名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船5
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 2012年9月29日に行ってきました、三重県尾鷲市の須賀利巡航船特集の5回目、今回で最終回です。
 須賀利港を16:30に出た尾鷲行き最終便は16:50、再び尾鷲港に戻ってきました。折り返し17:00発の須賀利行き、97年続いた須賀利巡航船の最期を見送ることにしました。この船に乗ると尾鷲市街へ船で戻ることはできません。したがって、須賀利の住民以外は乗らないと思われましたが、どう見ても同業者らしきリュックを担いだ人が1人だけ乗っていきました。須賀利から先はバスがなく、山を越えて6km先の紀北町島勝まで歩く必要があります。しかも、終バスには間に合いません。おそらく、須賀利にクルマを置いているのでしょう。最後の最後で貸切なんて、何と贅沢な体験なのでしょうか。
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 須賀利巡航船が須賀利を拠点にしている性格上、この便は須賀利港への回送も兼ねているのですが、地元の人が誰も乗らない須賀利巡航船97年の歴史の終止符を打つ最終便。これには寂しいものを感じました。翌日に地元住民限定による廃止式典があり、お別れ乗船が企画されていたそうですが、定期便の最後に地元民ゼロという事実。巡航船としての終焉を見た気がしました(なお、翌日のイベントは台風のため、屋内での廃止式典以外は中止になってしまったそうです)。
 助手さんが最後の航海を前に船体を水洗いするなか、最終便に乗る人もいないことから船長さんが早々に戸締りに入ります。
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 「本日欠航」という札を出して、
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 シャッターが降ろされました。
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 桟橋が跳ね上げられると、
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 汽笛を鳴らして静かに巡航船は動き始めました。須賀利への最後の航海です。
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 10名ほどの同業者がひたすらシャッターを押すなか、船が見えなくなるまで見送りました。これで97年にも及ぶ熊野灘最後の渡し船・須賀利巡航船の歴史は終了しました。
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 「本日欠航」。しかし、もう巡航船が就航することはありません。

 須賀利巡航船の廃止。これに大きく依存する須賀利地区から表立った反対の声はありませんでした。最大の要因は既に道路も開通し、天候に左右されにくい交通機関を求める声があったためです。
 地元では2012年1月に巡航船の存廃について住民投票が行われ、巡航船廃止に過半数が賛成という結果が出ました。利用者の減少に歯止めがかからず、頼りの高校生も須賀利に暮らす生徒は1人だけ。しかも、その家庭は親が尾鷲市街へ通勤しているため、親のクルマに同乗しているそうで、巡航船を利用する高校生はいなかったそうです。
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 一方で、住民の高齢化が進み通院の足を求める人が増えていたようです。巡航船の致命的な弱点。それは病院への直通運航ができないこと。尾鷲市街地の尾鷲総合病院やJR尾鷲駅周辺のスーパーへ行く場合は、尾鷲港からタクシーに乗り換える利用者が増えていたようです。尾鷲港からJR尾鷲駅までは徒歩15分、尾鷲総合病院は20分ほどですが、緩やかな登り坂でもあり、高齢者には厳しいと思われます。
 所要時間は2倍以上かかっても、タクシー代が不要になり逆に財布に優しくなる。その上、病院も駅もスーパーも近くまで直通運転してくれる。尾鷲市街まで行かなくても紀北町海山地区での用事も対応できる。バスへの移行は利便性に限らず、天候に左右されない「地域の生命線」として必要であるという須賀利地区住民の選択が、船からバスへのバトンタッチにつながったのでしょう。
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 ただ、残念なのは代替交通が行政のセクショナリズムによって分断されていることです。尾鷲市街地からの三重交通のバスは現行どおり紀北町の島勝まで。島勝から須賀利までは尾鷲市のコミュニティバス(画像の様なワゴン車)に乗り換えるスタイルとなりました。
 本来なら、須賀利まで三重交通のバスを延長し、尾鷲市と紀北町が運行距離に応じて補助金を分担すれば良いのですが、この路線の場合は須賀利地区が尾鷲市の飛び地である特殊性や地区内に300人ほどしか住んでおらず、バスの赤字額増大が避けられないため、尾鷲市域へのバス路線延長でバスの運行補てんが増大する恐れが高い紀北町への配慮や、この方式の方が尾鷲市の負担が軽いためと思われます。
 97年続いた熊野灘最後の渡し船「須賀利巡航船」。船が支えた重要な任務をこれからはバスが支えます。住民が選択したバスですから、私からは異議は申しません。ただ、選択したバスが巡航船の伝統を引き継ぎ、永続的に走り続けられるように支えて欲しいと思い、今回のレポートを締めたいと思います(完)。
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