 昨年夏に急浮上した、三重県四日市市の近鉄内部・八王子線存廃問題。当時の弊ブログでも取り上げました。 http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-1123.html その後も近鉄と四日市市の交渉が続いていますが、沿線住民の反応があまり聞こえてこないのが気になっていました。しかし、存続を願う市民団体が登場し次の局面に向かっています。 3月23日、四日市市の日永地区市民センターで、市民団体「四日市の交通と街づくりを考える会」主催のシンポジウムがあり、沿線地域住民の声を聴きに行ってきましたので、その模様をお届けします。 会場は近鉄内部線南日永駅から徒歩5分ほどのところ。観衆は30名ほど。少し寂しい入りでした。
 まず、秋田県・由利高原鉄道の春田啓郎社長による「ローカル鉄道と地域の活性化」についての基調講演。ローカル線を維持していくには地元だけではどうしても力不足であることから、地元の足を守るために沿線以外からの観光客を呼び込み、鉄道を単なる輸送機関ではなく地域経済を活性化させる「地域資源の一つ」として捉えることが必要で、お祭りなど地域イベントとのタイアップを積極的に行い、新聞に取り上げてもらうことで県内にPR活動を積極的に行うなど、由利高原鉄道の取り組みについての講演でした。 四日市は工業都市のイメージが多いのですが、内部・八王子線も沿線に旧東海道や渋い建物や酒蔵のある四郷(よごう)地区もあり、観光イベントによる集客も考える余地がありますね。
 次に内部・八王子線の現状と近鉄との交渉進捗について、四日市市都市整備部都市計画課課長の山本勝久氏からの状況報告。気になる発言がありましたので、いくつかご紹介しながら、私の見解を合わせて書いてみます。 ・内部・八王子線は収支が黒字になったことが無い。 これまでも、近鉄の内部補填によって内部八王子線の経営は維持できたが、近鉄は1兆3000億円の有利子負債があって、既に近鉄バファローズ・OSK日本歌劇団・京都近鉄百貨店・あやめ池遊園地などを閉鎖・売却。本業でも北勢線を廃止(現:三岐鉄道北勢線)し、養老線・伊賀線も経営を分離しています。今後、阿倍野ハルカスによる更なる設備投資が必要なため、年間3億近い赤字を出す内部・八王子線の維持は困難という主張の様です。 ・近鉄独自の運賃分配計算は支線に不利に働いている 近鉄は複数路線を跨ぐ乗車券について、路線別に分配する運賃の計算において独特の理論を持っているそうです。例えば、西日野~名古屋間の運賃は630円。このうち西日野から名古屋へ行く場合、内部・八王子線の収入は西日野~四日市間の運賃220円、残りの410円が名古屋線(四日市~名古屋間)の収入として計算されます。しかし、名古屋から西日野へ向かう乗車券の場合は、名古屋線の収入は610円、内部・八王子線の収入は差額のわずか20円しか計上されないそうです。したがって、名古屋や津方面から内部・八王子線各駅までの直通乗車券を購入しても、内部・八王子線の増収に貢献することができず、近鉄独自の理論が内部・八王子線の増収を困難にしていると言えます。 内部・八王子線の増収を図るには、内部・八王子線各駅から乗車券を購入するしかないということのようです。しかし、開通100周年記念で発売した内部・八王子線1日乗車券は総発行枚数の半分しか売れなかったそうで、増収策が空振りしているのが現状のようです。 ・BRTへの切り替え工事が3~4ヶ月で完成するとは到底思えない。 近鉄はBRTシステムによるバス転換を提示していますが、現在の線路をはがしてバス専用道路にする工事は行政経験上、近鉄の主張する3~4ヶ月で完成させることは難しく、地域内でのバス交通による混乱は避けられないそうです。四日市市は道路事情が悪く、朝の通勤通学時間帯はバスの定時運行が厳しくなることが懸念されています。 ・BRT運賃について近鉄は言葉を濁している。 近鉄は「なるべく安くする」とだけ答えており、詳細については言葉を濁しているそうです。しかし、鉄道とバスとの通し運賃計算については、名古屋ガイドウェイバスでは鉄道区間とバス区間で運賃は別であること、JR東日本が気仙沼線・大船渡線で行っているBRTバス代替運行でも鉄道区間とBRT区間で別になっており、内部・八王子線でもBRT化されると近鉄四日市駅を境に運賃は別計算となる可能性が高いと思われます。
 次に湘北短期大学准教授の大塚良治さんの基調講演。内部・八王子線について積極的に発言をされている方で、今回はこの人の話を聴きに来た様なものです。経営の専門家の様で、レジュメのデータが細かいこと細かいこと。第3セクター・運営委託・近鉄子会社(養老線・伊賀線方式)・上下分離・近鉄(現行通り)と事業主別に収支予測を計算する力の入れようでした。ちなみに第3セクターが最も経営効率が良いそうです。その他、気になる発言は以下の通り。 ・近鉄がBRT運賃について言葉を濁すのは、合算運賃の割引についてのハードルが高いため。 ・公的負担が最も少ないプランでないと、行政は負担すべきではない。 ・行政がカネを出しても赤字が減らなかった三岐鉄道は不幸だった。 ・北勢線は3年後大丈夫か?存続について随分叩かれている。 ・万葉線は市民が出資しているのが、利用促進につながっている。 ・名鉄広見線新可児~御嵩間について、大手私鉄に行政が補助を出したのは極めて珍しく、行政の公金投入はいつまで続くのか。
 そして、最後はパネルディスカッションです。コーディネーターは宗像基弘氏(四日市の交通と街づくりを考える会副理事長)、パネリストは上野理志氏(同会理事長)、大塚良治氏、下村仁士氏(尚絅大学非常勤講師)、豊田政典氏(四日市市会議員・総合交通政策調査特別委員会委員長)、春田啓郎氏。 注目は四日市市会議員の豊田氏。これまでの報道で鉄道存続に消極的なイメージが強い四日市市当局に睨みを利かせる立場から、議会がどう動いているのか。豊田氏は「交通は詳しくない」と前置きしながらも内部・八王子線対策として「4~5月に経営主体や経営形態と補助のあり方について最後の議論を行う」と報告。一方で、地元でありながら沿線の観光開発については「深める議論に至っていない」。更に「単純に赤字の3億円を毎年公金穴埋めでは理解を得られない。商店街・バスなどセットで街づくり政策を策定すべき」とコメント。 最後に「社会的有用性があることを前提に、今あるモノを使うべき」「市民が政治と行政を育てるべきで、問題意識を醸成する環境を作るべき」ということでまとまりました。
今回、イベントに参加して気になったのは、この団体は「今あるモノを使う」ということで、内部・八王子線を北勢線同様にナローケージのままで維持させようとしていることでした。内部・八王子線の存廃問題が急浮上した原因は、既に40~60年も経過している車両の老朽化問題です。ナローケージという線路幅の特殊事情のため、他線からの車両移籍や他社からの車両購入ができず、車両を新造するにも膨大な費用がかかり、費用対効果の観点で黒字転換が困難な路線へ投資するのは民間企業の近鉄としても厳しい選択であり、熟考の末に近鉄が匙を投げてしまったわけで、内部・八王子線を存続させるためには他線・他社からの車両導入を可能とする、狭軌への改軌は至上命題であったかと思うのですが。 また、近鉄との関係は維持すべきという発言が出たのも意外でした。近鉄のBRT提案を蹴って鉄道を維持させようとするのですから、「脱近鉄」による地域密着型鉄道にすべきであり、従来より要望のあるJR四日市駅や市民病院への延長、更には西日野駅から笹川団地方面への延長も視野に置かないと、今のままでは仮に第3セクター鉄道として新装開店しても最終的に行き詰る危険性があります。 まだまだ、市民レベルでの盛り上がりに欠ける印象を持ちました。私も三重県向け新聞各紙を読み比べしましたが、内部・八王子線問題を積極的に取り上げるメディアは朝日新聞が常にリード。今年に入って毎日新聞も追い始めました。一方、地元紙の伊勢新聞は行政寄りの報道ばかり、四日市で最も読者が多い中日新聞に至っては、この問題の扱いが非常に小さく、四日市市民に内部・八王子線の問題が周知されていないのではないかという疑問を持っています。地域全体でこの問題に取り組むためにも、一刻も早く市民の口コミで輪を広げ、議論の活発化を期待したいと思います。
【追記】2013.04.15 文章一部修正の上、追加しました。
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