名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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國盛 酒の文化館一般公開
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 今回は3月3日に行ってきました、愛知県半田市にある「國盛」のブランドで知られる中埜酒造さんの運営する資料館「酒の文化館」の一般公開の模様をお届けします。
 本来、この施設の見学は事前予約制なのですが、今回は「はんだ蔵のまち桃の節句」という街ぐるみのイベントの一環で自由に見学ができるということで行ってきました。
 知多半島は江戸時代は灘・伏見と並ぶ3大醸造地として栄えました。知多半島東海岸の半田周辺は特に盛んで、灘・伏見よりも江戸へ早く商品を供給できる地の利の良さから、江戸時代後期から明治初頭までの間に隆盛を極めたそうです。その半田の中心にある中埜酒造さんの「酒の文化館」はJR半田駅から徒歩10分ほど。同じく半田発祥の企業「ミツカン」の本社を通り過ぎ、渋い蔵が立ち並ぶ半田運河の手前の筋を入ったところにあります。
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 中埜酒造は江戸時代末期の1844年(弘化元年)創業。1909年(明治42年)「丸中酒造合資会社」に法人化。1965年(昭和40年)株式会社に組織変更。1990年(平成2年)「中埜酒造株式会社」に商号変更し、現在に至ります。「中埜」という名称を使うあたり、同じ半田でしかも目と鼻の先にあるミツカンとの関係が気になります。調べて見ると、やはりミツカングループに属していた時期があるようですが、現在は若干の一部交流や人事業務について協力しているのみで独自路線を歩み始めているそうです。
 酒蔵の歴史を確認した上でさっそく館内に入ります。この資料館は1985年(昭和60年)に新工場の完成と稼動を機に創設された中埜酒造の企業博物館で、かつての酒蔵を利用し日本酒造り工程や酒造りの道具などが展示されているほか、酒の試飲も可能です。
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 展示物はかつて使われていたモノばかりでサプライズ無し。個人的には現在の醸造技術を見たいところですが、今回の見学は酒蔵では無く資料館ですから仕方ないところでしょうか。今回は桃の節句ということもあり、雛飾りも展示されていました。
 そして、酒蔵見学の本丸・試飲コーナーです。なぜか、ここでは試飲コーナーだけ撮影禁止。中埜酒造さんのオールスターキャストのうち、「國盛」吟醸や「半田郷」などを堪能。最近その筋で話題の「知多娘。」限定レーベルを知多娘のキャラクター声優による試飲もありました(だから撮影禁止?)。アルコール度数がやや低めで日本酒ビギナー向け。この蔵元では脇に置かれがちの梅酒にも手抜きなし。この蔵オリジナルの「ローズ梅酒」がなかなか美味。スルスルと呑めてしまいます。すぐ脇には販売ブースもあり、お土産を確保できました。
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 今回のイベント「はんだ蔵のまち桃の節句」の一環で、知多半島の醸造をテーマとした展示イベントが行われているということで、酒の文化館からJR半田駅を通り過ぎ15分ほど歩き名鉄知多半田駅前にある「クラシティ半田」というビルへやってきました。
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 ビルの一角にはこんなスペースも。その筋で噂の「知多娘。」コーナー。ヲタはカネ持っていますから、地域おこしをこういう視点からアプローチするセンスはなかなかのものです。でも、このブースには入らずサラリと通り過ぎまして、3階のホールで行われていました「醸しの半島、知多 酒とビール」という企画展を見に行きました。
 今回のイベントを主催する財団法人招鶴亭文庫さんは、平成20年1月に半田市に設立され、ミツカン創業家である中埜家文書の寄贈を受け、江戸時代以降の半田を含む知多半島地域の経済史や文化史の解明に繋がる様々な資料についての学術的な調査・研究を行っているそうです。
 特に中埜家の文書は、食酢醸造業その他の事業に関わる帳簿や書状、地域の成立過程や人々の暮らしがわかる記録など、総計約20万点の文書が残されており、食酢の製造・流通に限らず、酒造業、銀行業、酪農業など財貨・サービスの生産・分配・消費といった経済活動や、衣食住の文化に関わる貴重な記録が残されているそうです。
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 冒頭でも述べましたが、半田を含む知多半島地域は江戸時代から日本有数の酒造地域であり、現在、この地域で盛んに醸造されている食酢も酒造業が生み出す酒粕から考案されたものです。醸造王国だった知多半島がいかにして隆盛を迎え、そして競合に敗れ酒造が衰退したのか、資料を交えてその経緯を知ることができました。会場内は撮影NG(下記の招鶴亭文庫さん公式サイトより一部ご覧いただけます)でしたが、スタッフの方が実に丁寧で分かりやすい説明をして下さり、昭和戦前まで隆盛を極めた半田発祥の「カブトビール」のクリアファイルのお土産付きで非常に濃い展示でした。
 知多半島の醸造が盛んになったのは、米を原料とする酒の統制が徹底的に行われていた江戸時代、天明の大飢饉で全国的に酒造が制限を受けるなか、飢饉の影響が軽重だった尾張藩は酒造規制が緩く、江戸へ供給できたことから知多酒の名は一気に広まったそうです。
 ただ、知多酒がその後失速してしまったのは、精米技術の問題(酒質が悪かった)と水源の確保が限界になってしまった(知多半島は慢性的な水不足で、これを解消したのは昭和30年代の愛知用水完成まで待つ必要があった)こと、更には明治初頭の松方正義による酒造税の大増税で知多半島の半数の酒造家が廃業又は転業してしまったのが大きかったそうです。
 それでも、この地域の人々は再び立ち上がり、戦前に「カブトビール」でもう一度隆盛を極めています。ミツカンは既に日本を代表する醸造メーカーです。知多半島の醸造スピリッツは、世代を越えて現在も継承されているのです。

【参考】
中埜酒造
http://www.nakanoshuzou.jp/
財団法人招鶴亭文庫
http://shoukakutei.or.jp/index.html
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テーマ:日本酒 - ジャンル:グルメ

この記事に対するコメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
【2012/05/30 11:12】 URL | 履歴書の資格 #- [ 編集]


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