名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
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1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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児玉清さん逝く
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 児玉清さんの訃報、本当にショックでした。児玉さんといえば、最後の視聴者参加型クイズ番組「アタック25」(朝日放送)ですが、ここ数年はドラマの他、NHK「BSブックレビュー」やニッポン放送「テレフォン人生相談」などにも出演し、活動の幅を広げておられました。特に「テレフォン人生相談」でのソフトな対応に「児玉先生、ありがとうございます」と泣きながら礼を述べる相談者の多かったこと。テレフォン人生相談の主・加藤諦三が実は児玉さんより年下と知って驚いたものです。
 しかし、経歴を知れば知るほど羨ましいほど世渡りの上手なこと。学生時代に演劇で共に活動していたのが、これまた往年の名クイズ番組「クイズダービー」でおなじみの篠沢教授というからすごい。映画からテレビドラマへの転身、そして「アタック25」を30年以上続けられたマルチな才能で、77歳まで第一線で活躍できた児玉さん。ホント、見習いたいです。
 児玉さんって、「アタック25」でも結構毒を吐くことが多くて、一般人に向かって「どうして角を取らない!!」とか、絶妙なツッコミを入れるところが視聴者の感情をうまく表現していましたね。でも、「アタック25」収録時には出場者に飴を配ったり、観覧者のサインに応じ最後の一人まで見送るなど、非常に細かい気の使いようだったそうです。
 アタック25、見どころはヤマ場である「アタックチャンス!」。気合が入っているのか、それとも年齢のせいなのか、児玉さんの拳がプルプル震えるのがたまらなくいい味を出しており、このシーンだけ毎週見ていました。もう、「大事な大事なアタッ~クチャ~ンス!」の名調子が聞かれないかと思うと本当に悲しいです。

 では、「ラストコール」。「来週もパリがあなたを待っております」。ご冥福をお祈りします。

俳優で、テレビ司会者や書評家としても活躍した児玉清(こだま・きよし、本名・北川清=きたがわ・きよし)氏が16日午後0時28分、胃がんのため、東京都内の病院で死去した。77歳。東京都出身。
 昭和9年生まれ。学習院大学時代は演劇部で、篠沢秀夫氏(現学習院大学名誉教授)らと活動。卒業後、東宝の新人俳優公募コンテスト「ニューフェース」に合格し、映画俳優として、黒澤明監督の「悪い奴ほどよく眠る」などに出演する。一方で、テレビ俳優としても活躍。「ありがとう」「白い巨塔」「HERO」「トップキャスター」など数々の人気連続ドラマに出演した。
 読書家としても知られ、NHKの書評番組「週刊ブックレビュー」の司会を務めたり、産経新聞などや雑誌の書評連載もこなしていた。
 昭和50年にテレビ朝日系で始まったクイズ番組「パネルクイズ アタック25」の司会を担当。一般出場者を気遣う知的で誠実な司会ぶりがお茶の間の幅広い年齢層で支持され、30年を超える長寿人気番組に育てた。

引用元:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110517-00000615-san-ent
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