名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
広隆堂厳選!!一品入魂!!

すべて、実際に購入して試したものばかり!自信があるから、お勧めできます!Produced by 楽天市場

広隆堂 twitter 支店

最新の情報をつぶやいています。フォロー・ツイート大歓迎!!

FC2カウンター

最近の記事

プロフィール

広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

カレンダー

11 | 2011/12 | 01
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリー

最近のコメント

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

月別アーカイブ

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011年12月を送る
 いつも幣ブログをご覧いただきありがとうございます。そして、本年も1年間ご愛顧ありがとうございました。

 年末のゴタゴタにかまけて更新が滞ってしまい、アクセス数も激減、大晦日には久しぶりに2桁にとどまる様になりました。都道府県別アクセス数も43都道府県にとどまり、3以下の県を除くと33都道府県にとどまっております。
皆様のご期待に沿えず申し訳ありません。予告だけしながら、やるやる詐欺になってしまっているのもアクセス減少の原因を思っています。
 ネタ切れというわけじゃないのですが、ネタ元に新聞を多用する安易さに頼り切るのも問題なのかもしれません。新聞時事ネタと独自ネタを半々程度にしながら、硬軟織り交ぜてお届けしたいと思っています。
 これまで予告しながら進んでいないシリーズものや、2011年分のお蔵入りネタ等を正月休み中に次々と蔵出ししていく予定です。
 
 また、来年もお世話になります。皆様、良いお年をお迎え下さい。来年も幣ブログをどうぞご贔屓に。
スポンサーサイト

テーマ:雑記 - ジャンル:ブログ

2012年7月を送る
 暑中お見舞い申し上げます。
 いつも弊ブログをご覧いただきありがとうございます。

 7月は猛暑で体調を崩しながらも、何とか更新を続けられました。お出かけの機会が激減し、新聞ネタに頼りきりの情けない状況です。
 アクセス数では46都道府県からアクセス頂きました。都道府県別では愛知県がシェア59.5%でトップ。続いて東京都、岐阜県、三重県、大阪府、神奈川県、千葉県、長野県、静岡県、埼玉県の順。
 多忙なため、シリーズものを中心に更新が遅れておりまして申し訳ありません。盆休みにまとめて更新の予定も、仕事の依頼が舞い込み盆休みも休み無しで仕事決定。人が休みの時も仕事という悲しい性であるため滞りがちですが、何とか更新は続けていきたいと思います。長々と続いた東北レポートも終了し、続いて長野レポートの作成を大急ぎで進めています。
 8月は予告しながら遅れているシリーズネタや、名古屋を中心とした話題について小出しに更新していく予定です。8月は日曜日以外の休みは24日の土曜日しかない状況ですが、夏の旅を計画中です。
 忘れた頃に古いネタを出して時系列デタラメの弊ブログ。すべての原因は気まぐれな管理人の筆不精です。そんなブログですが、今後ともどうぞ御贔屓に。よろしくお願いします。

テーマ:日記 - ジャンル:ブログ

2011冬・東北行軍ダイジェスト3
DSCN0237_convert_20120422012202.jpg
 12月27~30日に行きました東北の旅3日目のダイジェスト報告です。
 12月30日、朝5時。JR気仙沼駅前の駐車場で朝を迎えました。JR大船渡線・一関行き始発列車の汽笛で目が覚めました。気温-2℃。未明に降った雪で辺り一面真っ白。まだ薄暗い中、5時半に出発します。
 6時15分。岩手県大船渡市のJR盛駅前到着。いつもなら、始発列車が出発準備を整えているはずですが、駅は静まり返っていました。三陸鉄道南リアス線とJR大船渡線は不通のまま、貨物専用の岩手開発鉄道が細々と輸送を再開するのみにとどまっているからです。釜石行きの方向幕を出した三陸鉄道の列車が再び動き出すのは、2014年度中の予定とのこと。一方、JR大船渡線は再開の目処が立っていません。
 大船渡市は大きな街で、大きく分けて役所などが集まる盛町と臨海部の大船渡町で構成されています。今回の震災では大船渡町エリアが甚大な影響を受けており、その爪痕を至るところで確認できました。
DSCN0254_convert_20120103161743.jpg
 大船渡市碁石海岸。朝焼けに光る入江。養殖イカダの脇を進む船のエンジン音を聞きながら日の出を迎えました。これだけ眺めていると、本当に癒されます。明けない夜はない。どこでも朝は平等にやってくるのです。確かに今回の震災での被害は甚大でした。しかし、悲しみにくれる時期に区切りをつけねばなりません。起きたことを振り返るよりも、これからに向かって立ち上がらねばならない時期に来ています。
 被災者の方々だけでなく、それは自分にも通じるものがある。こんな苦境からも立ち上がり復興へ向かう東北の皆さんに対して、自分の悩んでいることが如何に小さなことなのかという情けなさ。スタートラインはいつからでも引くことが出来る。行き詰ったから腐るのではなく、行き詰ったのなら底から方向転換すればよい。いつも通りにやって来た朝焼けに染まる海岸を眺めながら、そんなことを考えていました。
DSCN0262_convert_20120103125426.jpg
 朝7時半、陸前高田市到着。前夜に気仙沼から予行演習を兼ねて走ってみましたが、あの津波で街が壊滅してしまったことは、言葉に表せないほどの漆黒の闇でよく伝わりました。難を逃れた丘の上で僅かに灯る家々の明かりが、陸前高田の存在を辛うじて教えてくれました。
 日が昇るにつれ、陸前高田の実情が把握できました。本当に何もなくなっているその喪失感、瓦礫が片付けられたことで更に極まる荒涼とした更地が広がる街に驚かされました。
 そのなかで、1本だけ残った奇跡の一本松。今回の旅・最大の目的地にたどり着くことが出来ました。朝早かったので、見物客などの姿は一切無し。朝7時半に奇跡の一本松をしばらく独り占めできました。感動のあまり、松の下でしばし休息。本当によく耐えたと思う。一本松は塩害で再生不能と言われていますが、この一本松が放ったメッセージは重く受け止めておきたい。この点については別項でしっかりと特集します。
 そして、陸前高田の復興を心から願います。
DSCN0282_convert_20120422032041.jpg
 8時30分。前日に回れなかった気仙沼市内の様子も見てきました。JRの駅前に流されたまま残る大型漁船。地盤沈下に沈む気仙沼の港と復興が進まない臨港地域。でも、地元の方による復興への動きは始まっていました。
三陸の街で見た出来事を目に焼き付けて、仙台に戻ることにします。
DSCN0313_convert_20120430135115.jpg
 レンタカーの返却時間を3時間だけ延長。正午までに仙台にレンタカー返却するため、気仙沼市を9時半に脱出。一関市まで国道284号線を爆走。カーナビの到着予定時間が12時25分だったので、意地でも短縮させようとあまり飛ばせない道でした。一関インターから東北自動車道を約80kmを爆走。この時点でカーナビが示す仙台到着予定は12時15分。
DSCN0314_convert_20120430135139.jpg
 気仙沼や一関では積雪ゼロだったのですが、途中、猛烈な雪に見舞われ本当に大変でした(画像は長者春サービスエリア)。ホント、スタッドレスタイヤを選択して正解でした。古川インター付近でカーナビの仙台到着予定自国が11時55分を示しまずは一安心。しかし、一般道での渋滞が心配で落ち着かず、仙台市の泉インターまで東北道をひたすら爆走。雪や融雪剤やらで泥だらけの見苦しい状況で、仙台市のDate-FM(FM仙台)の隣にあるレンタカー店に飛び込んだのは返却期限4分前の11時56分。
 3時間延長しただけでレンタカーの延長料金は4,200円。奇跡の一本松が見られたので費用対効果では許容範囲と思うのですが、3時間延長3150円に加え、別立てで掛け捨て保険を強制され1,050円増し。更に支払いは現金のみに大激怒。やはり、場所は変われどニッポンレンタカーとは相性が悪いのだと痛感。
DSCN0349_convert_20120103161953.jpg
 その後は仙台市内を散策。小雪の舞う恐ろしく寒い中を青葉城址へ。仙台市内は賑やかで、飲食関係や宿泊関係が特需とかいわれていますが、その噂は確かにわかる気がしました。仙台市内のデパート見学を済ませて、2日ぶりに青春18きっぷにお出まし頂き、午後4時過ぎの電車で仙台を後にしました。
 その後、郡山・黒磯・宇都宮と乗り継ぎを繰り返し、東京・上野にたどり着いたのは深夜23時半過ぎ。カップ酒を2本空けた宇都宮で、携帯とデジカメがダブルでバッテリー切れという大失態。そこで寝落ちして目が覚めたら既に赤羽。困った挙句、上野駅前のマクドで充電休憩。店内にはコーヒー一杯とか、ハンバーガーとコーラSだけで夜を過ごす明らかにマクド難民の皆さんと共に時間を過ごすも、深夜2時半に蛍の光が大音響で流れ始め、追い出される羽目に。幸い、近くのTSUTAYAが24時間営業だったため飛び込み、4時半過ぎまで必死の立ち読み。「朝まで生立ち読み」という経験は35歳にして初めての経験。その途中で店の前でタクシーとバイクの正面衝突事故に遭遇し、風俗店の呼び込み兄ちゃん達が必死に救出する一幕もあり、いろんな意味で下層生活を地で這うような濃い夜でした(続く)。

テーマ:東北旅行 - ジャンル:旅行

2011冬・東北行軍ダイジェスト2
DSCN0051_convert_20120311185407.jpg
 12月27~30日に行きました東北の旅2日目のダイジェスト報告です。
 12月29日はいよいよ今回の旅本番となる、三陸地方の街を巡ることにしました。本当はJRの鉄道線が不通になっているため、列車代行バスを乗り継ぐ予定だったのですが、JR気仙沼線代行バスのダイヤグラムがあまりにも厳しく、気仙沼方面へ乗り継ぎ旅を行うためには土日祝日ダイヤの日に不通区間の起点となる柳津駅8:05のバスに乗らねばならず、逆算すると仙台駅を6:00の始発に乗らねばならないことが判明。更にJR東日本のお客様センターに電話したところ、気仙沼線と大船渡線の代行バスには青春18きっぷが利用できないことが判明。散々考えた上、仙台からレンタカーで現地入りすることにしました。
 今回は楽天市場から予約。ポイント還元10%でスタッドレスタイヤ標準装備だったので、久々にニッポンレンタカーを利用、三菱のekワゴンで580km爆走しました(画像は仙台空港にて撮影)。
DSCN0023_convert_20120311185526.jpg
 まず出かけたのが、仙台市若林区荒浜。同じ仙台市内、一番町や国分町など繁華街から10㎞も離れていないというのに、仙台都心部の喧騒がまるで嘘の様な空間が広がっていました。街が完全に消えてしまっていました。普段はここまで来ているバスも2㎞手前までしか来ない惨状。つまり、荒浜には現在住んでいる人がいないということです。普段は仙台市内唯一の海水浴場として、特に夏場は賑わっていたそうです。その砂浜には震災の時は津波の犠牲者が何百人も流れついていたそうです。供養塔に手を合わせる人が絶えず、私も手を合わせずにはいられませんでした。
DSCN0041_convert_20120311185716.jpg
 次に訪れたのが仙台空港。ここも震災の時は津波で飛行機やクルマが次々と流されていくシーンをテレビで見たのを覚えています。近くの郵便局窓口氏の話では、津波で2m近くの高さまで水没したそうです。
DSCN0055_convert_20120311190146.jpg
 国道6号線のバイパスとなる自動車専用道路「仙台東部道路」から石巻を目指します。この道路、自動車専用道路なので高速道路の様な規格なんですが、地震の影響でしょうか段差が非常に多いのが印象に残りました。震災の時はこの道路が高架式であったため防波堤となり、仙台市若林区や名取市は津波被害を大幅に軽減したそうです。NHKスペシャルで避難者がクルマで一斉に逃げだしたところ渋滞が発生し、津波の襲来でクルマを放棄してこの道路の高架へよじ登って難を逃れた方の映像を見ました。
 沿岸沿いの県道10号線が工事車両優先で一般車の通行ができなかったので、名取市閖上を時間の都合でカット。非常に悔しい思いをしました。
DSCN0065_convert_20120311190844.jpg
 仙台東部道路は、国道45号線の自動車専用道路「三陸自動車道」に名前を変えます。
DSCN0076_convert_20120311190954.jpg
 三陸自動車道は片側1車線の道路ですが、交通量は多めでした。
DSCN0082_convert_20120311191152.jpg
 その最大の理由がこれ。東北地区ではETC利用者の高速道路・有料道路の通行料金が無料だったからです。
DSCN0088_convert_20120311192535.jpg
 日本三景の1つ松島。震災の津波は松島湾の島が防波堤となって、1mほどの冠水で済んだそうで、早い段階で観光地として復興したのですが、風評被害で深刻なダメージを負っていたそうです。
DSCN0097_convert_20120311192706.jpg
 松島が最小限の被害で済んだ分、松島湾の沿岸地域の被害は逆に深刻でした。松島が平常を取り戻しつつあるなか、隣接する東松島市内の津波被害は深刻なものでした。JR仙石線の野蒜駅付近は被害が深刻で、鉄道復旧には相当な時間がかかる模様です。
DSCN0132_convert_20120311192845.jpg
 石巻市内で渋滞に巻き込まれながらも、市内の被害状況に言葉を失いました。中央のタンクはモニュメントではありません。油のタンクで津波で流されてきたものだそうです。本当は女川町も行きたかったのですが、時間の都合で今回はカット。本当に惜しい思いをしました。
DSCN0169_convert_20120311202004.jpg
 南三陸町志津川、防災総合庁舎。防災とな何かを考えさせられる象徴的な建物となってしまいました。志津川の街は本当に壊滅していました。防災庁舎では南三陸町の職員が地震の危険を顧みず、最後の最後まで町民に対して防災無線で避難を呼び掛けていたそうで、本当に心が痛みました。花が供えられており、私も手を合わせてきました。
DSCN0222_convert_20120311201550.jpg
 東北の冬は日没の速さが象徴的で、16:30には既に真っ暗でした。ここまで来て、旅の目的地・陸前高田市いある奇跡の一本松を見ず名古屋へ帰ることなんてできない。相当の出血を覚悟でレンタカーの返却延長を決める。
 夜の気仙沼駅では、一関方面からの列車から降りてきた乗客が家族の送迎するクルマで家路に向かう姿が目立ちました。そのクルマに岩手ナンバーのクルマの多いこと。その理由は陸前高田方面へのバスは1日2往復しかないためです。仙台や盛岡からは1日に何本もバスがやってくるのに、隣接地域へのバスの運転本数が少ない矛盾。理解に苦しみました。
DSCN0231_convert_20120311201713.jpg
 翌日の予習を兼ねて、陸前高田市と大船渡市へドライブ。途中の陸前高田市は建物も街灯も一切無い、完全な暗黒の夜でした。震災の夜、被災者の方はさぞ寂しく寒さの中で救援を待っていたのかというのを、何となくわかった気がしました(続く)。

テーマ:東北旅行 - ジャンル:旅行

2011冬・東北行軍ダイジェスト1
DSCN0262_convert_20120103125426.jpg
 2011年12月。2011年を締めくくるにあたり、今年を象徴する場所へ出かけようと思っていました。振りかえるとやはり、最も印象に残った出来事は東日本大震災。そして、震災を考える意味で印象に残ったのは、あの1本の松の木。その木が枯死寸前で再生不能であることが判明したのが11月のこと。春まで寿命が持つかわからない。だったら、一刻も早くその木の下へ行ってみよう。これまで人々が築き上げた街の繁栄や蓄積してきた財産を一瞬で押し流してしまった未曾有の大津波。しかし、それに耐えた7万分の1の奇跡の一本松が教えてくれるメッセージを受け止めておきたい。
 そう思いまして、年末休暇を利用し東北へ超強行軍旅に出かけました。これからしばらく、東北と東京へ2泊3日で強行した旅の模様をダイジェスト版と各地の模様を双方からシリーズとして特集したいと思います。
DSCN9854_convert_20120224003529.jpg
 12月27日、名古屋の自宅を夜10時に出発。まずは東京を目指します。名鉄金山駅22:47発の名鉄電車豊橋行き最終の特急に乗り込み旅は始まりました。本来なら名古屋駅23:20発の「ムーンライトながら」に乗ってしまえば楽なんですが、数年前のダイヤ改正で名古屋~豊橋間がノンストップになり、深夜0時を跨いだ最初の停車駅から有効という「青春18きっぷ」のルールをフル活用するため、0時を跨いだ最初の停車駅・豊橋までの運賃1,280円を別に出すのが嫌で、JRより運賃の安い名鉄電車に乗る必要が出てきたわけです。名鉄の正規運賃は1,080円ですが、金券ショップで購入した850円の回数券のばら売りを利用し豊橋へ。
DSCN9856_convert_20120224003721.jpg
 深夜の豊橋駅では、コンコースにどう見ても旅の人達が数十人集まっています。実はこの日の「ムーンライトながら」東京行きは、西岐阜駅で貨物列車が脱線事故を起こし線路を塞いだために東海道線が大混乱しており、現場を無理矢理ムーンライトながらだけ通過させたものの、大垣を出発して4つ目岐阜駅到着時点で既に30分遅れという惨状でした。豊橋駅前のコンビニで食糧の買い出しを行い、長期戦に備えます。駅内放送での遅れは30分から45分に拡大。どうも、ムーンライトながらに接続させるためにながらの前に普通電車を先行して走らせているとのこと。そりゃ、遅れが拡大するはずだわ。
DSCN9859_convert_20120224003829.jpg
 豊橋駅ではすぐ脇に車両区があることから、改札で浜松方面への乗客がいることを確認の上、浜松行きと豊川行き臨時列車を運行。結構柔軟ですね。同じJR東海の路線でも中央線では頑として臨時列車なんて運行しないのに。
 深夜1:10、ようやく「ムーンライトながら」東京行き到着。1:12、57分遅れで豊橋を出発。指定席券を持たない飛び込み強行組の姿も少なく無事着席。少し前に浜松行き臨時電車が先行しているのでノロノロ運転。2:30、静岡出発。1時間程度の遅れを覚悟の上で仮眠。
DSCN9865_convert_20120224003940.jpg
 4:30、横浜の手前で流れた車内放送で目を覚ます。何と1時間近い遅れを取り戻して定時運転と聞いてホッとする。途中の停車時間を潰した模様。無事に東京駅に定刻5:05到着。豊橋から東京まで4時間で走破できるんだ。
 3年半ぶりの東京。行きたい場所はいくらでもあるのだが、今回の旅で東京は通過点でしかない。せっかくなので築地市場で朝ご飯といきたいが、上野駅へ移動し6:04発の常磐線水戸行きで早くも東京を後にする。今回の目的地まではここから更に350km北上するためです。
 しかし、朝5時だというのに電車の座席が埋まっている。さすが東京、恐るべし!!
DSCN9874_convert_20120224004202.jpg
 常磐線を北上するのは茨城県の日立電鉄と鹿島鉄道のお別れ乗車に出かけて以来。携帯ラジオでいつも通りTBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」を聴きながら朝刊に目を通す。6:30からはいつもの東海ラジオ「モルゲン!!」が聴けないため、文化放送「吉田照美ソコダイジナトコ」を聴く。ゲストに呼ばれた上杉隆による猛烈な世相斬り込みに朝から刺激を受けるも、番組がいすゞ自動車のCMオンパレードでまるで朝の「歌うヘッドライト」状態に更に刺激を受ける。土浦を過ぎたあたりでラジオがノイズだらけで聞けなくなった(当方radiko未対応)ので、ラジオを消すと茨城のラッシュスタート。4ドア車のため、駅到着の度に車内の暖気が抜けてしまう底冷えのする車内。底冷えに震えながらで8:00水戸到着。沿岸部なのに恐ろしく寒い。
DSCN9880_convert_20120224004526.jpg
ここで更に8:18発のいわき行きに乗り換え。またしても4ドアのロングシート車。まさか、半自動ドアがこんなにありがたい存在だったとは。
 日立を過ぎたあたりで車窓が急激に寂しくなる。東日本大震災でも北茨城市など茨城県北部の被災状況は全く入ってこなかった。そして、どのように復興したのか、その情報が入らなかったエリアだ。そして、勿来の関を越えて福島県突入。福島県に突入するとすぐ目に入って来たのは屋根にブルーシートがかかった家。遂に東日本大震災の被災エリアなのだ。泉駅の手前で仮設住宅を発見。しかし、その1つ手前の植田駅から乗客が乗り込んだ車内でカメラのシャッターを押す勇気は無かった。
DSCN9896_convert_20120224004725.jpg
地震及び津波被害を受けた集落(いわき市・JR常磐線末続駅)

 今回の旅では撮影のルールを決めた。撮影対象は被災被害や街の様子のみで、仮設住宅や避難している方の撮影はしない。その理由は、まずプライバシーの問題。次に仮設住宅は好きで入っているのではなく「避難」であり、好奇の目で撮影してはいけないためです。
DSCN9908_convert_20120224005911.jpg
 9:51、いわき駅到着。福島第一原発から30km圏内ながら、街は平穏。いわき市平の街中をしばし散策。この駅で更に10:49発広野行きに乗り、避難区域最前線の広野町へ。
 不謹慎を承知で警戒区域最前線の検問所と広野町内を散策。住民の多くが避難しており、人の気配すら無い広野町内。福島第一原発まで約20kmの最前線地帯である。白い防御服を着て警戒区域へ向かう警察・東京電力関係者・技術者などの厳重な装備に言葉が無い(詳細は別項にて)。1時間半の滞在予定が、気づけば3時間近く散策。明日は更に過酷な現場を見るのだと思うと気が重くなるが、現実を刻み込むために前進していこう(画像は福島県広野町・JR常磐線広野駅にて)。
DSCN9988_convert_20120224013401.jpg
 湯本温泉で汗を流し、いわき駅17:40発JR磐越東線小野新町行きでいわき市脱出。磐越東線はいわき~郡山間で高速バスのと競合に敗れ、特にいわき~小野新町間は完全に場末の鉄道線状態。18:22、小野新町駅到着。ここで18:44発の郡山行に乗り換え、19:35郡山着。19:44発の仙台行き電車に乗り換え。仙台駅到着は22:09。
 22時過ぎでも仙台の繁華街である一番町・国分町の賑わいは尋常ではない。同じ仙台市内なのに、10㎞先では津波で壊滅した街もある。翌日、この対比に言葉を失う。仙台・国分町のカプセルホテルに投宿。楽天ポイントを使い3,000円だがクオリティ高くて満足。仙台の定宿候補にノミネート(続く)。

テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行

2011名古屋モーターショー(下)
DSCN0040_convert_20120220134858.jpg
 12月25日に行きました、2011名古屋モーターショーレポートの続きです。
 何か、1,500円も払っておきながら収穫無いなと思いつつ、最後の望みを賭けて3号館に侵入です。3号館は国内メーカーの展示でした。ブースが無かったのは三菱自動車・いすゞぐらいでしょうか。
 まずはトヨタのブース。トヨタはハイブリット車や電気自動車の展示が軸でした。この「86」というクルマが結構すごいそうです。確かにトヨタにしては珍しくかっこいいクルマです。他に何がすごいのか、クルマに疎い私には何がすごいのかよく分かりませんでした。
DSCN0051_convert_20120220135831.jpg
 トヨタブース最大の特徴は、パンフレットの類が一切無かったこと。これもエコなのでしょうか。それともここが販売の場でないという、投資を徹底的に抑えるトヨタらしい割り切りなのでしょうか。奥の方にはレクサスのブースもありましたが、興味無かったのでレポートはパス。ただ、トヨタはレクサスでハイグレードブランドを作る前に、政府に敢えて自動車税増税を進言してレクサスを真のハイグレードブランドにすべきだと思います。じゃないと、せっかくのレクサスも田舎の暴走族やチンピラに乗られるのが関の山です(警察24時などのTV番組を見れば分かるはずです)。消費税増税よりも自動車税の増税が先です。ブランド育成をもっと真剣に考えないと、高級車ユーザーは海外メーカーに流れ続けることでしょう。クルマが売れたらそれでいい、そんな程度の企業で終わるトヨタじゃない。私は貴社をそう思っていますからね。
DSCN0042_convert_20120220135049.jpg
 トヨタの向かいにはダイハツのブース。picoという、このクルマは少し前にテレ東の番組で見てから非常に興味を持ちました。ゴルフ場のラウンドカートみたいですが、高齢化社会の進行で普通自動車の運転が困難になった人が増えることを見越し、普通自動車の運転に代わり、高齢者が地域内の利用で使えるクルマをコンセプトにしたクルマで、軽自動車と原付バイクの中間というポジションだそうです。現在、この中間ポジションの種別が無いことから、法の整備無くしてpicoは公道を走ることができないそうです。
 自分が時速何㎞で走っているかがドア部分のウエストラインにが表示されます。また、道を譲ると「ありがとうございます」とか、無理に割り込まれてムカついたときにはクラクションを鳴らさない代わりに「気をつけてくださいね」なんて表示されれば、無駄な喧嘩を避けられるかも知れません。ただ、ドアが無いので雨天時や冬場は運転が大変な気もします。
DSCN0055_convert_20120220140039.jpg
 SUBARUのブース。今回のモーターショーでお姉さんのレベルが最も高く、最も癒されるブースでした。別のエンジンがかかってしまった危険なカメラ小僧が大量にいました。
DSCN0062_convert_20120220140141.jpg
 次はスズキのブース。あの会長兼社長の個性と相反する、癒し系のお姉さまばかりでした。
 今回のイベントでは国産メーカーは電気自動車に力を入れていました。まだ、連続走行距離に問題があるようですが、近い将来に登場するであろう原付バイク以上軽自動車未満のお手軽近距離用自動車といったコンセプトカーを各メーカーが出展していました。
 半径10km圏内を生活圏に想定した小型EVモビリティ。電気自動車はモーターの位置に制約が少ないため、デザインの自由度が大きいので、このような思いきった形の車ができそうです。ちょっと奇抜な気もしますが。
 高齢者に対して配慮したクルマも必要でしょうが、どこまで配慮すべきかも考えるべきでしょう。かつて携帯電話で液晶画面すら無い、通話機能しかない簡素すぎるな機種が出ましたが、「高齢者をバカにし過ぎ」と不評で流行らなかった(どうも、まだ取り扱いがあるようですが)のが良い例です。
DSCN0065_convert_20120220140424.jpg
 こちらは日産のブース。こちらのクルマはちょっとクルマらしい。他社はなんか、ぶつかった(ぶつけられた)ら最後かなって感じがしましたが、こちらはそのイメージを払拭しているのが、高齢者に対する配慮のように思います。
DSCN0066_convert_20120220142803.jpg
 後輪も動くため、後輪の動かない従来型のクルマに比べて小回り(最小回転半径)が効くのが特徴ですが、始めはドライバーも戸惑うでしょうね。小回りが利き過ぎて。逆にこういう機能はワンボックスカーに必要な気がします。ショッピングモールの駐車場で、何度も斬り返してバック入庫させている要領の悪いドライバーが結構いますからね。
DSCN0075_convert_20120220142941.jpg
 ホンダのブース。車内に電動バイクを搭載するクルマ。そういえば昔、ホンダにはCITYというクルマがあって、トランクに原付バイクを搭載するという、ユニークかつバイクとクルマを扱うホンダだからできるアイデアの詰まったクルマがあったことを思い出しました。

 会場で過ごしたのは2時間ほどでしたが、3号館での展示を見て何とか元を取った気がしました。キレイなスバルのお姉様に見送られながら会場を後にしました。

テーマ:東海地域情報(愛知・岐阜・静岡・三重) - ジャンル:地域情報

2011名古屋モーターショー(上)
DSCN0023_convert_20120220130550.jpg
 今回は2011年12月25日に行きました、2011名古屋モーターショーの模様を2回に分けてお届けします。
 名古屋モーターショーは東京モーターショーなどとともに行われる日本国内5大モーターショーの1つで、国内では東京モーターショーに次ぐ、2番目に歴史があるモーターショーです。1979年の第1回開催より、東京モーターショーと同じく2年に1度開催されており、第17回の今回も名古屋市港区のポートメッセなごやで12/22~25に行われました。
 国内二輪メーカー4社すべて、国内四輪メーカーは7社、輸入車も含めたブランド数は前回(2009年)を上回る35ブランドが出展。また、カーナビゲーションやETC(自動料金支払いシステム)などに代表される、ITS(高度道路交通システム)についての展示もありました。
DSCN0025_convert_20120220130748.jpg
 今回行った理由はクルマとITSがお目当てでしたが、もう一つは入場料がICカードの「manaca」で決済可能で、更にポイントが「貯まラン」と評判の名鉄manacaの「たまルン」が「100円につき20ポイント(=通常の40倍)貯まるということでした。何とか1,000ポイントを貯めるための手段として行ったようなものです。
 ただ、割高な当日券料金であること(コンビニで行けばチケットが前売り料金で買えた)や、ICカードを持っていても、入場ゲートに直行できず決済の為に入場券売り場に並ばされるシステム。ICカードやITSを展示するイベントとは到底思えない原始的なシステムに大いに失望しました。要改善です。
 まず飛び込んだのは2号館の輸入車コーナー。ハーレーダビットソン。まだ、免許取得が容易だった頃に大型二輪を取得した団塊ジジイ達が最近よく乗っていますね。私もバイクは好きですが、ここまで大きい車種に乗るなら、クルマに乗った方が運転も楽な気がするのですが、ハーレーブランドの重みがファンの心を離さないのでしょう。確かにエンジン音を聴くとたまらなく良いですね。
DSCN0028_convert_20120220130926.jpg
 生涯乗る機会が無さそうな外車がズラリと並んでいます。ハンドル握ると性格の変わるドライバーがたまにいますが、同様にクルマの車種によってもドライバーの性格がハッキリ別れる場合があります。特にこの車種に乗っている連中には、性別や年齢に関係なく街中を我が物顔に走る横柄な奴らが特に多いように感じるのは私だけでしょうか。だから、このクルマのユーザーに対しては個人的に良いイメージを持っていません。仮に裕福になったとしてもこの車種だけは乗りたいとは思いません。
 各国の自動車メーカーが輸出による勢力拡大に躍起なのに、なぜか日本の輸入車販売元の販売手法は昔のままで、お客さんを選んでいる傾向があるのは不思議ですね。メーカーにはそんな気が全くない(はず)なのに、イメージ戦略って恐ろしいなと思う良い例です。
DSCN0030_convert_20120220131050.jpg
 生涯縁が無さそうなクルマが並んでいますが、同じ縁の無いクルマならオールドカーを眺めている方が楽しかったりします。トヨタが誇る名車「2000GT」。昔はトヨタの工場見学やトヨタの販売店に行くとお土産として2000GTの模型が貰えました。
DSCN0033_convert_20120220134033.jpg
 昔のクルマって、本当に文化の匂いや個性がハッキリとしたデザインがあって魅力を感じます。燃費効率や空気抵抗とか、最近のクルマに比べると明らかに劣るのでしょうが、最近のクルマはどの車種も似たようなクルマばかりで本当に面白くない。だから、売れないんじゃないのかと思います。
DSCN0039_convert_20120220134602.jpg
 1号館ではオールドカーやITSのコーナー、各大学の研究紹介等がありましたが、内容としてはイマイチでした。特にひどかったのは各大学の研究発表。これITSと関係あるんやろかと思うような研究室が複数あり、なかには高専対抗のロボコン大会(たまに深夜にNHK総合テレビで放送しているアレ。何がおもろいのかさっぱりわからない)の延長戦の様なブースもありました。しかも、閉館1時間前に撤収作業完了という研究室も。やる気のない研究室が多かったです。
 目立っていたのはNEXCO中日本による新東名高速道路のPRイベントぐらいかな。2012年中に静岡県内で140kmが開通しますが、安全設計などに力を入れていると強調していましたが、私が最も気になるのは、その安全性重視の為に変化に乏しい単調な道路となり、長時間運転による睡魔を誘発がないかという点です。
 「ちょっと待て、1,500円も払っているのにこの程度なのか?」という重苦しい空気が支配的になりながら、未訪の3号館に最後の期待を賭けてみることにしました(続く)。

テーマ:東海地域情報(愛知・岐阜・静岡・三重) - ジャンル:地域情報

ラジオ局統合の時代
DSCN9988_convert_20111219021143.jpg
 遂に日本でも放送局の統合というのが現実味を帯びる時代になったようです。大阪のラジオ局FMCOCOLO(関西インターメディア)が同じ大阪のラジオ局FM802に統合され、FMCOCOLOは会社を清算することが明らかになりました(画像は2011年12月15日 日本経済新聞朝刊より)。
 FMCOCOLOとFM802の関係については、弊ブログでも昨年3月末に取り上げました(当時の弊ブログ記事)。既にFMCOCOLOはFM802第2放送状態で統合は時間の問題になっていました。これで、FMCOCOLOのDNAは断絶が決定的になりましたが、FMCOCOLOを廃局にせず1局2波体制で存続させるというFM802の試みは、多様性を尊重する関西らしい意気込みだと思います。なんせ、名古屋は昨年9月30日にRADIO-i(愛知国際放送)が全国初の廃局という事態となり、親会社が継承を名乗り出た企業を振り払って免許を返上、市民から電波とメディアを奪う蛮行がありました。名古屋は廃局、福岡はコミュニティFMに譲渡、そして今回の大阪と、東京を除くFMラジオ局の3局目は悲惨な末路をまたしても踏襲しようとしています。
 放送局の再編、特に経営不振に悩むラジオ局単営局や平成新局、独立局などを中心に今後も進むと思います。例えば、自社制作番組比率も低いJFN系列のFM局も、県域で続ける必要性の無い局が増えています。今年3月の法改正で最大4局までは合併可能とする方針を示しており、県域局の統合も今後は現実的なものになりそうです。
 何とかしてでも地域に情報メディアの選択肢を残して欲しい。もう、利害とか言うてる状況じゃないんですよ。地域の情報メディアを失うことによる損失があまりに甚大であることを、RADIO-i廃局時に身をもって知ったから敢えて主張します。また、ノー天気な放送を続けるAM放送局も明らかに凋落している局もあり、仮にテレビ兼営局でも決して驕らないように。ラジオの大激震はすぐそこまで来ています。

テーマ:FMラジオ - ジャンル:テレビ・ラジオ



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。