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名古屋・広隆堂ブログ
名古屋から発信する、少し偏った情報と管理人の徒然なる平凡な日記。乗り物・旅・名古屋の情報・時事ネタ・テレビ・ラジオを中心にあれこれ思うことを書き綴ります!がんばろう、日本!がんばろう、東北!そして、がんばろう、自分。
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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西日本豪雨・ボランティア参加報告
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 7月8日の西日本豪雨では、西日本の各地で大きな傷跡を残しました。私の暮らす岐阜県でも洪水被害がありました。
「オレにも何かできるはず」
 そう思いまして、7月14日。たった1日ですがボランティアに参加してきました。本当なら岡山県倉敷市真備町や広島市・呉市あたりへ行きたいのですが、鉄道も寸断されており宿も確保できません。すると、岐阜県内でも大きな被害を受けた地域があることを知りました。新聞・テレビ等の情報もほとんど入らないのですが、調べてみると被害が甚大でボランティアが必要である模様。だったら、地元のボランティアに行くのが筋だと思い、岐阜県内の被災地ボランティア情報を調べてみると、ボランティアも予約制だったり地元の人しか受け入れないとか、思った以上に条件が厳しいことを知りました。その中、「誰でも受け入れる」「午後3時に終了」と受け入れ条件が良かった関市社会福祉協議会のボランティアに参加することに決めました。
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 近年の災害ボランティアでは参加希望者が殺到し、熊本地震のボランティアでは朝9時過ぎには受付終了となり、参加できずに帰宅した人が多数発生したというケースがありましたので「受付が終了する前に何とか現地に到着しないといけない」と思い、土岐の自宅を朝6時に出発。多治見・美濃太田で列車2回乗り換え。美濃太田6:54発の美濃市行き長良川鉄道に乗ります。しかし、関へ向かう列車にボランティア参加者らしき人は私以外に一人だけ。リュックを背負い、長靴を持っているのですぐわかります。しかし、あまりの少なさに驚きます。20分ほどで関駅到着。もう一人のボランティア参加者は窓口のある関市役所へ向かう模様で、そのまま列車は発車していきました。
 関市のボランティア窓口は関市役所脇のわかくさプラザと武儀生涯学習センター、そして上之保老人福祉センターの3ヶ所にあるということでしたが、どうせ行くなら最も被害の大きい最奥の上之保地区の様子が見たいと思い、上之保へ行くことにしました。
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 関駅近くのコンビニで食料と飲料を確保し、幸運にも冷房の効いた関駅の岐阜バス待合室で軽い朝食を食べて、8:04発上之保川合車庫行きのバスに乗り込みます。上之保に朝10時までに公共交通機関で到着する方法はこのバスのみ。しかし、客は私一人だけ。もっと、ボランティアが乗り込んでくるものと思っていたのですが、ガッカリしました。公共交通でボランティアに行く人は皆無だったわけです。約20㎞、1時間近く乗っても運賃たったの200円ですよ。
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 バスは関の街を抜けるとのどかな田園風景が広がります。ところが、途中から上之保に向かう県道とりあえず並行する津保川に無数のビニールが流れ着いています。どうも、洪水で津保川沿いにあった工場にあったビニールが流されてしまい、収拾のつかない状況になっていました。数十トン単位のビニールが津保川に流出してしまったそうです。武儀地区に入ると県道が砂を被った状態となりました。この先では冠水被害があったようです。沿道では土砂を取り除く人や冠水したのか、家財道具を庭先に出す家が目立ち始めました。
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 9:00、上之保川合到着。上之保老人保健センターにあるボランティアセンターで受付を済ませます。掛け捨てのボランティア保険にも500円払って加入しました。ボランティア業務のお呼びを待ちます。スコップ持って泥かきでもするのかと覚悟していたら、ボランティアセンターの方が声がかかります。
 「マニュアルの軽トラが運転できる方いませんか?」
と呼びかけがあったので、
 「マニュアル車なら運転できます!」
と応えると任務決定。私の任務は上之保地区の各集落へ救援物資として届けられたブルーシートを配達することに決定。受付完了から、ここまで5分もかかりませんでした。私は地元S高校の女性教諭N先生とコンビを組み、荷台に満載となったブルーシートを配達に上之保の各集落に出かけました(続く)。
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メディアの大雨報道と岐阜放送の存在意義を想う
 この度の西日本豪雨災害により、犠牲になった皆様にご冥福をお祈りすると共に、被災された皆様にお見舞い申し上げます。
 特に広島・岡山・愛媛の3県で大きな被害が出ていますが、岐阜県でも大雨特別警報が発令され、関市・郡上市・下呂市・飛騨市では河川の氾濫による洪水被害が発生し、岐阜市でもギリギリのところで辛うじて洪水被害を食い止めたところです。私の暮らす土岐市は大雨警報こそ出ましたが、思ったほどの大雨になりませんでした。
 こういう時に頼りになるのは情報です。しかし、今回はメディアや行政の初動態勢の遅れが被害を拡大してしまったのではないかと思わせる部分がありましたので取り上げます。
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 気象災害に強いのは何と言ってもNHK。私の家では名古屋局と岐阜局の総合テレビが受信できるのですが、名古屋局では通常放送、岐阜局だけL字型という現象がありました。岐阜県では早い時点で警報がガンガン出てしまったことから、こういう体制になったものと思われますが珍しい対応でした。7/7昼過ぎに岐阜県に大雨特別警報が発令されると、NHKや名古屋の各民放局は通常番組と大雨災害や交通情報を同時に伝える、いわゆる「L字型」体制となり、随時情報を伝えてくれました。東海テレビは野球中継しながら随時気象情報や交通情報が流れていました。この情報は基本的に気象台や各自治体が発表する情報をリピートとするだけで、視聴者が「●●川が氾濫しそうだ」なんて情報を垂れ込んでも、被害が発生しない限り基本的にはメディアは動きません。
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 7月8日、そんななかで岐阜県関市の武儀・上之保地区で津保川が氾濫し、床上浸水しているという情報が早朝に流れました。朝になると昼のニュースに間に合わせようと名古屋から各局がクルマやヘリコプターで乗り込んで中継をしていましたが、お昼になっても1局だけ報道を行わないメディアがありました。地元で唯一の民間放送局である岐阜放送です。
 岐阜放送は初動が非常に遅く、前日の時点で大雨特別警報が発令されてもL字型画面では「大雨情報」のまま6時間以上放置していました。夜には長良川に氾濫の危機が迫り、岐阜市を洪水から守る最終手段である長良橋の陸閘が14年ぶりに閉鎖されましたが、それでも岐阜放送は動きもしませんでした。更に、岐阜放送にはラジオもあるのですが、通常通り深夜1時には放送を終了してしまいました。
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 関市の武儀・上之保地区で津保川が氾濫したのは午前2時ごろだったそうです。その現場は8日のお昼のニュースで報道されました。しかし、岐阜放送はいつも通りテレビショッピングを垂れ流すままで一切情報は流れずじまい。お昼を過ぎても岐阜放送だけは
「氾濫したものとみられる」
としか報道していませんでした。岐阜放送としては未確認だったのと思われます。日曜昼12時に「鑑定団」垂れ流しながら、ありえない報道をしていた画像を証拠として挙げておきます。
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 岐阜放送は他局の報道を見て慌てたのか(?)、昼1時を過ぎたころ、ようやく関市の津保川氾濫の情報を「確認」として初めて流したのでした。岐阜放送は誰も見ていないから許されると思っているのでしょうが、視聴者は許しませんよ。
 そもそも、岐阜放送は岐阜で昭和20年代に開局したラジオ局「ラジオ東海」が広域放送を行う現在の東海ラジオ設立のために三重県にあったラジオ局「近畿東海放送」と合併の上、地元からラジオ局が奪われしまい、その後昭和34年の伊勢湾台風で地元の災害情報が得られなかった地元の反省から作られた経緯のある放送局です。後発であることから独立局という自由度の高さは災害時に本領を発揮できるのですが、局としての本分も忘れてしまったのでしょうか。また、同じ系列の岐阜新聞とのネットワークから県内各地の情報も得られるはずなのに、それもしなかった。翌日が新聞休刊日のため、岐阜新聞・岐阜放送全体で休暇だったのでしょうか?
 岐阜新聞・岐阜放送というメディアグループは、岐阜市とその周辺地域を必死にカバーするも、それ以外はほどほどにというスタンスでしたが、今回の豪雨災害ではお膝元である岐阜市ですら情報を流すことを放棄してしまったわけで、既に放送局としての機能・役割を果たしていないことを改めて証明してしまったわけです。テレビアンテナの工事業者から聞いた話ですが、岐阜県内でテレビ愛知の受信相談が結構多く、その度にテレビ愛知の人気の高さと岐阜放送の人気の無さを感じるのだそうです。既にジリ貧との噂もありますが、県民にそっぽを向かれたメディアに生き残りの道はあるのでしょうか?

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