名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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2012年2月を送る
 いつも弊ブログをご覧いただきありがとうございます。
 更新が遅れまして申し訳ありません。年度末に向けて、2月より毎日朝6時起床で1時間早出の2時間残業という勤務を繰り返しております。帰宅は毎日夜10時。Twitterの更新は何とかできてもブログの更新まで手が回らない状況です。時間管理が下手で更新したくてもできないため、ネタの遅れと季節感の無さが深刻になりつつあります。桜が咲く頃に紅葉の訪問記事を公開するのはどうかと思いますが、当面は累積しているお出かけ報告の消化を第一に、時事ネタを織り交ぜながら展開したいと考えています。
 遅れがちのお出かけ記事については、当面は「速報」として画像メインのダイジェスト記事を暫定で作成し、文章を後日に添付して記事を更新していこうと思っております。新年度に入れば少しは暇になるはずですので、しばらくの間、ご迷惑をおかけします。

 さて、恒例の都道府県別アクセスですが、2月は16~17日のあおなみ線SL運転においてアクセスが殺到し、久々に訪問者数が1日1,000件を突破しました。ところが、香川県からのアクセスが頂けず、全都道府県からのアクセス達成とはなりませんでした。
 1位は今月も愛知県でシェア61.1%。久々の60%突破ですが、あおなみ線効果じゃないかと思われます。続いて東京都、三重県、岐阜県(ここまでシェア5%以上)。更に長野県、大阪府、静岡県、神奈川県、埼玉県、京都府 の順で、ここまでがシェア1%以上を構成していました。
 昨年の6倍と言われている名古屋でのスギ花粉飛来。花粉症歴25年の私も例外なく、既に苦しんでおります。三寒四温。雨が降るたびに更に暖かくなります。素敵な春を迎えられますように、まずは年度末を越えて行きましょう!
 今後ともどうぞ御贔屓に。よろしくお願いします。
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テーマ:独り言 - ジャンル:ブログ

熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船5
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 2012年9月29日に行ってきました、三重県尾鷲市の須賀利巡航船特集の5回目、今回で最終回です。
 須賀利港を16:30に出た尾鷲行き最終便は16:50、再び尾鷲港に戻ってきました。折り返し17:00発の須賀利行き、97年続いた須賀利巡航船の最期を見送ることにしました。この船に乗ると尾鷲市街へ船で戻ることはできません。したがって、須賀利の住民以外は乗らないと思われましたが、どう見ても同業者らしきリュックを担いだ人が1人だけ乗っていきました。須賀利から先はバスがなく、山を越えて6km先の紀北町島勝まで歩く必要があります。しかも、終バスには間に合いません。おそらく、須賀利にクルマを置いているのでしょう。最後の最後で貸切なんて、何と贅沢な体験なのでしょうか。
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 須賀利巡航船が須賀利を拠点にしている性格上、この便は須賀利港への回送も兼ねているのですが、地元の人が誰も乗らない須賀利巡航船97年の歴史の終止符を打つ最終便。これには寂しいものを感じました。翌日に地元住民限定による廃止式典があり、お別れ乗船が企画されていたそうですが、定期便の最後に地元民ゼロという事実。巡航船としての終焉を見た気がしました(なお、翌日のイベントは台風のため、屋内での廃止式典以外は中止になってしまったそうです)。
 助手さんが最後の航海を前に船体を水洗いするなか、最終便に乗る人もいないことから船長さんが早々に戸締りに入ります。
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 「本日欠航」という札を出して、
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 シャッターが降ろされました。
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 桟橋が跳ね上げられると、
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 汽笛を鳴らして静かに巡航船は動き始めました。須賀利への最後の航海です。
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 10名ほどの同業者がひたすらシャッターを押すなか、船が見えなくなるまで見送りました。これで97年にも及ぶ熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船の歴史は終了しました。
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 「本日欠航」。しかし、もう巡航船が就航することはありません。

 須賀利巡航船の廃止。これに大きく依存する須賀利地区から表立った反対の声はありませんでした。最大の要因は既に道路も開通し、天候に左右されにくい交通機関を求める声があったためです。
 地元では2012年1月に巡航船の存廃について住民投票が行われ、巡航船廃止に過半数が賛成という結果が出ました。利用者の減少に歯止めがかからず、頼りの高校生も須賀利に暮らす生徒は1人だけ。しかも、その家庭は親が尾鷲市街へ通勤しているため、親のクルマに同乗しているそうで、巡航船を利用する高校生はいなかったそうです。
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 一方で、住民の高齢化が進み通院の足を求める人が増えていたようです。巡航船の致命的な弱点。それは病院への直通運航ができないこと。尾鷲市街地の尾鷲総合病院やJR尾鷲駅周辺のスーパーへ行く場合は、尾鷲港からタクシーに乗り換える利用者が増えていたようです。尾鷲港からJR尾鷲駅までは徒歩15分、尾鷲総合病院は20分ほどですが、緩やかな登り坂でもあり、高齢者には厳しいと思われます。
 所要時間は2倍以上かかっても、タクシー代が不要になり逆に財布に優しくなる。その上、病院も駅もスーパーも近くまで直通運転してくれる。尾鷲市街まで行かなくても紀北町海山地区での用事も対応できる。バスへの移行は利便性に限らず、天候に左右されない「地域の生命線」として必要であるという須賀利地区住民の選択が、船からバスへのバトンタッチにつながったのでしょう。
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 ただ、残念なのは代替交通が行政のセクショナリズムによって分断されていることです。尾鷲市街地からの三重交通のバスは現行どおり紀北町の島勝まで。島勝から須賀利までは尾鷲市のコミュニティバス(画像の様なワゴン車)に乗り換えるスタイルとなりました。
 本来なら、須賀利まで三重交通のバスを延長し、尾鷲市と紀北町が運行距離に応じて補助金を分担すれば良いのですが、この路線の場合は須賀利地区が尾鷲市の飛び地である特殊性や地区内に300人ほどしか住んでおらず、バスの赤字額増大が避けられないため、尾鷲市域へのバス路線延長でバスの運行補てんが増大する恐れが高い紀北町への配慮や、この方式の方が尾鷲市の負担が軽いためと思われます。
 97年続いた熊野灘最後の渡し船「須賀利巡航船」。船が支えた重要な任務をこれからはバスが支えます。住民が選択したバスですから、私からは異議は申しません。ただ、選択したバスが巡航船の伝統を引き継ぎ、永続的に走り続けられるように支えて欲しいと思い、今回のレポートを締めたいと思います(完)。

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船4
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 2012年9月29日に行ってきました、三重県尾鷲市の須賀利巡航船特集の4回目です。今回は尾鷲市須賀利町の模様をお届けします。
 15:50に尾鷲港を出発した須賀利巡航船は、定刻通り16:12に須賀利港到着。巡航船の到着を待っていたかのように、港には須賀利の皆さんが出迎えていました。なぜなら、折り返し16:30発の尾鷲行きが最終。つまり、97年続いた須賀利巡航船の最終便だったからです。地元でのセレモニーは翌日に行われるということで、定期便としては最終便ですが、目立ったイベントもありませんでした。
 船を迎える人。その脇では釣り竿を垂れている人。非常にのどかな風景です。
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 尾鷲港行き最終便出航まで約15分。殆ど時間無いですが、せっかく来ましたので、大急ぎで須賀利の街を駆け巡ってみることにしました。
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 須賀利の街は30年前までクルマが入って来れなかっただけのこともあり道は細く、須賀利のメインストリートでさえ、普通車が何とか通れる程度の道幅しかありません。手前右手の建物は銭湯だったそうです。
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 須賀利には海沿いにしか平地が無いことから、民家約200戸が海から山へびっしり張り付くように立っていますいています。山側へ行くには、すべて階段。須賀利の街を見下ろすために階段を駆け上ります。
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 須賀利の街と須賀利港の様子。尾鷲市の統計によれば、現在の須賀利の人口は、平成23年4月30日時点で304人とのこと。普段は本当に静かな漁村なのでしょう。過疎の為か雨戸を閉めている家が多いのも気になりました。ただ、休日だけ須賀利に戻ってくるという生活形態の人もいるそうです。この時点で出航8分前。大急ぎで港へ戻ります。
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 港では小学生が釣りを楽しんでいます。ちなみに須賀利の子どもは、須賀利にあった尾鷲市立の小学校が生徒の減少に伴い休校になってしまったので、現在は山を越えて紀北町の小学校へ通学しているとのことです。
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 今日の釣果は?とバケツを覗き込むと、あらあら大漁じゃないですか。これなら夕飯に限らず、明日の昼飯ぐらいまで賄えるんじゃないですか!親孝行だね。そして、この須賀利の海が天然の生簀を擁する「宝の海」であるということ。この海をいつまでも守り続けて欲しいものです。
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 さて、出航時刻ですので船に乗り込みます。乗客は行きより若干少なめの10名ほど。汽笛を鳴らして出航です。2012年9月29日16時30分、97年間続いた熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船尾鷲行き最終便の出航です。
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 船は静かに須賀利港を離れて行きました。乗客は地元の人は皆無。全国から集まった同業者ばかりです。しかし、須賀利の人達は見ず知らずの旅人に向かって手を振って見送って下さいました。須賀利から尾鷲へ向かう巡航船はもう出ません。そして、これだけの観光客が須賀利を訪れることも今後は無いかと思います。
 須賀利巡航船の廃止、それは須賀利地区にとって大きな節目になると思います。感動的な風景が展開するとともに、須賀利地区が今後どうなってしまうのか、巡航船の廃止は地元須賀利地区の住民が住民投票によって選択したものとはいえ、今後の行方が気になってしまいました。
 そして、尾鷲港での最後のセレモニーを見届けることになります(続く)。

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船3
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 2012年9月29日に行ってきました、三重県尾鷲市の須賀利巡航船特集の3回目です。
 遂に須賀利巡航船の出航時刻がやってきました。15:50の出航10分ほど前から乗船開始。地元の人らしき人は1人だけで、残りはカメラを首からぶら下げた同業者ばかりです。さっさと乗船すると、桟橋に乗客の姿は無し。港にも人気が無い有様でした。
 須賀利に行くのは実は2度目です。初めて行ったのは2005年6月2日。当時、郵便局巡りに熱中しており、その聖地として名高い奈良県上北山村にあった「東の川簡易郵便局」へ行くため、名古屋から夜通しレンタカーで爆走したのですが、尾鷲から東の川への近道だった国道425号線が土砂崩れで通行止めとなってしまい、この郵便局を訪ねるために尾鷲から熊野市・下北山村経由で2時間半以上かけて迂回する他に手段がなく、一筆書きルートによる探索にこだわった末に訪問を断念し、東紀州地方の郵便局巡りにテーマを変更した際に立ち寄った郵便局の一つでした。海山町から山を越えて須賀利に入ったところは覚えているのですが、どんな郵便局だったか、どんな街だったかは良く覚えていません。当時、須賀利がすごい集落だったということ知らなかったのです。
 当時と異なり、今回は事前情報を得た上で須賀利へ乗り込んでいますので、非常に興味津々です。
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 15:50、定刻通りに須賀利巡航船は尾鷲港を出港しました。巡航船の廃止が報じられてから、週末には1便当たり20名程度の利用があったそうです。しかし、この日は最後の運航日にも関わらず、台風接近のため帰りの交通障害を恐れたのか、本当に寂しい最終日となりました。
 乗客はカメラを手に持つ同業者ばかりですので、狭い船内を縦横無尽に歩き回りシャッターを押しまくります。なかには、船長さん・助手さんの表情を撮影する人も。普段、こんなことは絶対に無いでしょうから、さぞ困惑されたことでしょう。私は小心者ですので、正面からの撮影は自粛しましたが。
 巡航船は2人乗務。船長さんは68歳。中学卒業後、カツオ船に乗り込み太平洋を駆け巡り、ハマチ養殖業を経て1995年から巡航船の船長になり、17年間舵を握ってきました。今回、巡航船の廃止を持って引退されるそうです。
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 助手の方が乗車券の半券をもぎりに来ます。この方は61歳。本来は行きと帰りで役割分担を交代するそうですが、この日は往復とも同じ体制でした。
 須賀利巡航船は1915年(大正4年)に個人経営の定期船として就航。1982年(昭和57年)に県道が須賀利に到達するまでは、文字通り「地域の生命線」として欠かせない存在となりました。その後、クルマへの移行と過疎化が重なり、利用者が激減。1995年(平成7年)から尾鷲市と須賀利町の共同出資による第三セクター方式になりました。
 しかし、1998年(平成10年)度には年間17,208人の利用がありましたが、2006年(平成18年)には5947人にまで減少し、翌年10月からは日曜日を運休とし、赤字を減らす取り組みを続けながら存続していたのです。
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 徐々に尾鷲の街並みが遠ざかっていきます。
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 尾鷲港を出て10分ほど。左手に見える湾の奥の方に集落が見えてきます。アレが須賀利かと思いきや、それは紀北町(旧海山町)の引本港とのこと。実は1970年代は須賀利巡航船は須賀利を拠点に尾鷲~須賀利~引本という航路で双方への往来が可能だったそうです。これが1982年に道路が開通することで陸路での移動が可能になった引本港航路が廃止され、尾鷲港航路だけになったそうです。
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 船が左に進路を変えると奥にうっすらと集落らしいモノが見え、船はその集落へ向かって進みます。須賀利の集落のようです。
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 16:12、須賀利港到着。折り返し16:30発の尾鷲港行き最終便となります。たった15分ほど。この短い時間に須賀利の街を大急ぎで回ってみることにしました(続く)。

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熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船2
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 2012年9月29日に行ってきました、三重県尾鷲市の須賀利巡航船特集の2回目です。須賀利巡航船が昼休みに入ってしまったので、次の便の出航時刻までの約2時間、尾鷲市内を散策することにしました。尾鷲港に面する道路には防潮堤がズラリと並んでいます。標高2.5m。防潮堤の高さは2mほど。4m程度の高潮には対応できるのですが、これはあくまで台風と満潮が重なった場合の高潮を想定しているのであって、津波には対応できないと思われます。
 東日本大震災後、尾鷲で同規模の地震が発生した場合は30m以上の津波が襲来する恐れがあるという研究データも発表されています。懸念されている東海・東南海・南海沖地震の震源域に近い三重県南部。これらの地震で最も深刻な想定として、3つの地震が同時発生する「三連動」も考慮すれば、どう考えても不安ですよね。
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 尾鷲市役所庁舎には、「津波は逃げるが勝ち!」の横断幕。行政がこれで大丈夫なのかなどと複雑なものを感じますが、北海道南西沖地震や東日本大震災による津波被害で教訓となったのは、「防災設備を過信しないこと」であると思います。せっかく整備したハイテク設備も使用頻度が低く非常時に作動しなかったとか、停電で動かなかったというお粗末な事例も多数あります。したがって、最も安全なのは最もローテクである「標高の高いところへ逃げる」。これしかないということです。
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 国道42号沿いにある、土産物店「尾鷲お魚いちば おとと」で少し物色。国道42号沿いは道の駅も多いのですが、なぜか尾鷲市だけは無いため、魚介類や水産加工品など、尾鷲の産物を購入できる貴重な店舗です。鮮魚は少なめですが、干物の品揃えが非常に充実。尾鷲に限らず熊野を含めた東紀州全域の特産物が揃います。干物と新宮市の日本酒「太平洋」ワンカップを購入。三重県東紀州には意外にも酒蔵が無く、国道42号を南下して三重県大台町を過ぎると、和歌山県新宮市まで100km以上酒蔵が無い、珍しいエリアでもあります。
 スーパーが隣接しており、こちらではさんま寿司を購入。やはり、こちらへ来たら、これですよね。同じさんま寿司でも、紀北(尾鷲)と紀南(熊野)では、製法が異なっているそうです。
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 再び尾鷲駅前へ戻り、駅前の通りから斜めに伸びる裏道へ。この筋が昔からの結構渋い街並みでしたが、商店街は見事なシャッター通りでした。
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 本当に人がいない尾鷲一番街商店街。ここでも「津波は逃げるが勝ち!」発見。
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 15:30、再び尾鷲港の須賀利巡航船乗り場にやってきました。15:50発に乗船しようとする同業者の皆さんが集まり始めました。
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 巡航船に関する案内掲示は、たったこれだけ。実にシンプルです。普段は地元の人しか利用しませんから、最低限の案内さえあれば問題ないわけです。しかし、結構興味深い内容なので少し掘り下げます。
 尾鷲港~須賀利港まで片道550円。子供は250円と半額以下。高校生には定期券が存在し1ヶ月15,000円。月14往復以上するとお得です。
 小荷物料金には興味深い項目がいくつかあります。まず、魚介類の項目。漁業が盛んな地域らしいのは魚介類の運搬も担っていたようで、その金額によって荷物料金の設定があります。須賀利で水揚げて、尾鷲まで輸送する形態があったのでしょうか。
 そして、須賀利地区への新聞運搬料金として、1ヶ月5,000円という設定もあります。新聞の配送料金は誰が負担していたのでしょう?須賀利の住民が世帯別に個別負担では、新聞購読が相当割高になってしまうので、おそらく管轄している尾鷲市街の新聞店が負担しているのでしょう。聖教新聞だけは例外項目があって、1ヶ月3,000円なんだそうです。確かに他の新聞に比べると少し薄くて軽いですよね。
 しかし、船で須賀利の街に朝刊が届くのは朝9時頃。陸路もある現在では遠回りでも新聞輸送も車・バイクの方が便利ですので、これが機能しているのかは気になるところです。
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 今回の巡航船廃止に際し、須賀利巡航船有限会社は何を思ったのか、13種類もの記念乗船券を販売していました。1枚550円。往復利用する人がほとんどなので、2枚ずつ購入する人が大半。私も「すかり丸」の絵柄と須賀利の街並みの図柄がある記念乗船券を購入。ただ、記念乗船に来た人のなかには、全種類購入する「大人買い」客もいたそうです。すべて購入すると7,150円。少々やり過ぎの感はありますが、最後の最後に増収になって良かったですね。
 では、本丸の須賀利巡航船に乗って、須賀利へ向かいます(続く)。

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東海テレビの喪が明ける
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 あの「セシウムさん」事件以来、1年8ヶ月。遂に東海テレビの喪が明けるようです。東海テレビが、かつて「ぴーかんテレビ」を放送していた枠で、4月より「スイッチ!」というタイトルで平日朝ワイド番組を復活させることが明らかになりました(画像は2013年2月21日中日新聞朝刊より)。

↓詳細部分は既に東海テレビ公式サイトで発表されていました。↓
http://www.tokai-tv.com/press/pdf/2013/130220.pdf

 司会は長島アナと宮沢アナ。日替わりコメンテーターや曜日別コーナーで構成するとのこと。なお、「ぴーかん」時代の司会者・出演者は一新するとのことで、当時の出演者は高井アナだけのようです。コンセプトは「地域とともに」。小田島アナと稲葉アナ(当時)が司会で、中継が庄野アナだった「ぴーかん」初期の頃みたいな「どローカル番組」路線に戻すようです。「電話・FAX・メール・生中継の声」ということは、投稿を重視するのでしょうか。
 ところで、気になったのは「アシスタント(天気担当):本仮屋リイナ(東海テレビアナウンサー)」。新人アナです。そして、本仮屋ユイカさんの妹だそうです。私は昨年11月に週刊誌の報道で東海テレビ入社を知っていたのですが、これで正式に情報解禁ですね。
 しかし、干されてしまった福島アナや宮本ちゃんには何の罪も責任もないですよ。救済してやれよ、東海テレビ。

テーマ:TV番組 - ジャンル:テレビ・ラジオ

あおなみ線SL実験走行5
 2月16~17日に名古屋市内では27年ぶりに運行された、あおなみ線のSL実験走行。本番の模様をお届けします。取り急ぎ画像のみ。後日、再編集します。
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 非常に寒い日でしたが、ささしまライブ駅前の特設会場ではSLの通過時刻になると一斉にSLの雄姿をカメラに収める人の姿。無数のシャッター音が響きました。
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 名古屋駅で発車時間を待つ「SLあおなみ号」。名鉄バスセンターより撮影。
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 100倍もの難関をくぐりぬけた運の良いSL体験乗車当選者が寄る、あおなみ線名古屋駅の臨時窓口。首からぶら下げるストラップ型のSL乗車証と、記念品としてSLに用いた同じ石炭・缶バッチ・ボールペンをもらったそうです。
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 駅の電光案内板にはSLについて「臨時列車」などの記載は一切無く、SLの発車時刻のみ出し、行き先も空欄になっていました。
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 ささしまライブ駅前特設会場では、各鉄道会社による物販ブースがありました。
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 SLの撮影目的の人だけでなく、SLに背を向けてステージに熱視線を送る危険なファンも。
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 SL観覧スポットであった、ささしま米野歩道橋と向野橋は早々に整理券発行対象に。SL走行時間帯には通行が規制されました。
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 透明なフェンスが曇っていて、まともにSLが見えないと事前段階で不評だった「ささしま米野歩道橋」は当日早朝に名古屋駅方面だけ拭き掃除を行ったようで、随分改善されていました。
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 指定された観覧会場及び歩道橋以外での撮影は極めて困難で、SLの終着点である名古屋貨物ターミナル駅では、貨物コンテナでSLの両サイドを完全ブロックし、あおなみ線荒子・南荒子両駅ホームからの撮影を阻止。周辺にマンション等の高層建築物も無いことから、SL乗客だけのシークレット撮影会となっていました。南荒子駅。名古屋駅・ささしまライブ駅と異なり、荒子駅・南荒子駅では駅員も警備員氏も温和でまったりしておりました。
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 黄金陸橋近くの九重会場は、場所が分かりにくかったのか観客はまばら。時折、撮影を妨害していた貨物列車も、SLの通過時間が近づくと動き出し、SLをフラットな目線で写真が取れました。 
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 今回のイベント、「やらされている感」の強かった、あおなみ線・警察・警備会社への不満が強いなか、河村たかし名古屋市長と共にノリノリだったのが近鉄。沿線でチラシを作るほどの熱の入れようでした。当日の近鉄黄金駅は撮影スポットの穴場でした。黄金駅ホームより撮影。

 まずはイベント関係者の皆さん、撮影に参加した皆さん、お疲れ様でした。ゼロから始め、オフシーズンということから運良く借りられたSL。JR西日本やJR貨物の協力にも感謝。名古屋で「走るSL」を見る貴重な機会でした。
 一方、JR東海の社長や大井川鉄道の広報が、今回のイベントについて新聞紙上で厳しいコメントをしていますが、コメントを読む限り「うちが美味しい思いができなかった」からという、僻み根性剥き出しの非常に情けないコメントでした。マスコミの誘導尋問に正攻法で引っ掛かるとは非常に残念。マスコミ対策がまるでダメですね。会場にいた撮影部隊からも、両社のコメントについての批判を随分聞きました。せめて、棒読みでいいから「実現して良かったですね。今後はうちも負けないイベント企画を行います!」という感じのコメントをして欲しかったです。

 さて、あおなみ線でのSL走行。本格実施になるのでしょうか。4,000万円も税金を投入したことへの批判もあり、今回限りになりそうな気がしますがね。

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あおなみ線SL実験走行4
 名古屋市の「あおなみ線」でのSL実験走行を控え、SLの試運転が始まりました!
 取り急ぎ、画像のみ。後日、北朝鮮並みの厳戒警備態勢等々裏ネタも含めて、再編集します。
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 新幹線とのクロスが撮れるかと思いましたが、煤煙で新幹線が隠れてしまうことが判明。
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 名古屋駅へ向かう場合は、SLの方向転換ができないため、ディーゼル機関車が牽引します。小本駅にて。
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 ささしまライブ駅前にて。
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 向野橋にて。
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 ささしまライブ駅前にて。

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