名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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2012夏 若狭湾への旅7・大飯原発と電力問題
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 8月26日に行ってきました若狭湾の旅。レポートは第7回の今回で最終回。最終回は海から見る大飯原発と電力問題について思うことを少し書いてみたいと思います。
 ここまで来たのなら、大飯原発を見ずして帰ることはできません。しかし、現地は7月の再稼動の際の騒動が原因で封鎖されており、陸路で現地に行くことはできません。そこで、海から攻めることにしました。
 「うみんぴあ大飯」から「青戸クルージング」という遊覧船があるので、これに乗ることにしました。通常運賃は1,400円。しかし、2013年3月末までは運賃半額!!しかも、「うみんぴあ大飯」公式サイト(http://www.uminpia.com/)から、一人分の無料優待券がダウンロードできます!!
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 「青戸クルージング」は1週約50分で1日4便(冬季は3便)という貴重な遊覧船ですが、この青戸の入江が隣の小浜市にある「蘇洞門(そとも)めぐり」ほどの景観上の名所でもないこともあり、正直なところ存在意義自体も不明瞭なのですが、大飯原発の再稼動によって現地を海から見に行くという目的が出てきたことから利用者が増えたとか増えないとか。私自身もこの遊覧船を再稼動反対派の人のブログで初めて知ったほど、地名での無い船ではありました。
 この船の運航は小浜市の「蘇洞門めぐり」と同じ事業者。13:00発の遊覧船は立派な船にも関わらず、乗船客はたったの5人でした。全員正規運賃でも収入は6,000円。運賃半額で乗る人や、私のように無料券で乗った人もいるのですから、きっと赤字運営でしょう。

 遊覧船は大島半島の先端部の大飯原発の近くまで行きます。
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 桟橋を離れると、まず大きな橋の下をくぐります。青戸の大橋。おおい町中心部と対岸の大島半島を結ぶ743mの橋です。この大島半島、一応首の皮一枚でお隣の高浜町と陸続きなのですが、半島の先端部から高浜町へ行くのは不便であるため、従前から対岸の本郷地区(大飯町中心部)への往来が日常的に行われており、昭和の市町村合併でも陸続きの高浜町ではなく、海を挟んだ大飯町への合併を選んだ地域でした。
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 しかし、大飯町中心部と大島半島を結ぶのは、1日4便の町営の定期船のみであるため、大島半島の人々は気候や運行ダイヤに大きな制約を受け、「陸の孤島」と呼ばれていたそうです。大島の住民にとって架橋は長年の悲願である、陸の孤島から抜け出す「夢の懸け橋」であり、関西電力にとっても原発を造るために必要な橋だったわけです。
 大飯原発の敷地造成工事を始める1971年、関電は青戸の大橋を含む延長約10kmの県道建設に着工。22億6,800万円を投じたが、実際に県が負担したのは3億円で、残りは原発マネーだったそうです。
 1974年に青戸の大橋は開通し、大島半島にも路線バスが運行を開始し、マイカーを持つ住民も出てきたそうです。しかし、造られた道路は1本のみ。原発と道路の建設が終わると、原発作業員を相手にする商売や原発の作業員として勤める作業員の雇用を除くと、地域の経済効果は部分的なものであり、地域の過疎化は食い止めるどころか、逆に進行してしまいました。青戸の大橋も架橋40年を迎え、海にかかることから塩害の影響もあり、老朽化が進んでいます。
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 青戸の大橋の下を一旦潜って、すぐにUターン。大島半島の先端に向けて進路を変更します。まるで、競艇選手かと思うぐらいの荒っぽい運転で、荒波に挑む漁船のように船体をやや上に向けたまま青戸の入江を爆走します。
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 大島半島の先端部に来ると波も収まり、船もゆっくりと進みます。前方の山を越えた先に・・・
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 ついにやってきました。これが関西電力大飯原子力発電所です。海沿いにあるのが1号機・2号機。7月に再稼動した3号機・4号機はこの奥(山側)にあるのだそうです。しかし、防波堤が低いですね。どうも、5mほどしかないようです。もし、東日本大震災規模の津波がやってきた場合に対処できるとは到底思えず、福島第一原発の二の舞にならないかという心配を感じました。
 ちなみに、今回訪問を断念した大飯原発のPR施設「エル・パークおおい」にはシースルー見学施設というものがあり、2年ほど前までは燃料取扱室・原子炉建屋・タービン建屋・中央制御室といった、原子力発電所の心臓部となるエリアまでガラス越しに見学できる、原発のPR館では最も核心に迫ることのできる究極の見学施設として知られていました。原発が安全というなら、このくらいしないとね。もう、そこまでオープンにすることはなさそうだけど。
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 2011年3月末現在で、大飯原発に勤める人は通常2,000人、ピーク時は3,500人だそうで、うち関西電力職員は500名ほどで、残りは協力会社社員なのだそうです。また、出身地では福井県出身者が46.8%で、おおい町出身者が11.1%だそうです。
 原発があるという事実。あの事故以来、それは恐怖に感じるようになりましたが、地元の人は従前より極めて冷静です。だから、大飯原発の前を平然と漁船が行き交うのです。それは、「安全神話」という絶対的な存在の前に、地元の人へ原発についての情報が長年ほとんど流れていなかったことや、原発がもたらした地域振興や地域格差是正のために貢献度の高さから、地元に「電源立地として、原発を受け入れた代償として当然のもの」という考えの潜在化が背景にあったのだと思います。行政が麻薬中毒者のように、原発マネーに依存する状況に至ったことも背景は同じです。

 船は2分ほど大飯原発の沖で止まり、つかの間の撮影タイムが終わると遊覧は終了。進路を南に向け、再び猛スピードでうみんぴあ大飯に向かいました。この日の最高気温は35度。炎天下の中を歩いたせいか、軽い熱中症の兆候が出たため、ここでダウン。その後、舞鶴・綾部・京都・米原経由で帰路に就きました。
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 数日後、こんな記事を見つけました(2012年8月28日中日新聞朝刊より)。大飯原発の3・4号機を再稼動させなくても、懸念された近畿地方の電力不足は回避され、むしろ電力供給に余力があったという内容です。これは関西電力が予測した需要を10%下回ったためだそうです。それなら、あの賛成・反対騒動は一体何だったのでしょうか。
 やはり、原発ゼロの「究極の社会実験」はするべきだった気がします。この夏を越えるために節電に取り組む企業が増え、なかには多額の投資を行って自家発電装置を設置した企業もありましたが、その流れに反した再稼動により、投資が裏目に出てしまった企業もあります。そんな電力利権への不信感が電力離れにつながっているのだと言えます。結局は大飯の再稼動も原発を取り巻く利権構造が逃げ切りを図ったとしか思えません。電力需要を満たしていたのなら、一刻も早く大飯の原子炉の一方は即停止すべきです。しかし、そんな検討はされぬまま、原発の運転は継続されています。
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 夏は何とか乗り越えました。今度は冬です。北海道では電力供給について余力が少ないといわれています。本州からの送電も限りがありますので、いかにして冬を乗り切るのでしょうか。そうなれば、北海道電力泊原発の再稼動に向けて、再び動きが起こるのでしょうか。しかし、その胎動は確認できません。ということは、大飯原発についても結局はパフォーマンスだけだったのだと勘ぐりたくなります。「火力発電所が稼動しているので不要」といいますが、それは公共施設を始め、トンネルの消灯、ロードヒーティングの休止など、北海道民の生活基盤について犠牲を払っている上での需給バランスであるということを理解すべきです。
 脱原発という論調が盛んになっていますが、現状では即脱却に移すことはできません。太陽熱発電や風力発電など、代替エネルギーは絶対的に不足しており、原発の穴を埋めるに至っていません。その構造を改めるにはまだ時間がかかりそうです。
 これまで「電力」は社会基盤のひとつであり、社会繁栄の象徴でもありました。しかし、そこから100年以上、発想の転換ができぬまま現在に至ってしまったわけです。そのあまりに電力に偏重した社会に、ようやく鉄槌を打つきっかけになったのが、今回の大飯原発再稼動問題だったわけです。
 逆に太平洋戦争時以来の国民総団結で乗り切った「節電」活動の偉大さを評価し、実は少し不便な方が新しい発想につながって逆に丁度良かったのだと振り返るべきでしょう。もう、右肩上がりに成長する時代ではありません。逆に人口も自然減するようになりました。だから、「必要なものを必要なだけ使う」ことで取捨選択しながら物事を進めていけば、原発が無くても日本はやっていけそうな気がしたのが、今回の旅での結論でした。
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