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名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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2012夏 若狭湾への旅6・うみんぴあ大飯
DSCN0026_convert_20121226001631.jpg 8月26日に行ってきました若狭湾の旅。第6回は福井県おおい町散策の続きです。
 JR若狭本郷駅から歩いて20分弱。「うみんぴあ大飯」というエリアに到着しました。国道27号線沿いにあり交通の便は良いのですが、人影はありません。福井県と共同で22haもの海を埋め立てて造り、地元住民の雇用拡大を目指し企業誘致を目指しましたがとん挫。空き地ばかりが目立ちます。最も役に立つ施設が国道27号線沿いのコンビニという惨状です。
 まず訪れたのは「こども家族館」。福井県の施設で日本最大級のボールプールや工作等の手作り体験ができる工房ゾーンを有する大型児童館。「こども探検号が繋がれた冒険の港町とボールプールの海で、遊びと発見の楽しさを体感することができる」というのが、建設した福井県の運営ポリシー。
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 確かに日本海側の事情として、冬場の雪害対策問題があります。買い物や通院等の日常的な外出ですら制約が伴うのですから、学生・生徒・児童の野外教育活動や、一般市民でもスポーツ活動など生涯教育においては尚更制約が伴います。したがって、雪害の無い太平洋側と同水準の活動を行うためには屋内施設を拡充して対処せねばならないのです。
 だから、その趣旨自体は間違ってはいません。しかし、どうして児童向け施設だったのか。しかも、立地が若狭地域の中心である小浜でなく大飯だったのか。同じ大飯には「プレーパーク大飯」も存在しており、集約するスペースの余裕があるのに、どうしてこれだけ別の場所なのか。県と町の縦割りの弊害か?そういうところを考えると、あらぬ邪推をしたくなってしまいます。入場料無料ですから、年間でどの程度の維持経費がかかっているのかも非常に気になります。
↓詳しくは公式サイトをご覧ください。↓
福井県こども家族館
http://www.kodomokazokukan.jp/index.html
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 そして、次に訪ねたのが「エルガイアおおい」。関西電力のPR館の一つです。おおい町には「エルパークおおい」もあり、関西電力はおおい町に2つのPR館を設置しています。2つとも同じテーマじゃ芸が無い。ということで、こちらは原発の色はやや薄めで、エネルギーの未来と地球の未来をテーマとする「未来体験ミュージアム」なんだそうで。更にELGAIA(エルガイア)とは、EL=電気(Electricity)とGAIA=ギリシャ神話の大地の女神・地球という意味の造語でエネルギーと地球の未来を考える、という意義を込めていると関電の弁。
 この施設のキャラクター、どこかで見たことあるなと思ったら、やはり、松本零士先生。敦賀市内に続き、ここでも松本零士ワールド炸裂です。どうも、未来や宇宙というテーマに先生は飛びつく傾向があるようです。
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 人類は夢とともに宇宙に飛び出して行く。そのときにはエネルギーも宇宙でつくることになり、発電所も宇宙に飛び出して行くことだろう。という前提条件のもと、宇宙に設置された宇宙発電所が展示のメインテーマ。しかし、その突飛な発想の飛躍のすごいこと。アカン、ついて行かれへん。離脱。
 松本ワールドに頭がクラクラしかけた頃、この設備の核心が見えてきました。PR館の一番奥で薄暗くなっているエリアにあるのが、関西電力の「原子力運転サポートセンター」という設備。大飯原発と隣町にある高浜原発の中央制御室をモデルとした2種類のシミュレータがあり、ここで関電社員が原発の運転業務についての訓練・教育を行っているそうです。したがって、運が良ければ関電職員が本物を忠実に再現した原発のシミュレーターで訓練をしている姿を、後から一般市民が「何やってるんだ?」ってノリで見物するシーンに出くわすこともあるそうです。
↓詳しくは関西電力の公式サイトをご覧ください。↓
http://www1.kepco.co.jp/wakasa/support/support.html
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 エルガイア大飯の向かいでは、また新しい施設が建設されようとしていました。突飛な飛躍ばかり目立つ、このうみんぴあ大飯。もう少し、幅広い客層を集める施設を造った方がいいですよ。と思っていたら、どうもこちらは道の駅だそうで、今回は少しはまともな方向に進んでいるようです。
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 そして、次はこちらの建物。なんと、リゾートホテル。2009年10月にオープンした、全室オーシャンビューの客室で、露天風呂や薬湯、タラソテラピープール等を備えた多彩なスパ&プール、地元の海の幸・山の幸が堪能できる創作料理レストランなどがあるそうです。
 長時間滞在できないおおい町で宿泊するほどの吸引力は無く、稼働率は…。どうも、原発関係者をあてこんでいたという説もあります。温浴施設は温泉ではなく、ただの風呂。苦しいでしょうね。
 その奥にはヨットハーバーもあります。どこまでおお風呂敷を広げるつもりだったのでしょうね。
↓詳細はうみんぴあ大飯公式サイトをご覧ください↓
http://www.uminpia.com/
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 ここにはヨットハーバーと並んで桟橋がありまして、「青戸クルージング」という遊覧船も就航していました。所要時間45分で運賃1400円。正直なところ乗る価値の無い遊覧船ですが、あの事件以降、海から大飯原発を望むことができる貴重な交通機関として見物目的の客が集まっているそうです。
 この船に乗って、私も関西電力大飯原子力発電所を目指します!(続く)

テーマ:一人旅 - ジャンル:旅行

2012夏 若狭湾への旅5・大飯の街を歩く
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8月26日に行ってきました若狭湾の旅。第5回の今回は原発再稼働で揺れた街、福井県おおい町の散策の模様をお届けします。
 敦賀から電車に揺られて2時間弱、今回の旅の本命である福井県おおい町の中心・JR若狭本郷駅に到着しました。福井県おおい町は福井県南西部の町で人口約8500人。2006年3月に隣接する遠敷郡名田庄村と大飯郡大飯町(読み同じ)が合併して、「おおい町」となりました。旧大飯町時代の人口は約6400人。
 かつては農業・漁業がメインの寒村でしたが、1970年代から原子力発電所誘致に成功し、財政力指数が全国市区町村で10位以内の常連となったことから、財政が豊かとなった旧大飯町は様々な整備が行われ、上水道、下水道、ケーブルテレビおよびブロードバンドインターネット接続の世帯普及率100%を達成するほどの充実した町となりました。その豊かな財政力で、町内には豪華な公共施設が続々と建設されたそうです。大飯原発の再稼働でその名を全国に知られるようになった、おおい町がどんな街なのか。原発を訪ねる前に散策して見ることにしました。
 いきなり、豪華な駅舎のお迎えに驚きます。さすが、原発の街と思いきや、この駅舎は1990年に大阪で開催された国際花と緑の博覧会(大阪花博)で展示された「風車の駅」を移築したものだそうで、意外な経緯に驚きます。この駅はおおい町観光協会が駅管理及び窓口業務を受託する簡易委託駅になっています。
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 この街には電源立地交付金(いわゆる原発マネー)が投下されています。駅から舞鶴方面に少し歩くと人口6500人の街に見合わない立派な体育館や野球場など「プレーパーク大飯」があります(画像はおおい町ホームページより)。
 野球場は観客席1,000席、人工芝が張られ、照明設備(6基)もありナイターも可能。両翼97.5m・中堅122m。プロ野球の試合でもするつもりだったのでしょうか?
 体育館はバレーボール(3面)/バスケットボール(2面)/バドミントン(7面)/ハンドボール(1面)のスペースが利用可能な大型設備。冷暖房設備・放送設備・コインロッカー・シャワールーム完備。
 格技場は剣道・レスリングなどの他にバドミントン(3面)・バレーボール(1面)等が可能。こちらも冷暖房設備・備品・音響設備・コインロッカー完備。
 テニスコートは砂入り人工芝の本格的コートが6面。すべてのコートに照明設備完備で夜間もプレー可能。グラウンド面積:21,227㎡の多目的グラウンド。陸上競技をはじめ、野球・ソフトボール・サッカー・などが楽しめるそうです。夜間照明完備でナイター利用も可能。
 都市部の住民が見たら、うらやむことでしょうね。そもそも、人口8000人ほどの街にここまでの大型施設は必要なのでしょうか。
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 そして、こんな立派な図書館もあります。おおい町立大飯図書館。館内には約5万冊の本が所蔵されているそうです。この建物には歴史資料館に美術館もあります。図書館はまだしも、他の施設は平日にどの程度の来館者がいるのでしょうか。
 そして、自称図書館探検家の私は図書館サービスも気になります。開館時間が9:00~18:00、貸出冊数10冊は、最近の公共図書館としてはごく平均的。近隣自治体在住者にも貸し出しを解禁している点は評価できますが、利用者サービスに原発マネーの恩恵は反映されていないように思います。ただ、隣接の高浜町や小浜市にも公共図書館があり、小浜には市立に加え県立図書館の分館もあることから、図書館の利用環境は比較的恵まれているエリアと言えます。こんどは、国道27号線を小浜・敦賀方面に進みます。
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 いよいよ、今回の旅の目的地が見えてきました。関西電力大飯原子力発電所です。道路標識では原子力発電所は「原発」ではなく、福井県では「原電」と表記されるようです。この表記は敦賀市内でも見かけました。
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 この橋を越えて10㎞程進むと関西電力大飯原子力発電所に着きます。しかし、今回は陸路では行きませんでした。実は大飯原発が再稼働を始めた際に大飯原発前で関西電力と反対派市民が衝突する事件があり、態度を硬化させた関西電力は、関電の私有地である大飯原発敷地内を完全封鎖してしまい、一般人の進入が不可能になってしまったためです。
 このなかには大飯原発のPR館である「エル・パーク・おおい」があり、今回訪問予定だったのですが、7月上旬に休館になってしまい、8月上旬に関電側に電話確認すると「再開の予定は未定」とのこと。バスで目の前までは行けるのですが、カメラを構えると警備員が飛び出してくるなどの情報もあり、原発の撮影ができない以上、断念することになりました。
 しかし、ここまで来て諦める私じゃありません。別ルートから大飯原発へアプローチすることにしました(続く)。

テーマ:鉄道旅行 - ジャンル:旅行

2012夏 若狭湾への旅4・若狭湾のイニシアティブ
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 8月26日に行ってきました若狭湾の旅。第4回の今回は若狭湾の交通事情の考察と、そこから見えてくる問題に関する話題です。
 敦賀12:20分発の東舞鶴行で小浜方面へ向かいます。JR小浜線は、福井県敦賀市の敦賀駅から京都府舞鶴市の東舞鶴駅を結ぶ84.3kmの鉄道路線です。1970年代から若狭湾沿岸部の嶺南地区を中心に電化を求める声が強かったことから、2000年7月から電化工事に着手し、2003年に電化されました。
 新しい電車が走るので期待していたのですが、正直なところ乗り心地はイマイチでした。とにかく路盤の状況が悪いんですよね。揺れがかなりひどい印象を持ちました。保線作業までをコスト削減で疎かにしてしまったJR西日本のローカル線らしいといえば、そうなのですが。
 こんなローカル線にも原発マネーが投入されています。前述の電化工事に際しても、総事業費は約101億円で、福井県が27億5700万円、沿線の8自治体が13億7800万円、京都府と舞鶴市で1億8000万円を負担。残りの約57億円の民間負担のうち、若狭湾に原子力発電所を持つ関西電力・日本原子力発電と敦賀市を管轄する北陸電力が合計54億円を福井県に寄付したそうです。
 しかし、電化費用を抑えるため変電所の数を通常より減らしたことからスピードアップができず、駅の分岐器にはスプリングポイントなども残るうえ、制限速度25km/hの区間があるなど線路の規格が悪いため、電化効果は限定的だそうです。
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 敦賀市街地を離れると目に飛び込んでくるのは、建設中の高速道路。既に小浜まで開通している舞鶴若狭自動車道を敦賀の北陸自動車道に接続させるための延長工事が進んでいました。海水浴シーズンの国道27号線の大渋滞はひどいものでしたが、高速道路が開通すれば地域の自動車交通事情は大幅に改善されるものとみられています。同時に遅い・本数の少ないJR小浜線が更に苦境に立たされることでしょう。
 この舞鶴若狭道、地元の人には非常時の輸送経路として待望の高規格道路になるのでしょう。小浜から舞鶴・福知山・丹波篠山を経由して吉川で中国自動車道に接続する経路ですが、その吉川は兵庫県三木市、神戸の更に西に位置します。大阪・神戸の大都市や、沿線の篠山・福知山・舞鶴には合理的なルートですが、伝統的に京都への流動が大きい若狭湾沿岸地域には、恩恵を十分に得られない気もします。都市部主導の論理が優先され、地域の論理が蔑ろにされている印象を持ちます。
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 上中駅付近に、こんな看板が立っていました。「琵琶湖若狭快速鉄道の早期実現!」。
 鯖街道に代表される京都・大津と小浜とのつながりは古代からのもので、明治時代に鉄道が開通すると、この地域を鉄道で結ぶ計画も明治30年代から浮上。1920年(大正9年)に江若鉄道が設立され、翌年に滋賀県の三井寺下~叡山間6kmが開業。10年後の1931年には浜大津~近江今津間51kmが開通するも、そこから先は建設費用の枯渇と県境を跨ぐ人口希薄地帯であることから断念。しかし、福井県若狭地方への鉄道延伸は1922年公布の改正鉄道敷設法に盛り込まれ、戦後は国鉄にその計画を引き継がれます。1962年(昭和37年)に大阪と北陸方面を結ぶ短絡線として国鉄湖西線建設計画が浮上すると、経路がほぼ並行する江若鉄道は路盤を買い上げて転用することで決着し、江若鉄道は1969年10月限りで鉄道事業を廃止し、1974年(昭和49年) 7月20日湖西線が開業。しかし、若狭への鉄道計画は国鉄の経営悪化によって計画がとん挫したまま、現在に至ります。
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 地図を見て、いつも思います。なぜ、若狭湾沿岸地域は福井県なのかと。そして、この地域のイニシアティブの弱さも痛烈に感じます。同じ福井県なのに言葉も東北弁の様な越前弁とは違い、完全な関西イントネーション。地元の人の志向も京都・大阪方面に向いています。電力会社も敦賀市以外は関西電力管内。でも、福井県に属することになったのは、地域の政治力や経済力の絶望的な弱さが影響しているのでしょう。
 このエリアが滋賀県又は京都府だったら、果たしてどうなっていたのか。近江今津への鉄道だってとっくに開通していたことでしょう(画像はJR小浜駅の給水塔)。歴史を紐解くと、1876年(明治9年)8月21日から1881年(明治14年)2月7日までの4年半は、滋賀県に属していた時期があります。しかし、それが短命で終わった理由は福井県独立闘争に巻き込まれてしまったからです。当時、石川県の一部に編入されていた現在の福井県嶺北地方では不満が多く、福井県の独立を狙うも単独県として独立するには規模が小さい事から、強引に敦賀+若狭の嶺南地方を編入することで独立させてしまい、現在の行政区分ができあがってしまいます。福井県も若狭地方へ格差是正の対応は行ったようですが、現在も地域格差は残ったままです。
 福井・滋賀・京都、どの府県に属しても周辺部扱いとなる若狭湾沿岸地域。原発銀座など県都や都市部に搾取される運命にあったのかもしれませんが、生活圏・文化圏を分断されることが、地域の発展に大きな支障を来しているのは、この地域の実情を見ると分かる様な気がします。
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 現在も近江今津~小浜間は「若江線」として、西日本JRバスによる運行が続けられています(画像はJR小浜駅前にて)。このバス路線は前述の江若鉄道からの伝統ある路線ですが、同時に若狭湾と滋賀県を繋ぐ象徴的な存在でもあります。地域格差が固定化された現在、鉄道敷設は夢物語で終わりそうです。
 鉄道や自動車が普及する以前の時代、若狭湾で取れたサバを小浜から徒歩で京都に運んだ道・鯖街道。サバに塩をまぶして夜通し京都まで運ぶとちょうど良い味になることから、運ぶ人達は「京は遠ても十八里」と唄いながら寝ずに歩き通したと言われています。鯖街道を通じ、いまだに地域間の結束は強いのですが、その距離感は時代が変わっても縮めることができませんでした。
 若狭湾沿岸地域が得られなかったイニシアティブ。それを握る出来事が2012年夏に形を変えてやってきました。魚や鯖寿司を食べることなく、小浜を通過し更に西へ。その現場に向かうことにします(続く)。

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2012夏 若狭湾への旅2・敦賀市内散策(下)
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 8月26日に行ってきました若狭湾の旅、第3回は先回に引き続き、敦賀市内散策後編の模様をお届けします。今回、敦賀市内の散策を行ったのは、約2時間のJR小浜線の電車待ちの為だったのですが、旅のテーマにちなみ、原発関連施設を訪問して見ることにしました。敦賀市内には各所に原発関連施設があるのですが、そのうち駅から歩いて行ける施設を訪ねます。
 敦賀駅から駅前通りを通り、国道8号線の交差点(白銀町)の立派な平和堂を過ぎて、国道8号線の一本裏通りを進みます。裏通りですが、4車線道路と立派です。太平洋戦争末期の敦賀空襲で市街地が焼失し、戦後の都市計画で作られたと思しき道路ですが、街の規模や交通量を思うとアンバランスさを感じます。
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 「駐車禁止」の標識は全国各地にあり、珍しくも何ともありませんが、気になったのはその下の補助標識。同じ道なのに方角別に規制対象期間が北行き車線は「奇数月」、その反対側(対向車線)の南行き車線には「偶数月」とあります。同じ道路で「8-20」(8時から20時まで)や「日曜・休日は除く」など、時間や曜日等を指定するモノはありますが、月によって駐車禁止規制が実施・解除される道路というのは非常に珍しいかと思います。
 敦賀へ行ったのは8月。だから、画像のタクシーの駐車は合法というわけですね。でも、バス停から半径10m以内は駐停車禁止ですから、厳密には駐車違反となります。
 敦賀は交通において興味深い光景が各所で見られます。これだけ見るだけでもモノ好きには楽しい街です。
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 そんな道路を過ぎた先に、お目当ての施設が見えてきました。「アクアトム」です。アクアトムは海をテーマに科学技術を体験し、エネルギーを学べる施設として、日本原子力研究開発機構が2001年6月に開館した原子力発電PR施設の一つです。敦賀市には敦賀原発と高速増殖炉もんじゅがあることから、このような原子力関連のハコモノもといPR施設が複数あります。外観の一部が東京のフジテレビ社屋に似ていますね。
 こういう施設にはワクワクするので早速突入したいのですが、日曜日の午前11時だというのに施設周辺には人の気配が全くありません。とりあえず入ってみよう。入口のエスカレーターに鎖がかかっており運転を止めていす。これは、最近はやりの「節電の一環」だと思っていたら、その脇の掲示板の内容に愕然。
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 3月31日で閉館。
 やってくれるじゃないか、日本原子力研究開発機構よ。ていうか、私の事前調査不足だったわけですが。昨今の行政改革とやらの一環で無駄なハコモノ事業への批判が高まり、敦賀市の「もんじゅ」のPR館(エムシースクエア)共々、平成23年度末で閉鎖されたそうです。 そもそも、同機構が全国で運営する展示館9施設には2010年度で計約5億2千万円が支出されながら、収入は計約1700万円しかない大赤字となっていたそうで、閉鎖はやむを得ない状況だったようです。その補てんは…もう、お分かりですよね。ちなみに、機構には国から2010年度に1810億円の交付を受けていたそうです。
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 また、天下り役人OBを派遣し「会費」名目で地域の諸団体に支出し、地域住民との交流という名の懐柔をしていた事も明らかになっています。その予算が2010年度は約8600万円。しかし、2012年度は9割超削減して約360万円・1法人への支出上限20万円とする方針が出たため、地域団体からの脱退が続出し、地域との関係が構築・維持できないと判断したのでしょう。

 正面玄関に立つと「閉館」されているのに、なぜか玄関のドアが開きましたので潜入します。すると、管理人さんと思しき人が出てきたので軽く挨拶。「施設は閉鎖しているが、ギャラリーでパネルの展示をしている」とのこと。1階部分だけは見物できるとのことですので、5ヶ月前に閉館した施設を一部だけですが見ることができました。
 この施設は、どちらかというと子供向けの施設だったそうです。吹き抜けにそびえる、12mの高さを誇るボールタワー。高所にあるボールの持つ位置エネルギーが、さまざまなエネルギーに変換されることを表現しており、ボールが上から下へ転がりながら、途中で音が鳴り、水車が回り、アトラクションが作動して、見る人を楽しませていたのでしょう。よく、電気や科学系の展示館で見かけるアトラクションです。
 せっかくですので、ギャラリーにも顔を出してみましょうか。
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 ギャラリーの展示はこんなパネルがズラリと並んでいるだけ。
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 原子力機構の関わる化学技術や地元企業が誇る技術の展示をしているのですが、薄っぺらくて中身の無い展示でした。そもそも、このような展示はパネル1枚で収めようとすること自体に無理があります。企画力が欠如しています。館内が涼しかったのは救いでしたが、展示内容の寒さには残念な思いがしました。もちろん、私以外に見学者の姿はありませんでした。

 アクアトムの建設費は約27億円。ギャラリーでの展示会や科学教室が行われていたそうです。入場料無料ということもあって、年間入場者は約8万人いたそうです。入場料収入が無いので、年間の運営経費は約1億円かかる、いわゆる金食い虫施設だったわけですね。
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 1階のインフォメーション跡地でしょうか。
 この施設の目玉は「ロボットシーラカンス」だったそうです。海洋開発・深海探査技術開発の過程で生れた、推進・姿勢制御技術等を応用したもので、そのリアルな動きに、見物者は驚かされたそうですが、同時に複雑な構造から故障も多かったそうです。また、この階にはライブラリーがあり、海に関する情報検索装置や海の映像と静かな音楽でリラックスできる「ヒーリングライブラリー」もあったそうです。
 2階のアトムゾーンでは、来館者の手の振りに反応するインタラクティブ解説映像による「原子とエネルギー」の他に「人とエネルギー」「地球とエネルギー」について解説展示があり、「しんかい6500」をモデルとした「つるが9000」による深海探査体験や、自分でデザインした魚を泳がすことができる「デジタルアクアリウム」、大型映像とモーションベースで海底遊園地を冒険できるライド型シアターなどで構成されていたそうです。
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 3階「デジタルワークショップ」では、パソコンや編集機器を利用して、ビデオ編集・画像編集・音楽編集・ホームページ作成などが無料で行なえるようになっていたそうです。こういう設備、最近では図書館での設置が増えていますが、パソコンのウイルス感染への懸念やソフトのヴァージョンアップ頻度に対応できず、USBメモリー使用禁止など利用用途が制限されたり、短期間で利用停止になるケースが多く、機能していない施設が多々あります。この施設でもどの程度稼働していたかは疑問です。
 最上階は「アクアトムビュー」という展望設備があり,地上30mにある球体の展望室から敦賀市の景色を眺めることができたそうです。高台じゃないので、展望はあまり期待できなかった気もしますけどね。
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 原子力機構は今後のあり方について「産学連携を中心としたの施設」として敦賀市に売却することを視野に交渉していたそうですが、2012年8月末に敦賀市は「購入したとしても維持管理費がかかり、支出を市民に説明できない」と難色を示し、機構は土地建物の売却を断念することになったそうです。今後、譲渡先が決まらない場合は建物を解体することもあり得るとのこと。敦賀市も無駄なハコモノを押し付けられても困るわけです。建物解体の場合もその資金は税金。気が重くなりますね。
 産学連携と言うのは簡単ですが、短大や大学が少ない地域でどんな連携をするのでしょうか。役所や天下り法人の考えることには、想像力が欠落しています。
 アクアトムを後にして、国道8号沿いの気比神宮にお参り。日本書紀にも掲載されるほどの古い神社で、北陸道総鎮守・越前国一宮として崇敬される敦賀を代表的する観光スポットです。
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 気比神宮から国道8号線経由で敦賀駅へ戻ります。途中に日本原子力発電の敦賀本部。1階はギャラリーになっており、この日は絵画の展示会が行われていました。

 今回は時間の都合で回れませんでしたが、敦賀で行ってみたい施設は「敦賀ムゼウム」。ナチス・ドイツの迫害により欧州各地から逃れてきたユダヤ人の難民に対して、リトアニアのカナウスにある日本領事館にいた杉原千畝が外務省の指示に反して大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救った人道的な話は有名で、難を逃れた避難民は敦賀を経由して、アメリカや上海に逃れたそうです。展示内容が非常に充実しているとのことですので、機会があれば是非行きたいです。
 鉄道資料館も行きたかったし、魚やラーメンも食べたかった。2時間では足りな過ぎる。敦賀、また来ます(続く)。

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