名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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日本大正村
 明知鉄道レポート第6弾は明智町の日本大正村です。
 明智駅からまっすぐ歩いて10分ほど。大正村エリアに到着です。
DSCN4734_convert_20100620074246.jpg
 大正村役場。昭和32年までは明智町役場だったそうです。
 山を切り開いて作る「博物館明治村」や「日本昭和村」と性格を異にする、既存の街全体をテーマパークとする壮大な企画です。最近でこそ、昭和30年代の街並みをテーマにした大分県豊後高田市がブレイクしていますが、明智町はその四半世紀も前に街全体のテーマパーク化を実践していたのです。大正から昭和戦前にかけて養蚕で隆盛を迎えた明智は、その頃の古い街並みしかないありのままの姿を逆手に取った街おこしを「日本大正村」として実践しました。当時は大正末期に生まれた人が、定年を迎えて最も地域で発言権を持っていた時期でもあり、街全体でも勢いがあったのです。1983年 に沢田正春(文芸写真家)と観光協会により構想が盛り上がり、翌1984年に日本大正村は立村式を迎えました。
DSCN4735_convert_20100620074337.jpg
 大正ロマン館
 ちなみに、今年は大正99年です。来年あたり、明智では大々的なイベントを企画しているとか。
DSCN4733_convert_20100620074116.jpg
 大正路地。趣のある渋い景観です。
DSCN4737_convert_20100620074609.jpg
 うかれ横丁。大正村を代表する景観でもあります。
DSCN4736_convert_20100620074446.jpg
 商店街にも大正ではないものの、渋い建物が多くあります。
 明智の街は駅から15分ほどの範囲で渋い街並みが続きます。1時間ほどで町並みを舐めるように歩くことができますが、この街はぜひゆっくりと歩いてほしいものです。
 岩村のレポートでも書きましたが、日本大正村も駅から少し離れています。しかし、街歩きとはあちこち寄り道しながら1時間ほど歩くのは当然で、これは都会の商店街巡りでも同様なのです。これが苦痛などと言うようでは観光する資格はありません。家で引きこもって旅行番組でも見ていなさい。ドラえもんの「どこでもドア」でもあるまいに「ドアtoドア」なんて不可能なんです。それも嫌がってしまうようでは、もはや人間ではなく犬や猫にも劣るということなんです。
 ただ、お気づきでしょうか? 人がぜんぜんいないんです。祝日の午後3時半過ぎだというのに、どういうことなんでしょう。明智は観光地としての輝きを失っていました。やはり、あれから四半世紀。当時の住民も少しずつ鬼籍に入り、街の住民にも世代交代の波が押し寄せました。明知鉄道が観光振興を続ける一方で、こちらは開村当時の。「大正ロマンの観光立町」意識が希薄になっています。建物の老朽化及び耐震性の問題が急浮上し、建物の維持が困難になってきており、大正村とはいえ実際は昭和戦前の建物ですら貴重な存在になりつつあります。全部、大正「風」でいいから街並み条例でも制定して住宅を建て替えるする手もありますが、負担が大きすぎるので住民の承諾を得られる可能性は低いことでしょう。ピーク時には年間50万人訪れた街も、最近は年間20万人を切るようになっています。観光で生き残るには限界があることを明智の街は物語っています。

 そして、今回のDMV実験ではこの街を通過しただけで終わってしまいました。そもそも、日本大正村のコアエリアは道幅の狭い所にあって歩いて行くエリアです。つまり、DMVは大正村をかすっただけなのです。大正村は沿線の2大観光地です。これでは観光の「か」の字もありません。この軽視振りを明智町民はどう思ったのでしょうか。これを「レトロと最先端の融合」なんて誤魔化してはいけません。ただ通過するだけで1円も明智町にお金を落とさないなんて許していいのですか? 特にDMVを観光振興に奨めている人は、何を思って今回の明智町に対する冷遇ぶりを実施したのか。単に体験乗車の効率だけで動かしたのでしょうね。今回の体験乗車では大正村へは行ったうちに入りませんし、観光としても最悪の展開で、DMVによる観光振興がいかに難しいかを思い知らされました。
 さて、ここからは明知鉄道とDMVの今後を少し語ってみたいと思います(続く)。

【参考文献】『観光地の賞味期限』古池嘉和 春風社 2007年
名古屋学院大学の先生。東海地方を中心とした観光地の現状と課題について細かい考察があります。
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この記事に対するコメント
何か妙案は無いか。
>全部、大正「風」でいいから街並み条例でも制定して住宅を建て替えるする手もありますが

負担が大きすぎるのは事実ですが、だからといって手をこまねいていたり、或いは朽ち果てるままに放置してもいい訳でもありません。
前にも書きましたが、岐阜県内にはこういった古い町並みを観光に結びつける事に成功した「先達」が多くあります。こういった方々から知恵を拝借してみても良いのでは無いでしょうか。

>DMVによる観光振興がいかに難しいか

難しいですね。でも、考えようによっては何か良い方法があるようにも思えるのですが・・・。

どちらも頭の痛い問題であります(溜息)。
【2010/06/24 17:03】 URL | massan #t2LN9IJ6 [ 編集]

Re: 何か妙案は無いか。
 市街なので朽ちるということは無いかと思うのですが、今時の住宅に建て替えられてしまうことで街並みが虫食いになってしまうと、ドミノの様に衰退を招いてしまうので注意が必要かと思います。

>古い町並みを観光に結びつける事に成功した「先達」
 これらの共通点は「その建物に暮らす」こと。実に単純なんですが、これからも地域に暮らし続けることを前提にしていかないといけないわけです。そのため、何かを犠牲にするリスクを回避することができません。街並み観光で頑張る街は大変だと思います。

 DMVによる観光振興がいかに難しいかについては、のちに公開します。原案が余りに長文になってしまったので、少し手直しをしております。1週間以内に公開できる予定です。
【2010/06/27 17:58】 URL | 広隆堂@管理人 #- [ 編集]


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