名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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2011年6月を送る
 いつも、弊ブログをご覧いただきありがとうございます。

 最近、Twitterの投稿は続けておりますが、ブログの更新が疎かになっております。書きたいネタが山のようにありますので、折を見て少し更新していく予定です。更新が無いとアクセス数も少なくなるのが弊ブログの特徴でもあります。後半は1日150人を越えるかどうかの状況になりました。更新もまた、信用創造でもあります。

 6月後半から、名古屋は徐々に例年通りの猛暑が続いています。節電モードでどこへ行っても暑いという、厳しい状況になっています。そして、カラ梅雨だった東海地方、水不足は大丈夫なんでしょうか。例年にない厳しい夏、無事に夏を越せるのか正直不安ですが、何とかして乗り切っていきましょう。しかし、油断は禁物。くれぐれもお体をご自愛ください。

 今後ともどうぞ、御贔屓に。
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テーマ:今日のブログ - ジャンル:ブログ

またしても浮上、横浜の…
 惨敗の翌日に腹いせで書くのもなんですが、またしても、プロ野球・横浜ベイスターズに身売りの話が浮上しているようです。2年連続でシーズン中から「身売り」とか出てしまうようでは、選手のモチベーションが上がらないわな。
 これ、以前から思っていましたが、横浜の選手がかぶるヘルメットのスポンサー、もう少しチームへの配慮がないのでしょうか。ジョークにしてもあまりにも度が過ぎる気がします。
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 「いい物件リスト」。横浜の不動産会社のようですが、いかにもチームや選手が身売り物件になっているようで不憫でなりません。企業スポンサーは貴重な収入源ですが、こんな自虐的なチーム愛を感じない表現を飲んでしまう、球団いえTBSの姿勢を疑わざるを得ません。

 家電量販店のノジマ(本社・横浜市西区)が、横浜ベイスターズの買収に再び名乗りを上げた。同社の野島廣司代表執行役社長(60)が28日、神奈川県内でスポーツニッポン新聞社の取材に応じ、あらためて球団買収の強い意向を明らかにした。横浜とユニホームのスポンサー契約を結ぶノジマは、昨年も買収に向けて動いた経緯がある。29日に開かれる横浜の親会社であるTBSホールディングスの株主総会を前にして、地元の企業が猛アピールする形となった。
 横浜買収への意欲は少しも失われてはいなかった。野島社長は、スポニチの取材に「(球団経営の)情熱はずっと持っていますし、今年に入っても(TBS側に)ずっと言い続けている。10月までにはあらためてちゃんと言うと思います」と話し、正式に交渉の席に着きたい意向を示した。
 同社は昨年、横浜の親会社であるTBSが複数の企業と球団売却の交渉を行っていることが表面化した際、10月上旬にTBS側に買収の意向を伝えていた。新潟市の準本拠地化が浮上する中で、横浜市に拠点を置く地元企業として黙ってはいられなかったのだ。球団名を「横浜ノジマベイスターズ」とする私案や、小田原、川崎など神奈川県内各所で幅広く試合を開催するプランも温めていた。しかし、TBSが売却交渉の相手を住生活グループに一本化していたため、その後の交渉は本格化しなかった。TBSと住生活グループの売却交渉は最終段階で破談。TBSは売却先を模索し続けているとの情報もあり、今年5月12日の決算発表ではTBSホールディングスの神成尚史取締役が「もし(買収を)希望するところがあれば、お話はうかがいたい」と、売却に含みを残した発言をしていた。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110629-00000301-spnannext-base

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

20年ぶりの「あさくま」
DSCN9379_convert_20110627021833.jpg 名古屋市博物館の見学後、参加者全員で近くにある「あさくま」桜山店に食事に出かけました。恥ずかしながら、「ステーキのあさくま」へ行くのは20年ぶりです。
 ステーキのあさくま。創業者の強烈なカリスマ性もあり、日進の赤池から東海地方一円に、まるでスーパーのように網の目のようなドミナント展開を実施し、そして関東へも店舗網を拡大、更には海外進出まで実現したあさくま。ファミレスが普及しつつある時代に、豊かさ食生活の象徴だった「ステーキ」で他と一線を画し、独自路線で一気に拡大した20年以上前の隆盛期を知っているだけに、その後の閉店ラッシュにより全盛期の何分の一にまで減らした現在の店舗網や噂にもならない現在の状況、更にメニューすらろくに表示されない素人並みの公式ホームページには寂しさを感じます。数年前から、中古厨房機器販売の会社「テンポスバスターズ」の傘下に入り経営再建中だというから驚きです。
20110627020248.jpg これ、東海地方限定ネタでしょうが、子どもの頃は「あさくまで外食」というと、小躍りして喜ぶぐらいのちょっとした贅沢でした。30歳以上の方なら、ご記憶にあるはずです。ワゴンに乗せて運ばれてくるステーキ。紙ナプキンを膝の上に載せたり、襟元に挟み込んで食べたり。慣れないナイフとフォークを持って、いかにも「贅沢しとるな」って思った記憶が蘇ります。
 昔のあさくまというと、山小屋をイメージした重厚な店舗外観と薄暗い店内。劇ウマのコーンスープ、なぜか名物のもろみそ(=金山寺味噌)、食後にもらえるハッカ飴など、独特のあさくまワールドが炸裂していたのをよく覚えています。ステーキ店というと、このイメージが定着してしまい、後発の「ブロンコビリー」や「びっくりドンキー」あたりのチェーンも、この路線を踏襲しているのが非常に興味深いところです。
 現在もコーンスープやステーキソースは一部のスーパーで売られているので手に入るのですが、近くにありながら足が遠のいてしまった「あさくま」。私には過去の存在になっていました。
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 では、メニュー表を開けてみましょう。

 えっ、一番安いのが1480円?「980円とか、3桁のメニューはあらへんの?」「まだ昼の1時やで、昼食に1,000円以上かけて大丈夫?」「アホ、身の程知らんかい!」などと心の叫びが次々と聞こえました。「いやぁ~参ったなぁ、ハハハ。」と顔が引きつるのを他の参加者にバレないように必死に抑えながら誤魔化し、次のページに逃げ込みます。
 しかし、驚くのはステーキといえば肉の質で勝負すべきなのに、ステーキのメニュー欄で一番最初に「オーストラリア牛」が出てくるところ。一番最初に出すということは、あさくまが一番推しているメニューということですよね。いくらサーロインやテンダーだろうが、ヘルシーなオーストラリア牛ですからねぇ。あさくまが転落してきた背景がこういうところからも垣間見られる気がします。
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 なんだ、あるじゃないですか。リーズナブル部門。
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 子どもの頃、我が家があさくまで食べられたステーキの選択肢は「和風ハンバーグ」「学生ステーキ」「お子様ステーキ」の三択でした。お子様ステーキは小ぶりのステーキとデザートに火を噴く花火を突き刺したアイスクリームが出てくるのが特徴でした。やはり注目は、あさくまのロングセラーといって過言ではない「学生ステーキ」。学生さんはお金はないかもしれないけれどスタミナをつけなければならない。そんな学生さんをあさくまは応援するために学生ステーキをつくりましたという感じの能書きで売り出していました。焼くと真ん中が少し盛り上がり量が多そうな気がする肉でした。合い挽き肉をチョップして練りこむとメニュー表にありますが、実はこれは合成肉。でも歯ごたえのある肉で美味い美味いといいながら子どもの頃は食べたものです。2000年ごろまでは一部のスーパーでも冷凍食品売り場で買えたのですが、最近は見かけなくなってしまいました。そして驚いたのは、「学生ステーキ」が「学生ハンバーグ」に名称変更していました。食品表示の厳格化で、この肉が「ステーキ」という名称で売れなくなってしまったのでしょうか?でも、サイコロステーキと名乗る合成肉が現在でもスーパーで売られています。この裏事情も気になるところです。
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 私が注文したのは、やっぱり学生ハンバーグです。出席者7名で唯一でしたが、やはり、あさくまといえば学生ハンバーグ。これを食べずしてあさくまは語れません。年甲斐もなしに、あんた34歳だろ?とツッコミが飛びそうですが、別に良いじゃないですか。「青春18きっぷ」で全国を行脚する高齢者もたくさんいるのですから。
 700円加算でサラダバーとドリンクバーの飲み食いし放題コースがあったので、こちらを選択。1,480円もの豪遊となってしまいました。しかし、メニュー表に「終売」の表示の多いことや、限定数量完売したのに、平気でメニュー表に挟み込むだらしなさ、更に「2時半以降、サラダバーへの新たな補充は行いません!」の宣言など残念な点が目立ちました。バイキングなら、ある程度の廃棄リスクぐらい考慮するのは当然だと思うけど、本部の指導(または廃棄ロスの多さが本部からの指摘対象になる?)だと思うがお客に節制を求めるのは筋が違うと思うよ。

 20分ほどして、ステーキがやってきました。
 まずは、T君が注文したサーロインステーキのランチ、1,980円也。
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 出席者の大半が注文した和風ハンバーグ。
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 そして、出てきました、学生ハンバーグ。昔と変わりません。ステーキソースをかけて、硬い肉を切りながら食していきます。ホント、懐かしい。この味でした。肉汁がほとんど出てこないカッタイ肉。20数年ぶりに食べたので、感動もひとしおでした。子どもの頃はこのステーキで大いに感動できたのだから、あの頃は夢があった時代だったなぁ。そして、ピュアだったな、オイラ。

 子どもの頃は「いつかはサーロインステーキ」なんて言っていましたが、結局外食でサーロインステーキを食べたのは、社会人になってから接待で連れて行かれた時に仕事で2~3回食べただけです。
 食生活も肉中心の欧米化に変貌していく時代から、飽食の時代を経て健康志向が重視されるように時代が変わってきました。恥ずかしながら私もメタボですし、年齢のせいか肉を意欲的に食べなくなり、徐々に魚へシフトするようになってきました。
 かつては東海地方における外食産業の雄だったあさくま。時代の波に乗った先はどこなのか。20年ぶりの訪問から、いろいろな思い出や課題を考えさせられながら、あっという間に3時間ぶっ通しの食事会は終了しました。

 あさくま、次に行くのはいつになるだろうか。

テーマ:焼肉・ステーキ - ジャンル:グルメ

古代メキシコ・オルメカ文明展
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 6月26日、定期的に集まっているグループからお誘いをいただきまして、桜山にあります名古屋市博物館に出かけました。メインはこの日が最終日の展示「古代メキシコ・オルメカ文明展-マヤ文明への道-」。この種の展示で異例の1300円という高額入場料ながら、ご好意により無料招待券を頂いたため観に行くことができました。Kさん、ありがとうございます。
 古代文明、メキシコ。正直なところ関心の薄い分野です。そういえば、名古屋市はメキシコシティと姉妹都市関係にあるよなという程度の認識しか私にはありませんでした。そういう時こそ、新しい発見があるものです。今回は国内の博物館に限らず、本国メキシコから展示用に運ばれた貴重な展示物もあり、なかなか唸るものがありました。館内はもちろん撮影禁止ですので、博物館で手に入れた宣伝用パンフを元に、少しご紹介します。

 オルメカ文明とは、マヤ文明をさらに前、紀元前1500年頃(今から3000年ほど前、日本でいうところの縄文時代後期)に南北アメリカ大陸を首の皮一枚でつなぐメキシコから隣国のグァテマラにかけてのメキシコ湾岸地方に突然あらわれた新大陸最古の古代文明で、マヤ文明など中米古代文明の美術様式や宗教体系との共通点が見られることから、新大陸の「母なる文明」と呼ばれているそうです。
20110627020212.jpg オルメカ文明を代表する「オルメカヘッド」と呼ばれる高さ約1.76mもの大きさを持つ巨石人頭像や、マヤ暦が刻まれた石碑をはじめ、ヒスイなどの玉製品、彩色土器、土偶など貴重な原始美術品を約130点が展示されていました。
 オルメカ文明のすごい点は加工技術の高さ。巨大な石を彫刻し、土造りのピラミッド神殿などを築く建築技術や、ヒスイなどの宝石を精緻に加工する技術には圧倒されます。3000年のときを経て、いまだに光り続けるヒスイの宝飾には驚かされました。また、表情豊かな土偶や石像にも癒されました。更に驚くのは、この地に暮らした人々はベーリング海峡を渡って来たモンゴロイドだそうです。どうやって移動したんでしょうね。
 そして、2つの暦を合わせる独特の「マヤ暦」。そのマヤ暦による「世界の終末」が2012年12月20日過ぎ。実は来年なんですよ。もう、何が起こってもおかしくない時代、太古の昔に既に予見できたとすれば、恐るべしマヤ暦。
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 現地からは運ばれてきたオルテカヘッドの実物には圧倒されました。運ぶだけでも大変な石を精密に加工しています。そして、もう一つの目玉はヒスイの仮面。「複製ちゃう?」と言いたくなる位の精密な加工が施されています。木や椰子なのどの殻をくり抜くお面は多いが、3000年前の技術で硬いヒスイをどう加工したのか、特に穴をくり抜く技術や、目・口・鼻の部分の微妙な丸みの加工・研磨技術が大いに気になる。

 展示で最も多いのが、一番多かったのが石碑の拓本。さすがに石碑を引っこ抜いて名古屋まで運ぶなんて無理な話です。しかし、写真でなく「拓本」なのは、風化などによって写真では見逃してしまいがちな細かな模様や情報を見逃さないという意味では有効な手段です。驚くのは、その拓本の採取を担当したのは日本人の伊藤さんで、展示物のほぼすべてを一人で担当されています。
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 今回の展示、大変貴重であることからメモ帳を片手に解説文を写したり、展示物をスケッチする姿も見られました。その筋の方にとっては、相当貴重な展示だったようで、私が見に行った時間帯には、メキシコ政府関係者も名古屋市博物館員と共に展示を視察する姿も見られました。
 会場内には実寸大のオルメカヘッドのレプリカをバックにやジャガーマントつき頭飾りをつかって自由に写真が撮れるコーナーもありました。こういう企画、個人的には大好きです。子どもに混じって大人気なく、早速、筆者もオルメカヘッドをかぶって記念撮影!
 お土産コーナーにはメキシコの特産品やオルテカグッズ、ヒスイなどのパワーストーンなどの販売もありました。
 今回の展示は日本メキシコ交流400年の記念事業として、全国を巡回して行われており、今年1月から3月までは北九州市、次に名古屋で4月から6月まで行われ、その後は7月から9月まで鹿児島で、そして10月から12月に東京で開催されるそうです。お時間があれば、ぜひご覧ください。

テーマ:文明・文化&思想 - ジャンル:学問・文化・芸術

冗談抜きで2軍落ち
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 4日間もプロ野球が無いというのはスポーツ紙にとっては相当辛いようですね。大本営こと中スポは年に2~3回、ネタ切れ対策としてドアラネタで1面を潰すことがありますが、ドアラ2軍落ちのニュースは久々に笑わせてもらいました。てっきり、中スポの独走ネタかと思いきや、他のスポーツ紙にも配信されていたようで。
 確かに今シーズンの成功率の悪さは気になっていましたが、まさか、成功率が.182だったとは。かねがね、twitterで私もドアラのナゴヤ球場強制送還を主張していました。ついでに森野にも行って欲しかったのですが。
 6/24からペナントレースが再開されます。広島→横浜→東京ドームと3カード連続遠征なので、ドアラの1軍復帰は早くても7/5のナゴヤドーム・阪神戦からと思われます。さすがにドアラ抜きでは、観客からの苦情が免れませんから、球団もこの日に復帰させねばならないでしょう。
 ここしばらく、小遣い目的の営業活動が目立つドアラ、本業に集中して後半戦を盛り上げてください。

 中日の人気マスコットキャラクター、ドアラの2軍降格が21日、決定した。8回表の相手チームの攻撃前、一塁側のファウルゾーンで行うバック宙の成功率が非常に芳しくないことを、球団が問題視。チームの士気にも影響するため、7月1日のウエスタン・リーグ広島戦(ナゴヤ)から2軍で再調整することになった。
 マスコット界のスター街道を歩んできたドアラが、危機を迎えた。本拠地で行う恒例のパフォーマンスは、テレビ中継で必ず放送され、注目度は高い。球団でも今季からナゴヤDの大型スクリーンでバック宙の成功数と失敗数の表示を始めたが、交流戦終了時点まで22回挑戦して、成功はわずかに4度。成功数の倍以上の18回も失敗しており、ファンだけでなく現場の選手からも苦情が寄せられていた。球団関係者は「これまでは悪くても大体半分ぐらいは成功していた。こんなに悪い年はない。このままでは、企画の存続に関わる」と、2軍落ちを決めた理由を説明した。
 現在、バック宙にひねりを加えた「後方抱え込み宙返り1回ひねり」という難度の高い技に挑戦しているが、球団側では今後もパフォーマンスの簡略化を考えておらず、ドアラ自身が2軍で下半身を徹底的に鍛え直し、はい上がるしかない。初の2軍落ちとなったドアラは「いい経験だと思ってしっかり調整したいと思います。何かしら得るものがあるのではないかと」と、なぜかやや上から目線でコメント。チームの勝率とバック宙の成功率が連動するというデータもあり、まずはドアラへのてこ入れでチームに奮起を促す。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110621-00000217-sph-base

テーマ:中日ドラゴンズ - ジャンル:スポーツ

氷見・高岡行軍(下)
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 富山へ出かけましたお出かけレポート、今回が最終回です。
 氷見から高岡に移動です。国道415号線で伏木港の臨海工場地帯を抜けると高岡市街に突入です。実は高岡は3度目ですが、1度目は深夜、2度目は大雪の日という具合で、ちゃんと街を理解しているかといわれると疑問だったりします。
 国道から別れると、今度は万葉線の線路と合流です。米島口電停脇の車庫。先回高岡へ来たときは、大雪でここまでたどり着けませんでした。両親の冷たい視線も気にせず、デジカメを取り出して撮影。
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 前回、大雪の為に運休してしまい、涙をのんだ万葉線の新型車両も撮影。未乗区間も残していますので、リベンジを決意しつつ、高岡市街地を走り続けます。
 高岡古城公園・高岡大仏をまわり、高岡市内の古い街並みに唸りまくり。画像はありませんが、富山銀行本店など渋い建物も残っています。そして、この街のすごいところは、各スポットの近くに小さいながらも無料の駐車場が確保されていること。やさしい街ですよ、高岡は。
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 ところで、高岡市の名産物って何かといいますと「鋳物」です。高岡鋳物は近世初頭の高岡開町にはじまり、最初は鍋・釜・鉄瓶等の日用品や、鋤・鍬等の農耕具などの鉄鋳物を生産していました。その後、江戸中期頃には釣鐘や灯籠などの銅鋳物が作られました。
 街中には銅像が各地にあります。特にお気に入りの銅像はこちら。前田利長が狐の飛んでいた「関野が原」という土地を「高岡」と名づけたのは、「鳳凰鳴ける彼の高岡」という中国の詩経によるものだそうですが、この地に鋳物造りを展開し、鋳物造りの炎が燃えていた高岡を象徴する「鳳凰」の銅像。見事です。
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 いかにも鋳物の街っぽい地名の「金屋町」。渋い街並みです。特に昔からの鋳物業者が集まっているエリアです。江戸時代、加賀藩二代藩主前田利長公は城下町高岡の興隆繁栄の一策として、慶長16年(1611)年に鋳物師7名を招き鋳物作業場を建てさせ、ここに高岡鋳物発祥の地・金屋町が生まれました。開町(約400年前、1611年)まもない城下町高岡を繁栄させるため、加賀藩は鋳物作りを奨励したことから、高岡鋳物発祥の地である金屋町は大いに栄えたそうです。
 金屋町で400年も続いた鋳物技術は現代にも受け継がれ、銅器の全国シェア90%を誇り、鉄器、アルミ製品でも全国に知られています。アルミ製品は、現代建築に欠かせない素材として高岡の主要産業(三協アルミ、立山アルミなど)にもなっています。
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 金屋町には高岡市の鋳物資料館もありまして、高岡鋳物の歴史や鋳物製造工程など鋳物に関する展示が行われています。
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 「たたら吹き」といわれる製造工程。奥のたたら板(踏鞴板)をシーソーの要領で2人で交互に踏んで、手前の甑炉(こしきろ)と呼ばれるに空気を送り込んで金属(銅など)を溶かし、鋳型に流し込んで製品を作りました。この工法の誕生によって、梵鐘や灯籠など大型の鋳物も製造可能になったそうです。
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 この資料館では、実際にたたら吹きの模擬体験もできます。オッサンが熱心に説明をしてくれました。てっきり館員さんかと思っていたのですが、この人、資料館隣の商店主であることが判明。ご丁寧な説明ありがとうございます。

 資料館の展示物って、当時の製法を見せて「ふ~ん、そうなんだ」で終わってしまうものが多いのですが、こちらの設備を使って実際にたたら鋳造した映像がありますので、ぜひご覧あれ。
 何か土産にでも思い、高岡鋳物で有名な「利三郎」さんへお邪魔しました。鋳物製品には日常品が多いですが、文鎮一つ取っても作家さんの思いが伝わる芸術品レベルのものばかり。いい目の保養をさせていただきました。
 高岡市郊外の国道8号線沿いにある「道の駅高岡」でお土産を調達。時刻は午後4時、そろそろ帰路につきます。
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 帰り道としては、
・高岡~富山~高山経由で行く
・井波から五箇山又は白川郷まで下道を走ってみる
等の案があったのですが欲の無い両親に却下され、行きと同じ道を再び走るという私の旅のセオリーに反する結果となりました。高速道路って速く行けるんですけど、その地域の特徴や空気を感じることができないんですよね。砺波平野の散村や富山の街々をめぐってみたかったのですが。
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 飛騨白川P.A。通常はトイレだけ。臨時の売店が1軒あるだけの寂しいS.A。合掌造でも見えるかと思いきや、もやと場所の関係で合掌造りのある荻町はほとんど見えず。
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 ひるがの高原S.A。上り側には売店が充実しており、名古屋方面へ帰る人向けのお土産需要に応えてくれました。ところで、飛騨の地酒とか売ってたけど大丈夫かな?白鳥I.Cを過ぎると片側2車線となり、アウトバーン状態に。皆さん飛ばし過ぎですよ。高岡から土岐までゆっくり走って3時間ほどでした。

テーマ:富山県 - ジャンル:地域情報

高岡・氷見行軍(中)
 6月18日に行きましたお出かけ報告の続きです。
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 氷見市の海鮮館を訪れました。全国でも珍しい漁港施設内にありフィッシャーマンズワーフと道の駅を併設した施設で、富山湾のきときと魚介や水産加工品が買えることで賑わっていました。
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 やはり、メインはこちら。
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 何と言っても、富山湾の鮮魚が主役です。
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 この時期は岩牡蠣も生で食べられました。身が良く引き締まっています。
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 そして、富山湾の顔といえば、やはりブリですよ!! 今回店頭に並んでいたは、やや小ぶりのガンドブリ。「ガンド」。初めて聞く名称です。ブリは出世魚ですので、体調や重さによって名称が変わります。更に、
関東では「ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ」
関西では「ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ」
北陸では「コゾクラ(ツバイソ)→フクラギ→ガンド→ブリ」
という具合に地域で名称も異なるのが特徴です。ハマチに至っては養殖モノ全般を指すケースもあるそうです。
 お店の方に話を聞くと、やはり旬の冬場を過ぎるとブリも脂がやや抜けた小柄が多いとか。ガンドというのは、北陸地方独特の名称ですね。富山ではフクラギやガントがよく出回るのだとか。
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 鮮魚の丸物はどうもという方には、刺身パックもありました。醤油が別売りで20円。近場のスーパーでご飯を調達できれば、立派な定食です。構内には食事できるスペースもあって、切りたての刺身を味わう人の姿もありました。なぜなら、食堂の刺身定食は軒並み1,800円コース。これなら、名古屋でも十分に堪能できる値段です。別に氷見まで来て食べるレベルではないのです。
 海鮮市場のお店の方は、大変愛想の良い方ばかりでした。トビウオとアジを購入。刺身で食べましたが、鮮度の差ですね。非常に美味しく頂きました。
 一応、併設している道の駅といえば「きっぷ」ですが、この駅では販売されていませんでした。海鮮市場のテナント収入でどうにでもなるから、1枚160円の切符でちまちま売り上げを稼がなくてもいいのでしょう。道の駅としての機能はほとんどありません。たまにありますね。物販があてにならないからと明らかな補助金目当ての道の駅。
 1つだけ苦言を言うと、事前に情報を得ていましたが、事務員の女、無愛想過ぎ。そんな態度で氷見港遊覧船の客にも応対しているのだろう。氷見ブランドにあぐら書いている醜態を見せていただきました。魚あっての氷見。立派なのは自然の恵みであって、アンタは別に偉くも何ともないんだよ。観光でメシを食う身の態度とは思えません。こういう奴らが地域ブランドをダメにするんだよ。
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 海鮮館の食堂の価格にオカンがキレたので、すぐ近くの魚市場にある海寶という店で食事です。ネット上では氷見ではここばかり出ていました。きっと、氷見市内で魚を食べさせる店があまりないのでしょう。漁師街では、よくある話です。
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 刺身定食(1,100円)
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 かぶす汁定食(1,400円)

 正直な感想で言うとハズレでした。地元のホテルが経営しているようですが、刺身にサプライズ無し。しかも、魚市場内なら鮮度で売らなアカンのに刺身に防腐対策のレモンを入れないで欲しい。刺身がレモンの酸で焼けてしまうし、鮮度悪そうに見えてしまう。あら煮は小骨が多い上に塩しか味付けしていないのか(味噌の味がしない)薄味です。味付けの濃い地域に住んでいる身としては物足りませんでした。また、氷見米と能書きをたれてくれるのはいいけど、ご飯が少なく1,100円出した割には物足りなさを感じました。やはり、冬場に比べると内容が悪いのかも。

 海鮮館で刺身パックを買って、スーパーでご飯を調達し、車内で食べるのが理想的と感じました。それなら、定食の6割ほどの値段で刺身を満喫できたかもしれません。また、観光地化されていない近くの新湊(富山湾沿いの街)にした方が正解だったかも。ネームブランドがありますから、地元で消費するより東京や関西に出荷した方が値が数段跳ね上がるからでしょうか、地産地消として根本的に魚を食べさせてくれる店が少ない街という印象を持ちました。
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 この日は天気が悪く、雨晴海岸から見る立山連峰は拝めませんでした。ついでにJR氷見線の撮影をしようとしたら、親父がキレそうでしたので断念し、高岡市内へ向かいます(続く)。

テーマ:富山県 - ジャンル:地域情報

氷見・高岡行軍(上)
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 6月18日、高速道路ETC千円祭り最終日を前日に控え、両親からの指令により富山県の高岡・氷見方面へ行ってきましたので、その模様をお届けします。
 実家のある岐阜県土岐市を朝8時に出発。東海環状道・東海北陸道・能越自動車道を爆走します。途中、東海北陸道の白鳥I.Cの先で1車線への合流渋滞にハマり20分ほどノロノロ運転でしたが、後の区間は順調に走行。ひるがの高原S.Aで激ウマと評判の「カチョカバロ」を購入。カチョカバロは各地で生産されていますが、ここのS.A(下り)で売られているカチョカバロは劇ウマでした。小さな目標を少しずつ達成しながら進みます。
 本当は白川郷や五箇山も寄り道したいのですが、ETC千円祭りの弱点は途中で頻繁に高速道路を降りることがETC効果を無くしてしまうことです。このETC千円祭りでは、即道路だから日帰りもできる、やや遠めの観光地が賑わい、週末に気軽に行ける観光地が閑古鳥という現象もあったようです。
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 東海北陸道はただでさえ、トンネルの多い高速道路なのですが、デタラメに長い飛騨トンネルや富山県側の長大トンネル群には参りました。しかも、対面通行でETC千円祭りもあって交通量が多いから結構疲れました。白川郷・五箇山を抜け、ようやくトンネルから解放されると砺波平野独特の散村風景が広がり、小矢部砺波JCTで北陸自動車道と交差し能越自動車道に突入します。とりあえず、昼食の為に氷見へ直行します。
 この能越自動車道、片側2車線で外観はどう見ても堂々たる普通の高速道路なのですが、道路なのに対向車もほとんど来ない寂しい道路です。そして、目の前に料金所が現れると、突然こんな標識が出てきて驚きました。
「料金は現金または回数券」

 いまだにETCやクレカ非対応なんて高速道路があったのかと愕然としました。つまり、能越自動車道は料金自腹。外見は高速道路ですが、実は普通の有料道路だったのです。小矢部砺波JCTを過ぎたあたりで料金所があったのでおかしいと思っていたのですが、どうもETC千円はそこまでで清算されてしまったようです。
 どうして本線上で料金精算するのかと思うのですが、どうも通行量が少な過ぎるための合理化策のようで、能越道のI.Cには料金所が無いのも驚きでした。現在は小矢部砺波JCT~氷見北I.C間が開通していますが、計画では氷見から石川県七尾市経由で輪島市までの建設計画が進行中とか。能越道、すごい道路です。

 少し調べてみると、能越自動車道は「国土交通大臣指定に基づく高規格幹線道路(一般国道の自動車専用道路)」というカテゴリーに含まれる「自動車専用道路」であって、厳密な意味での高速道路ではないそうです。だから、能越道の管理はNEXCO中日本管轄ではなく、富山県道路公社の管轄になっているそうです。この自動車専用道路は建設予算が一般国道のバイパス扱いとなるため、建設費の3割を沿線自治体が負担しなければならず、有料道路だと通行料金が高速自動車国道より3割高くなるというデメリットもある。実家のある土岐市も通る東海環状道も、厳密には高速道路ではなく自動車専用道路なのだそうです(ちなみに管理はNEXCO中日本管轄)。だから、可児御嵩I.C~土岐南I.Cが1区間なのに500円もするわけであり、豊田松平I.C~豊田東JCTの間に「ここから高速道路」という謎の看板があったりするわけですね。

 能越道氷見I.Cで降り市街地を走ること10分、氷見市街地に突入。冒頭の忍者ハットリ君の絵が迎えてくれました。ここまでの所要時間は休憩挟んで約3時間。予想以上の速さでした。北陸でも富山県や石川県は遠いイメージがありましたが、東海北陸自動車道の効果がいかに大きいかを思い知らされました。

 それでは昼食ですが、ここまでで随分長くなりましたので、一旦切ります(続く)。

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