名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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2011夏の高校野球東海の代表校
夏の甲子園、東海地方の代表校が決まりました。

愛知県 至学館高校
岐阜県 関商工高校
三重県 伊勢工業高校

 愛知県は私学4強の絶対的優位のなか、大本命の中京大中京が4回戦で豊橋の進学校・時習館の110km台のピッチャーに翻弄されて敗北する大大大波乱が起こり、俄然面白くなりました。準決勝の愛工大名電-東邦戦が事実上の決勝戦かと思われましたが、今年2月、東名高速の多重事故で亡くなった先輩の夢を果たそうと立ち上がった至学館のチャレンジ。まるでマンガの様なストーリーでしたが、サヨナラ勝ち2回に代表される次々と起こる奇跡。完全ノーマークだった至学館の勢いは最後まで止まりませんでした。決勝での名電の沈滞ムードがハッキリするほど。勢いだけでここまで行けるものなのか、至学館の戦いぶりは目を見張るものがありました。公立学校では甲子園出場経験のある大府や、完全ノーマーク部門では吉良の躍進が目立ちました。
 岐阜県は本命の大垣日大がまさかの敗退で、またしても県岐商指定席かとガッカリしてたら、今度は県岐商が敗退。有力校同士で潰し合いの感すらあったなか、クジ運だけ出なく実力で這い上がった関商工。初出場だったのは意外でした。ノーマーク部門では郡上。よく頑張りました。
 三重県は海星や三重、山商やいなべ総合学園など、有力校が早い段階から脱落し混戦状態に。目立ったのは近大高専。高専がベスト4に残るのは異例です。注目はクジ運悪く1回戦からの戦いとなった準優勝の津西。連戦で疲労感が強いなか、決勝までよく戦ったと思います。

 えっ、私の高校ですか?今年は3回戦で敗れました。数年前にベスト8まで行ったことはありますけどね。

 ところで、愛知大会を見ながら至学館高校といわれても正直ピンときませんでした。旧名称の中京女子大学附属高等学校と聞いて、ようやく分かったぐらいです。東区砂田橋にあって、女子制服の夏服がカワイイことで有名な学校の他に何かありましたっけ、という程度の学校でした。2005年(平成17年)に現在の校名に変更し、男女共学化したそうです。
 この学校で興味深かったのが校歌。しかも、『夢追い人』なんてタイトルがついているから面白い。

一番高い所に登って 一番光る星を掴んだ
一番辛い道を選んで 一番強い心をまとった

海を渡る風が吹いた カシオペアが近くに見えた

夢を追い続けた そしてここまで来た
でもどうしてかな 熱い涙が止まらない
うつむきかけた時 君の顔が見えた
差し出された白い腕が 翼に見えた

 アニソンという声もありますが、むしろ完全にJ-POPです。どうも、校名変更時に校歌をこの『夢追い人』に変えたそうです。良い曲です。甲子園でぜひ全国の高校野球ファンに聴かせてやって欲しいです。必聴の校歌です。

 高校野球は各学校の校歌が聴ける大変貴重な機会です。私がこれまで聴いてすごいと思ったのは、やはりこの学校ですね。傾向として女子高から最近男女共学に変更した学校の校歌は、結構すごい校歌が多い印象があります。『やればできるは 魔法の合言葉~♪』
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テーマ:高校野球 - ジャンル:スポーツ

ドラゴンズ前半戦回顧
 プロ野球前半戦が終了した。

 我らが中日ドラゴンズは、34勝36敗2分け首位ヤクルトと8ゲーム差の2位。勝ち越しているのが首位のヤクルトだけで、2位以下がすべて借金状態という状態は異様だが、今年は開幕が遅れたので試合消化が遅れていることを思えばま許容範囲内かと思う。交流戦を14勝10敗で勝ち越せたのが大きいが、例年通りヤクルト戦の勝率の悪さ(1勝7敗1分)に加え、今年は広島戦での負け越し(3勝6敗)が大きく響いている。昨年ほど明確な「試合放棄試合」が無くなっているのは事実だが、全般的に負けのカタチが悪い様に思える。

 根本的には打撃陣の、「飛ばないボール」といわれる統一球への対策が疎かだったことが挙げられる。「ナゴヤドーム元年の大失敗」を知っている選手も少ないので仕方ないだろうが、状況の変化によって一発狙いが難しくなればどうすればよいのか、「野球の変革」という課題に取り組まなかった打撃陣の責任は重い。
 「考える野球」ができない選手が多い。特に広いナゴヤドームでホームランを量産しようとする発想自体が誤りであることをドラゴンズの選手が自覚せずして復調はない。そういう意味では不振でも何らかの結果を出す和田は、ちゃんと考えており野球選手として立派だと思う。だから、弊ブログやtwitterでも和田の悪口だけは言ったことがない。一方、危機意識の薄い森野の不振は深刻であり、緩慢プレーによるエラー量産など被害も拡大しているのは考えていない証でもある。
 また、アライバの出塁率の悪さも気がかり。井端に至ってはちゃんとボールが見えているのかと気になることすらある。感でバットを振っている様な気がする打席も目立つ。大島・岩崎の1・2番もうまく行っていた。世代交代の波は絶対安泰だったアライバにも流れ始めている。
 更に控え陣にも考える野球ができているとは思えない。特に堂上剛。結果を出しているとはいえ、「結果オーライ」的な投げっ放し感が強く、高校野球でもあるまいに初球打ちにこだわり続けている。落合監督が評価しないのも十分理解できる。個人的にポテンシャルが低いと思う。考えない選手は冷や飯のままだよ。

 投手陣も揃わない。前半戦を通しで活躍できたのは、先発陣ではネルソン・山井・吉見ぐらい。チェンの出遅れが最小限で収まったのは大きかったが、それでも残り2枠が空いてしまっているので、完全な裏ローテでは厳しくなる。伊藤準規に期待せねばならないようでは心細い。
 抑えでは浅尾への世代交代が進んでいる。この傾向には異を唱えない。弊ブログやtwitterで何度も書いているが、岩瀬に頼る時代は終わりつつある。新潟での巨人戦でガッツナイター解説のデニー友利氏が言っていたが、既に5月からケガを自身で庇いながらの投球を続けていたという。「岩瀬で負けたら仕方ない」と相変わらずの擁護論者も根強いが、岩瀬仁紀の延命を本当に願うのなら、マウンドで火だるまに遭う氏を「仕方ない」と籠の中の鳥にすることで本人を苦しめていることに気付くべきじゃないか。そろそろ、縄を解いてやって欲しい。

 そして、谷繁の離脱が大きい。戦略に優れた谷繁の穴を小田・小山で埋めるには穴が大きすぎる。特に小山はカウントが追い込まれると、四球を恐れて内角に構えてしまう非常に悪い傾向があるので、甘く入るとすぐに長打を打たれる傾向にある。捕手というのは、最も育成が困難なポジションであるが、ドラゴンズが早急に育成せねばならないのは捕手だろう。ただ、野球界全体で捕手を育成できるコーチの絶対数が少ないのもありますが。

 また、裏方のミスも目立つ。特にスコアラー。巨人には入念に行っても、ヤクルト・横浜・広島への探り込みが適当すぎる。横浜に至っては新外国人選手のデータが一切ない状態で挑む試合もあった(案の定、敗北だったけど)。コーチ陣に一言言いたいが、いつもtwitterで書きまくっているので今回は省略。

 今シーズンも胃の痛くなる試合が続くだろう。正念場は9月からだと思っている。今後もドラゴンズを追い続けていくことにしよう。

テーマ:中日ドラゴンズ - ジャンル:スポーツ

さようなら地上波アナログ放送
 アナログ放送の停波する瞬間を確認するため、夜11時過ぎからNHK及び名古屋民放各局のアナログ放送をザッピングしていました。お昼から既にブルーバックの静止画像。味気無さすぎと思いきや、
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 既に放送終了しているのに、夜11時過ぎに発生した地震について速報を出していたNHK。ちなみに、メ~テレも速報を出していました。各局ともブルーバックの静止画像のままでしたが、23:56過ぎから各局がクロージング画像を流し始めました。
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 開局後、ずっと使い続けたテレビ愛知のクロージング。ある意味完成度の高い映像だったことの証です。
東海テレビとCBCはいつもと同じだったので省略。
SSCN9808.jpg
 メ~テレは
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 静止画像の2枚組み合わせでのシンプルなものでした。
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 唯一、特別バージョンだったのは中京テレビ。昔の画像をバックにクロージングです。
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 やはり、自社敷地内から電波を送信していた中京テレビ。アナログ放送終了によって東山タワーの主たる役割を終了するということは、中京テレビにとっても一大転機となることでしょう。

 正直なところ、全面移行は予定通り断行するとは思いませんでした。しかし、サイは投げられ、従わない国民は切り捨てられました。アナログ放送終了によって、すべての視聴者がデジタル放送に移行するとは思えません。少し前に地デジ普及率は9割という発表がありましたが、その統計は80歳以上の世帯を除く加工がなされた統計であったことが明らかになりました。地デジ難民が全国に相当数残っているという情報もありますし、「アナログマ」と共にテレビとの決別を図る人もいることでしょう。
 地上デジタル放送の魅力とは何か。きれいな画像・データ放送以外に何があるのでしょう。放送局は巨額の投資を強いられました。視聴者も地デジに対応するために現状維持でも構わない人まで負担を強いられました。私もテレビ(32型)を買い換えましたが、希望していた20型以下の小型は値崩れせず、逆に32型の方が安いという逆転現象が起こったのは、メーカーの予測に反して日本の住宅に大型テレビが必要無かったという証拠でもありました。まだ十分使用可能なテレビまで廃棄処分せねばならない、エコの発想と完全に逆行する地デジ移行。テレビメーカ及び量販店も、一時的な特需が過ぎればどうなるかは自明だったはず。一体、誰が得したのでしょうか。
 これでテレビが面白くなれば良いですが、ここ数年のテレビは猛烈な勢いで衰退しています。地デジのメリットである、サブチャンネルも運用している局はごく僅かです。これでテレビの衰退の歯止めがかかるとは思えません。地上デジタル完全移行はテレビ衰退の序章でに過ぎず、この先に更なる激震が起こるのではないかと思っています。

テーマ:ニュース - ジャンル:ニュース

地上波アナログテレビ放送終了
 平成23年7月24日正午をもって、58年に渡って続いた地上波アナログテレビ放送が終了しました。アナログ放送終了の瞬間を見届けることにしました。
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 ただ、この終了に際し、特番を組んだNHK以外の反応は冷ややかな印象を持ちました。直前でカウントダウンをやっていたのは、TBSとテレ朝ぐらい。
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 この瞬間を番組途中でぶつ切り(いわゆるケツカッチン)で挑む局もありました。11:55からオールスター中継を始めたテレ朝。もちろん、試合の本編はアナログ放送では見られません。
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 意外だったのは、囲碁番組を放送していたNHK教育。「番組の途中ですが…」って、野球中継じゃないんだから。
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 視聴者への案内も超シンプルでした。まぁ、見てる人少ないから…ねぇ。
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 NHK総合では、ど~もくんの絵を挿入してアナログ放送終了を伝えました。ど~もくんもここまま過去帳入りか?そんなこと思ううちに、正午を迎えました。
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 NHKも、
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 東海テレビも、
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 CBCも、
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 メ~テレも、
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 テレビ愛知も、
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 中京テレビも、全局が一斉にブルーバックの画像に変わってしまいました。深夜24時に停波しアナログ放送は砂嵐の彼方へ消えてしまいます。砂嵐になる瞬間も見届けたいと思います。

テーマ:今日、気になったネタ - ジャンル:ニュース

不発弾の撤去作業
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 大正時代から名古屋市の水道を支えてきた千種区の鍋屋上野浄水場で、今月4日に太平洋戦争中に投下された不発弾が見つかり、7月17日の朝に撤去作業が行われました。今回はその模様をお届けします。
 鍋屋上野浄水場は名古屋市最古参の浄水場で、こちらのポンプ室が有名です。年に数回一般公開もありまして、私も子供の頃に見に行ったことがあります。老朽化が進んだことから、鍋屋上野浄水場は全面改修工事を行っており、今回見つかった不発弾は地中1mという極めて浅いところに埋まっていたようです。地中1mなら、ちょっとした振動で反応しかねない深さですが、よく爆発しなかったものだと思います。きっと、浄化施設である「ろ過池」だったところに落ちたので沈黙が保たれたのかもしれません(名古屋市役所公式サイトによると、ろ過池内に発見地点の印がありました)。
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 千種区の谷口交差点側からレンガ造りのポンプ室の左手奥を眺めますとその先に…。

 ありました!!

不発弾!!


事故対策でしょうか、こんもりと土が盛られていました。しかし、現場は見事なぐらいきれいにできています。日本最南端の沖ノ鳥島の様な厳重かつ正確な構造です。自衛隊員が既に不発弾の脇の常駐しており、着々と準備が進んでいるようでした。
 この鍋屋上野浄水場、千種区側に正面玄関があるのですが、地形の関係や周辺に高層の建物等がないので全貌を眺めることができません。そこで…
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 こちらは先ほどの画像の向こう側、東区砂田橋側にある某マンションから眺めてみることにしました。鍋屋上野浄水場の全貌がお分かりになるかと思います。
 不発弾処理に当たるのは自衛隊。自衛隊といえば、すぐ近くの矢田川を超えた先に陸上自衛隊第十師団守山駐屯地がありますので、隊員さんも結構楽かと思いきや、今回の作業は別の師団が担当しているらしい。少し調べますと、不発弾処理の専門教育を受けているを不発弾処理専門の部隊が全国に4つあるそうです。その部隊はこちら。

第101不発弾処理隊(那覇駐屯地:第15旅団隷下)
第102不発弾処理隊(朝霞駐屯地:東部方面後方支援隊隷下)
第103不発弾処理隊(桂駐屯地:中部方面後方支援隊隷下)
第104不発弾処理隊(目達原駐屯地:西部方面後方支援隊隷下) 
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 そのうち、今回の不発弾処理を担当するのは、京都市の桂駐屯地に在籍する第103不発弾処理隊の皆さん、京都からわざわざご苦労様です。
 ところで、ここで素朴な疑問。こういう作業って危険手当とか付くのでしょうか?国民の安全の為に奉仕しているのだから無償なのか、それとも任務の特殊性ゆえに手当があるのか?
 その答えは、「防衛省職員給与施行細則」というものの第18条に規定があり、
・不発弾処理を行った場合の特殊勤務手当は出動1回につき5,200円
・ただし、危険性の低いものについては1時間当たり110円が支給される。

 という手当制度があるそうです。
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 不発弾から半径300m以内の住民に対し、周辺にある小学校などの公共施設に避難するように指示が出ました。鍋屋上野浄水場は千種区と東区の境界にあり、千種区側は古い住宅街、東区側はマンション街なのですが、今回避難対象になった住民は不発弾が東区側に近い位置にあったため東区側の住民の方が圧倒的に多かったようです。
 東区側では朝8時半頃から警官や消防等の職員がクルマだけでなく、ハンドマイク持って歩きながら9時45分までに避難するように呼びかける姿が見られ、9時を過ぎると続々と避難する地元の人の姿が見られました。
 また、東区砂田橋のショッピングセンターは避難区域に入ってしまったことから、不発弾処理の為に臨時休業の処置をとりました。稼ぎ時の日曜日、更にスタートダッシュをかけたい朝に休業させられるとは不運なことでしょう。こういう場合、損害賠償などの請求とかはおそらくできないはずですから、経営側からしたらたまらないでしょうね。
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 9時35分頃から、周辺道路も不発弾処理作業の為に通行止めになりました。特に出来町通は交通量も多く、周辺に迂回路も少ないことから、千種区茶屋ヶ坂を先頭に都心方向は大渋滞になったそうです。また、基幹バスも出来町通が通行止めになったことによって、谷口~茶屋ヶ坂間の1区間のために、谷口~姫ヶ池~自由ヶ丘~茶屋ヶ坂と通常の3倍近い距離を迂回することとなり、運行が大幅に乱れたようです。
 不発弾は1時間程で2本の信管を抜き取って無事に終了、めでたしめでたし。直径36cm、長さ1.2mメートルのアメリカ製だそうです。

 不発弾というと、沖縄や東京の話かと思いきや、戦後65年を経ても日本全国にまだ埋まっているようです。名古屋も例外ではありません。


 第二次世界大戦中にアメリカ軍により名古屋市は幾度も空襲を受け、甚大な損害と罪の無い尊い人命が犠牲となりました。まず、アメリカ軍が攻撃対象としたのは軍需工場でした。現在も大曽根駅の脇に三菱の工場が鎮座していますが、当時は現在の名古屋ドーム付近まで三菱の軍需工場で埋め尽くされていたそうです。また、出来町通の南側、現在の千種公園には名古屋陸軍造兵廠千種製造所があったため、名古屋でも特に重要な攻撃対象エリアとして爆弾の雨が降り注いだのです。そのうちの1発が不発弾として、鍋屋上野浄水場で65年間も眠っていたのです。

 余談ですが、父の実家は既出の千種公園のすぐ近くです。父は昭和18年生まれですので、私の祖父母は赤ん坊だった父を背負って空襲を逃げ迷ったことになります。祖父母は昭和30年代に相次いで亡くなっているのですが、祖父母が父と共に戦火を逃れてくれたおかげで、私はこの世に生を受けることができたわけです。写真で数回眺めただけの祖父母。どんな人だったのかすら良く知りませんが、先祖の苦労の末に現在の私があるのだと思うと感慨深いものがあります。

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

岐阜の地酒に酔う2011
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 現在、岐阜県には酒蔵が57軒あるそうです。そのうちの28軒もの酒蔵が参加する大変貴重な日本酒の一大イベント「岐阜の地酒に酔う2011」というイベントが、JR岐阜駅前にある「じゅうろくプラザ」で7月11日に行われました。今回は、その模様をお届けします。
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 今回は先着300名の予約制。大急ぎで申し込みましたが、何の返事もないので不安ながら当日乗り込むと予約が入っており無事に入場できました。どうも、定員300名のところ、320名ほどの予約者がいたとか。
 2,000円の参加費を支払って、いよいよ会場へ。参加費の一部は、東日本大震災の義援金として寄付されるとのこと。少しですが役立ててください。
 今回は、各蔵元お薦めのアテ(おつまみ)を用意していただいており、各蔵元の方と楽しくお酒と会話を楽しませていただきました。
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 なんせ、28もの蔵元さんが集結しています。しかも、イベント時間は13:00~16:00の3時間限定。1軒、1杯でも多くのお酒と出会わねばならず(?)、必然的にピッチが早くなります。
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 中津川市恵那醸造さんの「鯨波」。純米吟醸の美味さは神がかりレベルです。
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 瑞浪市の中島醸造さんの「小左衛門」。意欲的な蔵として、その名を全国に広めています。
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 我らが土岐市の「千古乃岩」さんも出展していました。
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 飛騨古川の「蓬莱」さん。PR戦略の上手な蔵ですが、その味にも抜かりなし。
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 揖斐川町の所酒造さん。酸といえば「房島屋」。房島屋といえば「酸」です。

 他に印象に残ったのは、多治見市の「三千盛」、高山市の「久寿玉」の超辛口、そして下呂市の「天領どぶろく」。自社商品の「飛騨牛しぐれ」との相性が最高でした。
 会場にいる日本酒ファンの方とも意見交換が進み、本当に楽しいイベントでした。あっという間に3時間で不覚にも久しぶりに泥酔してしまいました。

テーマ:日本酒 - ジャンル:グルメ

名古屋港の水上バス
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 名古屋市のリニア・鉄道館のある金城ふ頭から名古屋港を結ぶ水上バスがあることをご存知でしょうか?一応、中日新聞でも報道はされましたので周知はされているはずなんですが、Web上でも情報が乏しいので一度乗ってみることにしました。
 名古屋港の一番先端にある金城ふ頭の欠点は、公共交通機関があおなみ線1本しかない点です。かつては、地下鉄築地口駅及び名古屋港駅から市バスが出ていたのですが、あおなみ線開業時に市バスの路線は野跡駅までで打ち切りになってしまいました。したがって、名古屋駅へのアクセスは良くても、栄や金山へのアクセスは乗り換え必須となり、利便性が悪くなってしまいました。あおなみ線・金城ふ頭駅前にパンフを持った係員がいまして、乗船場所を教えてもらい、7月10日に行きましたリニア・鉄道館の帰りに利用してみました。
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 リニア・鉄道館から徒歩10分、あおなみ線金城ふ頭駅から徒歩5分ほど、あおなみ線の高架が切れた先を少し進んだ左手が乗船場所です。この水上バスは名古屋にある堀川の遊覧船などで実績もある名古屋の会社「東山ガーデン」の運営だそうです。中日新聞の報道では常滑フーズ株式会社という名前が出ていましたが、おそらく東山ガーデンの関係会社とみられます。リニア・鉄道館の閉館時間から少し時間を潰して、金城ふ頭17:40発の最終便に乗り込みます。関係者の車両とテントだけの簡素な即席船乗場でした。切符を買おうとテントに近寄ると、「そのまま船へどうぞ」とのこと。どうも、運賃は船内精算の様なので、さっそく船に乗り込みます。ここまでで運賃等の案内一切なし。私はパンフで事前に「運賃700円」と聞いていたので良かったのですが、本当の一見さんや飛び込み客にとっては回らない寿司屋みたいで不安になります。
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 17:40、定刻通りに出航。お客さん8名。日曜日の夕方、目の前のリニア・鉄道館は大賑わいなのに寂しい限りです。行きと帰りで同じ経路を使うなんて、乗り物好きにとってはできるだけ避けて通りたいはずです。そんな乗り物好きが集まっているはずなのに、お客さんが集まらない。完全なPR不足ですね。
 出航してからしばらくして、金庫箱を持った係員が一人ずつ運賃を徴収に来ました。この便は8名だからいいですが、満席の77名乗船の場合は、所要時間の20分で徴収できるのか不安になりました。
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 運賃を支払い、船上に出ます。この船、船室の2階がデッキになっていまして、潮風を受けながら名古屋港の風景を眺めることができます。せっかく船の乗ったのですから、潮風をしっかり浴びておきましょう。
 名古屋港の遊覧船自体は、1986年から金鯱の外観をしたユニークな遊覧船が就航していましたが、2010年に引退していたそうです。思えば、就航当初に乗った記憶があります。それ以来、20数年ぶりの名古屋港遊覧です。
 あの頃、目の前の伊勢湾岸自動車道名港中央大橋はありませんでした。名港西大橋だけ普通の有料道路として先行開通していた頃です。
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 この船でないと見えない風景がたくさんあります。貴重な写真を何枚も撮りました。
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 20分ほどで名古屋港ポートビル前に到着です。到着前に乗客は全員船室に集められます。接岸作業での安全対策の為と見られます。
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 名古屋港ポートビル脇の乗船場。
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 ここから、いくつもの航路が発着している様ですが、ごちゃごちゃしていてよく分かりません。掲示方法要再考です。どうも、名古屋港遊覧船も一日3便残っているようです。また、ここから、船見町のブルーボネット(中部電力が造った自然庭園)への船もあります(よく考えたらブルーボネット、まだ未訪だわ)。
 ガムテープが張られたところをよく見ますと…
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 過去帳入りした航路です。名古屋港~四日市航路、ありましたね。全国各地でリゾートホテルを経営しているセラヴィリゾート泉郷の子会社である、セラヴィ観光汽船が経営していた航路で、同じセラヴィ系の企業が名古屋港イタリア村を経営していたことから四日市~中部国際空港航路の支線として土日祝日のみ2往復運航されたものの、よっぽど暇で酔狂な人しか乗らない航路でした。更に片道1690円もの高額運賃のため、四日市行くなら名古屋駅まで出て近鉄に乗った方が安いと相手にされずあっさり廃止。しかも、船会社が倒産で廃止、名古屋港イタリア村も経営破たんという悲しい末路でした。
 名古屋港~中部国際空港、そんな航路もあったんですね。名鉄電車乗りゃええがや!!の声であっさり廃止されたのでしょう。港区の人ぐらいしか乗らないでしょうね。記憶ないもんなぁ。

 陸上ルートで金城ふ頭から名古屋港まで公共交通で行くとなると、あおなみ線と市バスを乗り継いで約25分、430円(manacaがあれば350円)。水上バスは所要時間約20分、乗り換え無しで更に名古屋港遊覧のオマケ付き。これがプラス270円で可能と思えば、決して割高とはいえないと思います。
 光と影のある名古屋港の航路、金城ふ頭と名古屋港を結ぶ貴重な航路です。水上バス、何とか軌道に乗るといいですね。

テーマ:名古屋・愛知 - ジャンル:地域情報

名古屋の殿様はSLがお好き
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 「名古屋の殿様」こと、名古屋市の河村たかし市長が名古屋市内を走る「あおなみ線」にSLを走らせる構想をぶち上げました。膨大な累積赤字から経営破たんしたあおなみ線に「客寄せパンダ」としてSLを運行し、終着駅の金城ふ頭駅近くにある「リニア・鉄道館」とリンクさせて利用客増加を図ろうとする考えでしょうが、疑問点や課題が多く現実性に乏しい話だと思うのは私だけでしょうか(画像は中日新聞2011年7月2日夕刊より)。
 確かにダイヤグラムには余裕があるので、走らせることはできるはずです。しかし、SLは車体重量のある車両です。貨物ターミナルのある中島駅までは何とかなるでしょうが、その先の区間はあおなみ線建設が決まって旅客電車の走行を前提に建設された区間ですから、高架が重量に耐えられるのかという問題があります。次に機関車の向きを変える「機回し線」が無いこと。更には騒音・煤煙の問題もあります。また、いまどきSLの機関士が確保できるのかという問題もあります。SLが大井川鉄道など一部を除いて日本から姿を消して30年余り。元国鉄OBに頼ることすら困難になっています。
 これを克服した例が四国の松山・伊予鉄道にあります「坊ちゃん列車」。市内の軌道を外見はSL、実態はディーゼル列車として運行されています。

 根本的な問題として、あおなみ線にSLが似合うのかという問題もあります。工場地帯や臨海エリアの高架線をノスタルジックなSLが駆けるというアンバランスさは、一時のイベントとしては面白そうですが風景としては明らかに異質であり、風情も何も無いと思います。
 トドメは名鉄パノラマカーも走らせるという話。リニア・鉄道館はJR東海の博物館ですから、タイアップしてくれるとは思えません。そして、パノラマカーがなぜ引退に至ったのかを河村市長は理解されていないこともハッキリわかりました。
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 実は河村市長がSLの運行をぶち上げたのは今回が初めてではありません。昨年4月、岐阜県多治見市長が名古屋市役所を訪ねた折にも、河村市長はJR中央線名古屋~多治見間にSL運行を提案し、多治見市長と共にJR東海に働きかけることで合意したという記事が出ました(画像は中日新聞2010年4月17日朝刊市民版より)。
 こちらも問題点がいくつもあります。まずはSL故の煤煙問題。金山駅や千種~大曽根間の掘割区間、そして高蔵寺~多治見間のトンネル区間をどう克服するのか。数年前から産業遺産としての復活活動が続いている、昭和41年まで使用されていたJR中央線旧線・高蔵寺~多治見間の愛岐トンネル群を利用して京都の嵯峨野観光鉄道(山陰本線旧線)みたいにするのも一考ですが、多治見市側の一部が月見センターという下水処理場の敷地になってしまい、トンネルが天井部分を除いて埋没されてしまっており、この案も幻になってしまいました。
 案の定、JR東海からは一切の発表も無く、この構想も闇に消えようとしています。観光振興も大事なんですが、SL走らせたら目玉になるという安直な発想では、実現していかないでしょう。現実性の無い妄想だけなら誰でも出来ます。想像だけでメシが食えたら、誰も苦労しませんよ。

 名古屋市の河村たかし市長は1日の市議会本会議で、名古屋駅と名古屋港を結ぶ名古屋臨海高速鉄道「あおなみ線」に蒸気機関車(SL)を来年度にも走らせる構想を明らかにした。赤字脱却を目指す一策だが、高架軌道を走らせることができる軽い車両の確保や排煙などの問題があり、実現には多くのハードルがある。
 河村市長は「新幹線に乗ると、あおなみ線のホームはすぐ隣。あそこにSLあれば、みんなが『ええなあ』と思うはず」と説明。プロジェクトチームを直ちに発足させる方針を示し「12年度中には走らせたい」と述べた。
 あおなみ線は市と愛知県が出資する第三セクターで、名古屋-金城ふ頭間(15.2キロ)を結ぶ。04年に開業したが、10年7月に事実上経営破綻。市と県が約450億円を財政支援し13年度までの黒字化を目指す。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110702-00000008-mai-soci

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