名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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秘境・深沢峡へ挑む2009冬Ⅱ
2月13日分の続きである。これまでの足取りについては下記を参照ください。
http://kouryudo.blog61.fc2.com/blog-entry-307.html

 いよいよ、念願の深沢峡へ足を踏み入れる。ここから先は電柱も無い人口ゼロ地帯。何かあっても自己責任である。
SSCN1131.jpg
 ゲートを越えるといきなり道幅は1mほどに狭まる。路肩にポールがあるところ、県道なのだという証であるが、ガードレールも無い路肩が非常に不安な道であることに変わりない。
SSCN1170.jpg
 「深沢峡記念」と刻まれた石碑。ここで観光客が来訪記念で写真を撮っていたのだろうか。この道が開削されたのは明治時代。現在の瑞浪市日吉町から八百津町潮南を結ぶ「加茂街道」として、明治36年に開通したという。
 ところが、木曽川に架かる釣橋は明治34年に開通していたという。つまり、この深沢峡への道があまりに険しかったということがわかる。
SSCN1134.jpg
 ヘアピンカーブの先、はるか下に深沢峡の五月橋が見えてきた。
SSCN1135.jpg
 深沢峡への道はここから一気に転げ落ちるかのように下っていく。ヘアピンカーブを2度まわる。
SSCN1145.jpg
 画像はピンボケであるが、この悪路を守る石垣は見事。明治時代のものかは定かではないが、この道を守り続けた功労者である。このヘアピンカーブだけで30mほど一気に下る。坂を下ると、正面に謎の建物が。
SSCN1136.jpg
 中をのぞくとトイレだった。深沢峡がまだ観光地として機能していた頃、観光客対策として設置されたものとみられる。戦後、昭和30年以降の建物とみられる。ここまで汲み取りに来る業者は大変だったことだろう。
SSCN1138.jpg
 ヘアピンカーブの脇に鳥居があると聞いていたが、鳥居は風雪に敗れ柱を残して朽ち果てていた。この先に幻の霧ヶ滝がある。滝までは先人たちの踏み跡があるので到達できたが、滝自体はイマイチだったので撮影しなかった。
SSCN1137.jpg
 再び深沢峡へ進む。道を倒木が阻むが、下をくぐって先を急ぐ。やや緩やかになった道を進むと正面に建物が見えてきた。
SSCN1139.jpg
 これが、秘境・深沢峡へやってきた観光客を迎えた茶屋「いさまつ」跡だ。昭和60年頃まで営業していたとのレポートもある。
 いさまつの脇に川へ下って行く道を発見。進んでみることにした。
しかし、まぁこの道が階段ながらも50度以上のとんでもない傾斜で難儀した。悪戦苦闘すること約5分。川辺にたどりついた。
SSCN1140.jpg
 昭和50年頃までは八百津町の丸山ダムから遊覧船が就航していたという。ここはその待合室だったのだろうか。遊覧船は昭和32年に就航した。就航当時、丸山ダムから深沢峡までの所要時間は50分だったという。
SSCN1141.jpg
 待合室から深沢峡・五月橋(恵那方面)を眺める(右:瑞浪市側、左:八百津町側)。美しい。
SSCN1142.jpg
 船着場らしきものを発見。更に下る道もあるので進んで見ることにした。ホント、急坂。積雪もあるので怖すぎる。
SSCN1143.jpg
 足を滑らせると厳寒の木曽川へ真っ逆さまである。地元の人が設置した丸太椅子に腰かけて木曽川を眺める。
SSCN1144.jpg
 五月橋・恵那方面。美しい。誰もいない冬の深沢峡。夏ならば、緑豊かな渓谷美を見せてくれたはずだ。ぜひ訪れたいところだが、夏は藪こぎと蚊・蛇・蜂の恐怖と闘わねばならず、ここまで人を寄せ付けない。
SSCN1146.jpg
丸山ダム・八百津町方面(右:八百津町側、左:瑞浪市側)。
 画像でお分かりいただけるだろうが、両岸には平地がまったくない。丸山ダムができる前、木曽川の水面は更に約50m下にあったそうで、断崖絶壁の渓谷として深沢峡は更に美しい渓谷美を見せていたのだ。
 鳥のさえずりが聞こえるだけ。人工的な音が全く聞こえない。しばし、深沢峡の美しさに浸る(続く)。
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