名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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2012年9月を送る
 いつも弊ブログをご覧いただきありがとうございます。
 9月は前半は8月までの猛暑が続き、どうなるものかと思いきや、秋分の日を過ぎると急激に過ごしやすい気候になりました。この時期雨が1回降る度に涼しくなるのですが、秋の長雨は来ないまま収穫の秋に突入しようとしているようですね。

 さて、恒例のおアクセス分析ですが、今月は久しぶりに47都道府県すべてからのアクセスを頂きました。ありがとうございます! 都道府県別では、愛知県がダントツ1位ですが、シェアが52.5%と史上最低記録更新。もっと、各地からのアクセスを頂けるように記事の拡充に努めます。続いて岐阜県・東京都・三重県・大阪府・長野県・静岡県・富山県・神奈川県・沖縄県の順でアクセスを頂きました。長野県は現在長野特集を公開しているので、その効果かもしれません。三大都市圏以外の地域で静岡・富山・沖縄の3県が食い込んできたのは興味深いところです。
 静岡県は8大都市を抱える県を除くと人口が最も多い県。豊橋在住時は良く足を運びましたが、随分御無沙汰しています。9月は浜松の遠鉄バスまつりに参戦したかったのですが、自宅が雨という理由で中止してしまいました。現地は晴れていたそうで、大いに悔やむ結果となりました。静岡は2ヶ所ほど行きたい場所がありますので、近々攻めたいと思います。
 あと気になるところでは沖縄県。いつか絶対に行きたい地域です。特に今話題の普天間基地は、ぜひ見に行きたいです。生活の場と米軍基地が隣り合わせという環境。テレビの映像を見るだけでも背筋が凍ります。一人でも多くの国民が見に行かねばならないと思います。

 まずは在庫の古いレポートの早期公開、続いて特集、又特集と構想は山の様にありますが、管理人の筆不精で遅れることでしょう。ドラゴンズについて、言いたいことが山のように湧いてきましたので、シーズン回顧特集もやりたいですが、結構気まぐれですので、気長に待って下さい。m(_ _)m。
 10月中には30万アクセスを達成するはずです。1日アクセス数300件以上と毎日更新を目標に更新に励みます。身辺がバタバタしていますが、今後ともどうぞ御贔屓に。
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テーマ:ブログ - ジャンル:ブログ

今池エレジー2
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 名古屋で一番好きな街・今池。その今池が近年寂しくなっている姿を追う記事を以前弊ブログで取り上げました。

今池エレジー
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-914.html
 その後、進展がありましたので、再び取り上げます。
 名古屋には名古屋駅・栄の地下街の他にも地下街が存在しています。その中で伏見と並んで古参の地下街だった地下鉄東山線の今池駅と千種駅の地下街が来年3月末で廃止されることが明らかになりました(画像は2012年9月16日中日新聞朝刊より)。
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 長さ100mにも満たない小さな「地下街」は1960年(昭和35年)の開業で、現在は「株式会社名古屋交通開発機構」により管理運営されています。店舗の区画は大小合わせて16あるのですが、昨年秋の時点でクリーニング店、喫茶店、宝石店、書店、靴修理店の5店舗しか営業していない状態でした。そのうち、靴修理店を除く店舗が今年3月までに撤退してしまいした。
 名古屋の場合、近年は名古屋駅への一極集中が問題となっています。栄地区ですら影響を受けているのですから、その動線上に位置する今池や千種はもろに影響を受けるわけです。
 特に今池が不幸だったのは、今池の回遊ルートに地下街が合っていなかったのが致命的で、早い時点から衰退しており、最近は雨天時にボトムラインへ行く際の通路として歩く程度の存在価値しかなかったのは事実です。
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 この日の中日新聞社会面には、この地下街で宝石店を経営していた方のコメントが掲載されていました。今思うと、良く宝石店を運営できたものだと思います。それだけ今池の街に集客能力があったわけです。しかし、市街地の拡大・郊外化、更には商店主たちの意識改革の遅れが負の相乗効果となって商業が衰退し、中心部の地盤沈下が進むと共に住人の高齢化から都市部に「買い物難民」が大量発生するなど、新たな問題につながっています。

 名古屋には、このようなミニ地下街が他にも金山と上前津にあります。上前津は早い時点で地下街が消滅しましたし、金山も繁盛とは程遠い状況です。ミニ地下街の消滅。そこには名古屋が抱える新しい課題が浮き彫りになっているように感じます。根本的には地下街事業そのものへのビジョンの無さも指摘すべきでしょうが、「時代の流れ」と安易に斬り捨てる出来事ではないように感じます。

テーマ:名古屋・愛知 - ジャンル:地域情報

うるさいテレビCMが多い原因は?
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 テレビを見ているとCMがうるさく感じる人、私だけじゃなかったのだと思うのがこのニュースです。番組からCMに切り替わる瞬間や、チャンネルを変えた瞬間に突然音が大きくなる感覚があり、リモコンの音声ボタンを押してしまうことがあります。逆にCM明けに音が小さく感じることもありました。この問題について、民放では10月から、NHKも来年春から音量を一定にする基準を導入することになったそうです(画像は2012年9月4日中日新聞朝刊より)。
 名古屋では数年前、ローカルCMで某賃貸不動産会社のCMについて「急に音が大きくなる」「やかましい」などの苦情が放送局に相次ぎ、中日新聞が取り上げたことを記憶しています。
 このような現象が発生する原因は、
・番組では現在もアナログ音声のものが多いが、CMではステレオ音声のものが圧倒的に多く、そのアンバランスさによる。
・番組はモノラル音声だが、CMに入るとステレオ音声に切り替わり音質が上がるため、視聴者が音声が大きくなったように感じやすい。
・CMでは視聴者にインパクトを付けるため、意図的に周波数の高い音を使用しており、音量は一定に設定しているが、音の性質上、視聴者は音が大きくなったように感じやすい。

などの要因があるようです。
 個人的見解ですが、名古屋では中京テレビで特にこの傾向を強く感じます。提供クレジットを読むときのBGMや、ローカル番組でのナレーションの音響効果やBGMでは、他局に比べて明らかに高音を多用する傾向があり、やかましさを感じます。同様に感じるのがCMの無いNHK。定時ニュース終了直後の番組や歌番組の予告などで、いきなり音が大きくなったように感じることが多々あります。

テーマ:CM - ジャンル:テレビ・ラジオ

名古屋港水上バス無断運休事件
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 名古屋港ガーデンふ頭から名古屋港にあるフラワーガーデン「ブルーボネット」を結ぶ水上バスが、今年5月から運行されていないことが明らかになりました。この水上バスは定期航路ですから、許可なく運休や廃止することができないのですが、運行会社は監督官庁である国土交通省中部運輸局へ届け出をせずに無断で行ったことから問題になっています(2012年8月30日朝日新聞朝刊より)。
 中部運輸局は運行を確保するように命令を出しているそうですが、運行している兵庫県の会社からの反応はないそうです。9月に聴聞会があり、それに出席しない場合は事業許可を取り消されるそうです。

中部運輸局海事振興部プレスリリース(2012.8.29)
有限会社神戸リゾートラインに対する「運航確保命令」の発出について
http://wwwtb.mlit.go.jp/chubu/kisya012/kaishin120829.pdf

 水上バスの公式サイトを検索しても、現在は個人ブログにつながってしまいます。正直なところ、夜逃げじゃないかなという気もします。水上バスは毎週月・火曜が運休で、1日9往復。定員28名で片道運賃500円。全便満席で1日の売上252,000円。乗車率50%で126,000円、同30%で75,600円。おそらく、利用者数が相当少なく、悲惨な運営状況だったのかもしれませんね。過去に名古屋港と金城埠頭を結ぶ水上バスに乗りましたが、あちらも悲惨な状況したからね。その時の模様を弊ブログでも取り上げました。
 ↓その模様です。↓
弊ブログ「名古屋港の水上バス」
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-966.html

 そもそも、「ブルーボネット」は中部電力が創立50周年事業として、新名古屋火力発電所の緑地の一部を庭園として整備し一般開放したものだそうです。ということは、中電が来場者輸送にも一枚噛んでいるのだろうと考えてしまうのですが、ここまで事態が進むのは中電が場所だけを提供するにとどめ、水上バスの運営については一切ノータッチだったみたいですね。
 現在、ブルーボネットへのアクセスは名古屋港から10分で行けた水上バスが無くなったため、金山・神宮前・新瑞橋から市バスで30分揺られるのだそうで、行くだけでもちょっとした小旅行ですね。来場者が減ってしまわないか心配ですが、中電は本業がそれどころじゃないのが現実みたいですね。
 同時に海上交通や水上バスなど、水上交通機関の運営の難しさも感じます。名古屋で水上交通は定着できるのでしょうか。

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

東海ラジオの2012年10月改編
 凋落が著しいラジオ。しかも、地方のラジオは厳冬の時代が続いていますが、2012年10月改編でも激震が起ころうとしています。東海ラジオが改編情報を公表しましたので、思うことを少し。
【参考】東海ラジオ公式サイト「2012年秋の改編情報【仮】」
http://tokairadio.co.jp/t_table/2012_10.pdf

【東海ラジオ深夜の自社制作大幅縮小】
 「ミッドナイト東海21」を終了。「ミッドナイト東海」以降、40年以上続いた伝統の平日深夜自社制作枠を大幅に縮小し金曜日に集約。深夜1:00~3:00は文化放送の「リッスン」をネット。つまり、月~木曜の24:00~5:00は文化放送の番組垂れ流し状態となります。
 本来なら、これを機にニッポン放送の「オールナイトニッポン」をCBCから奪還して、これまた40年以上続く放送ネットのねじれ現象を解消せよという意見も散見されますが、大人の事情の問題解消は難しいようです。なぜなら、東海ラジオが1970年代にニッポン放送からのネット要請を断っており、ニッポン放送がCBCにネット依頼していることや、スポンサー収入のあるオールナイトニッポンをCBCも簡単に手放すはずが無いためです。今はオールナイトニッポンよりTBSの「JUNK」の方が勢いがありますが、あちらはスポンサー無しですからCBCが飲むことはないでしょうね。
 ところで、10~20歳代の若者は深夜放送を聴いているのでしょうか?今はナイナイのANNとJUNK伊集院光の深夜の馬鹿力程度しか聴いていませんが、投稿リスナーが軒並み30歳代というのは、ラジオにとって非常に厳しい現実だと思います。

【「モルゲン!!」朝6時スタートに繰り上げ】
 私が熱視線を送り続けている平日の朝ワイド番組。「毎日が最終回」が裏キャッチコピーのせいもあり、改編期になると毎回「2ちゃんねる」には打ち切りの情報が流れていましたが、まさに首の皮一枚で改編突破。しかも、スタート時間が30分繰り上がるそうです。
 もともと、名古屋のAMラジオ朝ワイド番組は東海ラジオが6:30、CBCは7:00スタートでした。CBCは「歌のない歌謡曲」など箱番組を消化せねばならず、朝ワイド番組のスタート時間繰り上げができませんでした。スタートが30分早い東海ラジオは、これを武器にリスナーを確保していたのですが、近年は番組制作サイドが勘違いしており、ダラダラ曲をかけたり、生電話つないで正解者のなかなか出ないクイズをするなど、その武器の優位性を自身で否定する後向きなワイド番組が続きました。
 その間に徐々に朝の箱番組を整理していたCBCが2007年10月から「多田しげおの気分爽快!!朝からP・O・N(通称:朝PON)」のスタート時間を東海ラジオに合わせて6:30に繰り上げ。これで東海ラジオはCBCにリスナーを根こそぎ持っていかれる状況が続いていました。番組が「モルゲン!!」に変わっても状況は変わっておらず、番組での源石アナの発言によると、聴取率ではCBCはおろか、NHKにも負けているようです。
 再びCBCより30分早いスタートになる東海ラジオ。しかし、CBC同様に箱番組を内包しているかもしれませんので、あと10日ほど待って蓋が開くのを待つことにしましょう。アシスタントの原稿読みとコメント内容の薄さは改善して欲しいですけどね。
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【「中村こずえのサウンドピクチャー」平日に移動】
 今回の改編で一番残念な点です。ニッポン放送制作の番組で日曜深夜に放送されている番組。曲の選曲や旅情を掻き立てる中村さんの語りが睡眠誘導剤のような効果を出してくれる、深夜の癒し系番組で個人的にお気に入りでしたが、本当に残念です。

 ラジオの凋落が続いて久しいですが、特にラジオ単営局の経営はどこも苦しいようです。東海ラジオも例外ではなく、今年3月決算で2年ぶりの黒字を達成している状況です(画像は2012年5月30日中日新聞朝刊経済面より)。しかも、純利益1,100万円はギリギリの数字です。
 ラジオ局は経営が苦しくなると、自社制作番組を大幅に縮小してネット番組主体となります。近年では大阪のABCラジオが夜の自社制作番組を打ち切り、東京の番組で揃えてしまいました。自社制作路線を重視している東海ラジオもこの流れに乗ってしまいそうで心配です。

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2012ぎふチャンラジオまつり
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 9月16日、JR岐阜駅前の「じゅうろくプラザ」で行われた、ぎふチャンラジオまつりに行ってきました。昨年は仕事の都合で行けず悔しい思いをしましたので、2年ぶりとなります。Yahoo!で「ぎふチャンラジオまつり」と検索すると、岐阜放送の公式サイトに続いて弊ブログの記事が出てきます。2009年、2010年に続き、今回もその模様を画像満載でお届けします。
 このイベント最大の魅力は、写真撮影自由。番組出演者も会場内に出てきてくれますので、サインも自由に貰えることです。そして、お客さんであるリスナーがとにかく濃い!!お客さんが生き生きしている。どこまでも自由な、最強のラジオイベントだと自信を持って認定します。
 テレビクルーも取材に来ていました。もちろん、岐阜放送独占です!
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 今年のテーマはみんなで「大」「感」「動」。ぎふ清流国体を背景に運動をテーマに番組対抗でゲームやクイズに挑戦する企画が盛りだくさんでした。ゲームの一つが長縄飛び。番組出演者に加え、あらかじめ募集していたリスナー代表の方が数人加わります。人数が足りないと、「誰か参加して下さい!」とお客さんに助っ人要請。すると、俺が俺がとリスナーが次々とステージに寄って来るからすごい!岐阜放送の出演者はベテランばかり。40歳代が若手扱いですから、こういう企画ではとんでもない光景が期待できます。
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 月金ラジオ2時6時&昭和がらくた堂チーム。

早苗さん、本当に挑戦するのですか?

本地アナ、本当に挑戦するのですか?


 本当に大丈夫なのか??まさに限界への挑戦です。
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 恐怖の瞬間。平均年齢55歳のチャレンジです。何と、1回も飛べずに終了。大爆笑の後で温情で再チャレンジするも結果は1回。すごいチャレンジでした。ちなみに、この大縄跳びで優勝したチームの記録は2回。たった2回飛んだだけで優勝です。凄まじき低レベルな争いです。
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 さて、ステージで始まりましたのは「昭和がらくた堂」。私が良く聴いている「月金ラジオ2時6時」金曜日の名物コーナー。私の大好きなコーナーです。いつも通り、オカダミノルさんと茶畑和也さんのトークから始まります。すると…
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 舞台の袖から千葉ロッテマリーンズのレプリカユニフォームを着てバット振り回してやって来たオッサン。決して、柳ケ瀬を歩いているチンピラや酔っぱらいのオッサンではありません。
 恐れ多くも岐阜のメディア王、岐阜新聞・岐阜放送の会長である杉山幹夫さんです。
 岐阜放送創立時から経営トップとして岐阜放送を引っ張って来た方です。この番組では月1回登場し、岐阜放送テレビ「昭和がらくた劇場」では、元新聞記者のスーさん役として登場しています。メディアの経営者って、経理畑の人が多く現場には疎い人が多いですが、杉山会長は現在も時折、生放送に乱入したり、政財界人を招く番組では司会を買って出るくらいの現場大好きなメディア経営者です。
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 背中に書いてもらった元千葉ロッテ監督のボビー・バレンタインのサインを自慢し、「(ボビーとは)友達」と交友の広さを自慢。次にイチローから貰って岐阜県に寄贈したというバットを自慢。養老町にミズノのバット工場があって、プロ野球選手が多数使っているのは有名な話です。ここのバットを使っている選手として、岐阜新聞会長の口から「中日の井端も…」なんて、岐阜のメディア事情を知る者としては思わずドキッとする発言も飛び出します。会長の話は基本、自慢話中心なのですが、非常に面白いのは会長の昔話。今回も野球の話として会長自身が経験した「竹鼻町VS笠松町」いう、戦前の羽島郡内対抗のやり取りという、非常にディ~~~~プな話を聴かせてもらいました。
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 コーナー終了時には、ぎふチャンラジオまつりを記念して紅白餅ならぬ、紅白饅頭を観客に投げ込んだ杉山会長。もう、完全にやりたい放題です。しかも、このイベントはラジオで生放送。まさか、饅頭を観客に投げ込む光景を実況生中継することになるとは。恐るべし、岐阜放送。
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 他の出演者もしっかりと盛り上げてくれました。戸井康成さん。イントロクイズで不正解となり、罰ゲームとして往年のドリフのコントの様に金たらいを上から落とす、古典的な場面の瞬間。しかも、角に当たりたらいが凹むハプニングに大爆笑させて頂きました。
 今年春から岐阜放送に本格復帰した戸井さん。ぎふチャンラジオまつりも2年ぶりに復帰。これだけ弾けていた戸井さんを見たのは久しぶりでした。CBCでは絶対に見られない弾けっぷり。古巣に戻って来たから見られる戸井さんに、20年来のトイマニアの端くれとして「恩を仇で返す」笑いに感動させて頂きました。
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 そして、最後は恒例の「ぎふチャン音頭」で締めくくりです。今回は中濃民謡協会の皆さんに加え、ぎふチャンラジオ出演者・局アナ、更にはリスナーも多数紛れてのフィナーレです。ステージに限らず、観客席にも乱入です。
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 踊りの最中だというのに隊列に乱入し、踊りを強制中止させて戸井さんにサインを求める危険なKYリスナー。すごすぎる(笑)。岐阜のリスナーは本当に濃い!!CBCラジオまつりだったら、間違いなくスタッフにつまみ出されますよ(笑)。
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 さて、ファンの皆様。お待たせいたしました。今回もやります。本地洋一グラフィティ。
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 今回のイベントで100枚以上の撮影を行いましたが、やはり、その7割方は本地アナでした。
本地洋一ファンの端くれとして、その熱意は岐阜のベテランリスナーにも負けませんよ!
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 各パーソナリティ、青春時代の思い出写真も大公開。本地アナの写真はこちら。しかしまぁ、時代を感じますなぁ。上部に「新聞」の文字があったので、新聞の全面広告又は別刷りの様ですが、媒体名が消されているところ、ちゅうに…もとい、名古屋のドラゴンズ系新聞(岐阜放送的な表現で言うと)なんでしょうね。少し調べてみましたが、昭和45年頃のモノみたいですね。当時としては珍しいカラー印刷であるのも注目です。さて、本地アナはどこにいるのかな?
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 これはお宝だ!!ナウでヤングな本地アナ。本地アナにもスリムな時代があったんですね。しかし、どうしてデパートの広告に出ていたのでしょうか。おそらく、そういう活動をされていたのでしょう。さすが、本地アナ。目の付け所が違います。やっぱ、カリスマだわ。これからも応援します!

テーマ:ラジオ - ジャンル:テレビ・ラジオ

近鉄内部・八王子線存廃問題3
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 近鉄内部・八王子線の存廃問題について考えるシリーズの3回目です。先回は市街地側での路線延長の可能性について考えましたが、今回は郊外側の路線延長の可能性について考えます。
 内部・八王子線は1日1万人の利用があるといわれています。背景には沿線に高校が4校もある、ローカル線にしては非常に恵まれた環境があります。また、八王子線の終点・西日野駅から1.5km程のところに笹川団地という住宅団地があります。昭和40年代より東海地方では春日井市の高蔵寺ニュータウンに次ぐ規模として開発が始まり、現在は桑名市の大山田や名張市の桔梗が丘と並ぶ、三重県最大級の住宅団地の一つで人口や約12,000人。小中学校やスーパー・金融機関もあって、四日市市郊外で一大コミュニティを形成しています。
 この笹川団地への路線延長とLRT改造で復活できないのかという考察が今回のテーマです。

大きな地図で見る
 西日野駅と笹川団地の位置関係。
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 現在、笹川団地へのアクセスとしては内部・八王子線はメインルートとしては利用されておらず、団地の細部までアクセスする三重交通のバス路線が主導権を握っています。経路も複数あり、近鉄四日市駅から1時間に4本程度運行。四日市市内でも最も頻繁に運行されているバス路線の一つです。自宅近くまで直通する点はバスのメリットですが、四日市市街地は道路事情が悪く国道1号線日永付近で渋滞に巻き込まれることが多く、定時運行が難しいことが懸念されています。
 四日市市中心部から方角は同じなのに、鉄道とバスが共存しています。一応、鉄道とバスは住み分けしているように見えますが、何だかもったいない気がします。どちらかに統一することはできないのでしょうか。
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 三重県の大半の地域では「鉄道は近鉄、バスは三交」という住み分けが半世紀以上徹底しています。しかし、近鉄が内部・八王子線の廃止を提案する事態となった以上、近鉄との縛りにとらわれない四日市市南西部における公共交通の再編成を考える時期に来ています。鉄道とバスが小さなパイの取り合いを今後も続ける状況を継続するのは、鉄道主導とすべきか、バス主導とすべきか。意見が分かれるところですが、今回は鉄道を存続させる前提で考えてみたいと思います(バス代替についても別項で取り上げます)。

 それでは、八王子線西日野駅から笹川団地までの経路をたどってみます。
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 まず、西日野駅から目の前の天白川を渡ります。ちなみに、八王子線はこの先、天白川沿いに1.6km先の伊勢八王子駅まで線路がつながっていましたが、1974年(昭和49年)に天白川の集中豪雨による水害で日永~伊勢八王子駅間が休止となり、1976年(昭和51年)に日永~西日野駅間は復旧したものの、西日野~伊勢八王子駅間1.6kmは廃止されています。
 伊勢八王子への線路跡(画像のバスが走る道路)を使う手もありますが、LRTを走らせるにはやや狭いのと、笹川団地へは遠回りとなるので、川の対岸にある笹川団地への道につなげた方が良いかと思われます。ただ、新規事業として橋を架ける費用と対岸の用地買収が必要となることが課題となります。
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 天白川の南側には、日永方面から笹川団地方面へ向かう片側2車線の幹線道路があります。LRTを走らせるには問題ない広さです。しかも、すぐ脇を川が流れていることから、線路をまたぐ右折(北進)車両は少ないというのも魅力です。
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 笹川団地内に経路については2案あります。まずは中心部への棒線経路。旧伊勢八王子駅近くまで西進し、笹川団地のメインストリートを南進して公団住宅辺りを終着点とする経路です。団地内の道路も片側2車線の広さがあるため、LRTを走らせるに問題はありません。
 ただ、笹川団地でも一部地域の人しか利用できず、外縁部の住民は電停まで10分近く歩く必要のある人も出てくるかと思います。LRTの延長開業でバス廃止されることとなれば、交通事情は悪化が懸念されます。
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 もう一つは外周道路を用いて、終端部ループ路線にする経路です。これですと笹川団地外縁部の住民もLRTを利用できるようになります。ただ、外周道路に軌道を敷設する場合は、現在クルマとうの相互通行が可能な外周道路を一方通行に変更するなどして、LRTの通行に支障を来さないようにする必要があります。

 今回の延長案で最大の問題となるのは、LRT会社と三重交通の間に完全な競合関係が生まれてしまうことです。これは三重県で長年続いた住み分けルールを犯すことになります。これを解消するには方法が一つあります。それはLRT会社は三重交通が運営する。これしかありません。今でこそバス会社ですが、三重交通は1965年3月まで鉄道も運営していました。近鉄から切り離されることで、地元資本で再建せねばならない以上、三重交通が担う必要が出てくると思います。ただ、鉄道運営ノウハウが半世紀も前に途絶えてしまっていることから、建設費用もさることながら、如何に鉄道事業を展開するかという問題があります。

 内部・八王子線を鉄道として残すには、大きな課題が山積しています。近鉄がBRT方式によるバス転換を提示したのは、LRT改造して残すより費用が安く抑えられるためです。ただ、バス転換でどんな事態が想定できるかを別項で考えてみたいと思います(続く)。

テーマ:鉄道関連のニュース - ジャンル:ニュース

2012夏 若狭湾への旅7・大飯原発と電力問題
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 8月26日に行ってきました若狭湾の旅。レポートは第7回の今回で最終回。最終回は海から見る大飯原発と電力問題について思うことを少し書いてみたいと思います。
 ここまで来たのなら、大飯原発を見ずして帰ることはできません。しかし、現地は7月の再稼動の際の騒動が原因で封鎖されており、陸路で現地に行くことはできません。そこで、海から攻めることにしました。
 「うみんぴあ大飯」から「青戸クルージング」という遊覧船があるので、これに乗ることにしました。通常運賃は1,400円。しかし、2013年3月末までは運賃半額!!しかも、「うみんぴあ大飯」公式サイト(http://www.uminpia.com/)から、一人分の無料優待券がダウンロードできます!!
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 「青戸クルージング」は1週約50分で1日4便(冬季は3便)という貴重な遊覧船ですが、この青戸の入江が隣の小浜市にある「蘇洞門(そとも)めぐり」ほどの景観上の名所でもないこともあり、正直なところ存在意義自体も不明瞭なのですが、大飯原発の再稼動によって現地を海から見に行くという目的が出てきたことから利用者が増えたとか増えないとか。私自身もこの遊覧船を再稼動反対派の人のブログで初めて知ったほど、地名での無い船ではありました。
 この船の運航は小浜市の「蘇洞門めぐり」と同じ事業者。13:00発の遊覧船は立派な船にも関わらず、乗船客はたったの5人でした。全員正規運賃でも収入は6,000円。運賃半額で乗る人や、私のように無料券で乗った人もいるのですから、きっと赤字運営でしょう。

 遊覧船は大島半島の先端部の大飯原発の近くまで行きます。
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 桟橋を離れると、まず大きな橋の下をくぐります。青戸の大橋。おおい町中心部と対岸の大島半島を結ぶ743mの橋です。この大島半島、一応首の皮一枚でお隣の高浜町と陸続きなのですが、半島の先端部から高浜町へ行くのは不便であるため、従前から対岸の本郷地区(大飯町中心部)への往来が日常的に行われており、昭和の市町村合併でも陸続きの高浜町ではなく、海を挟んだ大飯町への合併を選んだ地域でした。
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 しかし、大飯町中心部と大島半島を結ぶのは、1日4便の町営の定期船のみであるため、大島半島の人々は気候や運行ダイヤに大きな制約を受け、「陸の孤島」と呼ばれていたそうです。大島の住民にとって架橋は長年の悲願である、陸の孤島から抜け出す「夢の懸け橋」であり、関西電力にとっても原発を造るために必要な橋だったわけです。
 大飯原発の敷地造成工事を始める1971年、関電は青戸の大橋を含む延長約10kmの県道建設に着工。22億6,800万円を投じたが、実際に県が負担したのは3億円で、残りは原発マネーだったそうです。
 1974年に青戸の大橋は開通し、大島半島にも路線バスが運行を開始し、マイカーを持つ住民も出てきたそうです。しかし、造られた道路は1本のみ。原発と道路の建設が終わると、原発作業員を相手にする商売や原発の作業員として勤める作業員の雇用を除くと、地域の経済効果は部分的なものであり、地域の過疎化は食い止めるどころか、逆に進行してしまいました。青戸の大橋も架橋40年を迎え、海にかかることから塩害の影響もあり、老朽化が進んでいます。
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 青戸の大橋の下を一旦潜って、すぐにUターン。大島半島の先端に向けて進路を変更します。まるで、競艇選手かと思うぐらいの荒っぽい運転で、荒波に挑む漁船のように船体をやや上に向けたまま青戸の入江を爆走します。
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 大島半島の先端部に来ると波も収まり、船もゆっくりと進みます。前方の山を越えた先に・・・
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 ついにやってきました。これが関西電力大飯原子力発電所です。海沿いにあるのが1号機・2号機。7月に再稼動した3号機・4号機はこの奥(山側)にあるのだそうです。しかし、防波堤が低いですね。どうも、5mほどしかないようです。もし、東日本大震災規模の津波がやってきた場合に対処できるとは到底思えず、福島第一原発の二の舞にならないかという心配を感じました。
 ちなみに、今回訪問を断念した大飯原発のPR施設「エル・パークおおい」にはシースルー見学施設というものがあり、2年ほど前までは燃料取扱室・原子炉建屋・タービン建屋・中央制御室といった、原子力発電所の心臓部となるエリアまでガラス越しに見学できる、原発のPR館では最も核心に迫ることのできる究極の見学施設として知られていました。原発が安全というなら、このくらいしないとね。もう、そこまでオープンにすることはなさそうだけど。
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 2011年3月末現在で、大飯原発に勤める人は通常2,000人、ピーク時は3,500人だそうで、うち関西電力職員は500名ほどで、残りは協力会社社員なのだそうです。また、出身地では福井県出身者が46.8%で、おおい町出身者が11.1%だそうです。
 原発があるという事実。あの事故以来、それは恐怖に感じるようになりましたが、地元の人は従前より極めて冷静です。だから、大飯原発の前を平然と漁船が行き交うのです。それは、「安全神話」という絶対的な存在の前に、地元の人へ原発についての情報が長年ほとんど流れていなかったことや、原発がもたらした地域振興や地域格差是正のために貢献度の高さから、地元に「電源立地として、原発を受け入れた代償として当然のもの」という考えの潜在化が背景にあったのだと思います。行政が麻薬中毒者のように、原発マネーに依存する状況に至ったことも背景は同じです。

 船は2分ほど大飯原発の沖で止まり、つかの間の撮影タイムが終わると遊覧は終了。進路を南に向け、再び猛スピードでうみんぴあ大飯に向かいました。この日の最高気温は35度。炎天下の中を歩いたせいか、軽い熱中症の兆候が出たため、ここでダウン。その後、舞鶴・綾部・京都・米原経由で帰路に就きました。
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 数日後、こんな記事を見つけました(2012年8月28日中日新聞朝刊より)。大飯原発の3・4号機を再稼動させなくても、懸念された近畿地方の電力不足は回避され、むしろ電力供給に余力があったという内容です。これは関西電力が予測した需要を10%下回ったためだそうです。それなら、あの賛成・反対騒動は一体何だったのでしょうか。
 やはり、原発ゼロの「究極の社会実験」はするべきだった気がします。この夏を越えるために節電に取り組む企業が増え、なかには多額の投資を行って自家発電装置を設置した企業もありましたが、その流れに反した再稼動により、投資が裏目に出てしまった企業もあります。そんな電力利権への不信感が電力離れにつながっているのだと言えます。結局は大飯の再稼動も原発を取り巻く利権構造が逃げ切りを図ったとしか思えません。電力需要を満たしていたのなら、一刻も早く大飯の原子炉の一方は即停止すべきです。しかし、そんな検討はされぬまま、原発の運転は継続されています。
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 夏は何とか乗り越えました。今度は冬です。北海道では電力供給について余力が少ないといわれています。本州からの送電も限りがありますので、いかにして冬を乗り切るのでしょうか。そうなれば、北海道電力泊原発の再稼動に向けて、再び動きが起こるのでしょうか。しかし、その胎動は確認できません。ということは、大飯原発についても結局はパフォーマンスだけだったのだと勘ぐりたくなります。「火力発電所が稼動しているので不要」といいますが、それは公共施設を始め、トンネルの消灯、ロードヒーティングの休止など、北海道民の生活基盤について犠牲を払っている上での需給バランスであるということを理解すべきです。
 脱原発という論調が盛んになっていますが、現状では即脱却に移すことはできません。太陽熱発電や風力発電など、代替エネルギーは絶対的に不足しており、原発の穴を埋めるに至っていません。その構造を改めるにはまだ時間がかかりそうです。
 これまで「電力」は社会基盤のひとつであり、社会繁栄の象徴でもありました。しかし、そこから100年以上、発想の転換ができぬまま現在に至ってしまったわけです。そのあまりに電力に偏重した社会に、ようやく鉄槌を打つきっかけになったのが、今回の大飯原発再稼動問題だったわけです。
 逆に太平洋戦争時以来の国民総団結で乗り切った「節電」活動の偉大さを評価し、実は少し不便な方が新しい発想につながって逆に丁度良かったのだと振り返るべきでしょう。もう、右肩上がりに成長する時代ではありません。逆に人口も自然減するようになりました。だから、「必要なものを必要なだけ使う」ことで取捨選択しながら物事を進めていけば、原発が無くても日本はやっていけそうな気がしたのが、今回の旅での結論でした。

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