ、高額納税者の言うことは聞いておかないと後が怖いですからね。同じ昭和区でも私の暮らす下町とは大違いです。
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 こちらは本館。中継車などもこちらに止まっており、何か中継の時はここから発進するわけですね。それでは裏手に回って、東山タワーの根元を訪ねてみましょう。
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 東山タワーの根元には、小さな箱みたいな建物がいくつもあります。よく見ますと…
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「FM愛知送信所」

 このタワー、中京テレビの他に後発局のテレビ愛知、更にNHK-FM、FM愛知、ZIP-FMの送信塔としての役割も果たしており、栄のテレビ塔と並ぶ東海地方の電波送信の要となっています。しかし、デジタル放送全面移行により、栄と東山の両タワーからのテレビ電波送信は終わります。残るFM局の送信はどうなるのでしょうか。中京テレビの敷地内で他局の電波送信が続くというのも、これまでの慣例とはいえ変な話です。栄のテレビ塔はデジタル完全移行後の予定は未定と聞いていますが、主無き送信塔であり続けるわけも無く、ひょっとすると栄への移転とかあるかもしれません。でも、それでは「テレビ塔」ならぬ「ラジオ塔」になっちゃいますが。
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 今年7月24日からは、中京テレビの敷地内に別会社のFMラジオ専用の送信所となる東山タワー。その行方にも注目です。
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 2016年度の移転時には、また大きなリニューアルを仕掛けてきそうな中京テレビ。中京テレビ前の電柱に2つの図柄を見つけました。今でこそ、下の「チュウキョーくん」に取って代わられましたが、オールドファンにはやはり上の「U」マーク。唯一のUHF局だった時代があるため、中京テレビのことを「U(ユー)」と呼ぶ人もかつていました。名古屋中心に栄のテレビ塔と東山タワーの電波(親局)で受信していた地域で自宅に三重テレビや岐阜放送のアンテナが無い家は、テレビ愛知が開局するまで当時のダイヤル式テレビのUHFツマミ触る必要が無かったのです(私の家もそうでした)。
 かつては「お笑いマンガ道場」のエンドロールでも見られたUマーク。社章自体は現在も使用しているようですが、すっかり見かけなくなって久しくなりました。UHF局というとVHF局と違って、「後発局」「弱小局」イメージが拭えない放送局もある半面、独創性のある番組制作路線を貫いたことでハンデを乗り越えた中京テレビ。
 地上デジタル放送は、各局のチャンネルすべてがUHF。UHFがスタンダードの時代に入ります。UHFのパイオニア局だった中京テレビが、八事から笹島に移ってUHFの時代にどう対応するか楽しみです。
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 ささしまライブ24地区(2011年5月15日撮影)。中京テレビはどこにできるのでしょうか。徐々にできつつある街、ささしまライブ。幹線道路が開通し、名駅地区と繋がると意外と化けるかもしれませんよ。

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ついに美宝堂が逝く
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 ああっ、名古屋・清水口の有名店「美宝堂」が倒産してしまいました。一度でいいから行ってみたかったなぁ、金ピカのVIPルーム(画像は2011年5月11日夕方撮影の美宝堂)。100万円以上の商談でしか入れないんだよね。

 美宝堂はロレックスなどの高級時計やダイヤモンドなどの宝石を扱う店。店がある清水口という場所も名古屋駅や栄から離れた地味な場所(お屋敷街の白壁の近く)ですが、特に親子3代で出演するベタベタなテレビCMが有名で、1990年代には「アサヒドーカメラ」「コメ兵」と並ぶ名古屋を代表する濃い3大ローカルCMで、美宝堂といえば東海3県下で知らない人がいないぐらいの知名度でした。毎年正月になると一千万円単位の福袋を販売してみたり、常に話題を振りまく元気なイメージがありました。

 最近の名古屋ローカルCMは随分おとなしくなりまして、濃いのは愛知小型エレベーターぐらいでしょうか。でも、美宝堂の様に時系列で追いかけられず、いつもバカやっているだけで成長の証が無いので、私はあまり評価してませんけどね。
 何と言っても注目されたのは孫で、年を追うごとに成長する孫に時の経過を感じた人も多かったはずです。名古屋の社会は狭いですから、あの孫が「小学校でいじめられている」とか、「東海中学(地元の有力私学)に行ったらしい」とか、名古屋市民の間ではかなり有名な話でした。

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 少し前、こんな新聞記事が出て、経営不安説が一気に表面化しました(中日新聞2011年3月3日朝刊より)。
 内容は、専務が2009年7月頃からダイヤモンド投資を目的に、元本保証の上で数カ月から1年で10~20%の高利配当を約束する契約でロータリークラブ会員を中心にダイヤモンド投資事業への投資を募ったが、2010年9月ごろから配当が滞るようになり、4,600万円の元本返済が滞っているという話。この少し前メインバンクだった某信用金庫から取引停止になっていたとの情報もあり、この頃から厳しい状況だったそうです。
 もともと、キナ臭い噂は以前からありました。泥棒に入られてから逆に店が豪華になったのは保険◎◎(以下自粛)とか…。

 数年前から会長に代わり専務がテレビCMに登場するようになり、
「ダイヤモンドは資産でございますよ!」
の決めゼリフを携え、CBCラジオと東海ラジオを曜日こそ違うものの似たような時間帯にハシゴして出演するようになりました。「聞けば聞くほど」ではつボイ氏・小高さん共にトークがあるのに、「かにタク言ったもん勝ち」ではタクマさんだけが応対し、蟹江女史は一切絡まない(録音?)不思議な展開でした。つボイ氏は、結構ヨイショしていましたから、今回の件でどんなコメントをしてくれるかが楽しみです。

 専務、三重テレビのこんな番組にも出てたんだ。相当厳しかったんだろうね。「今日の宝石はこれですよ、これっ!」と言いながら、カメラが全然ズームしないところがいかにも三重テレビクオリティ。
 
 宝石といえば、一世を風靡したココ山岡も消え、銀座ジュエリーマキも経営破たんし風前の灯だそうで。不景気となると、まず厳しくなるのがこの業界です。それはこの世界の定めなのだと思います。

 気になるのは、やはり孫。ボンボンのクソガキからリアル「貧ぼっちゃま(びんぼっちゃま)」への大転落。這い上がって来いよ!
【おまけ】
 http://mytown.asahi.com/mie/news.php?k_id=25000651005120001
朝日新聞にインタビュー記事発見。まるでホストみたい。もっともそうなこと言っているように見えますが、そばに対する知識が薄いことが蕎麦好きの方なら一発で分かると思います。朝日新聞もよく記事にしたなぁ。

 宝石販売「美宝堂」(名古屋市東区、資本金1600万円)が事実上倒産したことが11日分かった。帝国データバンク名古屋支店によると、今月2日に2度目の決済難に陥ったといい、負債は22億円とみられる。
 同社は1950年に個人創業し、60年に法人化。「ウエディング美宝堂」の通称で、宝石や貴金属のほか、高級腕時計やバッグなども扱い、07年1月期には約11億1800万円の売上高があった。
 81年に始まったテレビCMには社長と息子の専務、孫の3代が登場。「名古屋・清水口の美宝堂へどうぞ」というフレーズで地元では有名だった。
 しかし、同業者との競合激化や不況による個人消費の落ち込みで、10年1月期の売り上げは約7億2600万円に減少。広告宣伝費などの借入負担も重くなり、3月からは事実上の休業状態だった。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110511-00000015-maip-bus_all

 帝国データバンク名古屋支店は11日、親子3代で出演するユニークなCMで知られた宝石販売の「美宝堂」(名古屋市東区)が、資金繰りの悪化から事実上の倒産状態に陥ったと発表した。
 同社は、経営者が知人から集めた多額の現金の返済が不能となっていることが発覚した3月から店舗を閉鎖し、事業停止状態となっていた。
 同支店によると、美宝堂は今月2日に2回目の不渡りを出して金融機関から取引停止処分を受けた。負債額は2010年1月期末で22億円とみられるが、さらに変動する見込みもある。
 同社は1950年創業。経営者の親子が登場する宣伝などで人気を呼び、東海地方で高い知名度を誇った。07年1月期には11億円の売上高を計上。しかし08年のリーマン・ショック後の消費不況で業績が悪化し、10年1月期の売上高は7億円に落ち込んでいた。

引用元:http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011051190120951.html

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