名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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2011東北冬紀行3・福島県双葉郡広野町1
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 12月27~30日にかけて訪問した東北探訪シリーズの3回目です。今回から2回に分けてで福島県双葉郡広野町を取り上げます。現地の様子をご覧いただきたく、画像が多めとなります。
 12月28日11:13。JR広野駅に降り立った乗客は10名あまり。しかし、その半数は駅とその周辺の撮影だけ済ませるとそのまま折り返しのいわき行きに乗ってしまい、広野駅の改札を抜けたのは5名ほどでした。
 広野駅から警戒区域最前線の検問所(以後、検問所と略します)まで3.5km。ここまで来て検問所を見ずして帰るわけにいきません。この目で見ておきたい。しかし、次のいわき方面行き電車の発車時間までは1時間半。徒歩ではかなり苦しい工程ですが、絶対に検問所まではたどり着きたい。そう思い駅前に立つと、一眼レフカメラを持った明らかに趣味人と思しき若者を発見。検問所まで駅前で客待ちしているタクシーへの相乗りも検討しましたが、最前線の街・広野町を歩かねば意味が無いと思い、徒歩でのアプローチを強行することにしました。
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 福島県双葉郡広野町は、いわき市の北隣に位置する人口約5,500人の街。しかし、2011年3月11日の東日本大震災による東京電力福島第一原発事故による影響で広野町全域が緊急時避難準備区域に指定され、住民だけでなく役場機能までが町外に避難する事態となりました。避難準備区域は昨年9月に解除され翌月から町内の除染も始まりましたが、放射能被害への懸念から街に戻ってきた町民は200名余りだったそうです。
 12月28日といえば、本来なら歳末大売り出しとして小さな街の商店街でも盛り上がるものですが、広野町のメインストリートには人影すらなく、大半の商店もシャッターを降ろしていました。
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 広野駅近くのスーパーも閉鎖され、福島第一原発へ向かう作業員の前線基地兼駐車場になっていました。たまにクルマが通り過ぎていきますが、本当に不気味なくらいに人がいません。皆さん、避難されているのでしょう。雨戸を閉めた家が多いのがその証拠でした。
 ところが、被災地を中心に空き巣被害が相当数発生しているそうです。これは田舎にありがちですが、自宅を塀で囲み、門扉で施錠する習慣や設備そのものが無いんですよね。岐阜の山奥にある私の実家もそうです。だから、他人の家でも敷地への出入りは実質的に自由なわけです。なかには角材や物干し竿で柵を作って敷地内に入れないようにしている家もありましたが、裏を返せば不在であることを知らせているようなもの。そんな背景を利用する鬼畜な奴ら。本当に許せません。広野町では地元の交番を拠点に、一定間隔でパトカーが町内を巡回していました。
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 広野駅から10分も歩かぬ間に広野町の中心集落をはずれ、このような風景に。正面の煙突は東京電力広野火力発電所。あの煙突の向こうに検問所がありますので、煙突を目標に歩きます。 
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 道路脇には、耕作された形跡の無い農地。あの事故さえ無ければ、毎年のように田を起こし、稲作を行っていたことでしょう。除染するとはいえ、本当に稲作を復活できる日は来るのでしょうか。
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 次の集落に入ると、重厚で真新しい建物が。よく見ると、東京電力の社員寮。屋根の壊れた家、ブロック塀の崩れた家が多いなか、あの激震でもビクともしなかったのでしょう。ここに暮らす社員さんは、広野火力発電所など現場の最前線でまじめに働いておられるかと思います。まぁ、経営陣のバカさ加減には怒り心頭ですが、ここでは触れないことにします。
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 緩やかな坂を登りきると、国道6号線に出ました。あとは検問所まで一本道です。しかし、本当にクルマが走っていない。福島第一原発関係の作業員を乗せたマイクロバスや、警官を乗せた車、資材を載せたトラックばかりです。特に白い服を身にまとった作業員を乗せたバスにはハッとしました。私は何かあってもすぐに現場から逃げられますが、現場の最前線で放射能との恐怖を振り払って作業に勤しむ作業員の皆さんに頭が下がる思いでした。
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 私、道の駅フリークですので、こんな標識をみるといつもなら喜んで飛び込みます。しかも、温泉付きですから最高の条件。しかし、たった2㎞先なのに道の駅「ならは」は、東京電力福島第一原発事故による警戒区域内の為、訪ねることは叶わない状況です。
 Jヴィレッジ(ジェイ・ヴィレッジ)は広野町と北隣の楢葉町に跨がって立地する日本サッカー界初のナショナルトレーニングセンター。設備の充実ぶりからプロ選手も練習に来ていたとか。現在はもちろんサッカーのトレーニングは行われておらず、福島第一原発の作業員が集まる前線基地になっているそうで、一般人の立入は禁止されています。
 実はこの施設は原発マネーによるもの。福島県内に原子力発電所を含む多くの施設を所有する東京電力が、1994年に地元への「貢献」として地域振興施設の造営・寄贈を行う提案を行い、日本サッカー協会が協力する形でナショナルトレーニングセンターを設立する合意がなされ、約130億円をかけて施設整備し5000人収容のサッカースタジアムや各種球技に対応可能な天然芝グラウンド、屋内トレーニング施設、宿泊施設等を建設。1997年に竣工した施設は福島県へ寄贈され、福島県の外郭団体である県電源地域振興財団の所有していたとか。
 そして、この標識の先、左手に警戒区域最前線に立つコンビニ「ファミリーマート」があります。作業員や警備員を中心に大変重宝されているそうです。
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 これまで整備されていた国道6号線が、突然の通行規制。何があったのか。対向車線にまわってみますと…。
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 路盤が崩壊していました。高規格道路として整備されながら、ここまで崩壊するということは、地震の揺れがいかに大きかったのかということと、福島第一原発への輸送ルートとして道路を確保するという国の必死さが伝わってきます。
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 「許可車両以外進入禁止」。いよいよ、検問所が近づいてきました。クルマはダメ(と言っても、一般車は転回場所が無いのでしばらく進まねばならない)ですが、私は徒歩。まったく問題ないので更に進みます。坂を下り、カーブを左に曲がりますと…
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 楢葉町に突入。そして、前方に物々しい光景が見えてきました。広野駅から歩くこと約50分。ここが福島第一原発から20㎞の一般人が立ち入ることができる限界地点にある検問所です。この先は放射能が高濃度であることから、立入ることができません。
 この先には東日本大震災後もほとんど手つかずの状態で、住民の方ですら立入が大幅に制限されているエリアです。牛やダチョウが街を走りまわる映像をTVや動画サイトで見ました。この先でどんな光景がみられるのか、個人的には見てみたいけどできない。でも、いつか行ってみたい。
 福島第一原発事故の収束には30年かかるという説がありますが、セシウムなどを除染しても警戒区域内の人が住み慣れた家に戻る日はいつになるのでしょうか。
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 訪問時(2011年12月)の事前調査では、警官が野次馬に対して神経を尖らせており、交差点に進入すると即座に追い返されるという情報がネット上で出ていました。私が行った際には何事も無く、交差点の手前から何枚か撮影させて頂きました。ここには全国の警察から交代で警備に当たっているとのことです。本当に御苦労様です。
 野次馬がこれ以上居座るのは邪魔以外の何物でもないので、5分ほどで検問所を去りました。

【補足】
 福島県広野町役場が2012年3月1日より、広野町内で住民の帰還を促し本格的な除染を進めるため、元の庁舎に役場機能を復帰させました。役場が移転した県内9町村のうち、元の庁舎に戻ったのは広野町が初めて。広野町は復興に向けて本格的に動き出しました。
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