名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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ミスタードラゴンズ・立浪和義選手引退
 高卒1年目からレギュラーだった立浪和義。子供の頃から活躍を見続けてきた選手、立浪和義。
ついにこの日がやってきたのだ。3年ぶりのスタメン。いくら消化試合とはいえ、粋な配慮じゃないか。
 最後の最後で2塁打。プロ初安打も2塁打だった。「ミスターツーベース」の名に恥じない立浪らしさが出た現役最終打席だった。チャンスに2塁打を打つことで立浪はこれまで活躍してきたのだ。しかし、2塁打ばかりでなく時々ホームランを打つこともあった。チャンスに強く、巨人戦で逆転満塁ホームランもあった。ここ数年は代打に徹し、1打席を大切にする姿勢がファンにもよく伝わっていた。代打になっても腐らずベンチでチームをまとめてきたのだ。

 瀬戸でJRバスのお見送りをしながら、東海ラジオガッツナイターで聴いていた。引退セレモニーの司会進行は東海ラジオの「ミスターガッツナイター」犬養俊久さん。数々の名実況を残したアナウンサーだ。常務取締役を経て、現在は尾張温泉東海センターの社長さんだ。この日限りであの名調子が帰ってきた。
 そして、憧れだった桑田・清原両氏、同期の片岡・橋本両氏から花束贈呈。立浪は最後まで現役で
活躍できただけでも本当に立派だ。偉大な記録の数々。既に背番号3を永久欠番にしようという声もあるとか。

 立浪選手のあいさつが始まった。
「昨年引退を表明し、ここまできましたが、なかなか皆さんの声援に応えるバッティングはできなくなってきました。
理想である野球は打って走って守る。自分には守ることと走ることが衰えてきたのでユニホームを脱ぐ決意をしました。」


引用元:中日ドラゴンズ公式サイトhttp://dragons.jp/news/2009/09093001.html

 本当に涙が止まらない。確かに俊足で売りながらも脚の衰えが早い段階で始まっていた。本人がそれを一番よく知っていたのだ。チームのために慣れないサード・レフトへのコンバートもこなした。肩も衰え、腰も痛めた。ここまで現役で続けられたのは気力。本当に気力の人だ。一方、立浪和義は謙虚な人でもある。試合終了後、チームが勝っても負けてもベンチからグラウンドに向けて一礼してからダックアウトに帰っていた。高校球児ですら、なかなかやらないよ、こんなこと。
 名場面は数え切れない。伝説の10・8決戦で敗色濃厚ながらも、劇走した上で左肩脱臼しながらの一塁にヘッドスライディングしたときの事が忘れられない。かつてチームメイトだった現役時代の落合監督が巨人の4番として出場し、徹底的に打ち込まれた。勝利への執念に燃えた間柄の2人が、再びドラゴンズで監督と選手という立場で戦い続けたのは何の因果だろうか。

 今後もコーチとして、そして近い将来、監督として帰ってきてください。ドラゴンズ一筋22年間、本当にお疲れ様でした。

ドラゴンズの一時代が終わろうとしています。

 引退セレモニーでチームメートや大勢のファンの温かい視線に見守られると、立浪の目は涙であふれた。セレモニーにはPL学園の先輩、桑田真澄氏、清原和博氏も駆けつけた。
 「最高の野球人生を送れた。これで、心置きなくバットを置くことができる」
 最後まで立浪らしかった。6番・一塁で今季初スタメン。レギュラーシーズン最後のナゴヤドームで絶妙のバットコントロールを披露した。鮮やかな3安打。第4打席では自身が持つ通算最多二塁打のプロ野球記録を487とし、通算安打は2480に伸ばして「最後の打席だと思ったので思い切っていった。塁上で“ツーベースに縁があったんだな”と思った」
 PL学園からドラフト1位で入団。1メートル73、70キロの体格ながら抜群のセンスで1年目から周囲の期待に応えた。遊撃から二塁、外野、三塁。チーム事情でポジションを移り、06年からは代打の切り札として存在感を示した。1軍の座を守り通した自身の22年間を「大した選手じゃなかったけど、ただ1つ負けん気だけは常に持ってやってきた」と振り返る。グラウンド入りする時は、必ず帽子を取って深々と一礼。体調管理、道具の手入れに人一倍気を使い、野球ができることへの感謝を片時も忘れなかった。打席での驚異的な集中力を生み出すのは、ケタ違いの責任感の強さだった。
 ナインの手で背番号と同じ3度宙に舞った立浪はCSで、なくてはならない代打の切り札となる。「きょうが終わったらCSモードに切り替える。最後までやるのがことしの目標」。22年に及んだプロ人生の最終章を、日本一で飾るつもりだ。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091001-00000010-spn-base
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テーマ:中日ドラゴンズ - ジャンル:スポーツ

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井上って胴上げされた?
【2009/10/01 13:02】 URL | hide #- [ 編集]

Re: タイトルなし
> 井上って胴上げされた?

ちゃんと胴上げしてもらっていましたよ。
【2009/10/08 22:21】 URL | 広隆堂@管理人 #- [ 編集]


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