名古屋・広隆堂ブログ
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広隆堂(こうりゅうどう)

Author:広隆堂(こうりゅうどう)
FC2ブログへようこそ!
1976年10月26日名古屋市千種区生まれ。小学校卒業まで名古屋で暮らし、中学・高校時代を岐阜の山奥で過ごす。都会へあこがれ、大学卒業後、名古屋へ舞い戻る。乗り物と旅行、そして中日ドラゴンズを心から愛する。
 子どもの頃からモノ集めに凝っていたが、最近はポイント集めに凝っており、特に航空会社(ANA・JAL)のマイル集めに熱中している。
 人と同じ事をするのが苦手。協調性が無いせいもあって集団で浮きやすい。できないことを無理にするのは疲れるので、典型的なオレ流・ワンマンだとよく言われながら、迷惑をかけないように好き勝手にやっています。
【「広隆堂」の由来】
 「こうりゅうどう」と読んでください。名前は本名の姓名から一字ずつ頂き、人が集う意味のある字「堂」を加えたものです。コミュニケーションの場として活性化されることを願って名付けました。古臭い名前ですが、本人はかなり真剣に考えて付けました。

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「東美濃ナンバー」を考える3
 「東美濃ナンバー」問題の特集、第3回です。

 今回は東濃の5市(多治見・土岐・瑞浪・恵那・中津川)と共に無理矢理「東美濃ナンバー」のエリアに組み込まれてしまった可児市と御嵩町のお話です。 どうして、可児市と御嵩町は「東美濃ナンバー」のエリアに組み込まれてしまったのでしょうか?この謎に迫ります。

2.明治以来の可児郡帰属問題
 可児市と御嵩町は現在の岐阜県行政では関市・美濃加茂市などと同じカテゴリー「中濃地方」に組み込まれています。現在も電話帳「タウンページ」では岐阜市などと一緒に掲載(岐阜県美濃地方では東濃だけ別冊)、岐阜新聞の地域版は「中濃地域」です。しかし、可児市と御嵩町は木曽川を挟んで他の中濃地方(八百津町は除く)と分離していることから、中濃地方でも独自の歴史を歩んでいます。また、木曽川を挟んでいることから岐阜市方面へのつながりが中濃地方でも例外的に希薄であるのは、隣接する東濃地方と性質が似ています。また、東濃地方とのつながりも伝統的に深く、現在の可児市に最初に鉄道が開通したのは多治見からの鉄道(現在のJR太多線及び名鉄広見線の一部)でした。また、バスは多治見市にある東濃鉄道の管轄だったり、御嵩町には東濃高校・東濃実業高校という学校もあります。つまり、可児市と御嵩町は中濃地方の側面と、東濃地方の側面を併せ持つ、複雑な境界線上にあるのです。
 中濃と東濃の間で複雑に絡む可児市と御嵩町ですが、どうしてこんなことになってしまったのか、それはおよそ150年前の明治初頭に話はさかのぼります。

 1872年(明治4年)、明治新政府による廃藩置県により、岐阜県が誕生します。この当時の岐阜県は現在の美濃地方のみ。東西に長い県でした(飛騨地方は現在の長野県松本を中心とする筑摩県の一部に組み込まれた。飛騨地方が岐阜県に合併し、現在の岐阜県の形になったのは1876年(明治9年)である)。発足当時の岐阜県が悩んだのは東西に広い岐阜県を美濃でもかなり西の方にある岐阜から統治することの難しさ。 その最たるものは木曽川の先に広がる、現在の東濃地方と可児市・御嵩町の存在でした。当時は、まだ鉄道もありません。木曽川に橋を架ける技術もありません。一応、旧美濃国。五街道の一つ・中山道でつながっているのですが、それを分断する木曽川は江戸時代の馬子唄に『木曾のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい』と唄われるほどの交通の難所で、この難所を避けるように恵那で中山道から分岐する、現在の国道19号線に沿って善光寺街道(下街道)が整備され、岐阜よりも名古屋方面への往来が既にありました。
岐阜の街道
 そんな東濃・可児に岐阜県は自治行政を始めます。まず、岐阜県は東濃の行政上の中心をどこに置くかで悩みます。県庁のある岐阜に加え、西濃(大垣)・中濃(関)・飛騨(高山)と他の地域には拠点となる街があるのに、東濃・可児には拠点となるべき城下町も寺内町も門前町も無かったのです。現在の可児市は当時純農村。現在の多治見の大半のエリアや土岐の西半分は江戸時代、尾張藩領。岐阜の力が及ばない状況でした。大井(恵那)や中津(中津川)は遠すぎて、岐阜との日常的な往来ができない。そこで、岐阜まで中山道で直接往来が容易な場所で、そこを中継点として東濃各地へのアクセスが比較的良い、中山道の宿場町だった「御嵩」を東濃地方の行政上の中心にする選択をしました。そして、当時の可児郡・土岐郡を岐阜県第11大区という行政管轄カテゴリにまとめたのです。つまり、明治当初の岐阜県は、現在の可児市・御嵩町を東濃地方の一部とみなしていたのです。
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 東濃の拠点となった御嵩には、続々と行政施設が開設されます。
 1874年(明治9年)、御嵩に東濃(土岐郡・恵那郡)と可児(可児郡)を管轄する裁判所(裁判支庁)が設置されました。なんと、昭和戦前まで東濃・可児唯一の裁判所として君臨します。「裁判所が管轄の北西はずれにあって遠すぎる(怒)!」と多治見と中津川に裁判所を設置するように国会で提議されるようになるのは、なんと戦後の話。そして、多治見と中津川に開設されたのは1947年(昭和22年)だったのです。現在も岐阜地方裁判所御嵩支部として、可児・加茂地区の司法機関として機能しています。
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 その隣には岐阜地方検察庁御嵩支部。
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 さらに隣には、岐阜刑務所御嵩拘置支所があり、この一帯は御嵩が東濃の行政上の中心だった名残を現在も残しています。
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 1896年(明治29年)、岐阜県は県内4番目の高等教育機関として岐阜県尋常中学校東濃分校(現:岐阜県立東濃高校)を設立。その後、東濃尋常中学校・東濃中学校と改称され、約25年東濃・可児唯一の高等教育機関として君臨します。地元に限らず、遠路はるばる恵那から中山道を歩いて通った強者もいたそうです。ちなみに、恵那に旧制中学の岐阜県恵那中学校(現:岐阜県立恵那高校)が創立したのは1922年(大正11年)、多治見に多治見市立多治見中学校(現:岐阜県立多治見高校)が創立したのは、なんと1940年(昭和15年)まで待たねばなりませんでした。
 今となっては考えられませんが、驚くべき御嵩町の拠点性。岐阜県行政の力の入れようを感じます。しかし、岐阜県の目論見は愛知県との県境に風穴が開くことで、根底から覆えされてしまいます。
 話が長くなってしまいました。一旦、ここで切ります。次回は歴史の潮流の中で翻弄されていく可児郡の行方と東濃地方との関わりについて、お話しします(続く)。

テーマ:東海地域情報(愛知・岐阜・静岡・三重) - ジャンル:地域情報

「東美濃ナンバー」を考える2
 「東美濃ナンバー」問題の第2回です。

 今回は「東美濃ナンバー」導入の根拠について考えます。

1.「岐阜ナンバー」枯渇の恐れ?
 自動車のナンバーの数字を自分の希望で決められる、いわゆる「希望ナンバー制度」が導入されて以降、「777」など人気の数字を中心に番号が先着順に充てられ、一度使用されたナンバーの番号は二度と使われないことから、ナンバープレートに充てる番号が無くなるという事態が各地で見られるようになりました。特に全国で最も登録台数の多い愛知県の「名古屋ナンバー」の3ナンバーに使われる数字「3●●」についてはアルファベットを導入するという情報も出ています。
 愛知県に比べてクルマの登録台数がおよそ1/3である岐阜県ですが、愛知県と絶望的に異なる状況として、岐阜県は公共交通の利便性が劣悪であることが挙げられます。そのため、愛知県では一家に一台、または運転免許はあっても自家用車は持たない人も名古屋市内では珍しくないのですが、岐阜県では「一家で1台」ではなく、「一家で2台」「一家で3台」。場合によっては「成人家族に1台」ということも珍しくない状況があります。岐阜で軽自動車がやたら多いのもそのためです。だから、私みたいに岐阜の山奥に暮らしながらクルマを持たず(家族が1台所有しています)に暮らしていると、まるで変人扱いされるほどです。したがって、クルマの新規登録台数も増加傾向にあり、将来的に岐阜ナンバーで番号枯渇の恐れがあるという情報もあります。
 岐阜県では既に飛騨地方を分割し「飛騨ナンバー」を創設しましたが、なんせ人口の少ない飛騨地方ですから、分割しても岐阜ナンバーの登録台数を抑制する効果は果たせないのが現状です。すると、次に切り離すべき地域は岐阜市から遠く、岐阜市との流動が少ない東濃地方という話になるのは自然な流れとも言えます。東濃地方を岐阜ナンバー区域から分割すれば、岐阜ナンバーの枯渇抑制が図られるという魂胆なのです。
自治体名登録台数
多治見市68,934
土岐市37,258
瑞浪市23,778
恵那市32,878
中津川市50,484
可児市63,509
御嵩町12,102
合計台数288,943

 ご当地ナンバー登録条件の一つに「地域内の登録自動車台数が10万台を超えていること」という要件あります。これを東濃地方及び可児地区で乗用車(普通乗用車・小型乗用車・軽乗用車)限定で見ますと、平成28年3月末時点での自治体別自動車登録台数は右図の様になります。この数字に加え、トラックなどの貨物自動車とバス・タクシーなど乗合自動車の数字が加わります。実は多治見・土岐・瑞浪の「東濃西部」3市の乗用車だけで、ご当地ナンバーの基準10万台を満たすことができるんです。一方、「東美濃」エリアの恵那市と中津川市の合計は83,000台余り。貨物・乗合を加えても辛うじて11万台に届く程度です。
 だから、東美濃ナンバーで恵那地方の商工関係者がグダグダ言うのなら、東濃西部3市が離脱してしまえば事は済んでしまうのですが、一応「東濃は一つ」という観念だけは共通認識として残っていることと、多治見の商工会議所会頭が恵那発祥の企業という変則的な事情もあって、結果的に人口も自動車台数も少ない恵那・中津川の言い分を人口も経済力も強いはずの多治見・土岐・瑞浪・可児が無条件で飲まざるを得ないという、不可思議な状況となっているのが「東美濃ナンバー」問題の複雑さであります。そして、岐阜県東濃地方が元来抱えている地域間での変則的なパワーバランスの弊害となっているのです。
 ちなみに飛騨ナンバー区域(高山市・飛騨市・下呂市・白川村)の乗用自動車だけの登録台数は約10万台ですので、東濃及び可児を岐阜ナンバー区域から切り離すことで、岐阜ナンバーの番号枯渇を従来より大幅に抑制することができるということも判ります。
 更に2017年(平成29年)5月30日に国土交通省は、追加のご当地ナンバー募集を始めるに際し、地域内の自動車登録台数をこれまでの10万台から「地域内に複数の自治体があり、登録数がおおむね5万台を超え、地域名の表示が一定の知名度を持つこと」に大幅な緩和を行いました。

 だったら、恵那市と中津川市だけで「東美濃ナンバー」でも何でも勝手にやったらどうですか?他の街を道連れに混乱とイメージ凋落に陥れることをする必要無いじゃないですか?

 では、どうして岐阜県の行政管轄では東濃地方ではなく中濃地方に分類されている可児市と御嵩町が今回の「東美濃ナンバー」騒動に巻き込まれてしまったのか、それは岐阜県発足の150年前にさかのぼる歴史的背景があったという話を次回お届けしましょう(続く)。

【参考】岐阜県の自動車保有台数 平成28年3月末現在 一般社団法人 岐阜県自動車会議所ホームページより(PDFファイル)

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「東美濃ナンバー」を考える1
 岐阜県東濃地方のご当地ナンバー「東美濃ナンバー」。昨年9月の新聞報道で構想が明らかになりましたが、その在り方について、地域内でもようやく意見交換が出始めました。岐阜県東濃地域の未来を左右しかねない、この「東美濃ナンバー」問題。もっと、もっと、マスコミや愛知県・名古屋など県外の人に知ってほしい岐阜県東濃地方の大問題。弊ブログではこの問題を数回に分けて取り上げます。

 東濃地方では、街中にPR目的とみられるのぼりや横断幕が掲げられるようになりました。多治見や中津川では随分目立つところで見かけますが、不思議と土岐市だけ少ないのは気のせいでしょうか?発起人である商工会議所のジジィたちが住民の意向に一切目もくれず、やりたい放題に物事を進めています。各自治体首長に続き、岐阜県知事への陳情も終了し、更には国会議員経由で中央官庁まで行くのでしょう。地元でも商工会議所加盟会員を中心に賛同書をかき集める動きもあるようです。しかし、このままで良いのでしょうか?WEB上にも東美濃ナンバーへの意見が増えつつあります。しかし、その99.9%は反対意見です。私の身の回りでも東美濃ナンバーに賛成している地元住民の声を聞いたことがありません。WEB上の声を集めてみると、地元・東濃の一般市民でも「導入されても岐阜ナンバーとの選択はできる」などのデマも回っているようです。ご当地ナンバーのルールをご存じでない方が多いことがわかりました。そこで、少しまとめます。

【東美濃ナンバーで良く聞かれる感想】
・ダサい。高校卒業したら、嫌なら県外に出ろと言いたいのか?
・若者の県外流出が加速する。地域が衰退する原因となる。
・「尾張小牧ナンバー」の歴史から何も学んでいない。
・地元で「東美濃」という表現を使わないのに採用するのはおかしい。
・なじみのない「東美濃」を付ける意義が理解できない。
・なぜ、地元住民に浸透している「東濃」がダメなのか?
・県外への知名度向上のために地元住民が人柱となり、へりくだる必要があるとは思えない。
・観光も商業も全国的に見て目立ったところがないのに、県外に知らしめるだけの資源や訴求力がない。
・ご当地ナンバーで何がやりたいのか、現行の「岐阜ナンバー」でまったく問題がない。
・ネーミングセンスが「南セントレア市」「南スーダン」「東ティモール」「北朝鮮」と変わらない。
・田舎者にみられる。名古屋など他県に出かけたときに恥ずかしい。
・「美濃ってどこ?」と言われたらどうするの?「岐阜県」や「美濃」の知名度や位置の認知も全国的に見ると、さして高くない。
・岐阜県には美濃市という自治体が既にあるが、混同しないのか?
・岐阜県も「新首都は東京から東濃へ」と言ってたのに、東濃の名を捨てるのはおかしい。
・中濃地方に分類される可児市・御嵩町が、なぜエリアに入れられているのか。可児・御嵩は東濃じゃないぞ。
・字の画数が多く見本ですら字が潰れている。他県ナンバーに追突されそう。


 こんな感じです。実に素朴で正面から率直に述べている感想だと思います。
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【「東美濃ナンバー」が導入されるとこうなる】

・東美濃ナンバーは、多治見市・土岐市・瑞浪市・恵那市・中津川市・可児市・御嵩町の6市1町が対象エリアである。

・「東美濃ナンバー」が導入されると、これまで使用していた「岐阜ナンバー」での自動車の新規登録はできなくなる。

・東濃・可児の6市1町では、新規登録車両車すべてに「東美濃ナンバー」が強制的に付けられる。

・ナンバーの選択制度はなく、東濃・可児では「岐阜ナンバー」を選ぶことはできなくなる。

・陸運局は中部運輸局岐阜運輸支局(岐阜市)のまま。何か手続きを行うためには、遠路遥々岐阜市まで行かねばならない煩雑さは、これからも変わらない。


 こうなること、地元・東濃地方でもお分かりでない方が多すぎて、本当に心配です。
 これまでのご当地ナンバー導入地区を見ればわかるとおり、「東美濃ナンバー」が導入されると、これまでの「岐阜ナンバー」は中古車の名義変更でもしない限り付けられなくなります。自動車販売店では新車の売り上げが一時的でも大幅に落ちることを想定せねばなりませんね。

 今回は感情的な内容になっていますが、ご当地ナンバーが必要になっている背景も存在しますし、可児市・御嵩町が東濃地方の自治体と一緒に組み込まれる事情も根拠がちゃんとありますので、次回はその内容について取り上げます(続く)。

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東海道新幹線・重大インシデント事故
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 12月11日、博多発東京行き「のぞみ34号」で異音や焦げ臭い異臭などが発生、博多駅から延々3時間以上も運転を続けたうえで名古屋駅で運転打ち切りとする事態が発生しました。その後の調査で、13号車の台車にあるモーターの回転を車輪に伝達するための継手が変色するとともに、ギアボックスに油が付着していることが確認され、さらに台車枠に亀裂が入っていることも判明しました。
 これを受けて運輸安全委員会は12日、今回のトラブルを新幹線としては初めてとなる「重大インシデント」に認定しました。山陽新幹線では最高時速300㎞、東海道新幹線でも一部の区間を時速285㎞で走る車両の台車に亀裂が入ったというのは深刻な事象であり、一歩間違えば高速走行中の脱線という最悪の事態を引き起こしかねないことから、「重大インシデント」認定は当然の判断といえます。そのインシデント車両が名古屋駅新幹線乗り場の14番線に留置されているということで、午後がオフだった15日にさっそく見に行ってきました。
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 名古屋駅新幹線ホーム。14番線は今回の事故車両が留置しているため、15番線のみで全列車の乗降を行った都合で、東京行きの新幹線は軒並み10~20分の遅れが発生していました。3~4分間隔で列車が次々やってくる。山手線状態の新幹線ホーム。新幹線乗降客に加え、今回の車両を撮影する野次馬も加わって、名古屋駅新幹線ホームは異様な混雑ぶりでした。
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 東京方の14号車から16号車はすでに切り離し、問題の13号車から1号車までが14番ホームに留置されていました。先頭にはN700A系をけん引する車両が2両編成で待機。
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 その後ろに問題の13号車がつながれていました。通路部分はカバーで隠されています。
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 JRの字体が青色ですので、この列車はJR西日本の車両ということがわかります。
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 この13号車から9号車まではカーテンも完全に閉じられるなど、厳戒態勢。車内を伺うことはできませんでした。
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 新幹線では普段、事故防止及び空気抵抗の軽減を目的に連結部分にはカバーがかかっており、その部分を見ることはできないのですが、今回の事故による列車切り離しの都合なのかカバーが取り外されており、新幹線の連結部分を見る貴重な機会となりました。
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 8号車から1号車まではカーテンも降ろされず、乗客が下りた当時のままになっていました。コーヒーの容器が窓際に置かれたままになっているのが印象的です。

 今回、トラブルが発生した車両は、JR西日本が保有するN700系(N700Aタイプ)の「K5編成」(博多総合車両所所属)。同社の発表によれば、小倉駅発車時に7・8号車付近で焦げたような「異臭」がしたほか、岡山駅より東の区間で13・14号車間で「うなり音」を確認。その後、新大阪でJR東海の乗務員と交代の後、京都駅付近にて車掌が異臭を確認。名古屋駅停車時に車両床下の点検を実施したところ、台車のギアボックス付近に油漏れを認め、走行が不可能と判断されたとのこと。
 私が不思議で仕方ないのは、JR西日本が途中の広島や岡山、新大阪で止めることもできたはずなのに、どうして運行を強行したのか。また、JR東海も京都で確認した時点で米原や岐阜羽島で止めて点検することを考えなく、なぜ名古屋まで運転を強行したのか。今回はJR東海が名古屋で運転を打ち切りにしたことを英断視する意見も一部でありますが、JR東海も関ケ原越えを行っている以上、非常にリスクの高い判断をしていたわけであり、もし、京都~名古屋間で台車故障で脱線事故が発生するようなことになったら、この大惨事についてJR西日本だけでなく、JR東海も総攻撃の上、袋叩きになっていた恐れもあります。

 非常に興味深いのは、15日深夜にNHK総合テレビで放送された「時論公論」(中村幸司解説委員、交通担当)。これによると、岡山駅から乗り込んだ車両保守担当者からの報告を受け、打ち切りにせず運行継続を決定したのは「東京指令所のJR西日本及びJR東海両社の社員」とのことで、「のぞみ34号」の運転続行を判断したのはJR西日本単独ではなく、JR東海もその継続運転の判断に加わっていたとのこと。
 また、新大阪駅での乗務員引き継ぎ時、JR西日本の運転手はJR東海の運転士に、JR西日本の車掌はJR東海の車掌に引き継ぎをしているものの、途中から乗り込んだJR西日本の車両保守担当者はそのまま下車しており、JR東海の車両保守担当者への引き継ぎがなされていないことを取り上げていました。つまり、今回の事故はJR西日本の責任が圧倒的に重いのが事実ですが、JR東海も全くシロではなかったといえます。
 東海道新幹線は日本の大動脈であり、その安全性の高さは世界でも類を見ない高精密な公共交通機関です。そこで発生した今回の事故。二度とこのような事故を発生させないためにも、原因の究明と今後の対策の構築が待たれます。

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2017衆院選 総括
 少しだけ、政治の話をします。
 2017年衆議院選挙は、自民党の圧勝、公明党と合わせて2/3の議席を確保する結果に終わりました。
 「消費税10%増税」「憲法改正」「戦争法案」「原発再稼働」「森友学園」「加計学園」であれだけ騒ぎながら、今回も野党が分裂する最悪の状況。それが事実上の自民党へのスーパーアシストとなり、自民・公明の与党勢力の前に屈する結果となりました。東京・大阪・愛知など、大都市圏で軒並み選挙区で自民党候補が当選する事態。降って湧いた小池百合子さんの「希望の党」も実際は「絶望の党」だったわけで。立憲民主党が大躍進をしても、共産党が60余りの選挙区で立候補を取り下げても、野党共闘が不十分な状況で自民党を追い込むことはできず、残念な結果となりました。また、若者やいわゆる無党派層の中でも野党に失望し、自民党を選択した事例も相当数あったんじゃないでしょうか?
 選挙結果を新聞で見ていましたが、もし野党統一候補にしたら、自民党候補に勝っていたかもしれない選挙区が全国に相当数ありますね。東京都の場合、野党統一候補にしたら半分の選挙区で自民党候補に勝っていたという情報もあります。
やい、野党(怒)!
お前ら、主義主張している場合か(怒)!
バカモン(怒)!

と野党各党には言いたいです。
 名前は出しませんが、落選確実となった前議員に喜びながらも、当選した候補者も「どうしてこんな奴が当選するんだ?」という選挙区、各地で見られますね。パンツ泥棒の人や不倫の人など。
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 いまだに江戸時代の封建主義「ムラ社会」のまま、超ド級の保守天国、リベラル化外の地である岐阜県は、可児市や高山市の4区で一瞬だけ接戦となりましたが、その他の選挙区は夜8時ちょうどに当確が出る「瞬殺」で、5つの選挙区すべて自民党が勝利という結果に終わりました。
 私の暮らす岐阜5区のポスターです。
・土岐市出身。
・土岐市在住。
・妻が土岐市出身。
 実は3人とも土岐市と縁のある方ばかりです。しかも、3人とも南部の駄知町に縁があるという。どこまで世間が狭いんだか。東濃の政治家は土岐市を中心に回っているのかな?土岐市はそういう土壌なんですかね?
 まぁ、野党が分裂した時点で自民党の古屋さん圧勝が確定してしまったので、「しらけモード」全開の選挙でした。仮に野党統一候補で挑んでも、45対55ぐらいの比率で古屋さんの勝利だったことでしょう。ここ2~3期で自民党の役職に限らず、政府の要職や大臣を務めましたから、それで落選じゃシャレにならんでしょ。しかし、各候補の経歴や実績、主義主張などを読んでもなんだかなぁ?ってことばかりで、
・(あなたの選ぶ平成最大の県関係ニュースは?の質問に)「自身の衆院選初当選」。
・長く務めた市議の職を息子に世襲。
・ご当地ナンバー「東美濃」ナンバー推進。

どいつもこいつも何やってんだ(怒)!
バカモン(怒)!
 正直、投票の宛てが無い、選挙区投票難民状態で投票日を迎えていました。
 結果は新聞等で確認してください。驚いたのは、阿知波さん・小関さんの野党候補の得票を合わせてみると、東濃地方でも多治見市と土岐市は古屋さんの得票数の97~98%に到達する驚異的な結果でした。つまり、多治見市と土岐市は比較的野党支持者が多く、リベラルの思想もあるんですね。野党統一候補なら、人口の多い東濃西部では古屋さんに勝てたかもしれません。しかし、あとの3市がどうしようもないからねぇ…。もう、何も言いますまい。

テーマ:政治・地方自治・選挙 - ジャンル:政治・経済

背水の陣・東海ラジオ2017秋改編展望
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 東海ラジオの2017年秋の改編情報が8/16の「山浦・深谷のヨヂカラ!」で突然発表されました。番組が局の正式発表解禁を振り切っての大フライングだったようで、radikoプレミアムでのタイムフリー配信を凍結されるなどの対応に、小所帯なのに連絡・連携一つできない東海ラジオの現実を垣間見ます。今回、改編率53%だそうですが、新番組内容云々を語る前に、東海ラジオの現状があまりに悲惨な状況であることもわかってきました。
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 聴取率データではいつもおなじみ、ZIP-FMの公開している資料(http://zip-fm.co.jp/eigyou/market.asp)を元に分析します。
 昨年はいわゆる「宮地ショック」、今年は春に蟹江篤子さんが第一線を退くなど、東海ラジオは激震と世代交代の真っ只中です。特に負の遺産になった宮地ショックの払拭だけは必死で、スポンサー対策なのか、ここ数年赤字決算続きだったところを黒字転換させたのは、過去との決別を見せつける東海ラジオの意気込みを感じました。その甲斐もあり、スポンサーの主だった離脱もワイド番組を聞いている限りでは見られませんでしたが、これまで東海ラジオの屋台骨を背負ったメンバーと共に、リスナーまでが相当数離反していることが分かりました。
 今年6月の聴取率調査(http://zip-fm.co.jp/eigyou/Files/MARKET1393.pdf)では、東海ラジオの1日最高聴取率は朝の8~9時台。その後は低空飛行が続きます。裏のCBCラジオとは朝9時~午後3時までWスコア、ZIP-FMとは更に夕方6時までWスコアと惨敗。特にひどいのは、お昼12時台。あのFM愛知に負け、13~14時台は同率。以前では絶対に考えられない惨状です。
 「聞いてみや~ち」の後釜番組「FINE DAYS」が下馬評通りの惨敗だったのは仕方ないとしても、平日午前の「タクマのHAPPY TIMES!」の惨敗には驚かされました。9時台の数字は早い話が「武田鉄矢今朝の三枚おろし」で持っているだけの数字じゃないですか!タクマ・天野良春のアマタクコンビは東海ラジオで30年続く名コンビですが、週5日・毎日3時間では飽きられてしまうのでしょうか?
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 更に歴史をさかのぼると驚愕の数字が出てきます。6月の数字と3年前の2014年6月に行った聴取率調査の結果(http://zip-fm.co.jp/eigyou/Files/MARKET1393.pdf)と比較すると、東海ラジオは午前枠で35%減、午後枠で何と半減。全日総合でも33%減。各放送局で比較してもこの3年で東海ラジオだけが一人負けであることがわかります。これは同時に宮地佑紀生・蟹江篤子のご両人が相当な「数字」を持っていたことを裏付けています。
 3年で売上3割減。一般企業であれば、この数字はハッキリ言って経営危機・倒産の危機ですよ。こんな数字を叩いて、東海ラジオはいったい何をやっていたんだろうと思います。編成部は冗談抜きで切腹モノですよ。いかにぬるま湯体質だったかということです。

 さて、最後に新番組展望を。
「小島一宏 モーニングッド」 毎週月~金曜日  7:00~9:00
 今回の改編で唯一、期待が持てる番組。小島さんは7年ぶりの東海ラジオ平日朝ワイド復帰となります。やっぱり、平日朝ワイド復帰要望の声が相当数あったんやろね。東海ラジオ低迷の始まりは、平日朝ワイドで小島さんを下ろし、次の番組でズッコケた大失敗から始まるからなぁ。
「タクマ・神野のどーゆーふー」 毎週月~金曜日  9:00~12:00
 タクマさんも神野さんも、ある意味背水の陣でしょうね。ここでもしものことがあれば、2人とも次ないですからね。タクマさんは空手やっているから、足蹴りは宮地さんより激しいはず。裏のCBCつボイさんが息切れする10時以降にリスナー取り込まないと。
「源石和輝 ひるカフェ」 毎週月~金曜日  12:00~13:00
 源石アナ、3年ぶりの帯復帰。しかし、東京アップサイドステーション、氷川きよし節、渡辺徹家族の時間、ニュース・天気予報、午後枠とのクロストーク、これに飛び込みマイクと通販枠が入れば、源ちゃんのフリートーク時間は正味10分。裏番組はCBCがテレフォン人生相談、ZIPはジェイムスと聴取率で勝ち目無し。見事な飼い殺し(笑)。番組を編成する価値無いと思うけどなぁ。箱番組だけで昼休みにすれば、東海ラジオも経費削減できると思うけど(笑)。
「はーさん!ねねの!すんどめ!」 毎週月~金曜日  13:00~16:00
 この2人で週5日の帯で体力が持つのかが心配。ハーさん、CBCの番組と掛け持ちは名古屋メディアでは異例中の異例。CBCもこれが厳しいと黙認しているんやろか?この枠こそ、日替わりで継続してほしかっただけに残念。名古屋のローカルタレント・芸人を起用すれば、まだ何とか立て直せると思うんだけど。

 最近はすっかりradikoプレミアムの恩恵で、名古屋のラジオを聴く時間が無くなっていますが、東海ラジオは再浮上できるのでしょうか?ふたが開くのを楽しみにします。

テーマ:ラジオ - ジャンル:テレビ・ラジオ

さようなら、Air-H"
 皆さん、知ってます?かつて、こんな通信端末があったことを。
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 Air-H"(エアーエッヂ)と言います。キャッシュカードほどの大きさのモバイル専用端末で、ノートパソコンに直接差し込んで「外出時に屋外でもネットができる」という謳い文句で出回っていた端末です。今では「ポケットWi-Fi」とか「Wi-Fiルーター」(会社によって名称が異なるみたいですが)持って、屋外でパソコンを持ち出してネット接続する光景を時々見かけますが、20年前はこのような端末を使っていました。最近のノートパソコンでは、このような端末を挿入する端子すら無くなってしまっています。
 この端末はPHS回線を使っており、当時のDDIポケットという会社が販売しており、DDIポケットがこの端末専用の「PRIN(プリン)」というプロバイダーを用意しておることから、端末を差し込んだ時点ですぐにネットができるという手軽さで、インターネットを始めるときに電話回線の工事が不要であることから、まだ学生をしていた20年近く前に契約しました。当時の機種は接続するたびに毎回電話をかけてつながるとネットができる「ダイヤルアップ方式」で通信速度は最高64Kbps。「Yahoo!JAPAN」のトップページが完全に開くまで10秒ほどかかる代物でした。当時は、「今後ノートパソコン持って屋外でネットサーフィンしながら仕事するするビジネスマンの時代が来る」と思って契約したわけです。
 学生時代、戦後最悪の氷河期世代の就職活動だったのですが、その頃は企業セミナー予約の時点で相当過熱しており、その受付は受付開始日の「0:00」からスタートするなんていう鬼畜な企業も随分ありました。それは、PC/ネット環境の有無が就活を左右し、それが無ければ就活のスタートラインにも立てなくなる弱肉強食の時代でした。そのなかで真夜中にPCの前でエントリーできたのは良い思い出です。当時はまだ自宅にネット環境の無い学生も多く、翌朝9時に大学のパソコン教室へ乗り込んで必死にエントリーするも、その頃にはセミナーの受付は既に満席で終了しており、泣き崩れる学生を見たこともあります。企業へのエントリーがハガキからネットへ、就職活動が情報とスピードに左右される過渡期に、この端末には随分助けてもらいました。
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 しかし、パソコン持ってスタバでコーヒー飲みながらデスクワークなんて、カッコいいビジネスマンにはなれませんでした。インターネットの世界も機種も通信回線も向上し、いまや光ファイバー回線が当たり前。近年は自宅内は1階にあるルーターから飛ばしたWifiの電波を2階の自室でキャッチし、ネットもサクサク。携帯電話もスマホに進化し、格段にネット環境も良くなりました。時代遅れとなったダイヤルアップ方式のAir-H"は使うことなく埃をかぶっておりました。その間にAir-H"はDDIポケットからWILLCOM(ウィルコム)に会社が変わり、端末の名称も「AIR-EDGE(エアーエッヂ)」に変更。更にWILLCOMからY!mobile(ワイモバイル)に会社が再度変更。その会社と契約しているのかすら良くわからなくなっていました。
 ある日、クレジットカードの明細書を見ると「ワイモバイル」という項目があるのを見つけました。携帯はauしか使っていないことから「おかしい」と思い、記憶をたどると「そういえば、あの端末。まだ解約してなかった!」と思い出し、徹夜の捜索で埃を被ったAir-H"が机の引き出しから発掘しました。解約手続きせず、この2~3年ずっと毎月3,000円程を払い続けていたことが判明。当時、約1万円の解約違約金を恐れて、それが無料になる2年契約の最終月(更新月)まで解約を引き延ばしたのを、そのまま忘れておりました。我ながら情けない次第です。端末はまだ使用可能でしたが、この端末をこれ以上使う予定もないことから、解約することとしました。
 隣町にあるY!mobile(ワイモバイル)の店舗へ持って行くと、店員がこの端末を見たことがなく、「えらい年代物ですねぇ」と言いながら解約手続きを進めてくれました。端末にはPHSの電話番号(050)があるのですが、それもまったく記憶が無くて困りましたが、端末の裏側にバーコードがあって、これに端末の情報や私の契約情報などが含まれていたそうで、すぐに解決。最大の問題だった解約違約金もなぜか「¥0」。17~8年使ったんだから許してくれたのかな。ホント、助かりました。端末ごと店舗に預けて、解約手続きもすべて終了です。
 人生で一番大変な頃を共に歩んだ通信端末とも、これでお別れです。お世話になりました。さようなら、Air-H"。

テーマ:Y!mobile - ジャンル:携帯電話・PHS

テレビ故障・ヤマダ電機の無料長期保証を使ってみた。
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 いつも当たり前のように見ているテレビ。ある日、突然見られなくなってしまうと、ちょっとしたパニックになります。
 うち、ソニーの「BRAVIA(ブラビア)」という55型液晶テレビを使っているんですけど、ある朝、いつも通りにスイッチを入れると普通に映るのですが、5秒ほどすると勝手に電源が切れてしまい、その後は一切電源が入らないトラブルが発生しました。コンセントを抜き、刺しなおしてもう一度電源を入れても、また5秒ほどで電源が落ちてしまいます。普段は白く点灯する画面中央下のLEDが赤く4回点滅を繰り返すのですが、これが何を示しているのかはマニュアル見ても一切記載がないため、困った挙句、マニュアルに記載されていたソニーの修理相談窓口というところへ電話しました。
 5分ほど待たされた末につながり、事情を話すとコールセンター氏は「液晶パネルの総取り換えが必要と思われます。費用は定価ベースで12万円になります」
じゅ、じゅ、12万?
 テレビが故障。即、家族会議です。誰が壊したとか、だから、パナソニックにすれば良かったのにとか、責任のなすり合いに愚痴の嵐。これは都市伝説ですが昔からソニー製品には「ソニータイマー」というものがあって、ソニー製品は他社製品より壊れやすいとか、保証期間が過ぎると劣化・消耗が早いと言われているのは事実です。しかし、12万も払ってテレビの修理をするよりは、買い替えた方が早いやないかという話も出たのですが、テレビは購入後4年目。故障するには早すぎます。猛烈な敗北感のなかで、マニュアル類を整理していたら、購入した時に加入していたヤマダ電機の無料長期保証書が出てきたじゃあ~りませんか!!!しかも、5年の保証期間があと半年残っている!!!!!地獄からの敗者復活です。さっそく、ヤマダ電器へ電話して保証書の番号とテレビの型番を伝え、修理を依頼しました。ヤマダ電機は「電話かけても、なかなか出ない」という噂を聞いたことがありましたが、隣町のM市にある店舗はすぐに担当者が出てくれ、ソニーに修理依頼の取次ぎをお願いしました。
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 この日から10日ほど、別の部屋にある28型テレビを代替機として耐え凌ぎました。画面の大きさが半分ほどなので、テレビ見るのも字幕が本当に小さく、毎日が視力検査状態でした。
 ある日、ソニーの方から電話があり、名古屋ナンバーの軽四2台に分乗したソニーのセールススタッフが自宅にやって来ました。気持ち悪いほど腰の低い社員で丁重にお詫びされた後、さっそく修理です。テレビの症状を説明し、実際に確認してもらうとテレビの分解を始めました。
 まず、ビスをいくつも取り出しテレビの土台を外すと、次に液晶パネル裏側のカバーを外します。いやぁ、驚きました。テレビの裏側部品は「たった、これだけ?」なんだということに。「皆さん、驚かれますよ」とソニーの方。昔、テレビが真空管で木枠の時代を知っているだけに、技術の進歩を感じます。
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 裏側のカバーを外した液晶パネルの裏側。液晶パネルの電源部と基盤が2つあるだけ。たった、これだけしかないんですね。ソニー側は最初、この基盤と液晶をつなぐケーブルに異常があるものと考えていたようで、その部分だけを交換し、テストしてみましたが症状が改善せず、電源入れて5秒ほどで再び勝手に電源が落ちてしまいます。すると、ソニーの方から報告。
 「液晶パネルがダメな様なので、液晶パネルを交換します。今日は持ってきていますので、今から交換します」
 えっ?定価12万円の液晶パネルですか?ソニーさん、エライ準備良いじゃないですか!
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 2人がかりでビニール袋に包まれた新品の液晶パネルが運ばれます。
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 基盤はこれまで使っていたものを移し替えます。マニュアルも無いのにテンポ良くビスを打ち込み組み立てていく姿は圧巻です。さすが、世界のソニーです。作業は30分ほどで終了。最後にテレビの電源を入れて操作を確認し、不良箇所の解消されたことを確認し終了です。修理費用及び出張旅費はヤマダ電機の無料長期保証が適用されるため、当然無料です。液晶パネルが新しくなり、このテレビも蘇りました。ソニーさん、わざわざ名古屋から土岐市まで来ていただき、ありがとうございました。

 今回、家電量販店の「無料長期保証」を初めて利用しました。これまで、こういうシステムへの投資には消極的で「そんな、5年以内で壊れるようなものを売っているのか?」なんてヤジって1円でも抑えようと考えていました。長期保証の料金は商品代金の5%のところが多いですが、メーカー保証が1年のところが多いため、もしものことを考えると投資する価値があるかと思います。値切った分をこちらに投資することで店員さんとGive&Takeで商談するなんて方法もあります。今回は良い勉強になりました。

テーマ:電化製品 - ジャンル:ライフ