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名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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ついに「東美濃ナンバー」推進派の本音が出た!
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 既に全国に恥をさらしている、岐阜県東濃地方の「東美濃ナンバー」問題(画像は2018年4月26非中日新聞朝刊「東濃」より)。
 岐阜県知事から「住民の合意形成を急ぎすぎている」とご当地ナンバー導入自体の懸念も跳ね返して、むりやり国土交通省にゴリ押しした「東美濃ナンバー」。9月28日までの半年にも及ぶ延長戦が始まりました。全国のご当地ナンバーでここだけの大恥で、国土交通省の業務にも支障をきたしている税金の無駄遣い行為です。
 多治見市で4月25日の東美濃ナンバー実現協議会で住民意向再調査の予算が計上されていないことから、瑞浪市の水野市長が「賛成意見が50%を超えたという確証を持って申請するものでなければならない。周知の機運も高まらない」、多治見市の古川市長も「住民の意向調査をすべて避けるのは困難」と述べたところ、協議会の会長でバロー会長の田代正美氏から耳を疑うような発言があったようです。それがこの発言。

「(自治体は)市民の反応を気にしすぎている」

 ついに出ました。これが東美濃ナンバー推進派の本音です。東濃・可児40万人から噴出している反対意見はどうでも良い。「観光振興」という建前上、自分たちの商売にとって利益になればそれで良い。東美濃ナンバーが嫌なら東濃・可児から出て行けば良い。そういうことなのでしょう。会長の田代氏は神奈川県の出身だそうで。だから、別に東濃や可児がどうなろうと関係無いんでしょうね。地域愛がまったく無いから、自分の都合の良いようにやっているわけで。強行・強制することでしか権威を誇示できないわけですね。器が小さいわ。


 ところで、この推進派ジジィたちの言う「観光振興」とは一体何なんでしょうか? 今回の協議会での声明文が手に入りました。
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 突っ込みどころ満載で、呆れてモノが言えません。東美濃ナンバー実現協議会のジジィたちの発想がいかにお花畑で、商売の感覚が1980年代で思考停止しているのがハッキリと示しています。記載内容に突っ込んでみます。

『日帰りより一泊、一泊より二泊』
→日帰り観光すらまともに成立していないのに、東濃・可児で二泊も足止めさせるのは、監禁でもしないと成立しないぞ。

『この地に訪れる観光客の皆様に一円でも多くのお金を使って頂く』
→観光バス1台分の客が街を散策しても、多くの商店主が個人経営で日銭商売。バローとピアゴしかない地域でいったいどの程度の臨時収入になるのやら。その程度の収入もあてにしないと成立しない商売というのは、客を待つ以前に経営が破綻してないか?

 東美濃ナンバー実現協議会のジジィたちは、本当に経営者なんでしょうか? ド素人が見ても明らかに商売勘の無い発想です。彼らの言う「観光振興」とは、どの程度の規模で考えているのでしょうか? 東京ディズニーリゾートやUSJ、ハウステンボスでも誘致するつもりなんでしょうか? 岩手県の三陸沿岸や静岡県浜松市は、NHKの朝ドラや大河ドラマの舞台でご当地ナンバーなんて使わなくても、これ以上の経済効果が出ていますよ。

『美濃の名称は「古事記」や「源平合戦」にも登場する。』
→美濃は登場するけど、「東美濃」は出ていませんが? 東美濃は見つからなかったのか? そもそも、「~であったとみられる」と書かれるような存在自体がわからない古代の文書や、お侍さんの時代の文書があれば正しいということ自体がおかしい。著者は地元の人間ではないのだから、美濃の地理に詳しいとは限らない。

 こじつけがひど過ぎて、読んでいるのもアホらしくなります。こんな文章で「東美濃ナンバー」に賛同してもらえると思っているのでしょうか?ますます、東美濃ナンバーに対して反対の意志を強くするだけです。
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テーマ:東海地域情報(愛知・岐阜・静岡・三重) - ジャンル:地域情報

この記事に対するコメント
改めて田代会長発言に思うこと(1)
突然の投稿、申し訳ございません。
以下の文章の日付は話題から1年半伊集経過していますが久しぶりに過去ログを拝見しまして、ふと気になったことがございましたので投稿させていただきます。それは田代正美会長の「市民の反応を気にしすぎている」発言の真意は何かについてです。
当然この発言は許されるものでなく、百歩譲って本音はそうでも口にすることはタブーですので田代会長を弁護する気は全くございませんが、東濃・可児における問題点を暗示しているように思えてならないのです。
議場の雰囲気、水野市長と古川市長の他どんな発言があったか等詳細な内容は紙面ではわかりませんが、「(自治体は)市民の反応を気にしすぎている」とは不満としての発言であり、対する首長達は「単純に反対が多いからやめようという軽い気持ちではない」、「普段から説得に努めている」等の「我々だって頑張っているんだ!」とアピールする反論でした。
この話題の前、第二回東美濃ナンバー実現協議会(以下、実現協)にて(今からみれば)1回目のアンケートの実施が決定してから第3回実現協開催までの間である平成29年11月28日、実現協の商工会議所関係役員と古屋圭司代議士は、国交省のご当地ナンバー担当職員と面会したことは国交省の記録にあります。また古谷代議士には「東濃新報」と「三野新聞」の、ともに平成30年元旦特別号にて、東美濃ナンバーは内定している内容が記載されています。

このことから田代会長発言を補足すると
「(私たち商工会議所は東美濃ナンバー実現のため古屋先生を通じて国交省に根回ししているのに自治体の首長は)市民の(感情、空気等の移ろいやすいことに対する)反応を気にしすぎている(から事態が前に進まないのだ。何をやっとるか!)」

または

「(国交省への根回しで内定済みなのに自治体の首長は)市民の(移ろいやすい)反応を気にしすぎている(オロオロするな!)」

とではなかったと思われます。当時は「半分、青い」が放送開始間もない時期だったので、市民感情。雰囲気は容易に変わると楽観視していたからの発言とも想像できます。
それはさておき、もし先の補足した発言が真意とすれば、この発言には大きく
1)行政担当者及び行政に影響力がある者に住民の意見は反映されにくいこと
2)住民の「世論」でなく「輿論」が蔑ろにされていること
の2つの問題があるようです。

まず1)について。
 東美濃ナンバー導入は
 ・東濃5市と可児市、御嵩町の7市町を一括して扱う必要の是非
 ・7市町の呼称を何にするのか
 ・7市町の地域振興に観光振興は有効なのか
 ・7市町の観光振興にご当地ナンバーは有効なのか
等の最も基本的な項目には住民の意見が全く反映されず、行政とその関係者が独占して決定したために、住民にとって突然湧き出した印象がありました。基本的項目の結論は行政側が独占し、「既に決められたこと」として扱われ「残るは手続きのみ」の状況でした。国交省への根回しはこの手続きをスムーズにするためだったのでしょう。

 「行政の決定過程には民衆は公的に関わることができないし、個々の政策には全く口出しできない」、地方自治体だけでなく国も抱える問題のようです。

 通常我々は選挙にて民意を反映させます。自治体では選挙にて住民の代表として行政の長と、議決機関の代表者である議員を選ぶことで住民意思を反映させますが、選挙後は代表者とオフィシャルに関わることは少なく住民は「よきにはからえ」にならざるを得ません。特に自治体の議員は住民と陳情にて関わることはありますが、議員ができることは行政に働きかけることであり具体的な実施は行政が決定します。また陳情は住民の一部、特に議員を支持する地区住民の利益であり市民全体ではありません。
 地方自治体には選挙以外に、行政に住民がオフィシャルに関われる制度として
・住民投票
・審議会等の諮問機関
・公聴会、シンポジウム、フォーラム
・ワークショップ
・意見公募
があります。このうち住民の直接請求による住民投票には、このブログにあるように実施までには多くのハードルを超えなければなりません。諮問機関は、構成員のメンバーをみれば結論がわかるような人選では無意味であり、政策の後ろ盾にすぎません。公聴会、フォーラム、シンポジウムは(経験された方もいらっしゃるでしょうが)概して主催者のお手盛りで、聞き飽きた内容が繰り返されるばかりです。
 ワークショプとは行政と住民双方が参加し問題の現状把握、解決の方向性、計画策定等を行う手法ですが、役所の者が多数で住民が少数では議論がうまく進みません。議論進行の専門家(ファシリテーター)を必要とします。
 意見公募、パブリック・コメントは、どんな意見が多数を占めようと「聞き留めておく」程度で、当初の行政の決定が覆ることはまずありえません。

 以上より、行政に住民が公的に関わることができるなら住民投票は現実的でなく、諮問機関は人選に難があり、公聴会・シンポジウム・フォーラムは役所のお手盛りでは無意味なことから

・一般住民と行政担当者双方が参加するワークショップによる政策づくり(住民の人選には制限を設ける)
・意見公募にて特定意見が一定の数・割合を超えた場合は事案の見直しをする

が現在妥当ではないかと考えられます。
 もしも東美濃ナンバー導入が、「地域振興」をテーマとし市井の住民と役所の担当者双方が自由な議論した結果によって導かれた結論なら、そもそも住民意思を反映した事案ですから、田代会長の「住民の反応を気にしすぎる」との暴言は成り立ちません。また意見公募にてナンバー反対の意見が一定数を超えたら事案を見直す条例があったのなら、田代会長は遵法精神を欠いた発言をしたのであり、首長達は「うちにはこういう条例がある」と堂々と言えば良いのです。真面目に相手することはないのです。
 行政の政策決定に住民が容易に参加できる制度の充実や環境整備は、今後n課題でしょう。

長文・拙文で申し訳ございません。2)については後日投稿させていただきたく存じます。
【2019/11/01 17:45】 URL | 南亭東四楼 #- [ 編集]

改めて田代会長発言に思うこと(2)
先日の投稿では田代会長の「市民の反応を気にしすぎている」発言には
1)行政担当者及び行政に影響力がある者に住民の意見は反映されにくいこと
2)住民の「世論」でなく「輿論」が蔑ろにされていること
の2つの問題があるとし、まずは1)について記しましたが、今回は2)について記させていただきたく存じます。
 
 現在「世論」は「せろん」とも「よろん」とも読み、{輿論}は「世論」の旧式表記のように思われがちですが、戦前までは両者は別の意味で用いられ、輿論は「よろん」、世論は「せろん」と読むのが一般的でした。
 輿論は英訳でpublic opinion≒公共の意見 、「公論」、「衆論」、「民論」と書換えできる用語です。五箇条の御誓文第一条「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ」の公論に相当します。世の中の多くの人の意見という意味ですが、正確な知識・情報を元に吟味される性質があるため論理的であり真偽を判断します。

 一方世論はpopular sentiments≒一般大衆の感情・庶民感覚、「世相」、「空気」「雰囲気」とも書換えできます。軍人勅諭「世論に惑はず 政治に拘らず」での世論です。この場合は「私情」と同義です。感情、感覚等々、いずれの意味にしても何かのきっかけで変動する性質があるため情緒的であり美醜を判断します

 さて、検索サイトにて「東美濃ナンバー」と入力すると関連して「ダサい」が表示されますが、これは熟考した結論というよりも、私的な感情・感覚による拒絶反応にてナンバーに反対していた者が多かったことを示すようです。東濃・可児の吟味された意見である輿論よりも、感覚的拒絶反応である世論を主とする反対と考えられます。「市民の反応を気にしすぎている」でいう「市民の反応」とは市民感情の意味であれば、住民の世論、醸す雰囲気や空気とも解釈できます。
 もし田代会長が検索結果を知っていたなら、東美濃ナンバーへの反対は発言した時点での感情、感覚、雰囲気に過ぎず容易に変わり得ると思っていたのではないでしょうか。発言のあった時期は「半分、青い」が放送開始されて間もないGW前だったことから「潮目は変わる」と思っていたのではないでしょうか。(結果として住民の拒絶反応による空気は。朝ドラ効果では変わらないほど濃厚だったのですが)しかし首長は再任毎に選挙がありますから有権者の感情や空≒世論を気にせざるを得ませんから「我々の立場も考慮せずに軽々しく発言するな!」の意味を込めての反論かもしれません。
 さて、このときの実現協にて首長と会長は住民の世論を巡り侃々諤々しているのであり、住民の輿論≒住民全体の意見についてではありません。FAXと郵送で意見を募集していましたが(メールが使えないことが既に門戸を狭くしています)、何回目かの実現協かは失念しましたが寄せられた意見を紹介したとき、議場は静まり返ったとのことです。実現協の役員にとっては耳が痛かったからでしょう。どのような内容の意見だったかはわかりませんし中には罵詈雑言のもあったでしょうが、役員が直視すべきだったのは住民の感情や空気≒世論でなく、耳を塞ぎたくなるような住民全体の意見≒輿論ではなかったでしょうか。
論理と感情の区別が困難なように、知識・情報をもとに熟考・吟味された輿論と情緒や感情、気分に基づく世論を区別することは困難でしょう。しかし輿論≒公的意見は、世間の雰囲気≒世論に流されず論理的・主体的に得た結果である分、簡単に揺らぐことはないでしょう。
東美濃ナンバーの賛成意見・反対意見双方とも論理的思考による結論ならば、両者は確固たるもののはずです。両者の意見を交換・議論し、意見が新たなステージに至ることを繰り返しことで意見はより洗練されます。しかし住民の意見を前に沈黙したのは、実現協は自らの主張を磨き上げるのを放棄したとも看做せます。
田代会長のいう「市民の反応」が世論でなく輿論の意味だったならそれは雰囲気に流されない、「やがて消える」性質ではありませんから「気にしすぎる」と言われても気にせざるを得ないでしょう。

しかし自戒を含め申し上げると
ある話題にはまず情緒的に対応する者がほとんどで、SNSは簡便性と即時性により、最初に覚えた感情が拡散されるため、世論がすぐに形成されます。関連する情報・知識を収集し思考・吟味し自分自身の意見を練り上げるまでに手間と時間がかかります。また結論である個人的意見に責任を荷う自覚も必要です。このような個人的意見の総体が輿論です。
 まず我々は世論≒空気・雰囲気・気分に流されないことが重要でしょう。

拙文申し訳ございません。
【2019/11/01 17:49】 URL | 南亭東四楼 #- [ 編集]


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