名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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お葬式
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 4月25日夕方、祖父が亡くなりました。95歳でした。

 7年ほど前から認知症を発症し、老々介護の限界から5年前に施設入所しました。4年前に大腿骨を骨折してから自力歩行ができなくなり、車いす生活となりました。認知症進行により知能も4歳程度のレベルまで落ち込み、昨年からは人の認識ができず、誰が誰だかわからない状況でした。1ヶ月ほど前から肺炎で入院しており、最期は静かに旅立ちました。

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 4月27日、身内だけで葬儀を行いました。出席したのはうちの家族と隣町に暮らす叔父一家のみ。静かに見送ることになりました。岐阜県は亡くなると中日・岐阜・朝日の新聞3紙の朝刊に住所と氏名が載るのですが、これは葬儀社から掲載するかどうかの選択を求められます。今回は身内だけで行う都合で非掲載にしました。
 葬儀を行ったのは土岐市の斎場です。土岐市の中央にある山の上、土岐市駅からひたすら真っ直ぐ進んだ先にあります。
 朝10時、葬儀社が棺を運んできました。男手が4人しかいませんが、クルマから斎場のストレッチャーに運び出します。これが意外と重いんですよ。
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 祭壇の前に祖父の棺桶が運ばれると、参列者が線香をあげます。その後、お坊さんが5分ほどお経をあげてくれました。一応、戒名も付けてくれました。お経が終わると、最後の見送りです。祖父の姿を見るのも、これが最後です。祭壇が高いため、背の低い祖母は私が抱え上げて、最後の見送りをしました。祖母も祖父の介護を終えた頃から認知症が始まり、独居は困難と判断されたことから、祖父と別の施設に入所しています。今回の参列者で唯一泣くかと思われた祖母ですが、現実を理解しているかどうかは誰にも分かりません。
 祭壇の奥の部屋にオフィスビルのエレベーターホールみたいにズラリと扉が並んでいまして、その扉の先が炉です。斎場職員が慎重に棺を運び込み、扉が静かに締められると、「合掌」の合図とともに「ボッ」とガス炉が点火する音が聴こえました。今生の別れです。
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 最期は骨と皮だけになった祖父ですが、終わるまで1時間10分ほどかかりました。炉から運び出された変わり果てた祖父の骨を拾いました。私、38歳にして葬儀初参列だったのですが、人の骨って理科室の標本みたいにしっかりしているのかと思っていましたが、高齢者の骨はボロボロなのだそうで、祖父の骨も大腿部や頭蓋骨の一部を除いて、原型を留めていませんでした。炉で焼いた熱と独特の臭い。忘れられません。
 祖父は学もなく、貧困から「腹一杯メシが食べられる」という理由で軍隊に志願した人だったそうです。復員後は陶磁器の窯焼き職人を経て自分の工場を持ち、今は両親が継いでいます。子供の頃は軍隊時代の話を面白おかしく話す人でしたが、無学の職人肌でしたので、朝5時に起き夜8時には寝る無骨な人でもありました。
 祖父とは8年ほど前にぶっきらぼうに返した会話が最後でした。もう少し、色々な話を聞いておけば良かったと反省しています。この人がいたから、今の自分がいる。この事実を噛みしめて、これからも生きていきます。ありがとう。合掌。
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